猫の足跡
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2003年04月30日(水) パテルナの敗戦

 今日は、朝からどんよりしてうすら寒い。予報が当たったのはバレンシアで初めてだ、…ということは雨が降るのだろうか?今日こそは、バレンシアCFの練習場に行こうと思っていたので、天に祈る気持ち。(昨日や一昨日は、祝日前後で練習がない可能性も高く、断念した)

 まあ、今日は確実だろうと踏んで、いざ出発。とはいうものの、まず、どうやって行くかを考えなければならない。

 バレンシアCFの練習場「Ciudad Deportiva(直訳するとスポーツの町?)」は、お隣のパテルナ市にある。バレンシアCFのサイトで調べると、車が一番おすすめの交通手段である様子。確かに場所は高速道路のインター脇にあるようだから当たり前か。その他は…というと、バレンシアの駅前から10番のバスで…???ってそれはどう考えても、普段試合をやっているメスタージャスタジアムへの行き方では????という内容。そして、最後は地下鉄の郊外線パテルナ駅から行かれないこともありません、…???と。うわーん、にわか仕込みなのでスペイン語のサイトはつらいっ!!

 日本語のサイトでは、とあるバレンシアファンの方がサイトで「タクシーで20EUROくらいだった」と書いているのを発見した。ただし、タクシーの場合は帰りが問題らしい。流しのタクシーが来ないので、電話で呼ぶか、あらかじめ、迎えに来てくれるよう行きに交渉するか…という技が必要とのこと。スペイン語堪能ではない私にはちょっと無理なご相談。しかも、やっているかどうかもわからない練習を見るために、往復で40EURO(5000円以上)を払う気にもならない。だって、観戦のチケットが28EUROだもの。ああ、一人旅はこういうときに辛いんだな〜。

 というわけで、私に残された選択肢は「パテルナ駅から徒歩(またはタクシー)」というものになった。仕方ないので、とりあえず、駅前に行き、パテルナの地図を買い、地下鉄に乗り込んでパテルナに向かった。

 #4の地下鉄は、郊外線。少しすると地上を走り出した。客層は、いかにも都会人中心の#3とは明らかに違い、郊外の住民+学生ばかり。風景も観光客を拒む荒れた原っぱ、生活間の漂うアパートやマンション、畑、と本当に心細いほどの外国人気分を味わえる。電車や駅のつくりも、気合が入ってキレイキレイな#3とは違い、生活観が漂っている。

 乗ること15分程度だったろうか、パテルナ駅にたどりついた。駅舎はちいさな無人待合所のようで、誰もいない。一緒に降りた人にでも聞こうかと思ったが、とりあえず地図に「Ciudad Deportiva」と書いてある方向に歩いてみることにした。途中の道も本当に住民専用という感じで面白い。市場もすごく小さい「マーケット」という感じだし、教会もこじんまりとしている。ちょっと心細くも、楽しくお散歩をした。

 さて、20分ほど歩いたら、とりあえず目指した高速道路につき当たり、それを越えたところが目的地!…のはず。そして、高速道路の向こうにはそれらしき施設がある!!!やった!と思ったのもつかのま、人気がなさ過ぎる。ひょっとして、今日は練習がないのだろうか?と不安な気持ちで高速道路の下をくぐって近くまで行くと、おじいさんが一人通りかかった。

 私;「すみません、ここは、Ciudad Deportivaですか?」
 おじいさん;「ここは、Ciudad Deportivaだけれど、Ciudad Deportivaは2つあるよ。
        君の行きたいのはCiudad Deportiva VALENCIA CFじゃないかい?
        だったら、ここからかなりあるよ」
 私;「か、かなりって、歩けますか?」
 おじいさん;「うーん、ちょっと難しいねぇ」
 私;「そうですか、じゃあ、駅に戻ることにします。おじさんありがとう」

 ががーん。そ、そんなぁ。

 地図をもう一度よく見ると、別の場所に確かに「Ciudad Deportiva VALENCIA CF」という文字が…。パテルナの駅からはぜんぜん離れた、市のはじっこの方に!

 今から行こうにも、通常10時スタートの練習には間に合わないだろうなあ。午後は練習あるかどうかもわからないし…涙。うなだれて駅までとぼとぼと歩く道の長いこと。ずっと下り坂でよかったが、ぼけーっと歩いていたら犬の糞を踏んでしまって、これこそ踏んだり蹴ったり?

 しおしおとメトロに乗って市内に戻る。今日は、ほかにあまりやることもないので、買い物をする。ラ・ロンハなどの建物を見ても良いのだが、スペイン語の解説を読むのがかったるい感じがしたので(すでに欝に入りかかっている?)、パスすることに。

 買い物の目的は、昨日も探した「飾りタイル」。どこで買うのが正解か、今ひとつよくわからない。そこで、とりあえずは、観光案内所に行って、「手書きの飾りタイルで、ちょっと良いものを買いたいのですが、どこで買うのがお勧めですか?」と聞いてみた。すると、「小さいものは土産物屋にもあります。もうちょっといいものだと、陶器専門の土産物屋が集まっているところがココ(地図に書き込む)にあります。それから、手書き作家の工房を兼ねた店がココにありますから、そこだとかなり良いものも買えます。その店ではアンティークタイルなども扱っていますよ」と親切に教えてくれた。観光案内所のお姉さんは、なかなか美人で感じが良い。

 さっそく、陶器専門の土産物屋が集まっている一角に行ってみた。置いているものはピンキリで、明らかに大量生産で手を抜いたとわかるようなレベルから、デパートで見たものに近いものまでさまざまである。で、値段もさまざま。さすがにちょっといいな、と思うものを見せてもらって聞くと、デパートの8掛けくらいの値段を言う。「高いね」とオバサンに言うと、「でも、これはいいものだから。ほかのと違うでしょ。手書きなのよ」と食い下がり、もう少し小さいのや手書きでないものを持ってきてくれたりする。
 何軒か見て回ると、まあまあのものはあるけれど、だったら説明書きだのがちゃんと付いていて、額に入っているデパート物のほうがいいなあと思う。

 次に、工房を兼ねた陶器屋を覗いてみると、こちらは数も多いし、なかなかである。作品としても結構いいものが多いし、18世紀のアンティークもなかなかのものだ。値段的には、デパートと同等。やはり、ちゃんとしたものはいい値段するのね。で、候補を2枚に絞ったものの、どちらか決められない。そうこう言ううちにシエスタの時間になったので、とりあえず、お昼を食べてから、もう一回デパートのものと比較して、冷静な目で決めることにした。

 お昼ご飯は、奥のカテドラル前の広場にあるカフェテリアで。お昼の定食が8EUROとなかなかお得。ビールにサラダ、今日は子牛肉、コーヒーとデザート。残念ながら期待のデザートはバナナ1本だった。悲しい。安いのは安いなりなのね〜。

 昼からテラスでビールっていう気持ちよい習慣に馴染んでしまうと、昼休みが長くなってよくない。ただ、そうやって、気持ち良く広場を見ながら休んでいると、気持ちが大きくなってきて、「まあ、バレンシアの練習を見るんだったら、また来ればいいさ。今度は、観光なしの短期でもいいし。ああ、もっとあったかい季節にアリカンテに行くのもいいなあ」などと、午前中の悲しい出来事が少しずつ浄化されていくのだった。

 すっかりくつろいだあとで、デパートに向かうと、そこには昨日とは違い、やる気満マンの素敵なおばちゃん店員がいて、「これなんかどう?」と次々とタイルを並べてくれるわ、スペイン語で色々と説明をしてくれるわなので、ココで買うことにしてしまった。いやあ、その情熱たるや!脱帽ざんす。

 最後まで迷ったのは、鳥の絵柄2つ(鶴と普通の鳥)、魚の女神?の3枚。おばちゃんが「これがキレイよ」と勧めたのは、鶴の絵柄。確かに可愛いのだけれど、どうもJALのマークみたい…って所が気にかかる。もう1枚の鳥は非常に凝っていて、多分これが一番手がかかっていると思われる図柄だが、ちょっと、「花札」系(笑)。そして、最後は、頭に冠を付けた女性が大きな魚を両手に1匹ずつ持っているもの。ちょっと志功系の女神が良くて、個人的には一番気に入った。ただ、「絵」になってしまっている(「タイル」を期待されるとつらい)のと、絵がいいだけに、背景などがシンプルで、ほかと比べると手が少ない印象があるのだ。

 迷った挙句に決めたのは、一番手がかかっていそうな「鳥」。趣味は別として、「いいものだな」とは思ってもらえるだろうから。贈り物だというと、おばちゃん、気合をいれて包んでくれた。「家に持って帰るのよね?どこ?日本?中国?」「そう、日本から来たの!世界の向こう側だわね!じゃあ、割れないよう、注意して包まなきゃ!」って具合。ただし、できあがった包みは、輸送用梱包としては優秀だけど、贈り物としては、う〜むむむというシロモノ。まあ、仕方ないか。

 メインの買い物が終わってしまったら、特段やることもなくなってしまったので、ちょっとデパブラ。お土産になりそうなものを探してみたりしてみる。髪止めなんかを買ってみたりした。そのあとも、また、最後のテラス休憩。最後は、ケバブの店に入ってみたが、とてもおいしかった。

 そういえば、バレンシア名物パエリアの麺類版、食べなかったなあ。これも次回か。

 明日は朝8時30分過ぎ電車でバルセロナに向かう。ホテルのバルでビールをグラスに貰って部屋に持ち帰り、バルコニーから暮れてゆく街を見つつ、別れを惜しんだ。

 何がある、っていうような街じゃないけれど、ホントにいいところだったなあ。また来よう。バレンシア。


2003年04月29日(火) 合計130EUROも使ったミーハーです。

 今日は、初めて迎える平日。やっと、正常に機能している町(これでもスペイン第3の都市)を見ることができた。ビジネスマンが多く、お店も結構賑わっていて、ちょっと安心。

 まず、はじめにスニーカーの中敷を買いに行く。デザイン重視で底が布で覆われている安物を履いて来たせいか、連日ガシガシと歩いているうちに底が破れてしまったのだ。破れて縒れた布が当たったため、足の裏にマメが出来てちょっと痛い。幸い、市内には靴屋が多く、スポーツシューズの専門店もある。が、ここで、大きな問題が…。果たして、「靴の中敷」とはスペイン語でなんと言ったらよいのだろう?
 辞書を引いても該当する単語は見当たらない。英語では「インソール」だなあ、と、「中、ひらめ」を調べてみるが、ちょっと違うだろうなぁ。中=インテリオールだけど、屋内みたいな感じだなあ。など、街角で辞書片手に考えることしばし。
 まあ、とりあえず、これでいってみよう、と「靴の中に入れる敷物」と言ってみるが、うまく伝わらない。「中の靴」=スリッパと思われてしまうのだ。うむむ。
 スニーカーをメインで置いている2件の靴屋で「ない」と断られたので、最終手段、メモ紙に絵を書いて、デパートで聞いてみると、絵を見てすぐに出してくれた。やはり絵は強い。早速、靴に入れて、ようやく快適に歩けるようになった。

 さて、せっかくスペイン随一のデパート、エル・コルテ・イングレスに行ったので、取引先のおっさんに頼まれた「高級タイル」を探してみると、驚くほど高い。良い陶器は高いと聞いていたけれど…。さすがに、おっさん、ちゃんと相場を知ってるわけね。「1万円くらいの高いやつでいいから」とおっしゃってましたが、たしかに、ちょっといいなと思うとそれ位の値段だわ。値段的に、すぐに手を出す気にもなれず、ちょっと様子を見ることにする。スペイン陶器の本場バレンシアには、国立陶器博物館もあることだし、そこで目を養った後、観光案内所でいい陶器屋さんを教えてもらって比較してみようと考える。

 この取引先のおっさん、陶器に絵を書いている奥様にプレゼントしたいから…というお土産ねだり。日頃から気さくで楽しい人なのだが、こういう愛妻家的姿を知ると、よけいに好感を持つ。正直、割れ物&重い飾りタイルなんて迷惑な話だけど、つい、がんばって探してしまう気になる。
 もしかすると、奥さんとしては、本というか写真集みたいなものの方がうれしいのではないかと、ついでに1Fの本屋で聞いてみるけれど、残念ながらなかった。バレンシア(および近郊)の特産工芸品なんだから、そういうものがあってもよいと思うし、本屋の店員さんもかなりがんばって探してくれたのに、見当たらない。なんでだろう。
 ※この買い物は楽だった。「飾りタイル(アスレホ)」という単語と「陶器(セラミカ)」という単語で、彼らも「バレンシア(マニセス)の焼き物?」とすぐに理解してくれる。
 ※本屋には他にも数軒立ち寄ってみたが、どこにもそういう本はなかった。もったいない。

 ちょっと残念に思いながら、国立陶器博物館を目指す。徒歩で10分弱…のはずなのに、なかなかたどり着かない。地図を見ていると、身なりの良い初老の男性が「どこに行きたいのか?」と声をかけてくれた。「陶器博物館に行きたいのです」というと、道々、周りの建物についてを案内しながら、連れて行ってくれた。そして、「これを見終わったら、神学校の博物館やラ・ロンハも面白いよ」教えてくれた。非常にありがたく、お礼を言った。

 陶器博物館はなかなか面白い。特に、最後の部屋にある、「バレンシア地方の伝統的な台所」が良かった。飾りタイルをふんだんに使った台所がとてもとても可愛い。元は貴族の住居だったという建物自体も素晴らしい。難を言えば、「中国の部屋」というところに、中国製の陶器に加えて、明らかに江戸後期か明治時代に輸出用として作られたと思われる日本製のコーヒーカップなども混在していたこと。やはり、こちらの人にとって、東洋というと一括りなんだろうなあ。その部屋で一緒になった初老の夫婦が、こちらをちらちらと見ているので、「これは中国、これは日本、で、この絵は中国の英雄(たぶん関羽)、こっちは詩を詠んでる日本の貴族(源氏物語絵巻の図柄)。これは、7人の幸運の神様(七福神の図柄)で、お金や芸術など、それぞれ得意分野があるんですよ〜。このキャビネットは中国の薬をいれる戸棚です。」などとできる範囲のスペイン語で解説してあげると、「みんな中国のだと思ったら違うのね。あなたは芸術専攻の学生さん?」とえらく感心されてしまった。ち、違いますってば…と青ざめる。

 というわけで、バレンシア周辺の陶器に関して、高級品とはどんなもんか大体理解して、博物館を出る。入り口で陶器に関する本を販売していたが、字ばかりで6000円という値段なので見なかったことにする。

 その後、市場に出かける。活気にあふれていて、それぞれの小さな店が、それぞれの品揃えでお客さんを待っているのが楽しい。果物屋、八百屋、ハム・チーズ屋、肉屋、魚屋、乾物屋など。魚屋もさすがスペインだけあって、欧米には珍しい充実振り。白身風だけどいやにグロテスクな顔をした細身の魚がいるなぁ、と思ったら、それは小学校の給食でさんざん食べさせられた「メルルーサ」だった(今も給食に登場いるのだろうか?この魚)。なるほど、こんな外見だから小学校では切り身ばっかりだったんだ!と納得。
 果物屋にびわが沢山出ていたので、ちょっと買ってみた(あとで食べたら、むちゃくちゃすっぱかった。ちぇ)。「5こちょうだい」と言ったら、おじさんに「5キロ?」とからかわれてしまった。こっちの人はこれだからもう。
 市場の外に屋台が出ていたので、地元名物「オルチャータ」という飲み物を買ってみる(0.9euro)。なんでも、カヤツリグサの根っこでできた飲み物だそうだ。冷たくておいしいけれど、ちょっと甘い。強いて言えば甘い豆乳か、きな粉ココアか?

 市場のあとは、バレンシアCFのオフィシャルショップへ。今日はこのためにカードを持ってきたのだ!ふっふっふ。
 場所は、さっき買い物をしたのとは別のエル・コルテ・イングレスの前。一等地になかなか良い店を構えていることに驚く。ただし、お客さんは非常に少なく、がらんとした感じ。
 1Fは、ナイキ中心の正式ユニフォームとポスター、地下は、その他小物、Tシャツなどいろいろなグッズ、という構成になっている。
 背番号入りのユニフォームがほとんどないので、恥ずかしながらお店のお姉さんに「背番号21のユニフォームがほしいんだけれど」と聞くと、「サイズは?あなたが着るの?」と聞いて、白いユニフォームの小さめのを出してくれた。「レシートを地下に持っていくと、背番号をプリントしてくれるわ」と。なるほど、というわけで、今にもレジを打ちそうなお姉さんに、ちょっと待っていてもらい、Tシャツ、アイマール君の等身大ポスター(正直、こんなもの買うのは非常に恥ずかしかった!)と、子供用のユニフォーム(友達の息子に着せるのだ!)を追加すると、お姉さんは、「それなら、こっちのセットのほうが可愛いいわよ」とおそろいの短パン・靴下まで入った箱を見せてくれた。うわー、可愛い!と理性が吹っ飛び、ミズテン買い。
 お姉さんってばうれしそうに、「たくさん買ってくれたから、これ、サービスね!」とオフィシャルのボールペンを2本袋に入れてくれた。「地元チームを応援してくれるのって、すごくうれしいわ」だそうである。いい人だ〜。こんなおまけボールペンなんて、絶対に書きにくいに決まってるけれど、それでもうれしい。

 ※バレンシアは、観光客が少ない上、住民の生活レベルが比較的高めであるせいか、非常に親切な人が多い。街中で地図を見ていれば、かなりの確率で「どこに行きたいの?」と聞いてくるし、近くなら、一緒に連れて行ってくれたりする。最初は、いわゆる観光客目当ての「たかり」や「客引き」または「ナンパ」かと警戒していたけれど、みんな単なる親切だった。こちらのでたらめなスペイン語に嫌な顔もせず、理解してくれようとする姿勢もすごくうれしい。

 とりあえず、大荷物になったし、カードや現金を持ってふらふらするのもなんなので、一旦、宿に戻ることにしたが、その前に、今回の旅で初めて「レストランで」「まともに」食事をすることにした。

 お昼がメインのスペインでは、多くの店で「今日のコース」を用意しており、1皿目、2皿目+パンと飲み物。そしてデザートとコーヒーという構成になっている。コースの料理や飲み物はいくつかの中から選べる仕組みになっている店が多い。料理はたいてい、外の看板に書かれている。
 ここも、そういうシステムだったので、安心して入り、席についたが、店員のお兄さんが来て、いきなり料理の説明をし始めてオーダーをとろうとするのでちょっと慌ててしまった。
 なんでも、メニューは外に書かれているだけで、紙に書かれたものは持っていないのだそうだ(※観光客向け以外のほとんどのレストランでは、そういう仕組みらしい)
 仕方ないので、聞き取れた料理から注文することにし、バレンシア風サラダ、何だかよくわからないがお兄さんのおすすめ肉料理、赤ワイン、りんごの何とか(聞き取れなかった)、カフェオレ(こちらではカフェ・コン・レチェという)を頼んだ。
 ドキドキしながら待つこと15分。バレンシア風サラダとはどんなものかと思えば、レタス、トマト、ツナ、卵、たまねぎ、オリーブという、わかりやすいものであった。なるほどね〜海と太陽のサラダってイメージだなあ。ドレッシングはなく、そのかわりに、オリーブオイルと酢、塩・胡椒の瓶が出され、自分で好みの味にするのがスペイン流らしい。油べっとりで味が濃すぎるドレッシングがかけられ、ぐったりしたサラダが出されたときの悲しさがないので、うれしい仕組みだと思う。
 次に運ばれてきたお兄さんのお勧めメインは羊のスペアリブ。なかなか美味。そして、特筆すべきはデザートの、りんごの赤ワインコンポート!おかわりしたくなるほどの美味しさ、う〜ん幸せ。
 1皿が大きいと聞いていたとおり、サラダとデザートは日本の2倍見当。でも、メインは普通の量だったなあ。ただし、私は野菜食いで、サラダだったから問題なかったのかもしれない。近くのテーブルで出されていた1皿目のパエリアは十分それだけでお腹いっぱいになる量に見えた。10EUROでこれならお得だなあと思いつつも、他の物価が安いので、実際はどうなんだろうとも思う。

 午後は、ホテルに戻って休憩した後、腹ごなしを兼ねて水族館に向かうこととする。ホテルからは歩いても行かれる距離のようだけれど、連日のハードウォークに、足が悲鳴をあげているので、とりあえずバスに乗った。
 12月にオープンしたばかりのこの水族館、聞くところによるとEU最大の規模だそうで、バレンシアが誇る「科学と芸術の町」構想の中核をなす施設だとのこと。ホテルからも見えるバブリーな建造物は、近寄ると更にすごい。昔は川が流れていたという、バレンシア市中心部を囲む広く細長いグリーンベルト…というか原っぱに、突如出現する巨大建造物…まさに、あの何もなかったお台場に、突如フジテレビだのテレコムセンターだのが、ニョキニョキとできた頃の日本の風景を見るようなのだ。
 この風景は、どう考えても、スペイン第3の都会感覚というよりむしろ、田舎チックな「万博」的思考回路から生まれているのではないか、バブル期日本で数多生まれた「ウォーターフロント計画」「○×構想」の多くが破綻し、趣味の悪い建物だけが赤字を垂れ流す構造になってしまうのではないか、そして、古く美しいバレンシアの街並みが秩序なく変貌してしまうのではないかと、広がる次の建物の工事現場を見ながらlp心が痛んだ。
 ワタシの単なる感傷だといいのだけれど。

 さて、バス停を降りて、まっすぐ歩くとやがて入り口だ。入り口付近には、観光バスがたくさん止まっており、子供から老人まで団体さんが次々と乗り降りしている。入場口も団体さんによる混雑(阿鼻叫喚って形容が良く似合う)で、ちょっと気圧されてしまい、端の方にある個人窓口にとぼとぼと向かった。
 入場料は約2EURO(2600円)。結構高いなーと思っていたら、券売所のお姉さんが何事か言っている。聞き返したら英語で「学生証を見せれば割引になるけれど、持っている?」とのこと。いやはや。「今年34になりますが、いくつに見えますか?」と聞きたくなってしまった。

 水族館は、なかなかすごい。回遊する水槽(オナガザメがたくさん!!)や、海底トンネル、海獣コーナー、水鳥コーナーなど色々バリエーションに富んでいて、見ていて飽きない。3時間コースのガイドツアーもある。
 日本からは、タカアシガニが代表選手となっており、子供たちが「うぇー、すげぇでかいよ」「気持ち悪〜い」など大騒ぎしていた。で、それはいいのだけれど、あのでたらめ日本語はなんとかならないものだろうか?北斎の富嶽三十六景に、「つきち」とひらがながでたらめに配置されている(“き”の字なんて横向きに寝ている)ところから始まって、あとは意味不明の連続。海女の解説がされている文章に、応挙の幽霊みたいな絵がついていたり。そして、果てしなく続くでたらめ日本語。よっぽど受付に言って訂正しようかと思ったが、なにをどう直してやればよくなるのかすらもわからないので、黙殺した。ああ、誰かスペイン語が堪能な日本人よ、訂正してやってくれ〜!

 それにしても、大繁盛である。まだオープンしたばかりだからなのかもしれないけれど、次から次へと個人・団体が来るわ来るわ…。そして、まあみんなマナーの悪いこと。フラッシュは焚きまくる、ガラスはたたく、走り回る、見ている人を押しのける…ちゃんと「フラッシュは焚くな、ガラスをたたいたりして魚を脅かすな」とそこらじゅうに看板が出ているのにもかかわらず、ぎゃーぎゃーと大騒ぎなのだ。基本的にスペイン人はおおらかで親切なかわりに、マナーが悪いというか自分勝手なところがある(たとえば、道に広がって歩く、割と平気で人にぶつかる、列に並ばず割り込む、など…)と思っていたが、その真髄に触れてしまったようだ。彼らの集団心理ときたら、日本人どころではないと思う。ただ、違うのは、それに乗らない人もちゃんといて、それはそれで「我関せず」「我が道を行く」であるところ。あとは、そういうマナーにうるさい大人が、自分のそばにいる子供には注意するところか…(でも、ぜんぜん聞きやしない子供もまたスペイン気質かも)。

 そういうお客に囲まれた魚や鳥、海獣はかわいそうだなあ、と思う。が、彼らも案外ラテン気質のようで、安楽に構えているようだ。オットセイかトドのような海獣が8頭ほど群れている島があって、そこで見ていると、ずっと喧嘩しっぱなしで大丈夫かと思うほど。一番弱い一頭なんて、陸にあげてもらえなくて半分水につかりっぱなしで、「ストレスのせいなのかしら、かわいそう」なんてに思っていたのに、帰りに見たらみんな仲良く折り重なって眠っていたのだ。こんなのあり?と拍子抜けした。

 さて、午後6時30分からは最大の売り物というイルカショー。
 みんな6時前(早い人は5時30分くらい)から席に集まり始めた。6時15分にはもう満席に近くなって、ガンガンとノリの良い音楽がかかり始める(クイーンやフレディー・マーキュリーの曲などもかかり、ちょっとうれしい私。いまだに人気があるのだろうか?バレンシアCFのハーフタイムでも行進曲がBreak Freeだったし)。観客も手拍子などたたき始めた(ついでにイルカも勝手にウォーミングアップを開始。利口なんだなあ)。

 「いい雰囲気だなあ〜」と思っていると、突然、DJが登場! 一気に場内がノリノリに…。このDJ、とにかく乗せるのがうまい。そして、観客も乗るのがうまい。どうやら「今日は来てくれてありがとう!これからイルカショーが始まるよ!今日、イルカと遊ぶことのできる人は2人!遊びたい人はいるかな?」っていう感じのせりふを言っているらしい。観客(特に子供と若者)は、みな「イエー」と手をあげて立ちあがり、音楽に合わせて踊り始める。総立ちになる一角もあって、すごい状態だ。
 用意されている長靴は子供用なんだけれどそんなことはおかまいなしらしく、美人のおねぇちゃんが、腰を振るわ胸をゆするわ、なかなかの見もの。負けじと子供も腰をくねらせてなかなかの踊りを披露するわけで、この年からこういうのをやってりゃあ…と思うひと幕。
 DJはひっぱるだけひっぱって、きっちり時間の6時30分までに2人の子供を選んだ。その展開のうまいのなんのって、ちゃんとしたショータイムになっているからすごい。これが楽しいからみんな早くから座ってたんだなあと感心した。こういうのは日本でもやったらいいと思うけど、観客がここまで乗れないか。これだけでも十分元を取った気がした。

 ところが…
 いざ、イルカショーが始まり、6頭のイルカが登場すると…、まともに「ショー」を見せられるのはたった2頭。あとはまだまだ訓練中で、うまい2頭も日本のイルカショーに比べると、ちょっとレベルが低い感じ。うーんなんだかなあ。この観客に、日本でやってるイルカショーでも見せてやれば…と非常に惜しく思ってしまった。

 宿に戻ると、もう9時すぎだった。これから外に出て食事をするのも面倒なので、ホテルのバルで簡単にサラダとチーズ、ワインで夕食を済ませる。ホテルの人とは、だいぶ顔見知りになったので、いい感じにくつろげるようになった。
 それにしても、連日朝から晩まで遊んでいるので、ちょっとアクセルを緩めないと、後で辛くなりそう。明日からはポコ・ア・ポコで行こう。


2003年04月28日(月) 「ラ・クラーラ」

 天気は快晴。スペインの天気予報の精度は、日本とは比べものにならないほど低いことがわかった。日本も最近ひどいと思っていたけれど、ここまでじゃない。だって、雨の予報が、快晴だもん。

 朝ご飯を食べて、会社その他にメールを打ってから、外出の予定を立てる。今日は、とりあえず靴の中敷(歩きすぎで、スニーカーの中が破れてしまった)を買って、そのあと市内観光と決めた。
 ちなみに、朝食メニューは、パン、チーズ、ハム数種類、スクランブルエッグ、ソーセージ、フルーツ、ヨーグルトなどのバイキング。さすがバレンシア、オレンジジュースが絞りたてという味で甘味と酸味が自然で非常においしい。ご飯はなかなか良かったが、誰もいないのはなぜだろう?出発時間が間近の様子で、日本人ツアコンのお姉さんがロビーでばたばた動いているだけ。そして10人程度の日本人団体は声をかけるまもなくあっという間に出て行ってしまった。なんでも、ホテルフロントのお兄ちゃんによれば、日本人の団体は、バレンシアに夕方到着し、ほんのちょっと観光するだけで、あとは泊まって朝早く出る、いわゆる移動中継宿泊なのだそうだ、「貴女みたいに4泊もする日本人はめったにいないよ、ビジネス以外の目的で個人で来る人も少ないしね」。もったいないねぇ。→もうすでにバレンシアにどっぷり惚れ込んでいる。

 ところで、昨日のセーフティボックス事件は兄ちゃんに頼んでめでたく解決。やはり、デポジット+使用料を払って空くティベータ-を借りなければならないのだそうだ。「フロントのお姉さんにちゃんと言ったのに!私、すごく怒ってるわ」と言ったら、ごめんね、と素直に謝る彼、なかなかいい人のようだ。

 今日は、貴重品も安泰、安心してバスに乗りこみ市内に入ったが、10時なのにどの店も開かない。う〜ん、これがスペイン気質か?仕方ない、ここなら朝からやってるだろう!と市場に出かけてみるもののこちらも休み。市場は飾りタイルで覆われたモダニスモ?建築で、とても印象的な建物だったが入れないのでは意味がない。
 なんでみんな休みなの?と思いながら周辺をぐるぐると歩いていると、教会近くの広場で祭壇を作っている。正装して、楽器を持ったおじさんが二人話していたので、「お祭りがあるんですか?何時からですか?」と聞くと、11時からだと親切に教えてくれた。つまり、今日は休日だったわけだ、道理でね…。
 さて、こちらの休日。お店などみんなちゃんと休んでしまい、何もすることが出来ないのは学習したとおり。今日の行動予定が立たなくなってしまったので、天気とお祭りの様子次第では海にでも行くか。と考えた。

 祭壇造りがおもしろいので、しばらく見ていたら、火祭り(※バレンシアの有名なお祭り)の写真でみるような金糸銀糸で飾られた絢爛豪華な民族衣装のドレスに身を包んだ少女二人が母親につれられてやってきた。うわ、可愛いっ!うれしいっ。そのまま、お祭りの開始まで女の子を見ながら待っていることもできたが、近くのベンチに酔っ払いのホームレスが数人群れていたので、時間まで散策することにする。
 と、散策先のカテドラルでも、こんどはもっと大きな祭壇。こちらにも正装した人々がたくさん来ているし、そっと覗いた内部では、ミサが行われている。おおお、これは期待できるか?と思って、時間潰し+状況観察のために塔に上ってみた。しばらくぼーっとしていると、そこいら中から爆竹の音、楽団の奏でる音楽が聞こえ、下を覗くと四方八方からお祭り行列が、のぼりを先頭に、民族衣装の美少女(+その他)集団がやってくる。これは、すごいことになりそうだ、と気持ちの良い塔に心を残しながらあわてて降りて、集団が目指す市役所前広場に向かう。

 先頭はのぼり、次にチャルメラみたいな笛。そのあとが、ドレスの少女集団、奥様→未亡人ルックのおばさん集団+首から教会のメダルを下げた正装の男性、楽団というのが1行列の基本的な構成らしい。少女の集団にハリーポッターのような格好をした少年や、農民の娘みたいな格好をした女の子が混ざることも多く、バリエーションとしては、飾った馬、花のおみこしなどがある。少年は、小さい子供はうれしそうだが、ちょっと年があがると、やる気なしで、ふてくされながら歩いているのがまた可愛い。

 火祭りはみられなかったけれど、これで十分だなあ、うれしいなあ。と思いつつも、つい3月末にやったばっかりで、すぐ4月末もお祭りか…と、ちょっとあきれてしまう。火祭りのお姫様として娘をパレードに出すのに、1000万円〜2000万円寄付しているという話をどっかで読んだのだけれど、それは本当かしら?んで、すぐあとに、これか…と。まあ、行列見ていると、お金があれば娘につぎ込んじゃう気持ちはわからなくないけれど。

 で、思ったのは、バレンシア=名古屋説。『マドリードが東京だとすれば、バルセロナは大阪』とは言葉への執着、強烈なライバル意識などに寄せて良く言われるところだけれど、そうするとバレンシアは名古屋でしょう。国内第3の都市ながら、存在感が薄いところ、みな働き者なのに、稼いだお金をみんな娘につぎこんじゃうところや大いなる農業国であるところなど。

 それにしても、つくづく残念なのは、お金持ちの家の少女がみんなオーバーウエィトであること。どう考えても、その後ろにくっついてる農民の娘のようなドレスを着ている娘のほうが、可愛いんだよね〜。うーん、あの娘たちに、あのドレス着せたい。まあ、親の金で差が付くなど、世の中の不公平もちゃんと許容されるのは、やっぱり大人の国なんだろうなと思う。日本だったら、「みんなで同じ服を着ましょう」になるはずだから。今年の成人式のニュースで、どっかの村で「晴れ着を買えない家が可哀想だから、晴れ着禁止」という掟を破った女の子がいて話題になっていましたが、そんな幼稚なことはやらないんだな、とうなずけた。子供のころから、ちゃんと、世の中は、誰にでもチャンスはあるけれど、不平等なことも多いんだ、と教えることって重要だと思うんだけどね。

 話は脇道によれたが、この祭り、どうも聖人ビセンテのお祭りらしい。ビセンテは、たしかバレンシアの守護聖人。だからバレンシアにはビセンテ君という男の子が多いのだと聞いたことがある。そういえば、バレンシアCFの地元出身「ビセンテ」選手。ビセンテ・ロドリゲスって名前なのに、コールは「ビセンテ」だもんね。地元の誇りなんだろうな。

 さて、行列が一通り行進し終わったら午後2時。ご飯でもと思って入ったバルは、珍しいことに飲み物だけだった。仕方ないから、アグア・バレンシアというバレンシア地方オリジナルカクテルをピッチャーで頼んで、ポテトチップスをつまみにしていたら、日焼けして良い気分になってしまった。なぜか、このバル、80年代のヒットチャートばっかりかかる。うれしいけど変。
 バルには、行列に参加したらしい晴れ着集団も来たりして、見ていると非常におもしろい。で、ひまだから今日の日記(これ)を打っていると、学生アルバイトらしきお店のおねえさんが、「それ、パソコン?すごく小さいよね!マウスが鉛筆になってるの?」と興味津々。「ユーロでいくらくらい?大きいパソコンより高いの?スペインのパソコンはもっと大きいのよ。」などと聞いてくる。スペイン語の会話なので難しいけれど、大体わかったので、説明していじらせてあげたらうれしそうだった。日本語変換を非常に面白がって「どの漢字が正しいかはどうして分かるの?」と聞くので、「子供の頃勉強するんだよ」と言ったら、「頭いいのねぇ」だって(笑)。

 午後4時からは、酔い覚まし&日焼けの仕上げをするために海に向かった。地下鉄を乗り換えて行くということに地図上はなっているが、なぜか海行きの地下鉄は地上を走るトラム(市電)だった。周りは家族連れやカップル、グループが海支度で沢山。

 バレンシアは本当に良い街だ。小さくて美しい街並、川、原っぱ、オレンジ畑…そしてすぐに海。どれもみんなカラリと明るくて、それでいて品よくおっとりしている。バレンシアのことを地元では「明るい」または「晴れ渡った」という意味で「ラ・クラーラ」(La Clara)と言っているとガイドブックに書いてあったが、まさにその通りという印象。

 みんなが降りるところが正解だろうとアタリをつけていたのだけれど、その必要すらなかった。トラムから海が見える。晴れわたった地中海が!!!
 水着にもなるからとデニムのヒモ結び式下着を着ておいてよかった!砂浜には脱衣場なんてお上品な代物はない…というよりも、みんな近くの人たちだから下に着てくることになっているらしい。確かに合理的。海は、きれいな、本当のマリンブルー。空も海もどこまでも青い。昔、子供のころ、空と海は、ずーっと水平線の先でつながっているんだと信じていたことを思い出した。

 日差しはじりじりと強いけれど、風はさわやかで涼しく、油断すると肌寒い。現地の人に習って、すこし焼いて、周りの楽しそうなはしゃぎぶりを眺めた。バレーボールに興じるグループあり、愛を語り合うカップルあり、服を着たままの友達を海に投げ込む若者あり…むちゃくちゃ楽しそうなのに、こちらは独りぼっちなのがさびしいなあ。せめて、だれかナンパしてくれよ…とまで思ってしまった。

 海に入ってみたら、非常に冷たくて、なんでこんなところでみんな大丈夫なのかと、あっという間に出ることにした。着替えて、街中に戻ろうと思ったところで、手製のガイドブックを昼間、塔の上に忘れたことに気が付き、一応、もしかしたら、と市内に戻り、教会に行ってみた。6時過ぎでもまだ行事をやっていて、塔も営業していたので、入り口のお姉さんに「上に、ガイドブックを置き忘れた。戻ってもいいか?」と聞くと、許してくれたので、急いで階段を上る。が、本日2度目の登り、しかも一日歩きっぱなしは体に良くない…。上に到着したときには息切れしてバテバテになった。しかも、肝心の手作りガイドは影も形もない。まあ、しょうがないなあ。ゴミに見えるだろうから…。

 あきらめつつも最後の望みをかけて、鐘楼のおじいさんのところに戻ると、そこはすごい音と光景だった。8角の塔のそれぞれの面に設置してある鐘を、一人の男性がそれぞれの鐘に結んである縄を見事にさばいて、鳴らしていたのであった。すごい技だ。からくり人形の使い手もまっさおの縄捌きだった。登ってきた客はみんな、近くに座ってそれを眺めている。鐘の音がクライマックスを迎えたところで、今度は少年が登場した。彼の息子なんだろうか?こちらは、1つの鐘だけを、体全体を使って鳴らしてくれた。音の間隔を調整したり、鐘をまわして、1度に2つずつ鳴らしたりと、誇らしげに腕前を披露してくれた。鐘の音が静まると、周りから自然に拍手が沸いた。頬を紅潮させた少年は、汗を拭きながら、うれしそうに、それでも必死でクールを装って父親らしき男性の脇で縄をしまう作業に入った。

 やっと、場内が落ち着いたので、先のおじいさんに、「ここに、私のガイドはありませんか?これ(もう一つの手作りガイド)と同じのです。今日の午後、忘れてしまったんだけど」と聞いたら、すぐに「おうおう、あるとも!ちょっと待っててくれよ…これだろう!」と大切そうにしまってある荷物から出してくれた。ここの人たちって、みんな親切だ。日本語で、それも切り取ったガイドブックやワープロ打ちの上質紙などを束ねただけの、いわばメモのかたまりのような代物を捨てないでいてくれたのだから。誰かが、塔の最上階から鐘守のおじいさんのところまで持ってきてくれて、それを、おじいさんが取って置いてくれるって、結構すごいことだと思う。

 うれしくなって、目をうるうるさせながら、おじいさんと握手して下に降りた。おじいさんはもっとしゃべりたそうだったけど、ごめんよー、言葉がわからないんだ。だって、おじいさんの言葉、バレンシア語がほとんどなんだもん。スペイン語すらおぼつかない私にそれ以上期待しないで!

 下に戻って、受付のおねぇちゃんにキスを投げて外に出たら、なんだか、すごいことになっていた。教会の前はひとだかりで、しかも捧げ銃の態勢の儀杖兵が並んでいる。こりゃ、とんでもないところに出てきちゃったかと慌ててこそこそ出口を抜けると、そこは人だかり。テレビ局まで来ている。どうやら、まだお祭りは続いていたようで、ラッキーとばかりにその場に並んで待つこと30分ちょっと。カテドラルからまた昼のような民族衣装の行列が出てきた。今度は、各教会からの代表+聖像のおみこし2つ+聖職者の行列+ヨハネパウロみたいな格好をした聖職者(たぶん大司教とかだろう)+儀杖兵の一群+音楽隊という隊列。それが、やはりまた市内を練り歩いて、最後は「聖ビセンテ教会」に入って終了だった(結局、全部一緒に歩いてしまった。子供みたい)。時はすでに午後9時近く、やっと陽が沈んだ。

 歩き&立ち疲れて、広場前のバルに入る。昨日は、ちょっと怪しげな若者の集団がいて、あんまり筋の良くない店なのかなーと思っていた店だったが、今日は老人やその他たくさん普通の人ばかりなので、入ってみることにした。ポテトサラダとなんか良くわからない揚げ物、ビールで夕飯。1皿の盛りが良くて大きいのであまり色々な種類が食べられないことと、野菜というと豆とインゲン、にんじんばかりなのがちょっと残念。

 ホテルに帰ると、もうへとへとになってしまっていた。ホテルのバルでコーヒーを飲んで部屋に戻る。朝9時から夜10時まで一日出歩いているんだから、まあ疲れるのは当たり前。こちらの人のようにちゃんと“シエスタ”すればいいのに、どうも日本人の性としてそんなもったいないことはできないのだ。昼が長くていいのだけれどね。日本にサマータイムが導入できないのはこのせいだろう。


2003年04月27日(日) 長靴を履いた少年に会いに…

 朝6時30分起床。髪を洗い、朝ご飯。コンチネンタルかと思ったらものすごく充実していた。ハム数種類、チーズ、果物数種類、ゆで卵、目玉焼き、ヨーグルトにシリアル…。とするとお客はアメリカ人が多いかな、と思ったが、周囲は中年のドイツ人カップルばかり。小規模ツアーの模様。単に、日曜の朝早くから起きだしてくるのは日本人とドイツ人だけなのかもしれないけれど(笑)。
 朝食後に近辺を散歩する。天気、晴。湿度の低い気持ちの良い朝だ。宿泊先は、観光の目玉の1つでもあるゴシック地区王の広場の脇にあり、非常に良い散歩になった。治安がよくないと聞いていたので、ちょっと緊張しながらの散歩だったが、警察官が朝礼をやっていたりしてかえって安心なような気もする。エスタンコ(街中のタバコ屋)でテレカと絵はがき、新聞を購入。私のスペイン語も結構通じるじゃん、とうれしくなった。さっそくテレカを使って公衆電話から家に電話をかけ、母におはようというと、時差に驚いていた、おいおい。

 散歩から戻り、チェックアウトしてタクシーで駅に向かった。途中でガウディの建築群がある場所を通過したのがちょっとうれしかった。こんな建物が普通の建物と共存しているなんてすごい。そして、街に街路樹が多く、緑とのコントラストが非常に美しい。もっとバルセロナで時間をとればよかったかなあ、と少々後悔した。
 国鉄のサンツ駅は、治安極悪と聞いていたが、そこまでではなかった(もちろん怪しい人もいて、治安が良いわけではないけれど)。切符売り場も噂のようには並んでいなかったし。安心した反面がっかりもしたので色々うろついてみた。まずは、F1向けに近距離切符の回数券(BONOTREN)を事前に入手しようと、窓口へ。おっさんとの意思疎通がうまくいかず、普通券を3枚売られそうになってしまい、寸前で身振り手振りを交えて必死で阻止してなんとか購入。その後、切手を探したのだけれど、とこにも売っていなかった。「普段はあるんだけど…今日は日曜日だから」となぞの発言をしたお姉さんもいたがあれはどういう意味だったんだろう…。

 アリカンテ行きの特急EUROMEDは、全席指定。ホームに改札があり、そこで荷物のX線チェックもあった。1等車はゆったり座席の間に机があるゴージャスな造り。2等車ですら2列×2で、わが日本の誇る新幹線よりはるかに優雅。きれいなお姉さんがイヤホンだの飴だのを配りに来てくれるし。
 ただし、運行はわれらが新幹線に軍配。最近のスペインの列車は正確になりましたよ〜と聞いていたが、出発は20分遅れだった。途中も特急とは名ばかりのちんたら走行。特急よりも、並行して走る高速道路をぶっとばす車のほうがぜんぜん速い(笑)。
 窓から見るバルセロナ近郊は、「駅周辺→貧困地区→畑」という展開。そして、30分くらいで地中海!太平洋並みの雄大さと、瀬戸内海並みの静けさを持った美しい海が見える。天気がよいせいか、海では早くも水着で遊んでいる人がちらほら。よーし、私もやるぞ。と。

 さて、ちんたら走行だった割には、どこで時間を稼いだのか定刻でバレンシア到着。駅のコインロッカーに荷物をぶち込んで、まずはスタジアムまでチケットを入手しに行く。地下鉄はなかなかきれいで、便利。駅からは中央に広い緑地帯のある道路を数分気持ちよく歩いてスタジアムに到着。人が大勢いるので、切符売り場周辺が混んでいるのかと思えば、前の広場でのみの市が行われていて、そっちの賑わいだった。のみの市は、正直、なぜこんなガラクタを?というような、本当のガラクタ市またはぼろ市。

 切符売り場は、ほんの数人が並んでいるだけ。アラベス戦ということで、若干チケットは安めの模様(対戦相手で値段が違うというシステムはなかなか恐ろしいが慧眼だと思う)。せっかくなのでよい席をとりたかったけれど、残念ながらかなり上のほうの席になってしまった。GRADA DE LA MAR ALTA 28EURO。日曜なので、周辺の店などはみんな休み。カフェだけが営業している。昼時なので、立ち寄ろうかとも思ったが、混雑しているので、駅周辺でいいやとチラ見するだけにとどめて戻る。
 が…これが失敗!駅の一つ手前、COLONという繁華街の駅で降りたのに、ゴーストタウンのよう。誰もいない、どこも開いていない(泣)。そして、バレンシアの町は昔の旧市街のつくりをそのまま残しているので、まるで迷路のよう。自分でこっちだろうと思う方向と、たどり着いたところが会っていたためしがないのだ。方向感覚には自信があったのにぼろぼろである。疲れて、結局は地元のファーストフードチェーン店らしいサンドイッチの店のテラスで休んでしまった。残念。

 町の雰囲気は都会ではあるものの非常にのんびりしている。これがスペイン第3の都市なのかと疑ってしまうくらい。非常に褒めた言い方をすれば、比較的洗練され、治安も良い感じで、ちょっとスイスの雰囲気もあるかもしれない。
 とりあえず、初めての街なので安全策を取って宿にはタクシーで向かった。だいぶ、スペイン語に慣れてきたというか、スペイン語の発音は日本語に近いので、安心して使い出したら、ここで思いっきり足をすくわれてしまった。
 ???ホテルの名前が通じない???なぜ?
 「rr」だけが巻き舌なのだけれど、私が言うとそうなっていないらしい。タクシーの運ちゃんに笑われた挙句、レッスンを受けてしまった。ちょっとでもスペイン語を話すと、急に話し好きになるのがこちらの人。タクシーの中でも散々話し掛けられた。やはり、SARSが気になるようで、マスクはしないのか、など。いらぬ誤解を受けるのもいやだったのと、語彙が少ないのとで「病気は中国人。日本人は病気じゃない。日本人は清潔だから」と差別的な発言をしてしまったのだけれど、運ちゃんにはつぼにはまったらしく、「うん、うん。確かに日本人は清潔で、中国人は不潔だ、わかるよ」と納得してしまった。ああああ(大汗)。本意じゃないんだってば、ねぇ、わかってよ!

 宿は、市内から2〜3キロほど離れた住宅街に位置し、なぜか警察の敷地内にある某ホテル。レセプションのお姉ちゃんが、黒髪のスペイン美人(夜や朝は痩せたおじさんと、小太りのおにいちゃん)。
 もらった部屋が廊下の突き当たりだったので、「またもや隅っこの小部屋に押し込めるつもり? 昨日は我慢したけど、今日は容赦しないぜベイビー、ダメな部屋だったら文句言っちゃうよ!」と戦闘態勢に入ったところが、案に相違して、広い快適なツインルームであった。30平米以上あり、バルコニーが付いていて、風をいれると気持ちよい。ズボンプレッサーが置いてあったり、バスルームもすごく広くて、気持ちがいい感じである。掃除も行き届いていた。
 椅子を外に出して、ここで座っていたら気持ちいいだろうなぁと、スペイン人のシエスタ気分がとても理解できる午後3時。しばしぼーっとする。

 ところが、荷物を開いて、貴重品をセーフティボックスにしまおうと思うと、エラー音がする。説明をよく読むと、使用前に一度ある場所に棒を差し込んでリセットしなくてはならないらしい。で、フロントに行って、おねぇちゃんに言うと、何回もボタンを押したからロックされてしまったんだ、5分待ってもう一度やれ、といいかげんなことを言う。アクティベータ-が要るはずだ、一緒に来てみてくれ、と言っても、「5分待て」の一点張り。ねぇちゃんじゃ、らちがあかないので、ほかの人がフロントに出るまで待つことにする。とりあえず、この宿非常に快適であること(つまり、掃除など従業員がちゃんとしている)、警察の敷地内で治安的には問題なさそうであることから、お兄ちゃんかおっさんが出てくるまでは、荷物に2重に鍵をかけて置きっぱなしにするというギャンブルをして、出かけることにする。サッカーのスタジアムに現生やパスポート、クレジットカード類一式持って出るほうがよっぽど危ないだろうという判断。
 このねーちゃん、本当に使えなかった。バレンシアカードというツーリスト向けの交通回数券も知らないし(ホテル化慣行案内所でしか買えないのに)。日本人がラテン系美女というとき真っ先に思い浮かべるような、豊満美人なんだけどなあ(彼女にフラメンコダンサーの服を着せてみたいとつくづく思う)。

 駅まではバスに乗ってみた。インターネットという便利なもののおかげで、事前に入手できたバス路線図を信じて、宿の近くにあるバス停でまつことしばし(12〜15分おきという路線ごとの発車間隔までわかっちゃう!)、ちゃんと来るではないか。確か、バスの乗車券は1EURO弱だったはず。と2EUROのコインを握りしめて、「オラ!(こっちのひとは、本当にいつでも気軽にこう声をかける)」と運転手に渡すと、ちゃんとおつりをくれた。簡単じゃん(当たり前)!
 あとは、自分が降りるべき場所(国鉄駅前の停留所)と帰りに通るはずの道を覚えるために、地図と風景とにらめっこしながらのバスの旅。『こちらのバス、案内放送がないから、どこで降りるかは自分で判断するか、運転手さんにお願いするしかない…』と聞いていたのだが、このバスは新しいものなのか、バス停案内の電光掲示板がついていた。車内にはテレビも付いており、いろいろなCMも放送されているのが面白い。(※バスによっては、古いものがあり、何も付いていないこともある。ただし、バスの運ちゃんはじめ、バレンシア人はみんな親切なので、頼めば(頼まなくても)教えてくれる)

 一度見たら忘れない可愛いタイル張りの駅舎と闘牛場にエル・コルテ・イングレス(デパート)があるので、降りるべき駅前のバス停はすぐに分かった。とりあえず、動きやすいように『BONO』というバスも地下鉄もOKの回数券(カード式、自販機でも買えるので観光客にはとても便利)を購入し、スタジアムに向かう。
 バレンシアの地下鉄はとてもきれい。清潔だし、明るいし。いわゆる欧米の地下鉄のような落書きだらけの荒んだ雰囲気(渋谷や新宿あたりの裏通りのガード下を歩くときの、背筋がちょっとぞっとする気分)はまるでない。乗り降りのときにボタンを押すこと以外は、日本の地下鉄のように考えてよいようだ。
 駅からは、先ほど通った道。いかにも観戦しに行きます!という家族連れや地元のおじさんなどが談笑しながら歩いていくので、流れに乗っていく。5時キックオフというものの、まだまだ太陽はぎらぎらと勢いが衰えない。スタジアム近くの露店で水(1euro)とバレンシアCFのバッジ(2euro)を買い、バッジを胸に付ける。ふふふ〜私もバレンシアニスタだ。バレンシアのマークは、コウモリと、王冠と、バレンシアの旗の模様。コウモリは、オレンジにやってくる「フルーツコウモリ」なのだそうだ。スタジアムでも、コウモリのマスコットが愛嬌たっぷりに歩いていた。

 スタジアムは、増設に増設を重ねた感じの古い建物。階段も急だったりする。もちろん、大画面スクリーンなどないし、選手や得点を示す電光掲示板すらみあたらない。ただひたすら、「フットボール」を「するだけ、みるだけ」のために造られているようだ。ここで、確かワールドカップ開催したはずだけどなあ…と不思議に思う私。
 さて、私の席は、けっこう上のほう。あまり良い席とは言えないが、傾斜がきついので、非常にピッチが見やすい。芝も気候のよさを反映してビロードみたいにきれいな緑。ただし、その気候の良さは、天空から降ってくる容赦のない日差しのおかげ…つまり観客はものすごく日に焼けることになる。先程地下鉄の駅で見た、現在の気温は29度、ここはどこの南の国だろう?まあ、湿度が低いから汗はかかないけれど…。
 お隣はおじいさんで、周辺も地元の常連さんばっかりという感じ。比較的安い値段の席で、頻繁に来る人ばかりなのだろう。東洋人が珍しいらしく、早速「どこから来たのか?」「フッボルが好きか?」「バレンシアのどの選手が好きか?」など質問攻めにされる。つたないスペイン語でもわかるように質問してくれるし、こちらのいうことも一所懸命聞いてくれるのがうれしくて、必死で話してしまった(笑)。

 しばらくそうして話をしていると、周りがざわざわし始めた。ピッチに出ている、大スポンサーさま「トヨタ(むっ!)」の布が外され、相手チームの選手が出てきて練習開始。その後、いよいよ、バレンシアの選手がピッチに入ってくる!!ああ、テレビで見ているバレンシアだ。生だよ〜。うわー。と、どきどきして頬が紅潮した。
 カニはリーダーの存在感を示して、アジャラは老練な猫科の動物のように、バラハは落ち着いた中にも気合を込めて…そして、アイマールはいつもの通り、あまり周囲に視線をやらず、軽い身のこなしで走ってくる…。あ、でも、ちょっと普段より足取りに軽さが見られないかも…。おや、今日はカリューなし?

 肝心の試合は、予想はしていたものの、かなりダメな内容だった。火曜日のインテル戦で総力を使い果たした我らがバレンシアの主力は、みんな動きに切れがない(※アイマールなど、翌日の新聞では「前半は長靴を履いているようだった」と書かれていた)。バラハもミスパス連発、ビセンテもだめ。かろうじてディフェンス陣はまともで、カニサレス、アジャラ、レヴェイエールなどが機能していた。相手が格下のアラベスの上、カーサでの試合なのだから、バレンシアの完全な攻勢は当たり前、なのに、途中でミスパスが出たり、シュートをはずしたりで、ボールを支配しているのに点が入る展開にならない。観客にはイライラが募る。カーサなのにブーイングの多いことったら!私まですっかり、スペイン流悪態の付き方を覚えてしまった。おじいさんも、両手を天に「アーイ!!!」と怒り、私相手に「こりゃだめだ!」とばかりに「なんたらなんたら、マル(悪い・だめ)」の連発。みんな常連だけに応援が辛口なのだ。これじゃあ、選手もかわいそうだなあ。どうりで、アイマール選手がインタビューで「バレンシアのファンは、目が肥えてしまったんだと思う。常に好成績を期待される」と言っていたはずだ。それに、いつも審判が、バレンシアに厳しい判定をするわけだ、カーサ特有の「うちのチームは最高さ!だから不利な笛なんかあるはずがないだろう!帰りはただじゃすまないぞ」という雰囲気はさらさらないんだから…。いつまで経っても点の入りそうもないエンパテで前半終了。

 ハーフタイムは、場内で地元のブラスバンドが行進曲を奏で、みな、飲み物を買いに行ったり、話をしたり思い思いにすごしている。ちなみに、いわゆる熱狂的暴力派サポーターというのは、ごく少数で、しかも、一部のゴール裏隅の一角を警官付きで与えられている(ちなみにどこぞのチームの新スタンドは彼ら向けに椅子なし、防弾ガラスで囲まれたとく透析を作ったと報道されている。まるで檻だ)。彼らが一般席にも同じように応援を強要することもないし、一般席も「あれはあれ」という我関せずの別扱い(というより動物扱い)。
 隣のおじいさんは、「わしのセーターを見ておいてくれ」と言ってどこかへ行ってしまった。しばらくすると戻ってきて、「カラメロを食べるか?」と聞いて飴をくれた(飴はキャラメルじゃなくても全部カラメロというらしい)。どうも、これを買いに行っていたようで、そういえば、場外には飴の計り売りが沢山ならんでいた。きっと、私のために買いに行ってくれたんだろうなあと、ありがたく頂戴する。ミント味でおいしかった。が、おじいさん、自分の食べるペースで私にも次々飴をくれるのにはちょいと閉口。こっちの人が老若男女問わず甘い物好きというのは本当らしい。

 さて、後半。またもやあまりうまい展開ではない。どうも、歯がゆさばかりが残ってしまうのだ。更に、不利な笛を吹かれて、マルチェナがタルヘタ アマリージャ(イエローカード)。この、マルチェナ、若手DFの控えで、時折誰かの欠場で出てくると、一所懸命がんばってアピールする良い選手なのだが、先日も開始数分で、相手選手が勝手に転び、触れてもいないのにいきなりロハ(レッド)出されて退場させられるなど、ちょっと不運な判定に泣かされている選手でもある。今日のタルヘタも、どう考えてもカーサでもらうべきものじゃない!彼も審判不信があるのか、怒り狂い、ちょっとプレーにも影響が出そうな感じで心配だ。観客も怒りのブーイング(※怒りの収まらなかったマルチェナ。このあと審判に見えないよう接触相手の選手に脚払いをかけて転ばせていた)
 それでもなんとか、ルフェテが最初の得点。2点目はレヴェイエールが得点。そして、最後は我がアイマールくんがきれいにゴール!終わってみれば3-0の勝利、なのだが、どうも5-0くらいの試合を3-0に落としてしまったと言う印象である。試合には勝ったけど、ゲームは負けたというのが正しい表現かもしれないが、爽快感がなくって、得点できない不安感爆発なのだ。お馬鹿なアイマールは、とんでもないところ(スローイン)で余計なタルヘタもらっちゃって、累積2枚で次戦出場停止だし。バラハは移籍騒動、ビセンテは代表親善試合偽病欠疑惑と、来年のチャンピオンズリーグ出場権の4位確保に向けてもうひとつも負けられないバレンシア、相当に厳しい次戦ではないだろうか。ああ心配(※翌日の新聞の見出しは「不満、歓喜、ため息」、前半〜後半〜試合後をうまく表現していた)。

 試合が終わったのは午後7時すぎ。まだまだ陽は高く、スタジアムで焼けた腕がじりじりと熱い。おじいさんとさよならして、地下鉄で市内の中心まで戻り、駅近くにあるカフェのテラス席で、街行く人を見つつ、絵葉書を書いたり、スタジアムで配られた新聞を読んで(見て?)今日の試合を振り返ったりした。注文したのは、軽くビールとチーズのホットサンド。火照った身体にちょっと薄めのスペインビールとやっと涼しくなり始めた風が気持ちよい。日が暮れたのはなんと9時、宿に戻ろうとバス停近くまで歩く途中、持ち帰り専門のおそうざいやを見つけたので、入ってみると、パエリアやサラダがとてもおいしそうで、ついつい購入。パエリアは伝統の「バレンシア風」。ウサギ肉とカタツムリ、インゲン豆などが中心の具材になっていた。ビール2本と合計で8euro、予想よりもちょいと値段が高く、予想よりもはるかに量が多かった(どう考えても2人分以上。笑)。このボリュームをどうさばくべきか、しばし悩む。

 ホテルで、夜のスポーツニュースを見ながら、パエリア、サラダをつまみにまたビール。部屋が広くて、天井が高いし、テラスからの風が気持ちよいので、「ホテルの部屋飯」のわびしさはぜんぜんない。ああ、唯一問題があるとすれば、この部屋には冷蔵庫がないこと。2本目のビール、どうしようかなあ。えい、飲んじゃおうか。
 ※このビール、「酔わないなあ」と思っていたら、なんと「ノンアルコール」だったことが後で判明。やあねぇ。



2003年04月26日(土) 出発

 東京。朝起きたら暴風雨。
 幸先悪いな、と思っていたら出発までには止んでちょっとうれしく思う。最近、本当にへこみっぱなしなので、こういうことでも、なんかうれしい。

 午前9時。成田空港着。GWとは思えない落ち着きぶりに、SARSと戦争・テロ危険、休み日程の悪さというトリプルパンチの影響うかがわれる。
 今回の旅では珍しく、正規安売航空券「JAL悟空」を利用したので、ちゃんとした個人扱いの窓口。JALには珍しく、お姉さんの応対が非常にフレキシブルで感じがよかった。うちの社長が同じ日程でスペイン旅行だという悪い噂を聞いたので、「同じ便に****さんという乗客はいませんか?会社の関係者なんで会うと気まずいんですよね〜」とだめもとで尋ねたら、すぐに調べてくれたりもした。
 出国審査も本当に空いていて、過去10数回の海外旅行の中で一番かもしれない。GWだというのに。

 さて、今は機内。定刻発でシベリア上空。ツンドラ(凍土)とはよくいったものだ。眼下に広がる氷と雪の大地。自然のままに流れる大河。人の手がまったく入っていないことが1万メートル上空からでもわかる。一度でいいから、自分の足でその大地を踏んでみたいと思う。
 機内食は予約しておいたベジタリアンフード。軽くて絶対にあとで体にいいと思う。もたれないし負担がないはず(普通の機内食はヨーロッパ便だとブロイラーになる)。でも、満足かと聞かれると…う〜。かなり物足りない。お腹が、ではくて目が…。
 JALは思ったよりも外国人乗客が多かった。これも前述3要因だろうけど。日本人って慎重というか臆病というかマスコミの煽りに弱いというか、ねぇ(笑)。
 一方、NEXで乗り合わせた家族連れみたいなのも疑問だけれど。どうみてもお気楽観光ムードで「地球の歩き方 シンガポール編」を持って、アラブ人街だのインド人街だのに行こうね〜と楽しそうに話していたからなぁ。人ごみは止めたほうがよいのでは?やっぱり、その辺の判断力(安全・危険)が薄いんだなぁ。お気楽系の人は明らかにやばそうな所にも平気で準備なく行っちゃうし、慎重系の人はなんでもかんでも一緒くたにしてヒステリーに反応するのだ。この体質何とかならないかしらん?
 で、お隣は、韓国からの女の子二人組。学生さんっぽい。アート系が好きみたいでどうやらお勉強に行くらしい。でも、英語あんまりできないみたいで、大丈夫かな?日本人にはない、明朗でハッキリしている感じが好ましい。何より、今時の若者にみられない、「しつけをきっちりされている」コという印象。いいなあと思う。
 空の旅 11時間45分。いいかげんに飽きたところでやっとロンドンはヒースロー空港に到着。思えば10数年前、初めての自力海外旅行はここが起点だった。ただ、そのときは単に入国しただけなので、乗り継ぎのある今回のほうがちゃんと空港を利用している気がする。乗り継ぎなのにぎちぎちのセーフティーチェックを通らされるのは、さすが戦争当事国。しかも上着もみんな脱いでX線に通さなくてはいけない。当然、混雑する。イースター休暇からの戻り組も多いのか、今回はじめて渋滞にはまってしまった。
 それにしても、結構、SARSを気にしている人が多くて、並んでいる間に袖やハンカチで口元を覆っている人がかなりいた。げほげほと咳込んでみたいといういたずら心がむくむく沸きあがったものの、大事になるといけないので、こらえる。想像するとなんだかにやにやしてしまった。

 空港での待ち時間が長い。買い物がしたいわけでもないし、しかもユーロ圏ではない。一応免税店は一通り回ってみたけど、15分もしたら全て見終わってしまった。持ってきた雑誌もほとんど機内で読み終わってしまったし。よって、ベンチでこの文章を打っているのだが、さすがに日本時間の午前2時。機内で2時間ほど寝たとはいえ、座っていると眠くてあくびを頻発。早く飛行機に乗りたい。
 スペイン気質なのか、同じ時間帯で出発するほかの飛行機はみんなゲートが決まるのに、英国航空と共同運行のイベリア便だけはいつまでたってもゲートが決まらない。で、ようよう出発の30分前にゲートの案内があり、搭乗。中で出たサンドイッチが非常においしかった。英国航空のハンドリングだからくそまずいと思ってたのに。

 機内では必死で眠るもわずか2時間のフライトで到着してしまったので睡眠時間正味30分というところだろうか。なんだか早くもぼろぼろでバルセロナの空港に降り立つ。
 入国審査はむちゃくちゃいいかげん。1便をおっさんひとりでまかなうシステムらしい。ほとんど素通りで、そこを抜けたあとが長い長い…。一応、案内のとおりに進んでいるつもりなのに、いつまでたってもバゲージクレームに着かない。おまけにスペインは直進の矢印が日本と違い下向きなのでものすごく不安になる…。が、とりあえず進んでいったら、なんとかたどり着いた。案の定、荷物はなかなか出てこない。やっと出てきたと思ったら、3つ4つだけであとはまた小休止。夜なのにシエスタとってんじゃないってば。待ちながら立ったまま寝そうになってしまった。あたりまえだ。日本時間なら午前5時30分。徹夜じゃ。

 やっと荷物を引き取って乗ったタクシーはやさしそうなおばちゃん。「***ホテルに行ってください」という私の言葉は理解してもらえたが、そのあと聞き返された内容がわからない。どうも「***通りの?」と確認されたようなので、メモの住所を見せると、うなずいてくれた。
 さて、到着。おばちゃんが、ちゃんと宿の前に横付けしてくれたのに、その宿は工事中だった。ちょっとがっかりしながら中に入ると、仮設のフロントにおにいちゃんがぽつんと座っていて、「通りの斜め向かいにある別のホテル***に泊まってくれ」と言う。「そんなの聞いてない」と文句を言いつつも、某ホテル案内のサイトで米国人が「レストランが工事中で朝ご飯は提携している別のホテル***まで歩かされた」と文句をぶちまけていたのを思い出し、「さては、工事が拡大したんだな」と思う。やはりスペイン人超いいかげん。

 部屋はすごく狭い。シングルベッド1台だけ。で、なぜかバスルームだけは日本の高級ホテルなみの広さと快適さ。どうも、ほかの部屋と同じつくりで、ベッドが1台で狭い分部屋が縮小されている模様。真夜中の到着だし、格上(3→4つ星)のホテルになったし、どうせ明日朝すぐ出発なのでめんどくさいし文句を言うのはやめる。
 部屋で風呂に入り、寝巻きに近い服にスリッパで念のための確認…と外から鍵をチェックしていたら、大事件!!鍵が開かない。カードを読み取り機にかける仕組みなのだが、鍵が開いている音はするのに、ノブが回らない。むちゃくちゃ焦るが、何度やってもだめ。さっきは簡単に入れたのに…と仕方ないので、ひどい格好のままフロントに行ったら、フロントは若いオニイチャンとマネジャー風おっさんが大バトル中。帳簿を指差しながら、「これがおかしい」「ちゃんと書いてあるじゃないですか」「なんで***なんだ」と身振り手ぶりペンを放り出してみたりああでもないこうでもないと議論白熱。かろうじて「鍵が開かない」と声をかけるも、「もう一回ちゃんとやってみて」と冷たい。「1回はちゃんと入れたのに、次はだめだった」と食い下がると、「わかったから、ちょっとまっていろ」と言って、またバトル再開。あきれて見ていたら、しばらくして、別のおにいちゃんが来て、その人に言ったら一緒に来てくれた…が、肝心の鍵は…。ノブをまわすんじゃなくてただドアを押せばよかったのね〜(大恥)。すべてを眠りの足りないオツムのせいにして、そそくさと戻った。

 寝る前に家に連絡しようかと思ったが、日本は日曜の朝7時前なので、さすがに遠慮してネット経由を試してみる。つないでみたら、すぐにできて拍子ぬけ。着いたよ連絡のあと、明日の天気予報やバレンシアの試合予定(日曜の午後5時からだった。明るいうちでうれしい)を確認して寝る。泥のように眠った。


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