ジョンの日記

2002年09月29日(日) 足痛い

 バイトしてきました、大宮戦。もう今までで一番きつかったすね。信じられないくらいマナー悪いし。どっちのサポーターもね。

(サッカー観戦最低限のマナー)
 一.サッカー見る気ないなら帰れ。
 二.カン・ビンはどこのスタジアムでも持ち込み禁止だ。何度も言わすな。
 三.歩きタバコすんな。子どもの目線になって考えろ。
 四.子どもを遊ばせるな。連れてくるならちゃんと見てろ。
 五.ガキども、1度注意したらちゃんと聞け。5分後に同じ事すんのやめろ。
 六.チケット買って中に入れ。脇から見るな。
 七.ゴミは持ちかえれ。俺に渡すな。
 八.食べ物こぼすな。こぼしたら拾え。
 九.スタジアムで酔っ払うな。酒臭い。
 十.アナウンスは聞け。ちゃんと注意してんだろ。
 十一.負けてるからってやつあたりすんな。スタッフのせいじゃない。
 十二.イスで寝るな。それはベッドじゃない。
 十三.芝生でボール蹴るな。出てけ。それくらい分かれ。
 十四.スタッフがいなくなると違反行為すんのやめろ。見てて情けない。
 
 あのバイト、ゲーム見れるのは良いのですがとっても腹立ちますね。同じサッカー人であることが恥ずかしいです。そもそもスポーツ観戦すべて、あるいは日常生活についても言えることですが、ルールは守りましょう。せめて人に迷惑かけるのはやめましょう。



2002年09月28日(土) っしゃあ!

 今日再びアルビレックス新潟がJ2で首位に立ちました。それほど応援してなかったんですが、やってるサッカーがここまでおもしろいと応援したくなりますね。それに歳とって地元っていう存在が大きくなると、なんだか地元の動きが気になってきます。
 今後、下位チームとの試合が多いんで取りこぼさずに。で、最終節の1試合前が大分戦。ここで勝ってJ1昇格を決めたいっすね。J2なのに4万人もの観客動員数を誇るアルビレックス新潟。がんばってほしいっす。
 ジョンは明日VFKのスタッフをやってきます。ぶっちゃけ甲府も大宮もどうでもいいです。ええ、ホントに。とにかく新潟の邪魔さえしなけりゃね・・・。



2002年09月27日(金) 男子一生の仕事

 今、岡本真夜のネットラジオを聴きながら日記書いてます。ラジオ好きなんですが、都留じゃなかなか聴けないんですよね。特に我が家は電波の入りが悪いので聴けるかどうかあやしいもんです。 
 今日は久々に朝から表に出ましたよ。とりあえず成績表をもらってきました。授業きりまくったんで三年生終了時と変化のない成績表でした。ま、ふらふらとゼミ室に行き友達としゃべってから買い物へ。今日はちょっと1人で豪華なメシを食おうと思い、食材を買い込みました。んで、またふらふらと帰宅し昼寝モード。
 ・・・2時間くらい寝ました。ちょうど気持ち良くなってきたところでメールが。以前から茶でも飲もうと約束していた友人からのお誘いだったんでまた出発。初めてウッドハウスに入りました。そいつと別れて帰り際にこれまたひっさびさの(3ヶ月ぶりくらい)友人と遭遇し思わず立ち話。ホントは帰って寝ようと思ったのですが目がさめてしまったので料理開始。昔良く作った「ちゃんちゃん焼き」。ホットプレートを1人でつつくのは中々に寂しいですが、それもまたよしなんて思ってたら来客。ええ、リベロの友人である武士(=ぶし)でした。武士と今度バイトすることになったんでそのお話をチラリとしながらくっちゃべっていたのです。流れで就職の話になったんですが、彼はもういくつかすでに道を選ぶだけの余裕があるんです。うらやましいことに。その中で「消防士」つー道があって、「なんでオマエがそれを選んだかオレには分からんよ」と言ったら「男子一生の仕事にふさわしいじゃないか」と言い放ちました。相変わらずおもしろいやつだと思いましたよ。いや、消防士はすばらしい職業です。ただ彼がなるのかと思うと・・・。ま、いいです。もしオレの家が火事になって、しかもそこが彼の管轄だったら意地でも自分で火を消しますね。
 そこら中でバイトお願いしてたら首が回らなくなりそうですよ、ハハ。十月も忙しそうだ。



2002年09月25日(水) アルバイト申し込み

 やっとアルバイトの申し込みをしました。河口湖で行われるイベントでお土産を販売するというもの。2日間だけ。とりあえず何はともあれフットサルの大会費だけは稼がないと、つーことで。返事が今週中に来るらしいんですが、どうなることやら。明日からまた違うところで探してみようとは思ってます。
 
 さてずいぶん前ですが柴田淳の4thシングルの発売が決定しました。「片思い」ってタイトルなんです。大阪試験の結果発表前日に発売。楽しみですわ。

 最近「テイルズ オブ ファンタジア」にはまってましたが、ちょっと飽きたので違うゲームやってます。「みんなのGOLF2」。これは結構自信あります。ちなみにベストスコア(ゴルフ好きにしか分かりませんが)は、「おおわし岳CC」で−19です。それも2,3日10時間近くやってたら飽きました。

 最後の夏休みってこんなもんなんすかね。



2002年09月24日(火) 気を抜いたカレー

 カレー作りました。いつもの5分の1くらいの手間と時間で作ったら、味も5分の1になってしまいました♪激マズ・・・。

 なんつーか、自分のHPに飽きてきたのでリニューアルしようかなと考えております。もっと本当にシンプルに。文字しかないくらいの勢いで。BGMはマツモトトモの「キス」を参考にクラシックにしてみたり、と。

 そんなんことより卒論やれって話ですよね。分かってます。



2002年09月23日(月) 暗礁

 今日は我が家で酔っぱらい研究所会議を開催致しました。総員11名に対し参加者5名。・・・みんな忙しいんだなぁ・・・。
 さて今日は立て看板の作成について話し合う予定だったんですが、だんだんとお金の問題になっていき、価格設定にまで議論は及びました。
 1杯100円をウリに開店させたかたのですが、それではどうやら純利益があまり出なさそう。かといって200円にしていいものかどうか。むー・・・。
 ジョンとしては1杯100円をウリにしたかっただけに値上げはちょっと賛成しかねるんですが、赤字になる可能性がある以上そうばっかりも言ってられない。
 さあてどうなることやら。

 



2002年09月21日(土) Long time no see!

 今日はのんびりした日でした。HPの更新したり、本読んだりゴロゴロしてました。夜になってなおなおから電話があり「酒呑童子」の連絡をして、さあ風呂入ってもう寝ようかなと思ったら、後輩から電話が。
「今、エンプレス(女皇帝)がいらっしゃるんですが・・・」
エンプレス!今年卒業された生きる伝説!彼女に逆らうこと、それすなわち死。
結局言われるがままに「ドレミファクラブ(西桂店)」に連れて行かれ、3時間ほど歌ってからコンビニで食料を買い込み我が家に着いたのが午前3時。
 で朝(昼か?)10時まで大富豪やったり「絵しりとり」をやったりして解散しました。後輩2人もともに遊んだのですが新たな一面を見せてもらいましたよ。・・・新聞部のノリについていけず、久々に力を使い果たしたジョンでした。

 4年生も半ばをすぎたところで交遊関係が広がることはなかなか嬉しい。ただやっぱりいろんなグループがあってそのグループにはそこ独自の個性や雰囲気があるんだ。そんな中で自分がどう生きているのか。自分はどうすればいいのか。楽しく遊んでいるときでも、ふとそう考えるときがある。



2002年09月20日(金) 変わりながら

 今日は以前から約束していたので友と御飯を食べました。友つっても元カノなんすけどね。PIPSでケーキ食べて、少し散歩してモスで飯食ったんですが、なんか微妙でしたね。あ、うちらじゃなくてたぶん周りが。いろんな人に会ったんですがそのたびに2人で笑ってました。
 おそらくオレのことを一番知ってるのがヤツ(暫定)なんで、腹割って話せますわ。向こうもそうみたいだし。ただお互い少しずつではあるけれど変わったっていうのを実感しました。もちろん根底にあるものは同じなんでしょうが、表層的な部分で少しずつ変化がある気がします。それが寂しくもあり、嬉しくもありました。
 
 変化を繰り返しながら生きていくことが当然なのかも知れないけれど、それは決して楽なことではないんじゃないかな。ただその先に求めるものが存在する可能性を見出せるから、苦しく辛い変化であっても受け入れることができるんだろう。
 少しだけだけれどお互いに強さを身につけていることを知り、少し安心しました。ヤツが歩く道の先に幸せがまっていることを願います。それを手にいれるだけの資格があるはずだから。



2002年09月19日(木) 右手に持つものは・・・

 今日も相変わらずのんびりな毎日。昼頃起きてカレーを作り寝かせている間に買い物に。午後七時から友人を招き食事。午前0時までには解散。健康的かな。
 明日はバイトの申し込みをしよう。いつも腰が引けてしないまま時間がすぎるけどそろそろヤバい。お金ためなきゃ。
 もう冬ですよ。寒い。

 最近将来のことを考えることが多い。とても不安になる。道は決まったがその切符をもらえない。そんな状況に自分がいる。歩み出すことができない。
 同時に自分自身についても考える。特に「武器」についてだ。やっぱり自分には武器がないことを痛感する。サッカー、料理、・・・、どれも自己満足の域を出ない。
 何か特技が欲しい。誰もを納得させることのできる特技が。その「武器」を右手に携えたい。
  



2002年09月17日(火) ソウルカラーについて

 まひる様のHPで紹介されていた「ソウルカラー占い」なるものをやってみました。今日の日記はコレだけ。

☆シンキングカラー(表層意識)
ヴァイオレット
 感受性が強く、細かいところによく気がつくタイプのあなたは、相手の波長に合わせることが上手。いつも落ち着いた態度で周囲に接し、自分に対する欲があまりありません。慈悲の精神が身についているあなたは、弱い立場にあるものをいつも大切にしています。そのためか、人から相談を持ちかけられたりすることもしばしば。他人の話をよく聞こうとする態度と、物事に真剣に取り組む姿勢で好感が持たれています。あなたのいる場所からは自然となめらかで静かなパワーが発せられており、それがあなたの物腰や振る舞いに威厳を持たせる要因となっているようです。こうした雰囲気と、普段の態度から生じる信頼感のためか、知らないあいだにあなたがいる場所には、不思議な統一感が生まれているようです。

☆スリーピングカラー(深層意識)
ロイヤルブルー
 あなたは、物事を本能的に見極める直観力をそなえた人。また、テレパシーのような能力を持ち、他人の気持ちや状況を見抜く能力も秘められています。表面的にはそう変わらないように見えるかもしれませんが、実は非常に個性的な感覚の持ち主。内面は激しい感情に溢れています。 ただし、この意識を表面に出すことはあまりありません。言葉では伝えにくい相手の気持ちを理解できるためか、なぜか無意識のうちに神秘的なものに引きよせられてしまうこともしばしば。また、物質へのこだわりよりも精神的な面を重視するタイプです。プライドが高く完璧主義、いつも気高く誠実な心を秘めているあなた。こうした独自の感性を最大限に生かすためには、一人静かになる時間を持つことが必要です。

☆ムービングカラー(行動の特徴)
グリーン
 計画を立てる能力に優れており、常に冷静に分析し、しっかりと決断してから実行に移すことの多いあなた。時間と労力の無駄を嫌い、効率よく物事をこなしていくのが得意です。たとえ目標が高くても、自分が決意したことは最後まで貫き通そうとする姿勢がみられます。献身的な愛情を持っているあなたには、社会事業、社会福祉関係や、医師、看護婦などヒューマニズムにあふれる職業にぴったり。また、美しいものに惹かれるタイプでもあるので、センスを生かした美術関係の仕事などもよいでしょう。二つのものを結びつける能力に恵まれているので、仕事と家庭の両立も可能なタイプ。あなたは一生懸命目標に向かって突き進むと同時に、家族に対しては細やかな愛情でサービスのできる人。きれい好きなので、家の中を常に整頓しておくことが幸運のカギ。


・・・当たってるのか?・・・



2002年09月15日(日) 暗闇の中で

 今日も活動開始は午後3時頃から。ダメダメモードですな。
 夜になって、何だか1人でいることが寂しく感じられたので、友だち(サッカーボール)を抱えてグラウンドへ。ところがどこかの部室の明かりがついているので急遽取りやめ。ちょっと考えて玉川グラウンドへ行くことにしました。45分くらい歩いてやっと着きましたよ。やっぱ結構遠かった。で、案の定真っ暗な中ひたすらボール蹴りつづけました。カラーコーンがあったのでドリブルシュートやったり、クロスとかプレースキック蹴ったり。明らかに高校のときより腕(足か)が落ちてます。暗いとは言えここまでとはね。
 午後9時10分頃出発して、帰宅が午後11時50分。かなりボール蹴ってたもんなぁ。また行こう。ただボールがパンクしたみたいで、空気がどんどん抜けていくんだよな。買うか、しゃあない。

 前に進もう。この足で前に進もう。
 きっと大丈夫。きっと、きっと大丈夫。
 だから顔を上げよう。目を開こう。

 



2002年09月14日(土) 睡眠

 昨日久々の飲み会がありました。2次会のカラオケを終え、コンビニに寄り帰宅しようと思ったのですが、YUZUKI宅に那智丸とみっちーと押しかけました。
 で、帰宅が午前4時半。シャワーを浴びてメールチェックしてベッドに転がったのが午前5時半過ぎ。
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ん〜、よく寝た。あれ?でもまだ5時20分くらいじゃん。
ってことはマイナス10分くらい寝たのか・・・。

ん?

いつのまに時を遡ったんだろう


約12時間睡眠。ひっさびさによく寝ましたよ。

 夕方つーか夜ですか、コンビニに行ったんですが、寒いです。もうホントに。
10月中旬から下旬くらいの気温らしいです。風邪引かないようにせねばね。

 明日はJマートにでも行こうかと。部屋の壁が汚いんで何とかしてキレイにできないかなって思ったんで。散歩っすね。


 自分の中にあるコアが見えない。硬い硬いカラに覆われているようだ。
 どうすればこのカラを壊せるんだろう。






2002年09月12日(木) 季節の変わり目

 夏も終わり秋になる気配がしそうな今日この頃。コンビニやスーパーの生鮮品売り場、お菓子売り場には秋らしいものが並び始めました。
 対照的には外はまだ暑いですね。虫の鳴き声も激しくするし。あ、でも秋でも虫は鳴くか。
 とにもかくにも季節の変わり目です。人それぞれ秋を感じ取る対象は違うでしょう。私はまず肌ですね。夏から秋と冬から春に変わる時期、決まって体がかゆくなるんですよ。アレルギーかなとも思うんですけど。そんなわけで秋と春は好きではありません。
 それから秋といえば食べ物が美味しいなんて言われますが、どうでしょう?栗、柿あたりが秋の食べ物の代名詞的な感じがしますが、私実はどちらも好きではありません。食べれるんですが、食べたいと思いませんね。あ、秋刀魚は大好きです。いいっすね、秋刀魚。焼き立ての秋刀魚に大根おろしを添えたりしたら、もう「電子ジャーごとオレんとこよこせ!」って感じですよね♪
 ま、秋にも良いところはありますが、それでもあまり好きではありません。 
 早く冬がこないかな。



2002年09月11日(水) 生きるものとして

11.Sep.2001.AM8:46(U.S.A.)

 日本時間で午後9時半過ぎ。私は風呂から上がり、インターネットに接続しました。濡れた髪が乾くのを待つ間、TVのニュース番組を見ながらネットサーフィンをするのが日課になっていました。
 いつもどおりYahoo!のトピックスをチェックして大したニュースがないのを確認し、友人のHPを回りに行ったのです。
 ふとTVの画面に目をやると、ビルが燃えていました。映画を見る気はなかったのでチャンネルを替えると、どこの局も同じ映像を流していました。ビルに飛行機が突っ込む映像を。何度も、何度も。
 アメリカ同時多発テロ。その後、こう名づけられた事件の映像でした。私はTVのヴォリュームを上げ、Yahoo!に戻りました。そのときネット上は混乱していました。最先端の情報通信機器の宿命なのか、あらゆる情報が錯綜していました。事故、テロ、戦争・・・。
 すぐに家族に電話しました。母も妹も寝る準備をしていたらしく、そのニュースに驚いていました。家族との電話でお互いが無言になったのはあのときが初めてです。父にも連絡するよう言って電話を切りました。
 続いてそのとき付き合っていた彼女に電話しました。反応は家族と同じでした。電話を切り、TVに向き直りました。
 その後も事態は時間が経つごとに悲惨なものになっていきました。もう死者の数とか、負傷者の数とか、誰がやったのかとか、そんなことに興味はありませんでした。いえ、そんなことは考えられなかったのです。たぶん茫然自失というのはああいった状態なんだろうなと思います。
 次の日から世界は動きました。社会も経済も。何もかもが。
 
 その中で印象に残ったのは日本のワイドショーでした。
「・・・歌手の○×さんは無事だということです・・・」
「・・・アーティストの△◎さんから連絡がありました・・・」
伝えられるのは芸能人の安否が先。一般人は後。仕方がないことなのかもしれません。芸能人の方々も無事で何よりです。ただ、人間が格付けされているみたいでした。何て言ったらいいのか分かりません。
 解散してしまったTHE YELLOW MONKEYというグループの『JAM』という歌の歌詞にこんなフレーズがあります。

    外国で飛行機が墜ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
   「乗客に日本人はいませんでした」
   「いませんでした」「いませんでした」
   僕は何を思えばいいんだろう 僕は何て言えばいいんだろう

 ぐるぐるとこのフレーズだけが頭の中にありました。
私は何も思えなかった。そのワイドショーが悪いとも思えない。だけどカラダの中に気持ちの悪いものがたまっている、そんな感じがしました。

 あれから1年。アフガニスタンで多くの人が亡くなりました。アメリカ軍の空爆によって。
「報復」という言葉が使われました。テロを行ったものに対する「報復」という名の攻撃。その対象となってしまったのはアフガンに住んでいた一般市民でした。女性や子どもが多く死にました。結婚式場も爆撃されました。アメリカはそれを「誤爆」という一言、たった一言で済ませました。ラムズフェルド国防長官は「残念だが、仕方がない」とTVで言いました。誤爆の被害者にはアフガニスタンの一般的な労働者の給料の17分の1にあたる金額が支払われました。日本円にして約180円です。
 この事件は表裏において複雑な事情が絡み合っていて一概にどちらが悪とは決められないのかのしれません。ただ、どちらも加害者なのではなくどちらも被害者なのです。

 多くの人が亡くなりました。大人も、子どもも、女性も、男性も、白人も、黒人も、黄色人も。
 彼ら彼女ら1人ひとりがそれぞれの思いを抱いてこの世を去りました。
新しい命をその体に宿していた彼女は
いったいどんな思いで飛行機に乗っていたのでしょうか。
守るべき家族に電話をかけていた彼は
どんな気持ちで電話を置きテロリストに立ち向かったのでしょうか。
明日の生活に困っていた彼女は
爆撃されながら安らかに逝けたでしょうか。
愛する人と新しい生活をはじめることを誓った彼は
何を思いながら目を閉じたのでしょうか。

「ビンラディン万歳!」「アメリカ滅びろ!」
「残念だが仕方がない」「このテロリスト達を私は許さない」
今生きているものたちが考えるべきことはそんなことなのでしょうか。

人の命は、
そこに生きる植物や動物の命は、
地球と人間が作り出した物は、
そんなにも価値がないものなのでしょうか。
簡単に壊してしまって良いのでしょうか。

失われたものに対して流す涙は、紡ぐ言葉は、はせる想いは、
意味のないものなのでしょうか。

あれだけの人が望みも予想もしない死を受け入れたという事実がありながらも、
まだ攻撃の刃をおさめない人間がいます。
たぶん私が無関係の人間だから言える言葉なのでしょうが、それでも
「マダ、コロシタリナイノカ?」
と考えます。

今なお多くの人がこの世界に生きています。
あの事件に深く関わった人も、TVで見ただけの人も、あるいは全く知らない人も。
それぞれにいろいろな状況下でいろいろなことを考えながら生きています。
中には明日死んでしまう人もいます。
でも多くの人が明日も自分が存在していることを当たり前だと思い生きています。
それはとても価値あることだと思います。
生きることを当然として、生きる。
失われてはならないものではないでしょうか。

1年前の今日、流された涙の量はどれほどのものだったのでしょうか。
私もTVを見ながら泣きました。
別に知り合いがいたわけではありません。
それほど思い入れがある国でも、人でも、場所でも、ありません。
ただ、その事実に。
この世界から多くのものが失われたという事実に。
涙が流れました。

今日、ビルの中の映像が初めてTVで放送されました。
また涙が流れました。

あの時、このカメラの向こうで、私の脳では想像し得ないことが起こっていたこと。
あの事件を乗り越えて今を生きる人がいること。
国同士の争いに巻きこまれた罪なき一般市民がいること。
何も知らずに幸せな眠りについている人がいること。
ナンパしている人がいること。
路上で音楽を奏でている人がいること。
病気で苦しんでいる人がいること。
夏が終わり死んでいく生物がいること。
植物の色が変わること。
どこかで地球が壊されていること。
どこかで地球が癒されていること。
何かに祈りをささげる人がいること。
建物が建っていること。
道があること。
笑っている人がいること。
怒っている人がいること。
悲しんでいる人がいること。
今また何かが失われること。
それでもなお何かが生まれること。
そして、ここに自分がいること。

そのすべてを思い涙が流れました。
同時に涙を流せたことを嬉しく思いました。
ああ、自分は想うことができる、と。
私は教師になります。
生きてきた時間よりも生きる時間のほうが数倍長い子どもとふれあいます。
そのときにせめて「泣くこと」のすばらしさ、ありがたさを伝えたい。
感情をもつことが、想うことがカタチとなって表出する「泣くこと」。
生きるうえで涙を流すことができる人間を育てたい。
それがあの事件から1年を経た今日、自分が考えたことです。

望まぬ死を選ばざるをえなかったすべての人のご冥福をお祈りします。
もし天国があるのなら、どうかそこで幸せな想いを抱いておられますように。




矛盾の上に咲く花は 根っこの奥から抜きましょう
同じ過ち繰り返さぬように 根っこの奥から抜きましょう

そして新しい種まこう 誰もが忘れてた種まこう
そしたら野良犬も殺されない 自殺するまで追いつめられない
どこの国もやさしさで溢れ 戦争の二文字は消えてゆく
そして振り出しに戻し 今 素敵な世の中をつくろうか

                MONGOL800『矛盾の上に咲く花』より
              
 11.Sep.2002.AM1:02(Japan)
                                 自宅にて
                                  ジョン



2002年09月10日(火) 大きな虚像 小さな実像

この日記を書き始めた頃、自分のことをとても小さな人間だと思っていた。
自分の愚かさと、弱さと、情けなさを、そのとき初めて噛み締めた。
でもそこから這いあがろうと思った。
今が弱いなら、情けないのなら、愚かであるのなら、まだ強くなれると。

あれからもう9ヶ月が経つ。あのときの気持ちはまだ忘れていない。
大きくなろう、と。強くなろう、と。今でも常にそう考える。
いろいろなことがあって、自分は変われた気でいた。
多少なりとも強くなったんじゃないか。

決してそんなことはなかった。
自分は、自分の大きな影を自分自身だと思い込んでいた。
周りの人が照らしてくれるから見えた大きな大きな影。
それを自分だと思い込んでいた。
最近1人でいる時間が多かったから、その光が当たっていなかった。
そして海を見たとき、自分の小ささに気付かされた。
高校のときに眺めた海は、鏡となって今の自分を映してくれた。
その懐かしい海で見たのは、あのときから変わらない小さな自分だった。
愚かで、弱くて、情けない、小さな自分だった。

いろいろな人に迷惑をかけてきた。傷つけてもきた。
それでも自分は変わっていなかった。
そのことにひどく落胆した。
この程度の人間だったのか、と。
口先だけか、と。

今日たくさんの人に会った。電話をした。メールをうった。
そのたびに申し訳ない気がした。
「こんな自分ですみません」
「成長していなくてごめんなさい」
そんな思いでいっぱいだった。そんな思いしかなかった。

社会に出るまで残された時間はあと半年。その間で変われるのだろうか。
自信がない。
今、自分に見えるもの。
それは、しっかりと大地を踏みしめた大きな虚像。
そして、ひとりでいきがっている小さな実像。



2002年09月09日(月) ここからはじまる

 昨日、新潟から帰ってきました。もう忙しくて忙しくて、この約2週間の間に2泊3日のゼミ合宿と大阪の二次試験があったんです。いやもう無理だなと思いましたけどなんとか生きて帰ってこれました。
 単刀直入に言えば大阪の試験、たぶん不合格っす。集団面接は自分の力を最大限に出し切れたんすけど、個人面接はボロボロ。もっと準備していくべきだったな、と。
 さてこれで一通り試験が終わりました。で、これからの予定としては
�‖艦世鮑G�中に仕上げる。
��各県に講師登録をする。
��バイトして金ためる。
 早くやらないと時間ないっすね。がんばります。


 大学生活やっと一段落ついた気がします。4年生にもなって変な話だけどね。ずっと教師になりたくて、ここまで勉強してきて、結果はどうあれ1つの流れが終わりました。
 母校で恩師に言われた言葉が「問題が簡単とか、採用人数が多いとかで選ぶんじゃない。自分がやりたいことをやれ。」それ、いつもオレが自分に言い聞かせてる言葉だ。ここにきてやっぱり高校で先生やりたいと思い始めました。まだ結果は出てませんが、心のどこかでおちてもいいやと思ってる俺がいる。最低だ。


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ジョン