かやたにりょういちの日記
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2002年06月19日(水) 気になるあいつ


今、巷はW杯の話題で持ちきりですね。実は僕、普段はそこまでサッカー好きじゃないんですけど、ワールドカップだけは何故か好きで、4年の1回のペースでサッカー通になった気分でいるんですけど、ちょうど4年前から、ず〜っと気になっていた人がいるんですよ。

その人とは・・・・・・。






トルシエの通訳。
名はフローラン・ダバディさんというらしい。


あなたは、「お前ら勝つ気あるのかよ!ないだろ!!」とか「やる気のないヤツは帰れ!」とか、あきらかにデフォルメした通訳をしますよね。
あなたは、トルシエよりオーバーアクションですよね。たまにトルシエも引くほどに。
あなたは、シドニーオリンピックで日本が負けたときのトルシエのインタビューで、通訳しなきゃいけないのに、泣いてましたね。
あなたは、試合中、日本に不利な判定を審判がしたとき、トルシエより先にピッチへ飛び出しますね。
実はトルシエはダミーで、あなたが監督だったという噂もありましたね。
最近はどの局も、同時通訳を取り入れてるから、あなたの仕事、減りましたよね。

・・・そんなあなたとも、トルシエジャパン解散で、お別れです。4年間、楽しませてくれてありがとう。次の監督もフランス人だったらまた通訳やるんですか?だったらいいですね。

今後は本職の映画関係の編集の仕事に戻るのかな。


2002年06月12日(水) 続・軽く泣く〜さよなら哲郎くん〜

話は3日前(6/9)に遡ります。

奈々恵さん2ndレコ発インストアライブから11日のリハーサル会場に向かう途中に哲朗くんが僕に言いました。

てつ「カヤさん、知ってました?練馬の次の日って、奈々恵さん誕生日なんですよ。」(得意げに)
かや「マジ? じゃ、リハまで時間あるから、プレゼント買いに行こう!」
てつ「はい、突然渡して、ビックリさせましょう!!」(ノリノリで)
かや「よーし、なにがいいかな〜」
てつ「奈々恵さんにちなんで、「7」がプリントされたTシャツは?」(うれしそうに)
かや「それだ!!」

しかしその日は「7」のTシャツが見つからず、結局後日哲朗くんが探してくることに。

      ・・・で、練馬の打ち上げに時間を戻して・・・

宴もたけなわになってきた頃、哲朗くんが歩み寄ってきて、
てつ「渡す?渡す?」(うれしそうに)
かや「・・・あ! 忘れてた。渡そう!渡そう!」

2人して、「感激して泣いちゃったりして」とか「どうせならステージ上で渡せば良かったかな」とか言いながら、何も知らず打ち上がってる奈々恵さんに、突然、
「お誕生日、おめでとうございます!!!」とプレゼントを差し出しました。

周囲の人も一瞬のうちに静まり返り、奈々恵さんはあまりの出来事に「?」を40個くらい出しながら呆然とした後、言いました。

「皆さん私、誕生日プレゼントもらっちゃいました、1ヶ月も前に。」・・・って。

僕と哲朗くん「    (・v・)     」って。

一同大爆笑ですわ。さらに追い打ちをかけるように柏木さんが
「このユニットは、どうもギターとパーカッションが先走る傾向にあるらしい」・・・って。

まぁ、ちゃんと確かめなかった僕も悪いけど。
その日から哲朗くんは、そういうキャラとして一生過ごすことになりました。
その後の彼の落ち込みようといったらなかったです。ずっと体操座りでした。

その場はなんとかヨージローの「もっと悲惨な話」で立ち直ったものの、このネタは末永く引っ張られることでしょう。

・・・というわけで、奈々恵さん、お誕生日おめでとうございます。(7/12記)


2002年06月11日(火) 軽く泣く

三村奈々恵コンサート@練馬文化センター

この春から始まった奈々恵さんユニット(奈々さんMar.かやPerc.遠山哲朗くんGt.)でのコンサート。中でもこの練馬は特別なステージでした。
メイクさんが楽屋にいて、化粧&ヘアメークをしてくれちゃったり、豪華照明&音響陣に弦カルも加わっちゃったり。もうマリンバのコンサート=クラシックなんていう定説を完全に覆しちゃいました。全席指定だし。

この日の奈々恵さんは1曲目から凄い気合いの入った演奏ですよ。僕と哲朗くんも、足を引っ張らんように、この素晴らしいステージをぶっ壊さんように精一杯頑張りました。
そして迎えた本番も大詰め、アンコールの最後はモリコーネの名曲「ラ・カリフ」。
             するとどうでしょう!
  演奏中の奈々恵さんから、すすり泣くような声が聞こえるじゃありませんか!!

「こんな凄いステージが出来るまでに、僕なんかの想像を絶するほどの苦労や挫折があったんだろうなぁ。いやぁでも今日のコンサートは良かったなぁ。奈々恵さん、あんた凄い人だ!」

と思った瞬間、思わず泣いていましたよ、もらい泣きです。しかもイイ曲なんだ、これが。ふと反対側を見ると哲朗くんも泣きながらギター弾いてるし。

昔、某オケのトライアングルの一発があまりに美しくておもわず客席で涙したことがあったけど、演奏中にもらい泣きしたのには自分でもビックリしましたね。シンバルロール2回しか出番ないのにもかかわらず。

そして打ち上げにてその旨を哲朗くんと一緒に奈々恵さんに伝えたら、

「え、私 泣いてないよ」・・・って。
「ブレスしてたのよ」・・・って。

僕と哲朗くん「・・・・・・」って。

女性の涙には気おつけよう、と思った僕と哲朗くんでした。

しかし、この2人(とくに哲郎くん)の珍プレーは、これだけではありませんでした。
      
つづく。


2002年06月08日(土) 山田さん

ムジカーザで山田武彦氏とDuoのコンサートをしました。
自分の中では非常に大きなコンサートが終わりました。

・・・完敗でした。まだまだ練習が足りん・・。

山田さんといえば、誰もが「天才」と答えるほどの凄い才能の持ち主ですよ。
その山田さんと、即興を織り交ぜたセッション(でも曲はクラシック)ができたなんて夢のような話です。

いつも以上に楽器を並べ、何が起こるかわからないインタープレイに対応するべく、飛び道具も用意しつつ天才の音に耳を研ぎ澄ましました。
 いや、もう出てくる、出てくる、わけわかんないフレーズ。それにとっさに反応したり、違うフレーズで応戦したり・・・。そんな中、ふと気づいたことがありました。

「俺、こういうの好きかも。」

クラシックの曲をモチーフにしたセッション。難しい譜面をやったり、そこから外れたり。ジャズでもクラシックでも、現代音楽でも、民族音楽でもないこの空間は、これまで出会った音楽で培ったものが全て出せる場所だったんですな。

ただし、こういう空間は、山田さんがいないと存在しない、つまり山田さんの世界であって、僕は彼の造り出す空間で踊ってただけなんだろうな。
それにしても凄〜く居心地が良かったなぁ。
ただ、もう5年後だったら、もっといろいろ出来たのにぃ・・・。

また誘ってもらえるようにがんばろ。それまでにいろいろ経験して、少しは太刀打ちできるようにしよっと。






かやたにりょういち