徒然帳
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2006年10月14日(土) |
.....不動峰物語り18(テニスパラレル) |
「敗者復活戦は読み通り、山吹と緑山でしたが…さてさて、決勝はやっぱり立海大が本命になるのか楽しみですね。」 「…………………」 「私としては氷帝の劇的な逆転劇などを密かに期待しているのですが、どちらが勝ってもウチにとっては良い隠れ蓑になること間違いないから、この試合は安心して観ていられますがね」 「………………」 「おや? 橘先輩。ずいぶんと渋い顔ですがどうかしましたか?」 「……………いや、なんでもない」 「そうですか。それなら良かった。決勝戦は必ず見学させるようにとの会長の命令でしたので………。少々手荒なことしても連れて行くようにとの厳命だったので、手段を選びませんでしたから、それで怒っているものかと思ってましたが安心しました」 「………やっぱりアイツか……」 深々と溜息をついたのは不動峰中のテニス部部長、橘である。 決勝コートから少し離れたフェンス前にて、橘は眉間に皺を寄せながら副会長と立っていた。その背後には屍が数名……強制連行されてきたテニス部員の面々である。 芝生に座り込んでいるのがほとんどで、なんとか伊武ぐらいが立てている状況であったが、それも今にも倒れそう一一一という、なんとも危ない感じであった……。 テニス部員はかなり疲れ果てている様子で、芝生のお友達と化していた。
関東大会決勝戦一一一。 リョーマは訳あって観に行けなくなった。 副会長は偵察の為に、当然行くことになっていたのだが、他のメンバーに関しては、それぞれ本人に任せになっていた。 行くも行かないも自由一一一一一他校の試合観戦に関しては、各々の判断に任せるカタチとなっていた。試合観戦と言えば、今までは不動峰の試合が始まる前とか、終わった後に、自然となりゆきで観戦していた面々である。自分達の試合があったので、じゃあついでにとばかり一一だった。 けれど決勝戦で試合をするのは二校だけである。 氷帝と立海大の決勝戦だけ。
となれば、不動峰のテニス部員達のとる行動は一つ。 観戦などしなくとも良い。 試合内容に関しては、自分の所の優秀な生徒会がきっちりと情報収集してくれている事だろう。後でビデオでも見れば十分……と、見に行く気はなかった不動峰メンバーである。 そんな時間があるなら練習して、強くなりたい一一一一。 強くならなければならない一一一一と、黙々と練習に明け暮れる事を望んでいた彼等が、観戦よりも特訓を選んだのは、当たり前と言えよう。
だから。 決勝戦の日も不動峰は部活優先で、テニスコートで練習をしていた。 一一一一一のだが……。
「な、なんで、今日に限って、試合観て来いなんて………」 「そうそう……し、しかも走って行けだ、ったよな」 「じ………地獄……だ………」 「フ、フフフ……さすがはドSのリョーマ君。この僕も、さすがにこれは効いたよ……なんだか自分の中のMの部分が刺激されたっていうか……フフフ………たまらないね……」 「………………………。」 1人だけどこかに逝っちゃってる伊武は放っておこう。
突然、テニスコートに現れた副会長は、テニス部員に『特別メニュー』と称して、試合会場までのマラソンを強要してくれた。距離も人間並じゃないが、一番の苦労と言えばこれだろう一一一一手荷物持参のパワーリスト付きジャージマラソン。にたりと眼鏡の奥で笑っている副会長は、本気モードだった。 伝家の宝刀『リョーマの命令』を突き付けられれば、彼等に逃げる余地など皆無。泣きながらマラソンをするしかなかった。
一一一しかし、会場に着いたはいいが、不動峰メンバーは橘と伊武を残して見るも無惨な屍と成り果てていた。特に神尾は悲惨だ。速攻型で持久力が他のメンバーより劣っている神尾である。このフルマラソンで、精根尽き果てて、すでに喋る気力もなく突っ伏していた。かろうじて意識がギリギリあるかないかという感じであった。 そんな散々たるメンバーを高評価したのは副会長である。 「しかし本当に持久力がつきましたね。1人の脱落者もなかったところは賞賛ものですね」 「ああ。日頃の成果が出てきてるからな」 副会長の評価に橘も頷いた。 正直、ここまで持久力がついていたとは思わなかったからである。 自分も含めてこの人間離れした距離を走りきれるとは一一一一なおかつ、全員が完走できるとは思っていなかった橘の驚嘆は大きい。 特訓のしがいがあったという、目に見えた成果に喜びが溢れてくる。 疲労困憊であったが、他のメンバーも橘と心情は同じだった。 「こ、これで……スタミナ負けする、ことは、ない、な」 「あ、ああ……青学のマムシに、だって、ま、負けやしねぇー……ぜ」 「これ、からの、し、試合が……楽しみ、だな」 「フフ、フフフ……やっぱりこの快感を試合で晴らさなっくちゃいけないよね……相手をギリギリまで嬲って、嬲って………」 「い、伊武! 落ち着けッ!!」 「マッド顔で笑うなッ!!」 「それは全国大会用にとっておけッ!!」 「…………………………………………」 伊武の壊れた発言に、疲れも吹っ飛ぶメンバーであった。 なんだかんだと言って元気の残っているメンバーを見回した副会長は、眼鏡フレームを直しながら意味ありげに笑った。見るからに腹黒い……根性悪いという微笑に、嫌な予感が止まらなかった。 全員が思った。
((((((………死ぬかも知れない………))))))
ごくり、と誰かの喉がなった。 じわりと汗が浮かぶ。もちろん冷や汗だ。 数分にも満たない時間が、恐ろしい……。 キラリと何処かのデータ命の鬼畜眼鏡のように、妖しく光った眼鏡を見なかった事にしたかった不動峰メンバーであった。
「元気そうでよかったです一一一一帰りもマラソンで帰って来いとの命令でしたけど………この分でしたら大丈夫そうですね」
シーーーーーーーン
途端に、不動峰の一団の周囲だけ異様に重苦しくなった。 空気が重く、とぐろを巻いたような暗雲とした暗さが不動峰に漂う。 まるで一一一お通夜のようだった一一一とは、彼等を見かけた山吹の某レギュラーの言葉である。
さすがの橘も、今度は言葉を言い返す気力はなかったそうな。
一一一一一神奈川県内、某総合病院。 リョーマはここに来ていた。二度目の訪問である。 大きな敷地に建つ真っ白のな建物は、これでもかと消毒液臭い。この場所に来ると、何故か清潔というよりも『抗菌』というイメージが先に立つ。なんでもかんでも消毒している場所一一一そう、リョーマには印象づけられていた。いつ来ても常に消毒しまくっている場所だと、病院の入り口付近から漂う匂いにリョーマは僅かばかり、顔を顰めた。 入り口から患者がごった返す広いロビーを抜けてゆけば、階段一つのぼるごとに消毒液の匂いが色濃くなってゆく。段々と人の気配も喧噪も少なくなって、どこか寂しい雰囲気を醸し出す病院の廊下をリョーマは奥へと歩いて、見覚えのある扉の前で立ち止まった。
『幸村精市』 その病室の名前表記を前に、リョーマの足は動かなくなった。 (……今日は手術の日………) 無言で佇んでいると、病室のドアが内側から開いた。 穏やかな微笑みを浮かべて幸村が顔を覗かせた。 「やっぱりリョーマだったね」 気配を読んだのか、感が冴えたのか……幸村はリョーマの事に関しては、異様に鋭さが増しているようで、こうして幸村が出迎えるのは、いつもの事である。リョーマが逡巡して帰ろうとしても、その前に彼を見つけてしまうのだ。 幸村がリョーマを見逃すことなど決して無い。 いつもの笑顔でリョーマを迎え入れたのだった。
懐かしい微笑を見せる幸村に促されて、リョーマが病室へと入った。 病室内は前に来た時とさほど変わってはいないようだ。変化と言えば、ベッド脇に吊るされている千羽鶴が増えていたことぐらい。元々物を持ち込む性格では無いのだろう。簡単な着替えと身の回りの必需品ぐらいしか置いていない部屋である。 殺風景だが、彼らしいとリョーマは内心で思った。 自分に必要なモノだけを置く部屋が、彼らしい……と。そんなことを考えながら、ベッドに戻った幸村の側に寄ったリョーマは、淡々とした口調で言った。 「一一一一手術、頑張って」 短い言葉だが、そこに含まれている想いが深いことを幸村は知っている。 どれだけ不安であるかということも。 ……だから幸村の応えは一つしかなかった。 「僕は大丈夫だよ、リョーマ」 「でも…」 「大丈夫だから」 「………。」 瞳を揺らすリョーマに幸村は言葉を重ねた。 何度も、何度も繰り返してリョーマの宥めようとする。 「安心して待ってて」 「幸村……」 「大丈夫、君の場所に戻って来るから」 「………………。」 「そしたら、またテニスしよう。リョーマが待っててくれるって言ったから僕は頑張れるんだ。絶対に克服してまた君とテニスしたいという希望がわいたんだよ。だから大丈夫。手術は成功するし、全国大会にも出場するから一一一一そんな顔、しないで」 「………うん」 何度か『大丈夫』を繰り返して、ようやくリョーマが首を縦に振った。まだぎこちないが、最初のような見るからに不安でいっぱいになっていた弱さは見えなくなった。表情も無表情であったのが、徐々にやわらかくなっていった。彼本来の強い生気が漲っている瞳一一一一傍目にも判るほど、リョーマは安定した。 その変化を誰よりも判っているのが、当の本人でもあった。 「なんか、幸村にはいつも励まされている………。本当はオレが幸村を励まさなくちゃいけないのに、うまくいった試しがないよね……」 リョーマは苦笑した。 本当ならこれから手術をする幸村に『大丈夫だから』と言うのはリョーマの方なのに……。 「励ましに来たのに励まされるなんてね……」 そんなリョーマの言葉に幸村は薄く微笑してやんわりと言った。 「君が見舞いに来てくれただけで僕は励まされているから大丈夫。僕の不安はそれだけで消えてしまうんだ。ほら、こうして側に来てくれてリョーマが見てくれている……。信じられないくらいに勇気が湧いてきて、手術は成功するって一一一一思えるんだ」 リョーマが驚きに目を見開く。 幸村の言葉は何よりもリョーマの心に響いた。 「どんな不安だってリョーマが待っていてくれるから大丈夫なんだ。待っていてくれるから先に進みたいって希望が溢れてくる」 幸村は自信に満ちた瞳でリョーマを見つめた。 「だから頑張るよ」 「……うん。頑張って」 リョーマが素直に言葉にする。 いつでも心の中でしか言わない言葉一一一それを幸村がリョーマから引き出した。 「オレ、幸村とテニスしたいから……」 リョーマの本音だった。 いつもは絶対に口にしない言葉である。幸村がリョーマと離れてからは、特に口にしなかった言葉で、リョーマは意識的にそれを封印していたのだ。
一一一けれど封印は解けてしまった。 失われてしまうかも知れない恐怖が、リョーマにその言葉を言わせたかもしれないが、それにしても幸村にだけしか出来ないことだと言って良い。誰でもと言うわけではない。リョーマがここまで素直になるのは、本当に珍しいことなのだ。 リョーマにとって幸村は、大きな存在である。 なくてはならない存在の願いだからこそ、リョーマはちゃんと受け取って返したのだ。
「約束するよ」 「うん。待ってる」 「行くから」
一一一一試合会場で逢おう。 心の中の言葉は二人とも同じであった。
しばらくしてやって来た看護婦と連れ立って出て行く幸村を見送ったリョーマは、サイドボードに飾られた卓上カレンダーを手に取った。赤く囲んだ丸の所には、関東大会決勝と手術日の文字が書き込まれている。 「………」 無言で見ていたリョーマは何所からかペンを取り出すと、なにやら書き込んで満足そうに笑って卓上カレンダーを元に戻した。赤丸の隣にちょっと大きな文字で書き込まれたメッセージ。 きっと手術後に見るだろう。 彼へのメッセージなのだから。
『Let's fight in the national athletic meeting!』
そして、幸村精市の手術は始まった。
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