| 2002年12月31日(火) |
2002年を振り返って |
いよいよ今日で2002年も終わりです。いやー、例年になく濃い年でした。ちなみに今は紅白見ながらコレかいてます。お節の残りをつまみながらね。そうそう、今日はゲームを買いましたよ。家族共同出資で『桃太郎電鉄10』。そんなに変更点はないですけど、相変わらず家族ではまるゲームですわ。多分明日も明後日もやってそう。あ、ゲームって言えば『みんなのゴルフ3』をやりました。ちょい難易度が上ってますな。親父様、妹、俺でやって俺がダントツ最下位。久々に親父に金払いました。くそう。 ま、何はともあれ年の瀬ということで今年を振り返ってみようと思います。 ☆今年のニュース(世間一般) ・井原正己引退 ・日韓ワールドカップ ・アルビレックス昇格ならず どれも何気にサッカーがらみっすね。井原さんの引退は何よりも大きかったです。ジョンのサッカー人生が一段落しました。もう何か本当お疲れ様でした。ずっとずっとありがとうございました。それしか言えないです。ワールドカップは教育実習中だったんであまり見られなかったんですが、それでも燃えましたね。2006年が楽しみです。アルビレックス惜しかったですわ。来年も応援します。元日本代表の山口の加入が嬉しかったっす。大阪からJ2は見に行けそうにないですが、本気で応援してます。
★今年のニュース(ジョン) ・教採合格。 ・フットサルの大会で後頭部強打しながらも優勝&桂川祭のスポ祭で準優勝 ・若作りのため、コンタクトレンズ着用 ま、大したニュースじゃないんですけどね。教採合格以外。今年は教採とサッカーの年でした。コンタクトの調子もいいっすよ。
☆今年のアーティスト ・MONGOL800 ・柴田淳 ・中島みゆき MONGOL800はかなりヒットでした。柴田淳とともにこおの一年を通してずっと聴いてました。中島みゆきは『ファイト!』とか『わかれうた』なんかで再燃。やっぱあの人すごいっす。
★今年のマンガ ・平成酔っぱらい研究所 ・まっすぐにいこう ・キス いっぱい読みましたが少女マンガをたくさん読みました。マガジンとジャンプは買い続けましたしね。マンガはいいもんです。
☆今年のゲーム ・FFシリーズ(5、6、9、10) ・真・三国無双2 ・ラグナロック オンライン どれもよいゲームでした。『FF』は気分転換に最適でした。『ラグナロック』はβ版だったんですが、かなり良いできでした。製品化に期待です。来年はオンラインゲームでもやろうかな。
★今年の小説(コメントなし・順不同) ・ハリーポッターシリーズ ・海がきこえる ・冷静と情熱のあいだ そういえば今年あまり本読んでないです。『ハリーポッター』くらいですね、新しいの。うん、どれもおもしろかったですよ。『海がきこえる』はもう愛読書っす。
♪よく聴いた曲(順不同)♪ ゆず『てっぺん』『3カウント』『アゲイン2』『友達の唄』 七緒香『なごり雪』『感情のしっぽ』『命の水』 柴田淳『それでも来た道』『月光浴』『空の色』『美しい人』 B‘z『熱き鼓動の果て』『SIGNAL』『もう一度キスしたかった』 『いつかのメリークリスマス』 GLAY『Winter, again』『Missing you』『way of difference』 MONGOL800『あなたに』『夢叶う』『矛盾の上に咲く花』 スピッツ『チェリー』『愛のことば』『楓』『君が想い出になる前に』 一青窈 『もらい泣き』 織田哲郎『咲き誇れ愛しさよ』 松たか子『桜の雨、いつか・・・』 井上あづみ『君をのせて』 中島みゆき『最後の女神』『わかれうた』「ファイト!」 ロード・オブ・メジャー『大切なもの』 大黒摩季『アイデンティティ』
来年も元気に行きましょう。
今日は久々に買い物に行ってきたっす。卒論そっちのけで。目的は高速バスのチケット購入だったんですが、ついノリで髪切ってきました。「ブラージュ」っていう全国展開している安い床屋なんですが、悪くなかったですわ。むしろそこらの床屋で3000円出すくらいならここ行きますね。顔剃り、カット、シャンプーで1900円くらいでした。最近この手の安い床屋増えてますよね。美容院に3000円払うなら納得いきますけど、床屋にはそんなに払いたくないっす。で、さっぱりした後、紀伊国屋で卒論関係の本を漁ってたんですがどれも高い。もうこれ以上金使う気にはなれなかったんでキーワードだけ覚えて棚に戻しました。それから文庫本のコーナーで最近話題の映画『黄泉がえり』の原作を買い、スポーツショップへ。アルビレックスのストラップを買いに行ったんですが、微妙なデザインだったんで保留。そのまま隣のダイエーでアウトレットの服屋とモノコムサを物色。ん〜、初売りに来ようかな・・・。 それからちょい歩いてブックオフへ。新潟大にも教育学部があるから教育関係の本があるかと思いきや全くなし。結局3時間ほど漫画立ち読みして帰ってきました。 いい気分転換にはなりました。さて、今日もがんばりましょう。(現在12・28午前2時)
いよいよ卒論も大詰めなはずなんですけど、全然進みません。もしかしたら本当にまずいものができるかも。ちょっとしばらく集中します。年内に終わったらいいなぁ。まず無理だろうけど。
世間一般ではクリスマスイヴらしいですが、ジョン(21歳・独身)には関係ありません。 さて今日は高校に行ってまいりました。就職の報告にね。多くの先生方が同じ県で勤務できないことを残念がってくださいましたが、ジョンも残念ですよ。恩師に「これでお前とも同僚か」って言われてあらためて自分が選んだ道が教師であることをかみしめました。来年は少なからず今までお世話になった方々と肩を並べなければならないと思うとすんごいプレッシャーです。もちろん自分で選んだ道ですから、覚悟もできてますし、やる気もありますけどね。さすがに重いです。 そんで友人と元担任にご挨拶に伺おうと思ったんですが、残念ながらお出かけになるそうなので電話で報告。喜んでいただけました。 他にすることもないので友人とモスでシャベリング。そいつは高校の時好きだったヤツなんですが、相変わらず美人なんですわ。ただ中身は黒い×2。もう好きだとか思いませんでしたよ。ま、何気に上越人とあまり接触がないので色々近況報告。いやー、どんどん街並みが変わってくみたいですね。浦島太郎モードですよ。それでもあの街に帰ると、心地いいです。ふるさとっす。 また同窓会でも、と言って駅で別れてジョンは新潟市へ。実家に帰らねばなりませんから。電車で揺られること二時間。やっと着きました。外は雨。山梨から帰るとき晴天だったからおかしいなとは思ってたんですが、ここで来ました。雪男っすからね。実家では「おまえが動くたびに何かが起きる」って言われてます。まっすぐ家に帰ろうと思ったら親父様から電話が。どうやら仕事が終わったらしいので一緒にタクシーで帰ろうとのこと。ま、それはいいんですが何故か親父の会社ではなく近くの「NEXT21」ってビルに呼び出されました。そこはレストランとかラフォーレとか入ってるファッションビルなんすけど、何でそこに呼ばれたか全然分からないままバスに乗ってそのビルに行きました。で、また電話したら「17階に来い」と。仕方がないので荷物持ってエレベーターに乗ったらカップルだらけ。ちょっとみじめな思いをしながらエレベーターを降りたらそこには飲み屋とカラオケ。そこでまた電話。「飲み屋に入れ」。はあ。暖簾をくぐったら親父様と30代の男性2人に、俺と同じくらいの女の子が3人。きょとんとしてたら「まあ、座れ」とのこと、よく分からないまま座ってみました。そしたら女の子が「全然似てないですよ」とか言ってるんです。で、話を聞いたら男性は全員妻子持ちなんですが、女性陣は独り身。そこで「あぶれた者の会」を開いてたらしく、そこにウチの親父様が顔を出させられてたらしいんです。親父様は「息子が帰ってくるから」と帰ろうとしたらしいんですが、「息子を紹介しろ」「連れて来い」と言われ、俺を呼んだそうです。 ということは、彼女ら彼らは親父様の同僚の方々。つーことは女性陣は全員俺より年上?
はあ。帰っていいですか?
ま、でもここは親父の顔を立てて黙ってニコニコしてれば・・・ 店員「お飲み物は?」 ジョン「とりあえず生中♪」 ・・・つい・・・ というわけで愛想笑いしながら一杯飲んで帰りました。
ええ、今年最後の飲み会は 「某銀行あぶれた女性の会inクリスマス・イヴ」でした。 一体何なんだ・・・。
| 2002年12月23日(月) |
2002最後の日記☆改定☆ |
今年も終わります。もう20日の日記で締めちゃったんで何も書く事ないんすけどね。 とにかく今年は「自分勝手な年」or「わがままな年」でした。人に甘えることが多かったすね。正直自分のことで精一杯だったてのもありますけど、もう少し人のことを考える余裕があればな、と思いました。思いやりの欠如っす。人間としてマズイじゃん、自分。今年の目標は「フルパワー」でした。がむしゃらに全力で闘おうと。じゃなきゃ喰われましたからね、相手に。何とかやりすごせたかな。とりあえずいくつかの闘いを終えて悪くない成績って感じです。大阪だけど教採受かったし。うん、結果はよかったけど生き方間違った年だったかもね。ダメダメか。 来年の目標は何かなー。ま、また新しいスタートの年、ライフステージを一段上るわけなんで「初心忘るべからず」かな。来年は結果よりも過程を大事にしてみようかな。そして「人にやさしく」。胃を壊すくらい他人への思いやりを大事にしたいっす。今年の分もね。
さっさと卒論終わらせてゆっくり正月迎えたいな。 と、ここまで書いたあとに今年の日記を読み返して愕然。間違いなく最近の自分はダメです。今年前半の自分のほうがオレは好きです。もう1度。もう1度、初心に返ろう。こんなんじゃ、ダメだ。どこをどう直したらいいのか分からないけど、このままじゃダメだ。絶対に。
| 2002年12月22日(日) |
十年構想〜少年の日の夢〜 |
十年前、日本のプロスポーツと言えば野球だった。野球しかなかった。 しかし、世界は違う。白と黒のボールに夢も、生活も、何もかもを託す人が多くの国にいた。それがサッカーだった。遠くイングランドで生まれたサッカーは、長い道のりを経てこの島国にやってきた。伝道師は英国海軍、実に明治6年(1873年)のことである。その後多くの先達たちの手と足で支えられてきて、1993年プロ化した。Jリーグ。老若男女を沸かせるスポーツの誕生だった。それは、サッカーをする全ての人たちの夢だった。言葉にできないほどの感動。サッカーが何人で行われるかも分からないのに騒ぐサポーターの横で、何人のサッカー人が涙を流したことだろう。プロ化に間に合わず引退していった老兵たちも、それを待ち望んでいた若き戦士たちも、あのユニフォームに袖を通すことを目指した少年たちも、全てのサッカー人が、あの時を忘れないだろう。 あれから十年。状況は変わった。サッカーは国民的スポーツとして認知され、ついにはワールドカップが日本で開催されるに至った。Jリーグもプロリーグとして確立しつつある。ヨーロッパと比較したらなまぬるい玉蹴り遊びかもしれない。それでも、サッカーと呼べるレベルのものになった。その成長は筆舌に尽くしがたい。 今、老兵はソファから見守る。世界で戦う戦士たちの闘いを。 今、戦士は闘う。現実となった世界の頂きを目指して。 そして、少年は夢を見る。自分の足の輝きを信じて。
今日TBS系「スーパーサッカープラス」でJリーグ十周年を記念して特別番組が放映された。それに沿ってこの十年を振り返ろう。
〜Jリーグベストイレブン〜 3回 藤田俊哉 福西崇史 三浦和良 柱谷哲二 ビスマルク ストイコビッチ 4回 秋田豊 中山雅史 名波浩 相馬直樹 5回 井原正巳 ジュビロ、アントラーズの選手が多い。どの名前を見ても日本のサッカーを支えてきた選手に違いない。5回獲得した「井原正巳」の名前がでた時にまず泣��
〜1993年〜 黄金カードと呼ばれたのがヴェルディ川崎対横浜マリノスだった。日本リーグ時代からの因縁は消えない。 1stステージ優勝はジーコ、アルシンド擁する鹿島アントラーズ。2ndステージはカズ、ラモスを筆頭にスター軍団と言われたヴェルディ川崎が優勝。総合優勝はヴェルディ川崎。 MVPは日本のエース、カズ。ブラジル仕込みのプレーを見せた。
〜1994年〜 1st優勝はサンフレッチェ広島。GK前川、MF森保、FW高木とバランスの良さが光った。2nd優勝はヴェルディ川崎。総合はヴェルディ川崎がもぎとり2連覇を飾った。MVPはペレイラ。ヴェルディのDFの要としてレベルの高いプレーを見せ活躍した。
〜1995年〜 中田・名波・森島・川口がデビュー。1stを万年優勝候補と言われていた横浜マリノスが優勝。2ndはヴェルディ川崎。黄金メンバー最盛期を迎える。ヴェルディ有利との周囲の見方を覆し、総合優勝は井原正巳の決勝点により横浜マリノスだった。井原のゴールシーンと早野監督の涙で泣�� しかしMVPは名古屋グランパスのストイコビッチだった。Jリーグ史上最高のファンタジスタ。そのプレーは時を止め、日本人プレーヤーに大きな影響を与えた。そのスーパープレーに泣��
〜1996年〜 この年はワンシーズン制が導入され鹿島アントラーズが優勝。ジーコの指導により王者が復活する。MVPはブラジル代表のジョルジーニョ。DFからOFまで鹿島の中盤をレオナルドとともに支えた。
〜1997年〜 稲本・中村・アレックスがデビュー。1stステージをアントラーズ、2ndステージをジュビロが制し、2強の時代が訪れる。総合優勝はジュビロ磐田。MVPはそのジュビロを率いたドゥンガ。ブラジル代表のキャプテンはそのずべてにおいて世界最高峰だった。
〜1998年〜 小野・高原がデビュー。フランスワールドカップ本大会に初めて出場し、Jリーグの真価が問われた。結局一勝もできず終わってしまうが、その舞台で戦う姿にからだが震えた。 1stステージをアントラーズ、2ndステージをジュビロが制す。この年はアントラーズがリベンジを果たす。ワールドカップの影響もあってかMVPはジュビロの中山。 ドゥンガが日本を去る。開幕当時から多くの外国人に支えられていた。ジーコ、リネカー、マッサーロ、スキラッチ、ディアス、ラウドルップ、ブッフバルト・・・。本当に多くの素晴らしい選手が、そのプレーで、Jリーグの発展に尽力してくれた。その映像に泣�� 「感動をありがとう」レオナルド(鹿島) 「あなたたちのことは一生忘れません」ストイコビッチ(名古屋) この年から入れ替え制度が導入され、必死の降格争いが展開された。福岡、札幌、多くの涙が芝に散っていった。
〜1999年〜 1stステージでついに清水エスパルスが優勝。2ndステージでジュビロが優勝し、静岡対決に。チャンピオンシップ第2戦でアレックスが退場してしまい、誰もがジュビロの優勝を確信するが、清水の沢登のFKを口火に逆転。最後はPK戦になりジュビロが優勝。だが「ドーハの悲劇」を味わった沢登が優勝時に見せた涙は熱かった。泣�ァ�MVPはアレックスが獲得。
〜2000年〜 1stステージを横浜マリノス、2ndを鹿島アントラーズが制し、総合優勝はアントラーズだった。この年アントラーズはナビスコカップ、天皇杯も加えて初の三冠を獲得。完敗だったチャンピオンシップで、鹿島のウイニングランの横で、悔しくてボトルをグラウンドに叩きつける中村の涙する姿が印象的だった。泣�Α�MVPはその中村。若きファンタジスタに栄冠が贈られた。
〜2001年〜 1stステージを前年無冠だったジュビロ磐田が最速優勝。2ndステージはジュビロと勝ち点1差で辛くもアントラーズが優勝。総合優勝もアントラーズ。しかし年間順位を見ると勝ち点17差でジュビロが1位。チャンピオンシップのたった2試合が王者と敗者を分ける。ただ、その悔しさは翌年果たされることになる。 〜2002年〜 日韓共催のワールドカップが開幕。 (vsベルギー)2−2 鈴木のつま先から日本の夢が始まった。続いてプレミアリーグのアーセナルで1年間ベンチ生活を送った稲本がゴールを決めるも、世界の壁は厚く2−2で引き分ける。 (vsロシア)1−0 ヒーローが加速する。稲本のゴールでワールドカップ初勝利。しかしその裏には夢叶わなかった者たちがいた。中村俊輔、名波浩は結局代表メンバーに選ばれず。高原直泰は体調に問題があり同じくメンバー落ち。日本中が期待した彼らのプレーは世界の舞台で見れなかった。泣�� (vsチュニジア)2−0 前大会ではわずか11分間の出場だった森島寛晃がゴール。同じく前大会では開幕直前にメンバーから外れた市川がその日最高とも言えるフェイントからクロスをあげて 泣�─∈埜紊話翕弔�ダイビングヘッドで相手GKの股を抜き、決勝トーナメント進出を決める。 (vsトルコ)0−1 遠くブラジルから来た留学生アレックス。時を経て彼は日本に帰化し、その足で日本人に夢を見せた。アレックス改め三都主の祈りを込めたFKはたった15cmの鉄棒に妨げられる。日本の夢物語はそこで終わった。 「日本サッカーの監督であったことを誇りに思います」トルシエ監督が涙ながらンに言った。何度もマスコミに叩かれたが、それでもあきらめずに日本代表を導いた。間違いなく日本のサッカーをレベルアップさせた一人だ。彼に感謝したい。彼がいなければあの夢は見れなかった。絶対に。 8年前は出場すらできなかった・・・ドーハの悲劇 泣�� 4年前は1勝もできなかった・・・ジョホールバルの奇跡 泣�� 何度も涙を流してここまできた日本。今回流れた涙も、4年後への光。 泣��
涙腺弱くなりました。この番組涙なしでは見れません。Jリーグと歩いてきた十年、サッカーが何度も自分を支え、そして強くしてくれました。 今年のワールドカップが終わったとき、もうサッカーで涙は流せないと思いました。いけるところまでいった。あの時、少年のとき見た夢は叶えられたから。でもそれは間違いでした。まだ上はあるし、何よりボールを蹴りつづける限り、そこに感動が生まれるから。サッカー人すべてがファンタジスタという私の考えは間違っていないはず。 老兵が杖をつきながら蹴るボールからも、 戦士がその全てを賭して蹴るボールからも、 少年が夢を込めて蹴るボールからも、 どこからもファンタジーは生まれる。 これからもサッカー人です。一生私はサッカー人です。 それが自分の誇り。ちっぽけな自分だけど、これからもサッカーとともにありたいです。
卒論やらんと!!間にあわねえよ!いやマジで。
今日はマッチョにブックオフに連れていってもらって本を売ろうと思ったんですが、雪が凄くて行けませんでした。去年も確か12月21日に雪降ったよな。 で、二人でコンビニに行ったらN尾先輩としのっちが。二人で立ち読みかよ!と突っ込んで帰ろうとしたら御飯に誘われ、久々にロッキンへ。N尾先輩にかなりおごってもらっちゃったんで安く済みました。ありがとうございます。 よし、おまえ卒論やれ。
日記を書き始めてついに1年が経ちました。ま、案の定今年も飲み会だったわけですが。いわゆるひとつの忘年会ってやつですね、オレンジの。楽しかったっす。
帰り道、YUZUKIから言われた言葉 「ジョンはこの1年で何か変わったかい?」 変わったのかな?変わったかもね。ずっとこの1年いろいろがんばってきたし。22年のうちで一番変化が大きかったかも。それがよい変化だったかどうか分からない。成長はできたのか。大きくなれたのか。分からない。結果として見えないからね。 ただ、オレだけは今年の自分をちょっとだけほめてあげたいと思います。多くの人に迷惑かけたり、傷つけたりしたことは許されないことで、たぶんそんなこと人に言ったら殴られると思うんで、あくまで自分の中だけですけど。それでも「がんばった」かなと思う。勝手な話ですけど、ホント。あらためて自分を見なおして、そこから前を向けたことは自分にとってとても大きいことでした。この1年、短いようで長かった気がするもん。もっと短いだろうなと思ってた。春あたりが長かったかな。実習とか教採とかあったからかもしんないけど。 いろんなことを考えた気がする。それは恋愛であったり、友人関係であったり、親類とのことであったり、夢のことであったり。結論は簡単には出ないけど、今まで見ずにいた問題に直面して一つくらい乗り越えたと思う。もちろんまだまだ。これからが勝負かな。 2002年はまだあります。でも、今のオレの1年は去年のこの日から始まったことは間違いありません。あの日、一緒にいたマッチョ、YUZUKI、まひる、ありす。たぶんこの1年もっともオレを見てくれた人たちだと思います。彼らの目から見て、自分がどう変わったか分かりません。でも、オレがもし成長しているとしたら、彼ら彼女らのおかげです。もちろん他にも多くの人にお世話になりました。おぎそん、YOU、那智丸、みっちー、なおなお、さき、にげさん、N尾先輩、Nさん、M川先輩、みけ、ひろぽん、かちゅみ、ながとも・・・その他日記に登場していないリベロ、ゼミの友人、先輩、後輩、実習でお世話になった先生、教え子、実習生、もちろん親と妹・・・あげはじめたらキリがない。 この1年間自分を支えてくれた人に感謝したい。本当にありがとう。
至極当然のことであるが、大学は義務教育ではない。ということは、大学でしか果たし得ない何らかの目的を持って通っている者が多いはずだ。私も国語教員になるという目的でこの大学に入学した。あれから四年を経て無事卒業することとなった今、振り返ってみると「光陰矢のごとし」とはよく言ったもので、まさに矢が飛ぶように過ぎ去ってしまったことを実感する。 さて、その四年間の大学生活のうち教員免許取得に費やした時間はというと、非常に少ないものであったと思う。教職科目の講義に出席し、決められた課題をこなすだけで免許は与えられる。その講義時間は四年間のうちでは微々たるものであろう。しかし、教員になるという目的を達成するために費やした時間は、その四年間全てと言ってもいいのかもしれない。教員に限らずどの職に就くにしても、大学生活をいかに過ごしたかが重要であると思う。私は特別な生活をしていたわけではない。学校に行って、友人と遊んで、アルバイトをして、サークルに参加して、とごく普通の大学生であった。ただ、常に「学ぼう」という意識を持っていた。無意識あるいは無意味に時間を過ごしてばかりいては、人間は成長しないだろう。教員になるためには、というよりはむしろ社会に出るためには、視野を広げ、できるだけのことを学び吸収しなければならない。もちろん四六時中そんなことを考えながら生きているのでは息が詰まってしまう。だから時折立ち止まって考えるだけでいい。自分がしたこと、他人が言ったこと、ニュースで見たことなど、自分が経験してきたことを省みてそこから学ぶのだ。単に学科の専門知識だけではなく、人間関係や学校とは違う社会に存在するルールなど学ぶべきものは周りに溢れていた。間違いなく多くの人が無意識のうちにやっていることだ。それを意識的に行うことで、さらに多くのことを学べるのではないだろうか。 最近、大学生の質が低下していると言われる。夜中に騒いだり、社会のマナーを無視したりと、テレビで何度も取り上げられているので目にした人もいるだろう。そうでない学生もいるのだが、「モラトリアム」という響きのよい言葉に胡座をかいている学生がいるのも事実だ。せっかく与えられた四年間を無駄にすることはない。常に「学ぶ」という意識を高く持ち、社会で生きる力を養うとともに、この大学に入学した目的の達成に勤しんで欲しい。できればその過程が楽しく、そしてかけがえのないものであることを願うばかりである。これを読まれた諸氏が笑顔で卒業できることを祈って、私の「就職と学生生活」体験記とさせていただく。
ええ、来年の就職ニュース用の原稿です。何偉そうに書いてんだかって感じです。でも意識の差はでかいと思いますよ。それは自信を持って言えますし、中学生にもまず知ってほしいことですね。特にサッカーで感じますけど、プレー一つとっても意識の差は出てきます。きっと小さい頃からいつも高い意識で練習してきたヤツが上に行けるんでしょうしね。大学生活残り少ないっすけど、高い意識を持って濃密な時間を過ごせたらいいな、と思います。
カーテンを閉める生活はもういやなんですけど仕方がないんです。何とか昨日からすすみはじめた卒論。原稿用紙2枚分書くのに徹夜してしまいました。で、教員免許授与の申請をしに学校へ。面倒だけど仕方がないっす。あれないと先生になれんし。ま、6600円も払わされたのにはむかっ腹立ちましたけど。それが11時頃。もう眠いんで帰宅してすぐベッドへ。起きたら案の定午後9時。外が暗いと落ちつきますよね。こんな生活できるのもあと少しですし。 ホントはまだ眠いんですが、何やらやることがたくさんあるみたいなんでまだ寝れないです。午前3時には寝たいな・・・。 手抜き日記の日々が続くね。
ここ二日卒論がすすみません。酒飲んだら書こうと思ってたこと忘れちゃいましたし。なかなか悪いアタマしてますわ。現在17日の午前1時すぎ。これから一人で鍋食います。食いながら卒論やります。ええ、誰も止めないでください。
今日はみけと合唱団の定期演奏会に行ってまいりました。いろんな人に会えてよかったです。もちろん演奏もね。結局4年間定演行きましたけど大変楽しかったです。合唱団には仲良くしてもらいましたね、リベロにしろ桂にしろすごくおいしいポジションで付き合わさせてもらってるな、と思いましたし言われましたよ。
で、金ないのに飲み会に行ってきました。ええ、もう自分がバカだつーのは分かってます。いろんなことを考えましたね。一言で言えば、自分の未熟さでしょうか。もっともっと視野を広く、人のことを考えて生きねばなと思います。うん、勉強になりました。
今日ガストに行ったんで守護霊占いつーのやってみたんです。で、どうやらオレを守ってくれてるのは「ティンカーベル」。あのちっちゃいのがオレを守ってくれてるらしいっす。そりゃあうれしーやー!(壊 ちなみに来週のラッキーワードは「腹八分」らしいっす。欲を出すなと。分かりました〜。
あのアルゼンチン代表のベロン。あいつおかしいよ。欧州CLの試合中にラボーナでセンタリングあげやがった。あいつもマンチェスターだと背番号4。やっぱ4番てすごい選手多いわ。
今日で卒論の3〜4割が終わりそうです。今原稿用紙換算で40枚くらい。内容は・・・全然本論と関係ないんだけどね・・・。許せ、牛山。
何だかいろいろ難しいことを考えてたんだけど、書き出すと腹立つからやーめよ。カルシウムとらな。
さて、日本アニメ界の重鎮である宮崎駿が2004年に新作を公開することを発表しました。原作は「ハウルの動く城」というイギリスの児童文学らしいんですが、非常に楽しみです。最近日本のアニメ界元気ないんでね。テレビアニメも含めて活性化に期待です。
最近はまってるサイトが『muzie』っす。インディーズのMP3配信サイトなんですが、けっこういいんですよこれが。元々高校の頃からインディーズ好きだったんで、新潟のHMVとかタワレコによく行ってたんです。ちなみにこのサイトにはあの2chのひろゆき氏のバンドも楽曲配信してます。まだ聴いてませんし、聴く気もないですけどね。注目は名古屋を中心に活動してる「Dolphin Peace」です。これはかなりいいですね。ここじゃCD売ってないんで東京か実家に帰ったときにでも購入してまいりたいと思います。
んでもって卒論なんですけどね。全然進みません。相変わらず寝てばっかりです。ははは・・・。卒業黄信号マジ点灯。
どうでもいいんですが、オレの好きなテレビ番組で十指に入る『セリエAダイジェスト』。パンツェッタ・ジローラモは許せますが、トニー・クロスビーが腹立つ。カメラ目線がうざい。しゃべらないし。いなくてもいいです。ま、どうでもいいんですけどね。
最近、よく考えること。第1回目の授業のこと。何したらいいんでしょうね。まだ生徒の顔も見てないのにそんなことを考えてます。自分がどんな教師になるのかもまだ見えません。とりあえず面白いことをやろうと思います。ギャグとかじゃなくて、生徒が国語つーか学校を面白いと思えるような授業作り。それができたらいいな。昔はもっといろいろ考えてた気がするんですけどね。ずいぶん自分も年食ったんだなとは思いますが、それでも最初の教え子は年の差が8つ?9つ?そんなもんでしょ。果たしてその若造に何が出きるんでしょうか。もちろん自分だからできることつーのもあるとは思うんです。ひたすら前向きに教壇に立とう。
今日はマッチョとブックオフに行ってきましたよ。久々にマンガ買って気分転換です。 ・『時の輝き』/折原みと ・『教育実習生物語』/金井千恵 ・『君といた時間』/葉山萌葱 ・『ひだまり金魚』/葉山萌葱 ・『グッドモーニング・コール』����巻/高須賀由枝 ・『ケイゾク/短編集』/柴田純保存委員会 ま、どれも当たりでしたかね。マンガ欲よりも今はゲーム欲の方が強いっすね。あ〜、早くやりてえ!
本当は今日はリベロがあったんです。年内最後の。でも雪のせいで中止。今まで1月にリベロやった覚えはないんです。もしかして前回が大学最後のサッカーだったか? 膝痛いならやめりゃいいのにね。でもサッカーやんなきゃ、たぶんここにオレいないっしょ。長い学生生活(16年くらいか?)ずっと一緒にいたのはサッカーだけでしたね、結局。部活辞めてもボール蹴ってたし。足元にボールがないと何だか落ちつかないときもあるしね。たかが玉蹴りっすよ。でもその玉蹴りに世界の半分以上が興奮するんだ。小さいグラウンドだよ。でも足が一本あれば、その小さなグラウンドを変えられるんだ。最近よくファンタジスタなんて言葉が言われてるけど、サッカー人はみんなファンタジスタだよ。どんなに下手なヤツでも、ボールを蹴るだけでフィールドの色を変えられる。 うちのサッカーボールもパンクしちゃったよ。スパイクと同じで高一から使ってたから7年か。よく頑張ってくれたなと思います。とりあえずまだ捨てません。大事にしまっとくよ。もうすんごい想い出がいっぱいつまったスパイクとボールに、今は感謝の気持ちしかありません。とにかくありがとう、と。今はただそれだけです。
あのころの未来に ぼくらは立っているのかな 全てが思うほど うまくはいかないみたいだ 『夜空ノムコウ』/SMAP 作詞:スガシカオ 作曲:川村結花
中学校のとき、音楽の授業がイヤで暇さえあれば窓の外見て未来のこと考えてた。大学生になって、大人になって、もしかしたら今のこと思い出すのかなって。 しっかりと覚えてるよ。でもあのころ想像していた未来に今自分が生きているかは分からない。 でも、今の自分けっこう好きです。あの時からたくさんの人にかこまれて生きてきて、いろいろあって、泣いたり笑ったりして、で、今ここにいるわけだけど。おかげさまで自分のこと好きですよ。ま、嫌いなところもありますけど、おおむね好きです。ええ、5段階評価の4くらい。
爆睡してしまいました。今日は起きてから卒論をやろうと張りきり、バリバリ書いてました。そうね・・・、原稿用紙4枚くらい(少なっ!)・・・。ま、でも軌道に乗ってきたんでこのまま進めそうです。
そんで夜の七時頃、先輩宅に長らく借りていたマンガを返しにオレンジの頂上まで登り、それから一気に下界に下って岡島でホットケーキの材料を買い込みました。『美味しんぼ』に出てたフレンチ・ホットケーキがすごく美味そうだったんで。で、コンビニよってマガジン買って。 さあ、卒論やろうと思ったんですがわずかに眠い。ま、仮眠でもしとけ、と。まず夜10時〜午前0時。ちょうど起きかけた所でドアがガンガン叩かれ「ヤツらに違いない」とカーテン開けて見たら、
寒空の中、駆ける女が2人。 それを乗せてすばやく走り去るコルサと運転手の男。
怪しすぎて誰だか分かりました。
何はともあれ、ありがたくそれをいただきました。そこで起きれば良かったんですが、もう少しだけ・・・。 ・ ・ ・ ・ ・ ・・・何だかチャイムがやかましいにゃ〜・・・ ええ、お昼の12時でした。さて今日も1日がんばります。
いいかげん焦り始めてきました卒論。こうなると弱いんですよね、オレ。前もってコツコツやるのが好きなんで土壇場ではあんまり力出ないんですよ。もう使い切ってるよ、その頃には。ただそんなこといってたら間違いなく卒業できないんで頑張りますけど。 と言ってるそばから、マンガ読んでます。昨晩なおなおが家に来て置いてってくれたんですが、その数50冊。『BASARA』全巻をはじめとした田村由美作品。ま、明らかな妨害工作ですよね。そんなのに引っかかるかよ、と鼻で笑いましたがまんまと引っかかりました。 いや〜、久々にマンガ読んで泣いたわ。スポーツマンガはよく泣くんですよ、『SLAM DUNK』、『シュート!』、『I’ll』・・・。その他のマンガじゃあんまり泣いた覚えがないですね。最近泣いてばっかですわ、情けない。
さて、これから卒論やります。眠いけどねん。
| 2002年12月09日(月) |
教師の資質 社会人の資質 |
最近腹立つことが多いのはカルシウム不足だからか?そういや牛乳飲んでねえや。ってゆうかそもそもカルシウムとったくらいで怒りはおさまるのか?
この前大阪に行ってきました。「教員採用試験G判定者説明会」です。ま、つまり来年大阪府の小・中学校で教壇に立つ資格を得た人たちが集まったんです。そこで思ったことが、「資質」です。それは教員としてのものだけでなく社会人としてのものも含めてね。 常々ジョンが心がけているのは「人が話しているときは黙って聞く」ということ。誰かが説明あるいはお話してくれているんだったら黙って聞きましょう。そう小学校で教えられたし、何より相手への敬意やその議事等の流れも考えるとそれが適当であるはず。 ところが大人がそれを無視してる。よくある国会中継。野次を飛ばす議員がいます。何で黙って話を聞けないのか。ニュース番組では激論をすれば視聴率がとれるとでも思ってるのか、何にでも激しく突っ込むコメンテーターがいます。議論になってないよ。そんな大人に限って子どもに偉そうに説教するんですよね。「人の話はよく聞きなさい」とか「電車の中では静かにしましょう」とか。もうホント笑えない。そんなだから大人が馬鹿にされるんですよ。年上だったら誰でも尊敬しろという旧体育会系的な考えは嫌いです。でも年上は敬うべき。なぜなら年長者はそれだけの経験をして然るべきだったから。今は違いますよね。そうとは限らない世の中になってきている。ある程度の年齢に達したら、そこからは年の差は関係なくなりますよ。 じゃあこれからの大人はどうしたらいいか。簡単なことです。年長者らしくなればいい。子どもたちに自分の姿を見せられる人間になればいい。そんなことを言うと「そんな人間はいない」なんて反論する人もいるでしょうが、もちろん完璧な人間を目指そうなんて言ってるわけじゃないんですよ。人間として、社会的なイキモノとして最低限守るべきマナーを守ろう、と。そしてそれを若いものに教えよう、と。だから自分たちはより厳しく自分を見よう、と。そういうことなんです。自分たちは平気でルールを破ってるのに、子どもにはルールを守らせようとする。そういう恥ずかしいことはやめましょう。 で、何で大阪の説明会でそんなこと考えてたかと言いますと、教員になる人間が集まってるはずなのに、私語が多い。同じ部屋で個人面接やってるのに平気でとなりの人間としゃべったり、人事の方がお話しているのに机の下で本読んでたり。学生でも許されませんよ、そんなこと。黙認はされてますけどね。それを教員(仮)がやってる。心中で大苦笑っすよ。おまえらが来年教壇に立つわけか。は〜ん、そのイス、俺の友人に譲ってやってくれや。 さらにひどかったのは大学で行われた教員免許授与の説明会。会場の後ろの人たちは説明が聞こえたんでしょうか。ま、よく後ろの方に座ってる人たちは「音が届かない」とか文句言いますが、せめて話を聞こうという態度くらい見せてもいいんじゃないですかね。そのうえで文句言いましょうよ。あんなにうるさくしてて「声が聞こえない」とか言っても説得力はないっす。一応ご丁寧に手続きのマニュアルを配ってくださったんでそれを見りゃいいだろうと安心していたのかもしれないですが、彼ら彼女らは補足があったのを知ってるんでしょうか。というか彼らにも免許がわたるんでしょうか。ま、自分で金払って資格とってるんでしょうから文句言うのはおかしいと思いますけれど、ぶっちゃけその免許いらないんじゃない? そ、ここまで好き勝手書いてみた今日の日記。肝心なのは自分もそのダメな大人の一人だということ。どう見てもオレは社会的にまだ未熟だし足りないもの余計なものが多くある。ただ常にその気持ちを忘れずにいたいですね。人に文句ばっかり言って自分に慢心しているようなクズにはなりたくないっす。いろんなものを吸収して少しでも日々成長すること、人だけじゃなくいつも自分を見ること、それを忘れずに。人って努力次第でけっこういけるもんですよ。たぶんね。
昼頃、ちょっと部屋ごもりの気分転換に家の前の自販機に行きました。すると雪がちらほら。まだ雨に近かったんですけど、それでも雪でした。で、夜になったら10センチは積もりましたね。まさかこんなに降ってくれるとは思ってなかったんで素直に嬉しかったです。やっと一番好きな季節が来たなと思いました。山梨で過ごす最後の冬です。いろいろなことがあったけれど、また今年も雪が降ったというあたりまえのことに何だか喜びを感じます。
今日は好きなように過ごしました。無理してパソコンに向かっても仕方がないんでね。朝9時に起きて、掃除して、寝て、卒論やって、ゲームして、寝て、卒論やって、テレビ見て、ゲームして、卒論やって・・・。時間の流れを感じ取れる日でした。明日もこんなふうに、毎日をこんなふうに過ごせたらそれはそれで幸せなんだろうなと思います。
しばらくテンションが低かったり、体調が悪かったりとあまり良くない時期が続いていましたが、そろそろ本格的に上って来たようです。しかも今回はゆったりと。今、自分がすごく穏やかな気持ちでいることを実感できます。このままゆっくりと、いつもの自分のペースでやるべきことをやって今年が終わればいいな。
穏やかな自分であるときって、決まって何か寂しい気がするんです。 今もそう。満たされてるんだけどね。何か寂しいです。 そんな自分を見つめられるっていうことは、たぶん自分が良い状態であること。 こういう状態もたまにはいいかもしれない。
そろそろ追い込み時期っす。というわけで家にこもろうと思ってるわけですが、なかなか進まないのが現状っす。現時点での卒論完成度は20%くらいかな。今週末中に第一章、第二章が終わりそうな感じ。これさえ終われば最大の山場、実践考察にとりかかれるんですけどね。いやはや何だか提出物がまた増えはじめて忙しい限りっす。とりあえず来週は遊ばずに過ごそう。
| 2002年12月05日(木) |
強行日程〜The 3rd day〜 |
朝6時半新宿着。風呂に入りたいけど新宿の銭湯はチェックしてなかったので一刻も早く都留に帰ろうと電車に乗り込み、一路都留へ。で我が家到着が9時半。シャワー浴びて布団で爆睡。布団の偉大さを知る。 さっきまでリベロ行って今帰ってきました。だるいっす。風邪かな。睡眠不足てのもあるだろうけど。というわけでしばらく引きこもります。明日いっぱい休んでよ。
| 2002年12月04日(水) |
強行日程〜The 2nd day〜 |
朝6時半、大阪に着きました。いつもならここで時間つぶしに困るんですが、今日は目的地があります。そうその名は「大阪城温泉」。風呂好きのジョンですから。朝6時からやってるそうですし、説明会の会場からも近いのでここに決めたわけです。バスタオル、タオル、シャンプー一式をレンタルして¥690。朝だから空いてるだろうと思いきや、仕事前のサラリーマンが入ってくんですね。ま、でも混みはしませんでしたけど。露天風呂、塩風呂、泡風呂なんかもあって楽しかったっす。さてさっぱりしたところで朝8時。・・・やることないです・・・。 とりあえずマックで朝御飯。ハッシュポテトうまいです。で、松坂屋に行ってHMVとか本屋をみてたんですがそれでも11時。仕方がないんでマガジン買って大阪城へ。大阪城公園でマガジン読む男。何やってんだか・・・。 で説明会。向こうの偉いさんの話があったんです。要約するとこんな感じ。 ・あと10年は1000人単位で自主退職・定年退職で人が辞めつづける。 ・小中一貫を視野に入れて。(例.小学校10時間・中学校10時間/週) ・教採試験にはマニュアルなし。その人が大阪教員としてやっていけるかを見る。 ま、そんな感じ。で、一番記憶に残ってるのは
・若い先生の時代がやってきますが云々・・・(意訳:お前ら、おもしろいことをやれ。退屈させるな。楽しませろ。)
任せとけ、親父!(何様
ま、後は書類渡されて電話でもできるような簡単な個人面接をして終了。 ・ ・ ・ ・
わざわざ大阪まで呼ぶな。このクサレ(自主規制)
さて説明会も無事終わったので想い出の吉野家で並盛りつゆだくを食べながら、ここに再び来れた喜びを噛み締めました。で、遊ぼうと思ったんですが何分今回は貧乏旅行。仕方がないので梅田のヨドバシとソフマップを物色し、今回も「Three Times Happiness」へ。いや〜、大阪暮らしはじめたら毎週通うね!間違いない。やっぱ安いわ。でも今回はアロマキャンドルとアロマオイルを購入しておとなしく帰りました。 午後六時に京都在住のいとこと待ち合わせして回転寿司屋へ。ぶっちゃけ期待してなかったんすよ。大阪食べ物マズイって言うし。でも、オレ大阪で食ったものそんなに外れてないし今回もいけるんじゃないか、と思ってたら今年最大の大当たり。すんげえ美味い。特にサーモン。いや、すごい。ネタもいいし、空いてるし、店の造りはおしゃれだし。さらにサービスで出された梅酒。これが絶品。オレ梅酒はダメなんだけどおかわりしたいと思ったからね。結局散々食って¥1500。いとこに¥500おごらせましたけど。ここはブックマークに追加です。 名残を惜しみながらいとこと別れバス乗り場へ。今回も空いてたらいいなー、と淡い期待を寄せたら案の定ガラガラ。ところが3つめの乗り場でほぼ満席に。となりは男子高校生っぽいDQN。あ〜、つらい旅になりそうだと思いきや、出発と同時に唯一空いていたシートへその彼が移動。結局帰りも1人で2シート占拠。運がよかったです。ただ人が多いせいか暑い。眠れねえよ。
| 2002年12月03日(火) |
強行日程〜The 1st day〜 |
今日は所用で大阪に旅立つ日です。朝9時半にマッチョが迎えに来てくれる予定だったんですが、ちょっと遅くなってしまいました。朝から面倒かけて申し訳ないんで歩いていくことを申し出たら「黙って待ってろ」というので待ちつづけ、10時頃出発。大月で降ろしてもらおうとしたら「埋め合わせだ」と言って高尾山口へ。いや、かなり助かったんですがホント申し訳なかった。こちらこそこの埋め合わせはいつか必ず。 電車に乗ってまず行ったのは有楽町。そう携帯を買いにです。目当ての店はかなり見つけづらいところにありました。やっぱ場所が場所だけに安いっすね。結局当初の予定通りF251iをゲット。¥6825なり。さらにクラブドコモの割引で来月の電話代請求から¥4000マイナス。ま、よい買い物でしょう。 時間がかなり余ったのでその間、秋葉原を裏から表までブラブラしたり、夜の有楽町の飲み屋街を見たりしてました。そうっすね、収穫は有楽町のガード下。いや〜、立ち食いそば屋の天丼(¥480)が美味しかった。余裕があれば一杯飲み屋にも行ったんだけどね。すごい魅力的な飲み屋街でしたよ。 で、無事携帯機種変を完了し、一路新宿へ。ところが途中で人身事故がありまして四ツ谷で立ち往生。iモードで乗り換え検索してなんとか新宿につきました。新宿では晩御飯にチキンカツ丼(¥490)を食らいましたが、これまた当たり。チェーンのどんぶり屋らしいんですが、美味しかったです。どうやら今回食い物は当たりの予感。 さてバスに乗る時間がやってきました。前回も夜行高速バスを利用したんですが、今回とはチョットグレードが違います。前回は1人がけ、ラジオ付き、飲み物完備で往復¥15000。今回は2人がけ、トイレのみ。¥9600。ま、安いに越したことはありません。ぶっちゃけ金ないんで。いや、2人がけはきつそうだよな。オレ体でかいしなー。 と思ったらここでもラッキー発生。1号車、2号車があるんです。オレは2号車だったんで早めに乗り込んでいかに身を縮めて寝るか考えていたら、10人ちょっと乗り込んだところで出発。バスは40人乗り。1人で2座席確保が決定。うあ、前回より広いじゃん。で、チラッと1号車を見たら信じられないような顔つきでこちらを見る40人の人々。満席かよ!こっちに分ければいいのに・・・と考えていたら同乗の女性が1人で興奮。「めっちゃラッキーやわぁ!」「ざまみろ、アホんだら!」いや、うるさいから黙ってください。つーか、1号車に何か恨みでも? ま、とりあえず寝ます。オヤスミナサイ。
新宿の人身事故。中央線じゃよくある話。みんな当然のように対処する。電車会社側も乗る側も。ただ驚いたのは中年サラリーマンの会話。 「人身らしいっすよ」「あ、また」(笑) ・・・人が死んでるのに笑えるたぁ、すばらしい世の中にしてくれたもんだね・・・ それまでぼーっとしていた近くのヤンキーっぽい兄ちゃんが鋭い目つきでその中年をにらんでました。自分たちが今度は世の中を作る側に回るんだな、と実感しました。 死は悼むもので、笑うものではないよ。
| 2002年12月02日(月) |
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そんな状態になりつつあるジョンの青空。ま、仕方がないんですけどね。もうちょっと卒論頑張らなきゃ。
さて今日は久々にリベロうと思ったのに、突然雨が降ってきやがって中止に。かなり欲求不満。もうね、いいかげんにしろと。
明日から大阪に行ってきます。説明会よりも携帯変えることの方が真の目的になりつつあります。安いといいなぁ。
いよいよ12月になってしまいました。やることたくさんありすぎて、がんじがらめの毎日でございます。果たして卒論は完成するのか。卒業はできるのか。どちらも失敗した日にはシャレになりませんが。
相変わらず眠いです。もう冬眠モード。さっさと卒論終わらせてりゃよかったなー、といまさら思ってます。ま、たぶん年内には終わるんだろうけどね。最近このことばっかりやわ。
だいぶ膝の調子が悪くなってきました。でも明後日はリベロに行きたいな、と。今年ラストになりそうなんで。つーことは大学生活ラストってこと。もっとたくさんサッカーしたかった。教員なったら多少はできるんだろうけど、審判の資格とかとる気ないから「顧問」で終わりたい。いつになるか分からないし、できるかも分からないけど、子どもが生まれたら一緒にやりたいかもなあ。
明後日大阪に行くことが決定してるつーことで、京都にいる従兄弟と連絡をとり一緒にメシ食うことに。梅田付近の回転寿司で食おうという話になりました。¥1500で食べ放題らしい。ちょっと期待。
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