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HELEN&HEAVEN
Helen
MAIL

2002年10月30日(水)
さすらい

落ち込んだときは、だいたい占い三昧している。

今回の『人のために良かれと思ってしたことが仇になる。』を年頭に言い当てた占い師は、忌引きがあけたところで、まだ、落ち着かない。

私の心も落ち着かない。
そんな時は何をしても上の空でただただ、ネットで占いサーフィン・・・。

「タロットは1日1回まで。」 ハイハイ、わかってますよ。けど、手が勝手にクリック・・・。(あかんがな。)

「四柱推命」 何回やっても同じだ、生年月日が変わらない限り・・・。

数年前、とっても結婚したい病にかかった私は、いくらせっついてもダメな彼氏との相性を占って貰った。
半分、病気だったと思う。σ(⌒▽⌒;)

数件まわった最後に、「相性は可もなく不可もない。」と出た途端、憑き物が落ちたように、結婚願望も去ってしまった。

誰かに背中を押して貰う必要もたまにはあるのかもしれない。

今回、占いネットサーフの途中で見つけた、
オーラ・ソーマという色の占い・・・。
占いと言うよりも、各個人の持っている潜在意識の顕在化と言った方が的を射ているかな?

直感で、4本の色を選ぶ。一本の色は上層と下層とにわかれていて、そう、入浴オイルによく似たのがあるね。マッサージオイルとして使うそうな。週刊誌とかでも取り上げられていたね。

無料なので、試してみてネ。↓

http://www.voice-inc.co.jp/as/reading.html

4つの色には意味がそれぞれあって、1本目はその人の性質。
2本目は、その人の命題みたいなもんかな。3本目以降は忘れてしまつた。
<(_ _)> ゴメンネ

私の選んだ2本目は・・・

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名称:セントジャーメイン Saint Germain

色:ペールヴァイオレット/ペールヴァイオレット(ライラック/ライラック) やっぱ、紫色が基本的に好きなんだ・・。

チャクラ:クラウンチャクラ

タロットカード:ソードの9(Nine of Swords)

易:上卦は火、下卦は山。「放浪者」「異邦を旅する」

テーマ:あらゆるレベルにおけるネガティブの解放

アフォメーション:私は、自分の直観が理性に根ざしていると信じています。

性格の肯定的側面:改革者でありインスピレーション溢れる教師で、ユーモアがあります。思考プロセスをマスターしていて、創造的な知性の持ち主です。自分を二の次にすることができ、しかも、いつ、そうすべきかということを知っています。この人がいるだけで、状況はポジティブな方向に向かいます。触媒の役目を果たします。健全です。全身の健康のためにはエクササイズが大事だと知っています。強烈な直観力と強力なサイキック能力を持っています。一人でいることが好きで、自分だけの世界にいるとくつろいだ気分になります。でも、新しい冒険を求めて旅に出ることも好きです。

課題となる性格の側面:ネガティブな意味での殉教者です。自分自身の考えや行動パターンに捕らわれているので、人生の状況が変わらないのです。心の中ではストレスを感じていて、物資的な世界に恐れを抱いています。孤独な人で、文字どおりの意味でも比喩的な意味でも、帰る家がないと感じています。「ここ」以外のどこか他の場所に行くことに憧れています。自分自身の世界や過去の罠に捕われています。肉体的懲罰や肉体的トレーニングを実行しますが、やり過ぎとなってしまいます。

霊的レベル:より高次元の真理の探究をサポートします。世界について苦悩するあまりに生じた問題からその人を解放します。自分を愛することや内なる平和との繋がりをもたらします。あまり自分を苦しめることなく生きていけるようになります。また、瞑想の実践に意義を見い出せるようになります。サイキック能力に目覚めます。

精神的レベル:堂々巡りをしている思考の輪を断ちます。直観力を活性化します。過去から続いている自己否定の傾向やパターンを解き放ちます。

感情的レベル:ネガティブな感情のパターンを、特に批判に関するパターンを取り除きます。葛藤に明晰さをもたらします。

身体的レベル:鎮静作用があります。例えば、熱があるとか、興奮のしすぎとか、眠れないといった場合に効きます。偏頭痛や神経性頭痛にも効果を発揮します。特に、子供に有効です。

使用部位:頭髪の生え際にそって。

特質:マスターセットの一つです。男性性と女性性を統合します。宗教的な体験をしたと思っている人が、その経験をより大きな観点から捉えられるように手助けします。宗教的にせまく捉えるのではなく、むしろ一般的なスピリチュアルな流れの中で捉えられるようにします。このオイルは、ジュピター(木星)のエネルギーに深く関係しています。

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そう、いつでも居場所を探している。
いつも、「ここじゃない。」って思ってる。
渡米したときも、そこでは無かった。

孤独は好きか? 「否」

孤独を遠ざけたいくせに、孤独を大事に抱えてる。

この結果を読んで、ふと思い出した、歌詞があります。
ある歌手の古いアルバムのなかにあるんだけど、初めて聞いた高校生以降、なぜか強烈に印象に残って忘れられない。
その時、自分にぴったしだと思ったんですが、やはり、魂の傾向は変わらないのね、とほほほほ〜

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

さすらい


柔らかなベッドよりも アスファルトの荒野が好きさ

人が忘れたかけた夢を 鮮やかにみられるから

愛してくれた人もいた 大切な友達もいた

だけど魂に呼びかける 汽笛に耳を塞げない

きみは今どこにいる? 僕の最後の人よ

さすらいが終わるのは 夢見たきみに巡り合うとき 心の海へたどり着くとき


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うんと、まぁ、男性の歌ですけれどね。

いちばん印象に残っているフレーズは、「魂に呼びかける 汽笛に耳を塞げない」のところですね。

正直なところ...心は、いつも、「そわそわ・ぞわぞわ」しているような気がするなぁ。

あぁ、なんて説明したらイイんだろう。浮き足立つ感じでもないんです。

夢見た最後の人(あるいは場所)なんてもな、死ぬ間際までわかりゃしないと思いますがね。

心の海へ辿り着くには、あと数回は輪廻転生しなけりゃね・・・とか、いろいろ思うわけです。

孤独だからこそ、人のぬくもりに敏感なのでありますよ。

こんな魂のアンバランスを面白いと思う、へんたいな私でもあります。

(`-´ )ゞ





2002年10月27日(日)
ファ○マさんとのお別れ。。

昨日、インドネシア人のファ○マさんが、最後の挨拶に来た。

黒パールがポッチリ1粒ついたネックレスをくれた。

「形見やと思ってナ、机の片隅にでも置いて、思い出してくれ。 誰にもあげたらアカン。」

そんな、淋しい事を言う。

「そんなん言わんといて!アルバイトでまた来てよ!!」

と、懇願してみたものの・・・・

「更年期だか、風邪だか・・・フラフラするから働けない。」らしい。

ファ○マさん曰く、

「1年間、ずーっとナ○ちゃんに、やられてたが、もう(退職したら)、攻撃にさらされないので、安心して気が抜けた!」らしい・・・。

今年5月頃のことです。・・・

なんど管理職や社長に訴えても、ナ○ちゃんのファ○マさんいびりは取り上げて貰えなかったので、業を煮やした私は、嫌がる二人を応接室に呼びだした。

私一人では仲裁しきれないだろうし、怒り出て止まらなかったら困るので、調停役に○理ちゃんを呼んで、合計4名での話し合いをした。

その時初めて、私はかねてからの疑問をナ○ちゃんにぶつけたんだ。

「あんたね、アルバイトのあっちゃんが辞めるとき(ナ○ちゃんがいびり退職に追い込んだ。)あっちゃんに、“私はあんたに傷つけ、られた。”と言ったそうだけど、あんたは生まれてからこの方、今まで誰も傷つけたことないの?」

そう、素朴な疑問でしょ?

生きていたら、傷つけたり・傷ついたりするのは当たり前。

ナ○ちゃんのはあまりにも一方的過ぎる!!
私は、暗にファ○マさんが傷ついたことを、匂わしたかったが、
ナ○ちゃんは別事と捉えたようだ。

「それは、(誰も傷つけたこと)無いことはない。」

わかってるんかな?そう、感じた私が甘かった。

2時間の話し合いの結果の決めごとは、

「これから、気に入らないことは直接本人に伝えること。陰でこそこそ言わない。無視しない。少ない人数だから、仲良く、この不況を乗りきって行きましょう。」です。

(最後の「不況を乗り切る。」なんて言葉は、ナ○ちゃんには難しかったかもしれない。彼女は、自分の部署だけはだいじょうぶと思いこんでいて、会社に来たら、半日で出来る仕事を1日かけてダラダラしても、直接は給料に響かないので、何とも思っていないフシがある。)

だけど、○理ちゃんは、そのあとこっそり私に感想を漏らした。

「あれ(ナ○ちゃんのこと)アカンで!何言うてもアカン。」

その根拠は、こうです。

2時間の間、ファ○マさんは何度も

「私の日本語が至らないせいと、カッとなる性格もあって、ナ○ちゃんを傷つけたことを謝ります。ごめんなさい。」と言っているのに、

ナ○ちゃん自身はとうとう最後まで謝ることはなかったのです。

カッとなる性格はナ○ちゃんの方が、ひどい。そのあと、何を言っても謝っても耳に入らないからね。
「私は、傷つけられた!んだ。」の意識が脳の中で拡大して、ぐるぐるまわっているだけである。

ナ○ちゃんは謝るどころか、次の日の朝、こっそり、

「ファ○マさんに私は謝ったけど、向こうは謝ってくれなかった。これからファ○マさんの言うことは信用しないで。」そう、私に言いに来た。

「ファ○マさんは何を考えているのかわからない。」とも言った。

おかしい!!

私と○理ちゃんは、ファ○マさんが何度も謝るのを目の前にして聞いていた。

念のため、ファ○マさんに事実確認したが、正反対のことを言う。

「一体、誰を信じたら、どないしたらエエんや?」と思わず、○理ちゃんに愚痴ってしまったが、

○理ちゃんは、最初からナ○ちゃんのことを信用してなかったらしい・・・。

『性善説』を信じたかった私は、納得できないまま、月日を過ごしたが、やはり、ナ○ちゃんはオカシイ・・と感じるようになってきた。

私の目前ででも平気でファ○マさんのことを無視するのです。

2度3度話しかけてやっと渋々返事するような感じ、しかも仕事の運びの内容を相談しているのに!です。

ファ○マさん曰く、それは日常茶飯事で、返って話し合いの場を持ったのが原因でひどくなったらしい・・・。(T.T)
責任感じるなぁ。

とにかく、ちょっとでも気にくわないと、ウソをついてまでも相手を追い混まないと気が済まない性質のナ○ちゃんなのだ。

私はまんまとやられたわけだ。

社長がなぜ気づかないかというと『裸の大将』だから・・・。

上手い具合にナ○ちゃんとF枝の極悪コンビのおだてに乗せられている。

○理ちゃんとファ○マさんと私の出した結論は、『ナ○ちゃんは頭の病気である。』です。

恐ろしいぐらいにウソをつく。
相手の目を見て、真剣にウソをつく。
しかも、正反対のウソをつく。

それに乗せられている社長・・・、いつまで続くんだろう、この会社。

正邪の判定は別として、

真実はいつか明らかになる!

そう信じて生きて行かないと....やってられないね。┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ〜







2002年10月26日(土)
答は自分の中に。


曲がったことの嫌いな私は(自分で言うか。笑)納得のいく答を探してやまない。

世の中にマニュアル通りの『正答』なんてあるはずもないとは理屈では解っていても、感情が「どおして?どおして?」探してしまう。

「どおして?どおして?」がこうじると、どんどんネガティブな方向へ落ち込んでいく。
歯止めが効かない性格なのです。(笑)

先日も、ぐずぐず給湯室で○理ちゃんに訴えていたら、

「あんた!2,3万円あるか〜?」それは、藪から棒というやつです。

「2,3万円くらいあるサー。」(何かいな?新興宗教に誘おうってんじゃあるめいな?眉唾・眉唾)

○理ちゃんは、最近10年来の彼氏とすっぱり別れたわけだが、実は、去年にも一度別れを切り出して、大泣きされてあきらめた経緯がある。

その時、○理ちゃんは、ほとほと困って、とあるところで、遠隔リーディングをしてもらったそうだ。(2万円)

近ければ出向くのだが、あいにく関東と関西で距離が有りすぎる。

そんな人のために、電話・FAX・メールでカウンセリング受け付けます。というもの。

癒し・ヒーリング・チャネリング・ニューエイジ思想・・・。
はなから受け付けない人もいるだろうが、UFO大好きだし、シャーリー・マクレーン大好きな私には抵抗はない。

金額の桁が違えば躊躇もするだろうが、そこはそれ扶養家族は猫だけだしさ。
さっそく申し込んでみた。

胸のチャクラが開かないっていうか、ずっと頑ななしこりとなって息苦しかったんだが、ほんとうに痛かったのよ。

自分でも自分自身の精神的な軸に歪みが来ていて、それが肉体的な苦痛に繋がってたんだと思うけど、治し方の術を知らない。

『痛かった』と過去形になっているのは、実は痛みが去りつつある。

気持ちに切り替えができてきたのか、遠隔リーディングが始まっているのかそれは、わからないけれども、

答はいつでも自分の中にあって、それは友達の口借りたり、あるいは書籍の形になってあらわれたり、結局は自分自身で見つける結果となるのかも・・・。

最近はそんな偶然の必然を感じています。



2002年10月24日(木)
ストレス玉

未だかつて無い落ち込みを経験してしまいました。

いやぁ、恥ずかしいなぁ。

奈落の底は昨日だったように思う。

今日は、だいぶんまし。

昨日は、なぜだか、涙が止まんなかった。

会社で会社の人の前で涙を見せたのは初めてです。

○理ちゃんが、「どないしたんや?!なんでそんな小さい世界のことで泣く?もっと他に目を向けるべきところがあるやろう?一体あなたは何がしたいの?どうしたいの?」

叱咤激励してくれた。この人と知り合って10年くらい経ちますか、精神力がすこぶる強い。

「どうしたい?」なんて聞かれても、わかるかいや。わかるくらいやったら泣けへんわい。T^T)

胸がとにかく苦しい・・・。
食欲も睡眠欲もあるのに、胸に何かつかえている感じ。
息を吸っても吸っても、息苦しさがとれない・・・。

「それは、ストレス玉って言うねんよ。」夜、優しい友達が電話してきて教えてくれた。

こんだけ吐いて吐いて悪いかな〜って思うほど、愚痴を吐いてしまいました。

「まだ、泣けるし、だいじょうぶ。」と優しい彼女は言ってくれた。

深く精神的にダメージを受けると、涙さえ出てこないらしいから、私のはなんだろう?甘えた病かも知れない。
歯医者のじぃちゃんとのお別れとか・・・。

ちぐじょう、○理ちゃんだって○理ちゃんだって、「もう、年内で悪いけど、辞める。」なんて、言うからだ。T^T)

心優しい、声も優しい友達は電話の向こうで、

「憧れのAさんを食事に誘うとか?」たいへん驚くけれども素敵な発案をしてくれた。

「ぎゃ〜@@;!!そんなことでけませんて!!でも、お茶くらいなら、エエかも。」(どっちやねん。)

その素敵な発案は、私の意識をネガティブな方向から、上手い具合に逸らしてくれた。

そうだ!!

売り手市場に立てる最後かも知れやんのに、ぐずぐず泣いている場合ではない。
せっせと、商品を磨かねば。σ( ̄。 ̄)

売れる・売れないは別として・・・ネ。(笑)




2002年10月21日(月)
そして・・・。

社長はとりあえず、自分の分が悪くなると、逃げだそうとする。

ファ○マさんのことにしたって、「わしゃ、しらん。」と(知ってるクセに)シラを切る。
面倒くさいのはいやなのはわかるけど、ナ○ちゃんの話しだけを聞くのはフェアじゃないのでは?

「風邪で休みたいと言いつつ、結局出社したのは、仮病だった証ではありませんか?」

そう、ふってみると、

「せやねん。この会社、そんなんばっかりや!!」って、てめえの会社だろ?

「だったら、ちゃんと躾してくださいよっ!(▼▼)」と私の怒鳴り声を背に社長は逃げて行った。

さて、一方的に悪いように言われ、腹の虫が治まらないのは私です。

すぐさま内線電話を、ナ○ちゃんにかけてみた。

私:「どお〜?風邪の具合は。」

ナ:「だいぶまし。」

私:「そう、良かった。私、昨日あれから(ナ○ちゃんに逆ギレされてから)ずーっと考えて反省してたんやけど、今後一切あんたには関わらないし、自己責任で好きなだけ休んでね。二度と関わらない。に・ど・と・ね!!」

最後の方は少し怒声を含んでいたかもね。

ずるサボリを指摘されて逆切れするなんて、十年早いや、何様やと思てけつかる。

怒りが治まらぬ私は、すぐさま、○理ちゃんのところへ飛んでいって、かくかくしかじか・・・訴えているうちにあまりの情けなさと悔しさで涙が出てきた。

ナ○ちゃんにいびり辞めさせられたアルバイト2名、そしてインドネシア人のファ○マさん・・・彼女たちの怨念が一気に私に取り憑いた感じ・・・。

ナ○ちゃんの我が儘のおかげさまで、今まであいだに立ってどんだけ心を砕いて苦労してきたか・・・。私の努力は何だったんだ。

だってごく一部のお気に入りにの人間以外は、すべて敵!という感じで誰のことも良く言わないんです、ナ○ちゃんというヒトは。

基本的に人事異動がない会社なので、他部署の苦労がわかりにくいところはありますが、それにしても、自分の定規のみで測りがち・・・。

いくら私が○理ちゃんやO戸ちゃんの部署の苦労を口を酸っぱくして、説明してもピンとこない、脳から「思いやり」というパーツが欠損しているんではないかな?と思う。無理難題ばっかり言うの。

そのくせ、大好きな妖怪濡れ落ち葉F枝ちゃんにはたいそう尽くしているから、都合のよいときだけ、活動するパーツやもしれぬ。

家と会社の往復で、カビの生えたような高校生時分の彼氏の話しを蒸し返し、話題と言えば、自慢か愚痴かわからないような複雑な家族とかテレビドラマの話し、引き出しが30歳にしてはいじょうに少ない。更衣室であるいは食堂で、聞きたくなくとも耳に入ってくるピーマン話には脱力してたもんです。

そう、今まで通り、関わらなければよかったんだけど・・・。

関わらざるをえなくなってしまった、だって、ファ○マさんの次は、ナ○ちゃんが後継で他には、人員整理のあげくあんぽんたんのパートしか残らなくなってしまったからだ。

幸か不幸か、もう、のうたらりんのナ○ちゃんに関わらずに済むと思えば、少しは気も晴れる。
少しは理解力があるかと思っていたけれど、それは私の心のメガネが雲っていたんでしょう・・・。

つづく










2002年10月18日(金)
そもそもの凹みの原因

歯医者のジィちゃん先生から、

「ダンヒルのパイプ用タバコを買ってきて。黄色の缶で、アロマなんとかという名前・・・。」と電話があった。

そういう特殊なのは、繁華街まで出向かないと売ってない。
今時の京都の河原町は修学旅行生で身動きできないほど、ごった返している。

ほうほうの呈で強烈に愛想の悪いタバコ屋の店主からゲット。
それを持って、歯医者へ行った。
片思いのアッシー君や貢君の気持ちが良くわかるなぁ。
どんな無理難題でも聞いてしまう。惚れた弱みと言うヤツか・・・。(笑)

今日は、もう患者さんは来ないらしくしばらくお話しをしてくださった。

ここしばらくの悩みの種、「転職したい理由」を初めて明らかにした。

インドネシア人のファ○マさんが辞めた後、ナ○ちゃんの標的は、(正確にはナ○ちゃんとふみ枝の標的は、)なんと私に移ってしまったようです。

ナ○ちゃんというヒトは元来さぼりぐせがあって、(そんなにひどくはないが)時々、朝、急に電話してきて欠勤するという暴挙にでる。
どんなに忙しくても人手が足りないときでも、関係ない。
スマップのコンサート行きたさに、締め切り前で猫の手も借りたいときにでもきっちりと休みを取る。

だいたいファ○マさんを追い込んで辞めさせた割にはファ○マさんの2分の1も仕事ができない。
所属長のファ○マさんが居てたころ、ファ○マさんが何かの事由で欠勤した1,2日あと、代わりを勤めたナ○ちゃんは疲れて必ず休んでしまう。

ちょっと困るんだよね。
私が最終的に発行するその部署の大元となる書類は、ファテマさんとナ○ちゃんしかかけない。たまに双方休みの時なんかは、社長が書くんだけどさ、社長が一番間違えるのよ。(苦笑)

不況の影響でひまなせいか、得意先は年々重箱の隅をつつくようになってきた。

たとえ1個でも数量間違い等あると電話してきて、30分ほど責められる。

あげくの果てには、京都から鹿児島まで失敗の原因の申し開きと説明をしに来いなんて無茶まで言われてしまう。

『帳票類に関するミスはゼロ』というのが基本原則である。

今のところ、哀しいことに書類はナ○ちゃんと社長しかかけない。
間違いをする社長は数に入れてはイケナイ。

「風邪をひいて休みたい。」という電話がナ○ちゃんからあった朝、私は、

「誰が書類を書くの?」と尋ねた。確かにしんどそうにはしていたが、咳もしてないし熱もなさげだったのに、急な欠勤は困ります。

だいたい、あなたが所属長であり大先輩のファ○マさんを追い込んだのではありませぬか?
自業自得なのです、自分のお尻は自分で拭いなさい。(心の声)

「そんな無責任なことをされては困るなぁ。」と伝えた。

所詮、そんなところか・・・。ナ○ちゃんに何か期待する方が間違ってる。社外的に恥をかくのはいやだし、そんな些細な帳票類のミスで信用をなくしてもかなわい。だけど、私一人の力ではどないしようもないしなぁ。

しかし、数時間後、彼女が出勤してきたことを又聞きした私は、誉めてあげなくちゃ・・・(ちょっと見直していた。)と、内線電話することに。。。

私:「来てくれたんやぁ。エライ・エライ・・・」の言葉を遮って彼女は怒鳴った。

「あんな言われ方をしたら誰でも来るわっ!!(▼▼)」

(おい、ほんとうにしんどかったら布団から出られないよ。仮病はばれているのだぞ。)

少しまぁ、鼻白みましたが、

帳票類は他に誰も書けないので、ちゃんと書けるように後継を育ててから、休んで欲しいこと。半日有休も使えるので、午後から来ても良いし、午後から帰っても良いけれど帳票類だけはちゃんと責任を持って書いてほしいこと・・・を伝えた。
医者に行ったか?と聞くと、行ってないという。(仮病だからね。)
お医者に行ってくださいねと念を押して、電話を切った。
まぁ、逆上しているので何をゆっても馬耳東風のようであった。

さて、私が社長から呼び出されて怒られたのは次の日。

なんか、私がナ○ちゃんを、いじめている風なことを言われたのね。

それは遺憾ですな。
私は、書類を書くヒトが他に居ないので、急な欠勤は困ると伝えただけですし、誰も来るなとも来いとも言っていませんよ。
彼女が来て逆上して怒ってるだけです。(心の声)

勿論被害者意識の強いナ○ちゃんなので、想像するにフルフル震え、泣きながら社長に訴えたんだと思う。
今は分裂病とかゆってはいけないそうだけど、自分のイジメは完全に分離して忘れ去り、「○○さんがナ○ちゃんの事を傷つける。」というのは、彼女の以前からの常套句なので、驚くことはないが、

まさか、社長が真に受けるとは思っていなかった。

「アルバイトのあっちゃんが泣きながら社長に訴えて辞めて行ったよね。
 ファ○マさんも、旦那さんのことを口実にしてるけど、ナ○ちゃんが追い込んだのは社長も知ってるでしょう?追い込んで辞めさした以上は責任を持ってその人の分まで仕事してもらわなきゃ。」

そう、訴えてみたが、聞く耳を持ってくれなかった。
そんなに、ナ○ちゃんが可愛いか?

ここまでが、私がむなしゅう日々を過ごして、当分のあいだ日記にもかけずにいたことの概要です。

つづく









2002年10月16日(水)
さよならなんて言わないで <Never say good bye >

小学生の頃、通っていた英語塾では、元来教師だった人がリタイヤしたあと、自宅で小中学生を相手に、細々と教えていた。

そこは(今は亡き)父も通っていたところで、武田先生と仰る先生は、私が通う頃にはもう正真正銘のおじいちゃん先生になられていた。

ちょっとした文法や英会話を習っていたはずだが、ほとんど憶えていない。^^;
印象に残っているのはただひとつ、「単語当てゲーム」だ。

麻雀パイぐらいの大きさのブロックに各々アルファベットの頭文字が一つずつ書いてある。

先生のご自宅は古きゆかしい日本家屋で、室内もやたら木の柱が多く、教わっていた部屋も時代劇の寺子屋のような風情であった。

武田先生は、ニワトリの足のような節くれ立った細い指先で、裏向きにしたブロックを丹念にかき混ぜる・・・。

おもむろに一つを取り上げひっくり返し、そのアルファベット一文字で始まる単語を仰るのだ。

例えば、“A”なら、「Apple」。

すると、すかさず解る生徒が「りんごっ!」と応える。

息詰まる瞬間、真剣勝負だ。

先生は、「コレクト!」だか、「ブラボー!」だか、詳細は忘れてしまったが、生徒の自尊心をくすぐってくださる。

...が、その恩恵に預かることのできるのは、学習能力のついている小学生高学年から中学生の一握の生徒に限られている。

低学年の私は、頭のなかで英語→日本語への変換のシナプスがまだ発達していなかったせいか、ぼぉとしているうちに、次の勝負がはじまってしまっていることの繰り返し・・・。出遅れてばっかりだった。

可哀相に思った心優しき先生は、ときどき、唯一、私が即答できる単語を仰ってくださった。

「Green」 

これは、先生の、くちびるがトリのくちばしのようにきゅーぅとすぼまり、「さぁ、今から“G”を発音しますよ。」の形になるから、視覚でわかるんだ。

小学生数年間、あまりにも『ミドリ』を言い過ぎたので、随分長い間、緑色の物を持つのも着るのもいやだった。

緑色は元来安定を示す色、波風立たぬ穏やかな家庭に憧れていた幼少時だったが、長ずるにつれ、アグレッシブに生きたいと思うようになってきた。

無い物ねだりをするのは人間の常であろうが、わがままも入っているのでは?とも思う。未だに、緑色が苦手だけれども、少しずつでも取り入れられるようになってきた。


武田先生は痩せて鶏ガラのような風情で丹前の背筋をいつも凛と伸ばされていた。
どの生徒にも公平で、叱るときは叱り、ただし愛情をもって接してくださっていたせいか、不快な思い出は何一つ無い。

中学生になって本格的にY○CA英語学院に通うようになって、そこの寺子屋風英語塾は卒業したが、その頃から、老師は衰弱していかれたようだ。

ときおり、ご自宅周辺を杖をつきつき散歩される姿をお見受けした。
わたしも、子供から大人の身体へ変わっていく途上だったし、もう、こちらの姿を認めても私だと言うことを認識してくださらないようになってきた。

先生の眼は、いつでもどこかうつろで遠くを見ていらっしゃった。

川沿いの桜並木に、かげろうのようにユラユラ後ろ姿が吸い込まれていく。

毎年浮き足だってそわそわとした気持ちになれる桜の木なのに、その時の桜だけは、やけに哀しく記憶に残ってしまった。
あれから何回あの桜並木を見ただろう、もう、武田先生はこの世には居ない・・・。

遅かれ早かれ人間は確実に死ぬ・・・。

武田先生のように、この世に居ながらにして意識はあの世を往復しだんだんとこの世の我々との意思の疎通ができなくなってくるのならあきらめもつくのだろうか・・・。

先週末、歯医者のジィちゃん先生から、いよいよ引退して東京のご子息と同居すると連絡があった。予定日は、この10月の20日。

転居届の宛名書きを、最後の仕事を、この私にしろと残酷なことを電話で言ってよこした。

しぶしぶ出向いて、

・転居があまりにも急過ぎること
・淋しくていたたまれないこと
・これから先、誰に哲学を教わったらいいのか

ぐずぐずと、恨み辛みを述べていたら、

「引っ越しな、もうちょっと先や。(∂∂)ケロッ」と仰るの。

(; ̄Д ̄)なんじゃと!?


喜んでいいのか?怒っていいのか?

引っ越しが延期になった理由は、

・二世帯住宅が(精神的に)難しそうであること
・アルカイダの攻撃がだんだん日本に近づいてきていること
(日本ならまず東京をやられるだろうとの予測。)

アルカイダの攻撃は、平和ボケしている私にとっては、全然実感は湧かないけれど、

ジィちゃん先生の奥様が「東京には友達が一人も居ない。」
って仰っていらっしゃるので、まず、奥様の方が先に逝かれてしまうかもしれない。病気なのでそうそう出歩けないしね・・・。

かと言って、いつまでも老夫婦二人だけで、京都に残っているわけにはいかない。

「わしの歳から(82歳)やったら、もう、10年くらいしか生きられへんやろう・・・。」

それが現実だね。

そうすると、この10年の間に、永遠にお別れの日が来る。

10年というと、長いようできっと短いんだろうなぁ。

このままジィちゃん先生が京都に居て、私のことを認識できなくなるのを目の当たりにしていくことと、

達者なうちの姿だけを残して、東京に転居されることと、

どちらが私にとって辛くないか・・・なんて、自分本位にずっと思い煩っている。

それほどまでに私の思想に色濃く影響を残してしまった。

政治・経済・哲学・古典・・・カセットテープから、あるいは新聞の切り抜きから、指示されるまま文書をワープロで清書した。
清書のコピーは全て持っているから、今、慌てて読み返している。

何か教わり『漏れ』は、無いのか・・・?

方位磁石の欠損を何で埋めようか、焦りだけが募ってくる。

月日はいやおうなく流れていくし、「今という時を大切に過ごさないと、後になって後悔しますよ。」と先人はくどくひつこく仰ってくださる。

そうだなぁ。
もっと、明るく前向きに・・・ということで、

履歴書を作ってみた。

インターネットのWEBサイトには、データを入力して更新すると、あっけなく履歴書が作成できてしまうところがあるのです。勿論、画像の貼り付けも可能だ。

今日、歯医者のジィちゃん先生に持っていく。

この履歴書がジィちゃん先生の手から、誰の手に渡るのか、実は知らない。

医者には守秘義務があるからね。(教えてくれない。)

戻ってきても来なくても、それはそれで運命でしょうと思う。






















2002年10月08日(火)
ブルーザー・ブロディ

先週の土曜日に、実に半年ぶりに美容室へ行った。

女失格かなぁ。。。(まあ、半分おっさんだからエエか。)

この頃、髪の毛の痛みが激しい・・・。

女性も加齢による抜け毛があるのよ。(i_i)

髪の毛がキシキシ言う。

ロングは重さで地肌に負担がかかるから、ちょっと軽くカットして負担を軽減しよう。

カットのみか、せいぜい部分パーマ・・・。

そう、決めたけれども、肝心なスタイルのイメージが全然湧かない・・・。

私は、今、流行のシャギーのいっぱい入った寝癖のような頭には食指が動きませんのだ。

顔にツンツン毛先が当たるのもかゆいしな・・・。

悩みに悩んで、ヘアスタイルの本を2冊も買ったけれど、決めあぐねたまま予約日を迎えた。

そこは路地の奥地にあり、母子で細々と経営されている美容室です。
母は離婚したあと、子供二人を引き取り、40歳過ぎてから、美容師の学校へ行った。

バスに乗って桂川リバーを渡るとき、川面に映る夕日に泣けたと彼女は語った。

さて、そんな子供達も大きくなり、息子は3年前に結婚、娘と二人で美容室は続いている。

主導権もだんだん母から子にうつり、私のヘアスタイルは殆ど娘が決める。

お母さまの方はセンスが古くなったのだろうか、せっかく娘が決めたヘアスタイルを母の方が、ださくブローしてしまったと実家のオカンがゆうていたことがあった。

娘は今年齢的に一番良い時だね。

パワーがみなぎる感じ。。。

そんなわけで、伸ばし伸ばしてアゴまできた私の前髪にはストレートパーマが施され・・・

「パーマがあたると短くなるので、先にあててから様子を見てカットしましょう。」と、サイドから後ろの前髪以外のパーツは、細かいロットのパーマがあてられた。

「夏の紫外線でだいぶ痛んでいます。」という頭髪は思った以上にパーマ液を受け入れてくれ、

そして、ブルーザー・ブロディが蘇ってしまった。

(ブルーザ・ブロディ往年のプロレスラー、パンツのなかに凶器を隠し持つ。余談だが世の女は、パンツのなかに武器がある。勿論、使わない武器もある。)

「思ったよりもキレイにカールがはいったので、カットしないでおきましょう。(^^ )ルン♪」

と、お姉ちゃんは言った。(まじすかー?)

「また、飽きてきたらカットしましょうね。(o・・o)/~マタネェ」と送り出されたが、まぁ、カールがキレイだからまぁ、エエか。。。

パーマ液で化学反応を起こし、せっかく金髪から黒髪に染め直したヘアが、栗色に変化した。

それはそれでまぁ、エエか・・・。

螺旋に輝くヘアー、心の中にも、うねうねと続く煩悩の螺旋がある。。。