観能雑感
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2006年06月17日(土) 第15回 浅見真州の会 独演三番能

第15回 浅見真州の会 独演三番能  国立能楽堂 AM11:00〜

 三番と銘打ってはいても、『翁』付きなので実質それ以上。
 酷い咳を皮切りに寝込む。気管支炎。当日、できれば寝ていたいと思ったものの、真州師がこのような無謀な会を催すのもこれが最後であろうと思い、なんとか出かける。観る方にも気力と体力を要求される今回、あらゆる判断能力が低下してたのはかえって良かったかも。
 中正面前列正面席寄り。目付柱の正面で、小鼓方が隠れる。見所は満席。三役の配役に妥協なし。
 
『翁』弓矢立合
浅見真州、武田 志房、観世 恭秀
面箱 山本 泰太郎
三番三 山本 則直
千歳 浅見 慈一

能 『山姥』雪月花之舞
シテ 浅見 真州
シテツレ 鵜澤 久
ワキ 森 常好
ワキツレ 舘田 善博、森 常太郎
アイ 山本 則直
笛 松田 弘之(森) 小鼓 鵜澤 速雄、大倉 源次郎、鵜澤 洋太郎(大) 大鼓 亀井 忠雄(葛) 太鼓 金春 國和(春)
地頭 浅井 文義

 常の翁とは異なり3人登場。面はかけない。弓矢に関する独自の謡と所作が加わる。荘厳さは常の翁の方があるように感じた。通常ならば揉み出しまで大鼓は入らないが、弓矢立会から参加。
 三番三は円熟した役者ならではの重厚さで、勢いを外に放出するのではなく内に溜めているようだった。

 三番三開始時に切戸から退いた地謡が再び素襖烏帽子姿のまま登場。小鼓は源次郎師が残った。観世流では略式初番目物として扱う『山姥』は、翁付脇能の場合真之次第(今回は次第)に替えて音取置鼓が奏されるという本来の形式に則っていた。翁付脇能そのものの上演頻度が低く、またあっても通常どおり真之次第が奏されることが多い昨今。翁を勤めた役者がそのまま脇能のシテを務めるという形式を踏襲する場が、限りなく少ないためだと思われる。今回貴重な機会を得た。笛の音取がこれまでの緊迫した空気を和らげるように、しかし程よい緊張と清涼感を運んで来た。
 ツレの鵜澤久師は小柄でいかにも愛らしく、京で人気の女曲舞師という役柄にぴったり。シテの幕内からの呼びかけで、気温がすっと下がったよう。唐織着流しに、面は姥系(桧垣であることが後日判明)。鬘は結わえず被髪。面はその時々で酷く年取っているようにも、また若々しくも見え、ただの人ではないという怪しさと近寄り難さがあった。
 後シテは山姥の専用面に元結付の白頭。半切、大壷折の唐織も白が基調。地次第の後常にはない舞が入る。序之舞に近いようなしっかりした位の中之舞で開始。シテはこのときは鹿背杖を扇に持ち替える。常の中ノ舞の位から急之舞になって終了。立回りでは再び鹿背杖を持った。地謡は今ひとつ決まらない感じ。
 身体の使い方に卓越した技術をもつ方であるので、見栄はするが、自然そのものの化身とも、悟りには遠く、永遠に彷徨い続ける人の姿とも思える山姥という抽象的な存在の大きさが、残念ながら足りなかったように思う。劇的な表現に優れたこの方にとって、もっとも難しい内容の曲なのかもしれない。

狂言 『末廣かり』
シテ 山本 東次郎
アド 山本 則孝、山本 泰太郎

 則孝師扮する太郎冠者が、すっぱの説明を本当に信じているように見え、そこが山本家の強みだと思う。東次郎師の美しい所作を楽しみつつ、すっきり楽しい時間が過ぎた。

 翁開始から狂言終了まで3時間40分。この間囃子方は舞台に居続ける。笛方と太鼓方は正座し続けなければならず、考えただけでも大変そう。そして太鼓方の出番は『山姥』の立回りまでない。ある種の苦行ではなかろうか。

能 『求塚』
シテ 浅見 真州
シテツレ 馬野 正基、長山 桂三
ワキ 宝生 欣哉
ワキツレ 大日方 寛、梅村 昌功
アイ 山本 東次郎
笛 藤田 大五郎(噌) 小鼓 幸 清次郎(清) 大鼓 安福 健雄(高) 太鼓 観世 元伯(観)
地頭 梅若 六郎
 シテとシテツレが橋掛りに登場。シテの面は若女か。この後に続く早春の菜摘の風景は陰惨な内容のこの曲の中で唯一明るさがある場面。もう少し軽めでもいいのになあと思い始めたとたん睡魔に襲われ、以後、シテが塚の中に入って中入するまでウトウト。 間語は単なる前場の要約ではなく、詞章では触れられなかった菟名日処女を巡る死して後も続く争いに付いて詳しく語られ、聴き応え十分。
 後場、引廻しが外され塚の中に座した態のシテが姿を現すが、ちょうど柱に隠れてしまい見えず。全身を捉えられたのは塚から出てきた時。面は痩女か。大口は薄黄。水衣(だったような気がする。うろ覚え)は秘色。救済を願いつつも、少女は再び塚の中に戻って行く。その後ろ姿には、それでもいいのだという、諦観のようなものが漂っていた。
 太鼓はなんとなく調子が低いように感じた。調べ緒を締めなおさない流儀は湿度が高いこの季節、尚更大変なのかもしれない。
 副地頭に万三郎師となかなか実現しない地謡の構成。しっとりと丸みを帯びた艶があった。

一調 
『松虫』  山本順之  小鼓 北村 治

仕舞
『源氏供養』  観世 清和
『弱法師』  観世 銕之丞

能 『融』十三段之舞
シテ 浅見 真州
ワキ 殿田 謙吉
アイ 山本 則重
笛 一噌 幸弘(噌) 小鼓 曽和 正博(幸) 大鼓 亀井 広忠(葛) 太鼓 金春 惣右衛門(春)
地頭 野村 四郎

 前場は淡々と進行。殿田師の僧はあえて老人の胸中に渦巻く様々な想いには触れないようにし、相手の感情の渦に引きずられるのを避けているかのよう。これはこれで面白い味わい。正先で担桶を舞台より下に下ろして水を汲む所作、持ち上げるときは水が入った分の重みが感じられた。
 後シテは白地の直衣に赤地の指貫。初冠は垂纓で頭頂部に草花を模したような飾り(よく見えず、詳細不明)と飾り紐を左右に垂らしていた。小書付のため舞は長大。黄鐘五段は比較的しっかり、盤渉になってからは高速で疾走。惣右衛門師のリズム感覚と統率力に改めて感服。笛と大鼓は位を上げたいというのは如実に伝わってきたが、速ければいいというものでもない。迫力はあった。同じ小書で以前に聞いたものとは別物。シテはまったく動じず軽やかに舞続けた。この曲は小書によって全く異なった雰囲気になるが、今日の融はせっかく贅を尽くして作った庭なのだから、楽しまなければ損であるといった態で、自ら遊興に没入していくように見えた。回向も願わず、月世界の住人として月光の中に消えて行く最後は何度観ても良い。
 今回に限ったことではないが、調和という観点からみると、広忠師の在り方には首を捻りたくなる。舞の後、幸弘師の肩が上下しているのがはっきり見え、体力的負担の大きさが伺われた。

 AM11:00に開始、終了はPM7:10。休憩は20分と10分が一回ずつ。耐久レースの感あり。長大な番組を一定以上の水準で飽きさせることなく魅せたシテの力量と、体力、気力には感服するが、観る側からすると、何も一度にまとめなくてもいのでは、というのが偽らざる気持ち。貴重な体験にはなった。
 今日は周囲も比較的落ち着いていて助かった。これが普通だと思うけれど、そうでないのが能楽堂。



2006年06月04日(日) 観世会 定期能

観世会 定期能 観世能楽堂 AM11:00〜

 片山九郎右衛門師のシテがあるのでチケット購入。が、当日持病による痛みが強く身動きとれず。以下、番組のみ記載。哀しい。

能 『淡路』
シテ 津田 和忠
シテツレ 坂井 音雅
ワキ 大日方 寛
アイ 高澤 祐介
笛 藤田 次郎(噌) 小鼓 森澤 勇司(清) 大鼓 柿原 光博(高)
地頭 坂井 音重

狂言 伊文字
シテ 三宅 右近
アド 高澤 祐介、三宅 右矩、三宅 近成

能 『半蔀』
シテ 片山 九郎右衛門
ワキ 宝生 欣哉
アイ 三宅 右近
笛 藤田 六郎兵衛(藤) 小鼓 鵜澤 速雄(大) 大鼓 柿原 崇志
地頭 観世 清和

仕舞
『芦刈』  寺井 栄
『芭蕉』  観世 清和
『自然居士』  観世 芳宏
『猩々』  角 寛次郎

能 『善知鳥』
シテ 武田 志房
シテツレ 木原 康乙
子方 藤波 重紀
ワキ 村瀬 純
アイ 三宅 近成
笛 内潟 慶三(森) 小鼓 曽和 正博(幸) 大鼓 亀井 広忠(葛)
地頭 谷村 一太郎



 というわけで(?)、2006年W杯ドイツ大会開幕。筆者は年季の入ったサッカー好きの南米贔屓でアルゼンチン・ファンである(とりあえず初戦は勝った。しかし、何とも厳しいグループだ)。サッカー好きとしては何よりもまず、面白く、そして美しい試合が観たいのだ。それにしてもロケ・サンタクルスの見目良いことよ。眼福眼福。うひゃひゃひゃひゃ。


こぎつね丸