ナースなみのむし
ナースとしての仕事、
それも私のこだわっているひとつのこと…。
読んだら投票ボタン押してね、
みのむしもっとがんばれるかも!

2002年01月31日(木) 当直…脊椎全摘って?

今日、手術件数は少ないんだけど
ひとつ、予定の手術で夜までかかるのがある。

朝一番から患者さんは入室。
うまく予定どうりに進んで終るのは20時。
前立腺癌からの転移性の脊椎腫瘍。
第三胸椎全摘出、肋骨切除。
腹臥位の手術なのでさらにリスクが高い。
時間とともにリスクはどんどん高くなる。
最期に受けなくてはならない当直みのむしとしては気が重い。
何事もなく、無事終ればいいんだけど…。

そんな朝、
後輩ナースから質問!
脊椎全摘出してあとどうなるんですか?

ん?とったところに空間あくから骨を詰めたリフトをはめ込んで
上下の椎体にスクリューうってロッドで固定するよ…と、
みのむし普通に答える。

???(なんか腑に落ちない表情)

あなた、もしかして大きな勘違いしてない?
脊椎ぜえ〜んぶ骨抜きにしてどうすんのよ?
全摘って背骨を全部じゃなくって
病変部のレベルの対体含めて全部ってこと!
病変部以外の背骨はちゃんと残ってるのよ。

背骨ぜ〜んぶとったらどうなるのよ!
イカじゃないんだから…。

外回りについていたみのむしの弟子も
一言…。
昨日友達に聞いて気がついたんですけど
実は、脊椎全部ってどうなるんだろうって思ってたんですよ…。
全部って、上から下まで全部じゃないんですね…だって。

おまえもか!
力が抜けたよ。
みのむしの骨を抜かれた気分。
まあ仕方ないけどね。
みのむしも新人だったら同じように思ったかも…。
介助につく前に気がついてくれてよかった。



2002年01月30日(水) 日勤…こっちのせい?!

きょうのお仕事は
午前中、局所麻酔での皮膚科の手術2つと
午後、扁桃腺摘出。

そんなにおおがかりな手術ではないので
みのむしにとっては楽勝!

でもさ、みのむしは今までたっくさんの手術の介助していたから
楽勝!なんていってるけど
手術受ける側にとっては
ホント緊張するんだろうね。

中には、ホントにぜ〜んぜん平気って言う人もいるけれど、
たいていの人はドキドキしているんだろうな。

みのむしだったら、どうにもならないくらい
不穏状態に陥るかも(>_<)
じつはみのむし、大の病院嫌い。
健康診断の血圧計るときでさえ
みょうに緊張して、血圧アップ!するのが
自分で分かる。
人の血圧は測れるんだけどね…!
薬だって、今だにオブラートなしでは飲めないのだ。

まあ、みのむしのことはさておき
患者さんにもいろいろなタイプがあって
たいていの人は、うとうとしていたり
黙って眼をつむっていたりするんだけど
手術中ずっとしゃべり続ける人もいる。
手を握りしめて放さない人とか。

許されるかぎりご希望に添うようにしているんだけど
それに手を取られて
思うように動けないこともある。

でも患者さんの要望なら仕方がないとして
ドクターの中には、患者さんと話していることが気に入らない人もいる。
患者さんが「気持ち悪いんですう〜」とか「痛いような気がする…」
とか言おうものなら
「おまえが聞くから痛くなるんじゃあ!」
と、患者さんについているナースへ怒鳴るドクターの声…。
大きな怒鳴り声なんて聞いたことのないような
若い女の子なんて、辛さとこわさでなみだ眼になることも。
なんだかねえ…。
普通じゃない世界。

今日は、そんなことはなく
静かに穏やかに時が流れていった。

隣の部屋では、
「うおーっっっ!」って
怪獣のような怒鳴り声は聞こえてたけど…。




2002年01月29日(火) 日勤…弟子と組んで

午前中、低前方切除(直腸切除術)。
今日は器械吻合もなく、いわば基本の手術。

久しぶりに弟子と組んで手術についた。
この弟子は、去年のちょうど今ごろ
病棟から手術室に異動になってきた。
もう少しで一年経つ。

最近一緒に組んで手術につくことは少なかった。
正直、話しをする機会も少なかった。

そして今日、
弟子は器械だし、みのむしは外回りで介助。
器械吻合もしない予定だったので
楽勝だろうと思っていた。

ところがふたを開けてみると
基本がなってない。
腸管を触るときには、不潔なものと清潔なものの使い分けを
きっちりとしなくてはいけない。

(ちなみに手術野は基本的に清潔、でも腸管の中は不潔なので
腸管を切ったりつないだりする器械は汚染されたものとして
他の器械とは区別して取り扱わなくてはいけない)

他にもあげたらきりがないけれど
みのむしは器械出しの様子を見ていて
泣きたくなった。
いったい誰に教えてもらったのよ…!

手術が終った後
今日たまたま調子が狂ったのか聞いてみた。
そうでもないらしい…。
それとも手順が理解出来ていないのか?
そうでもないらしい…。
それならなんなんだー?!

どうして…と
後で思うと、相手を傷つけるような言い方をしてしまったかもしれない。
はああ…。
自己嫌悪。

それでも、新鮮なうちに
時間をおいてまたあれやこれや説明しておいた。

言われるほうも嫌かもしれないけれど、
言うほうも相当嫌なんだよね。
まるで小姑みたいで…。
言わなくて済むならいいたくない。

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今日はやたらと眠たい。
午後からのヘルニアの手術はきつかったよ。
油断すると
タイミングがずれて…。
午前中の弟子の器械出しとやかく言えないほどの
情けない器械出しになってしまった。

それにしても眠たい。
提出期限の迫っている資料さっさとまとめて
早く寝よ〜っと。



2002年01月28日(月) 日勤 久々器械出し

前立腺全摘出術、久しぶりの器械出し。
なんか、今日は器械がよく滑り落ちた(>_<)

長時間の器械出しは、けっこうきつくなってきた。
集中力が続かなくなって
一時エアーポケットにはまりこんでしまう。

そういうときは深呼吸。
けっして、ため息ではないのよ!

ところでさ、
冬場は、静電気がすごいの。
ストレッチャーは特にすごい。
特に、みのむしは電気をためやすいようで
しょっちゅう、痛いっと叫んでいる。

最近は、特にひどくて
電気たまってくると何となく分かるので
はさみであちこち放電している。

でもね、みのむしがいくら電気をためやすいっていっても
滅菌手袋しているにもかかわらず
パチパチ衝撃が走るのは何故?
滅菌手袋は一応ゴム製品。
それなのに何故?

みのむしがそのこといっても信じてもらえないけど
静電気で糸やガーゼが吸い付いてきてるし
何と言ってもみのむしが痛いんだ!

そういえばこのメーカー手袋、
ドクターがよく電気メスでやけどしてたなあ。
ピンホールがあいてるのか…?



2002年01月27日(日) 晴れ…土砂降り、天気に翻弄されて

山口での二日目の朝。
昨日は、一日中会場の中にいたので
土砂降りだろうと何だろうとあまり気にならなかった。

昨夜は宴会だったので
今日はゆっくりと起きて
ホテルの周りを散策してから帰ろうということにしていた。

ホテルをチェックアウトしたとき、雨は上がっていた。
晴れてよかったねといいながら、歩いていた。

ところが
見る見る間に空が暗くなりバケツをひっくり返したように
雨が降りだした。

みのむし以外の3人は傘を持っていなかった。
どう考えても小さな折り畳み傘に4人は入れない。

軒を借りながら雨宿り。
しばらくすると小降りになり、太陽がでる。

もう降らないかと思い
歩き出すと、また土砂降り…。

何度も何度も、太陽と、雨に翻弄されながらも
ザビエル記念聖堂を拝観
瑠璃光寺近くの‘東京庵’で蕎麦寿司もしっかり食べて
帰途についた。

雨には辟易だけど
楽しい旅だった。
久しぶりに食べた蕎麦寿司も美味しかったし。

さあ、
気分転換できたところで
また日常に切り替えて
講義の資料作らなきゃ!





2002年01月26日(土) 日本褥瘡学会… in 山口

新幹線に乗って、山口に行ってきた。
今日は、褥瘡学会に参加。
演題は、みのむしの仕事に関係あるものもないものも…。
でも、関係なくてもとても興味のもてるものも多かった。

印象的だったのは
食事と褥瘡治癒の関係。

超高齢者の痴呆症状のある女性が自宅で療養していたが
左右の大転子部に褥瘡が出来てしまった。

食事にいろいろと工夫をして栄養をとろうというケアーがなされていた。
劇的な変化は、抹茶味の飲料をすすめたとき…
それまで何を口にしても苦虫をかみつぶしたような表情だった女性が
目を開いて、とてもかわいらしく生き生きとした表情をしていた。
実は、この女性は以前お茶の先生をされていた。

また別の男性は、
病院で褥瘡治療を受けていた。
食事の工夫もされ傷の状態もよいほうへ向かっていたので
そろそろ退院へという話が出た。
ところが「このまま入院させてくれ」と食欲無くなってしまった。
栄養はチューブで補給されていたものの
そのとたんに傷も広がってしまった。
入院していていいよということになったら
傷がまた小さくなっていった。

このどちらの症例とも、血液検査データに変化はなかったのに
褥瘡治癒の状態が変化してしまったのだ。

食事の内容や、その人の過去、気持ちの持ちようによって
自然治癒力に大きく変化が見られる。
これは、本当に科学的にどうのこうのというのは
とても難しいことだろう。

それでも、
看護者は、患者の自己治癒力が最大限にひきだされるために
アセスメントできるようにならなくてはいけない。



2002年01月25日(金) 当直明け…管理職にお願い

今日、人事の発表があった。
中堅クラスのナースが1名他部署へ移動。
これを機会に、
いまいちしっくりいかない婦長、主任がそろえるときに
話しがしたいと切り出した。

なぜかというと…

婦長と主任はタイプ的には正反対のひと。
婦長は、几帳面だけど融通きかない。
主任は、融通きくけどルーズなところがある。
お互い考え方の違いもあるのか
いまいちしっくりいかない。
お互いがお互いの愚痴を言い出して
下々のものはちょっと落ち着かない。

トップがどちらかに似たタイプで
几帳面すぎてもルーズすぎても組織はうまくいかない。
正反対の両者が相互作用で向上していくなら
とてもいいと思う。

でも、それぞれ別方向にいってしまったら
部下は上司に対して信頼も持てないし
組織は不安定になる。

いま、手術室はまさにそんな感じ…。
とても危うい状態にある。
みんなの心が下向きで
このままでは大きな事故をおこしかねない。

何とかしなくてはいけないと思って機会を伺っていた。
そして今日、人事異動の発表があり
でていくスタッフと入れ替わりに
他部署から、手術室へ移動があると聞いた。

これがチャンス。
今日、婦長、主任それぞれに声かけて
「新人を受け入れる前に、婦長さん主任さんの方針を聞きたい。二人そろってお話ができる時間をいただけませんか」
と、投げ掛けてみた。

それぞれ、快諾してもらえた…と思う。

みのむしは管理職でもなく、かといって下っ端でもなく
とっても中途半端な位置なので
後輩の不満も上司の不満も耳にする。
その溝を埋めたい。
できるかどうか分からないけれど
やれるだけのことはやってみたい。

来週いつか話しあいできるだろうか?!

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今日、みのむしの日記をお気に入りに登録してくれている人が一人増えた!
なんだかうれしい。
ありがとう!
登録してくださった皆さんへ(^O^)

そして
今日この日記読んでくださった人へ…
ありがとう!




2002年01月24日(木) 当直

本日は当直。
したがって厳密にはこの日記
当直明けの明日書いている。

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当直の日は、基本的にはメインでは手術につくことはない。
(それでも慢性的に人数不足なのでそうもいかないけど)

今日は、午前午後ひとつづつ手術についた。
でも、1年生の補佐という形で
みのむしがメインで受け持つわけではなかった。

午前中、
先日話しをしたKちゃんの補佐。
分からないのか緊張なのか
やっぱりなかなか手が出せないでいた。
みのむし思わず一から十まで指示。
多分麻酔科のドクターからは
「よくやるわ…」と思われているだろう。
おまけに、できるだけ手を出さないつもりだったから
きっとドクターにはイライラさせたと思う。

ドクターも器械出しナースも
みのむしの方に何か言うんだけど、
みのむしはすべてKちゃんに伝えてやってもらえた。

こんなやり方でいいかどうかなんて
みのむしにはわからない。
でも、いつもこんなにフォローしてもらいながら
無事にこなしてるんだよ…ということを
分かって欲しかった。

Kちゃんの考えていることも知りたかった。
何かをやりかけて、やめたときにも
何をしようとしたのか、どうして戸惑ったのかひとつひとつ聞いた。
迷ったことに対してはできるだけアドバイスした。

この半日のみのむしの関わりを
Kちゃんはうっとおしいと感じたのだろうか…
それとも…?

午後からは
別の1年生の補佐。
Kちゃんは出来の悪いコ
という感じでみられているけれど
別に1年生は1年生、対して差はない。
ただ、要領がいいか悪いか、愛想がいいか悪いかの差だけかな?

もう2ヶ月もすれば
2年生になる!
その時にぐっと伸びてくれればいいな(^O^)
きっと、大丈夫!



2002年01月23日(水) 日勤 部長から呼び出し

今日は、ちゃんと朝から出勤、日勤でした。
担当は、一日中泌尿器科。
前立腺生検2つ、午後からは膀胱の手術。

でも今日の大事件は
手術とは関係ありません。

午前中No.3Roomで手術の介助をしていたとき
(当院にはNo.1からNo.10までベッドがあって部屋が6つあります)
受付の方から聞こえる、看護部長の声が
みょうに耳に入ってきました。
そうしたら、案の定呼び出し!

管理室へ出頭!
応接でしばし待って
看護部長からのお達しの内容は…
来年度、看護学校へ講義へいってくれないかということ。

言葉に詰まった。
学校で教えるって言うことは
現場で教えるって言うこととはちょっとちがう。
みのむしはナースであって、教師ではない。
みんな分かってくれる?このプレッシャー…。

みのむしはオペ室ナースをずっとやって来た。
術前術中術後全部はいきなり無理だろうだから
とりあえず術中看護からまかせられることになった。
それでも学校で教えることが想像できなかった。

でも看護部長の言葉のなかで
「学生さんはいずれ国家試験を受ける」ということが
ちょっとしたヒントになった。

そうなんだ。
私の経験談や、看護観に偏らないようにしなくてはいけないんだ。
もちろんそれを利用して、
教科書の内容を学生が理解しやすいようにすることはokだろう。
ちょっと、おもしろいかもしれない。

とりあえず…
ん〜年ぶりに、教科書みてみなくては…。
それから、さっそく後輩に
国家試験の問題集持ってたら見せてってお願いした。

もしも、これを学生さんがみてたら
こんな授業がいいなって教えて…ね。
もっちろん卒業生でも歓迎!



2002年01月22日(火) 遅出の今日もいろいろ

遅出勤務は、12:00〜20:15です。

とりあえず、出勤したらすぐに
食事をとることが出来ていない看護婦の交代。
白内障の手術をひとつ。
次は、今日の私の担当脳外科の頭蓋形成。
16:00から45分休憩の後
大腿骨転子間骨折のちょっと厄介な手術。
そしてそれが終ったら、膝の関節鏡。
そしてさらに、延長している眼科の硝子体の手術を交代。

これだけの手術を渡り歩いたのに
どれひとつとして、はじめから最期までついたのはない。
なんだかね…。

とにかくこの中で、今日のメインというか本来の私の担当の手術は
脳外科の頭蓋形成。
この患者さん、はじめの手術はみのむしが受けた。
自転車に乗っていて、路面電車とけんかして
外傷で運ばれてきた。

即緊急手術。
出血も多く、輸血もいった。
他にも顔面の骨折もあって
傷も汚れていた。
術後の感染が心配される症例だった。

案の定、その後、膿がみられて
さらに頭がい骨を外した…という患者さん。

そして、今日はめでたく骨をいれることとなったのだ。
でも、自分の骨はないので
骨セメントをつかって穴を塞ぐ。
これがまた、頭皮を開けるだけで癒着もあるから
結構出血もする。
セメントもちょうどいい形に形成しなくてはならない。
おまけにセメントと骨をつなぐために
プレートとスクリューを使うのだけれど
その穴を開けるためのドリルが
セメントに負けて折れる。

なんだかんだと手間がかかるのだ。
もちろん、セメントという異物をいれるのだから
感染などおこさないように、細心の注意が必要。
みのむし、ついつい器械だしをしている後輩へ
口調がきつくなる。

ふしぎなもので、どんなに口うるさいドクターでも
先に口うるさくいっていると
案外、何も言われない。
だから
ドクターにこてんぱんに言われるよりか
みのむしにこてんぱんに言われるほうが
ショックが少ないだろうと
後輩の手技の気になるところは、とにかく指導!
(特に気が短いドクターの時には…)

でも、あんまりいってると
なんだか小姑のようで
な〜んか、嫌〜な気持ちになるのも
正直なところ…。
まっ、仕方ないか!

今日は、午前中の手術がトラブったせいで
後がどんどん遅れていってしまったのだ。
多分、その手術についていたドクターもほんと疲れたと思う。
それでも、19:00ちかくまで後の手術もこなしていった。
口が悪くって、ひどいことばかりいうドクターだけど
年が年だけに、
おまけに、全部自分が責任を持たなくてはならない立場だから
きっと、本当にしんどいだろうとは思う。

でも、部外者には絶対聞かせられないほどの悪態をつくときには
この人どんな育ちなんだ…と、人格を疑う。

でも今日はちょっとかわいそうだと思った。

今日も時間どうりには帰れなかった。
それでも…
明日は日勤、
この日記書き終わったら、寝る体制に入らなくては…。

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ところで
投票ボタンって
なかなか押してもらえないものだね。



2002年01月21日(月) 復活できるか?

今朝は、雨だった。
薄暗くてよけいに目が覚めない。
いつもは目覚ましなる前に、ちゃんと目が覚めるのに
(目覚まし時計の音が嫌いだから鳴る前に目が覚める様にTVをセットしてある)
昨日の疲れが尾を引いているのか
それともただ仕事いきたくないからなのか
起きれなかった。
やっとのことでベッドから抜け出して
珈琲飲んだら少しすっきりした。

家をでるころには
雨は上がっていた。
自転車かっ飛ばしていざ出動!
ちょっと今日はぎりぎりにオペ室に到着。
まあ朝一のオペにはついてないから許してってことで。

ほとんど滑り込みで申し送りの場へ…。
土日の状況とその他伝達事項だけで終り。
はあ…、一日早く終んないかなっと、受付に行くと
主任が
「もう帰る?」
昨日寝てないから帰ってもいいよっていうこと。
んっ、うれしいけど働いた相方帰れないし…
「Bさん帰れないし、いいですよ」としぶしぶいった。
でも他のスタッフの計らいで、その相方も帰れることになった。
正直うれしい。
そのとたん元気になった様な気がする。

自分では、普通にしているつもりでも
多分表情がすっごく変わったのではないかと思う。
みのむしは、何でもすぐ態度に出てしまう。
うれしいのも、腹立つのも…。
どう思っているかぜ〜んぶバレバレだと思う。

30分出勤しただけで帰宅。
ほんとは珈琲飲みに行きたかったけど
また雨降りだしそうだったので、ひとまず帰宅!
今日は、のんびりするぞ〜〜〜(^。^)

なあにしよっかなあ。



2002年01月20日(日) 願いむなしく…出動!今日は脊椎骨折

昨日、と言うより正確には今日の夜中の1時のこと。

この時間まで呼ばれなかったら
今日はもう朝まで安泰かな…
そろそろシャワー浴びて寝よーっと、立ち上がった。

そこに、電話の音が………。
嫌々受話器を取ると、やっぱりオペ室からの呼び出し。
長くなりそうな予感、きっと朝まで帰れないなあ。

とりあえず歯磨きして顔洗ってタクシー呼んだ。
今日は他のマンションと間違えずすぐ来てくれるかしら?
とにかくすぐに出動!!

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16:30 やっと目が覚めた。
でもまだ頭は働いていない。
足は痛いし、腰は痛いし、手はいたい。
手袋のパウダーで荒れるのよね…ふううう(-_-;)

夜中に、タクシー呼んで(今回はすぐに来てくれた)
オペ室にたどりついたのは、1:30。
余談だけど、途中街中で楽しそうに声あげている人たち見て
「お願いだからケガしないでよお〜」
病院は飲み屋のある中心地にあるので
こけた、殴られた、刺された、おまけに撃たれたなんてのもいらっしゃいます。

話を戻して、着いたとき救急外来は静かでした。
ここでまた余談。
いつも思うんだけど、夜中に呼びだされたときはスッピン状態だから
みのむしは相当顔色悪い。
多分、救急外来に座って待ってる人たちより、顔色悪い。
見ただけじゃ、みのむしの方が患者っぽいかも(^_^;)

そして、オペ室に…。
患者の入室はまだだった。
まだ器械の準備の途中。
固定の材料、夜中なので業者に準備してもらうことが出来ない。
したがって、最近使っていない病院にある固定材料を準備。
これがまた、10年以上つかっていないから、どうやるんだっけ?って感じ。
(くれぐれも誤解のないようにいっときますが、別に使えない在庫品を無理矢理つかったわけではないですよ…)

それから、患者さんの入室を待っていた…
けれど、準備がまだ、ムンテラがまだとか結局一時間以上待たされた。
こんなんじゃ朝になっちゃうよ。
麻酔医もちょっとむっとしていた。

結局、3:00過ぎに入室。
患者さんは、胸椎の脱臼骨折。
作業中、ミキサー車に身体を巻き込まれて受傷したらしい。
レントゲンを見たら、やっぱり見事にずれていた。
モニターをつけながら、状態をチェック。
所々、擦過創はあるけれど縫合は必要なさそう。
患者さんは、ストレッチャーがちょっとでも振動するたびに苦痛な表情になる。
皮膚がじとっとしている。
砂のようなものがついているから麻酔がかかったらきれいにしなくては…。

などとやってる間には、麻酔がかかって
今度は患者さんの身体をひっくり返して、特殊な準備をした手術台の上に移動する。
背中の方にも、すったようになっているところがある。
背骨はぐにゃっと曲がっているのが分かる。

よく見ると肛門の近くもきれている。
ここは後で処置しないといけないだろう。
とりあえず、まずは脊椎の方の手術。
胸椎から腰椎にかけて大きく傷を開き
ワイヤー9本と、ロッド(金属の棒)2本で脊椎を固定していく。
7:00ちょっと前に終った。

肛門のところの傷をどうするか医師に声をかけて見てもらう。
肛門の入り口の方にかかっているように見えるので
外科の医師に来てもらう。
とりあえず、皮下までしかいっていなかったので
そのまま縫合するだけで済んだ。
よかった、みのむしこれ以上何かするほどの体力が…ない。

うつぶせの状態での長時間の手術だったけれど
何とか終って患者さんは病棟へ…。

でも、残された看護婦は例のごとくシーツやゴミが散乱した
手術室にとりのこされ
疲れた身体にむち打ちながら
部屋の掃除や器械の洗浄などなど…。
ずっと立っていると
足の裏が痛くなるんです。
もう半分やけくそのように、器械を洗って掃除をして…
そしたら、今日の当直者がやって来た。
だいたいのとこはかたずいたんで、あとはお願い(-_-;)

9:00、日曜日バスがすぐ来るかどうか分からないし
ぼろぼろの顔でバス停まで行く勇気がない。
一刻も早く帰って寝たかったし、タクシーに乗り込む。

乗り込んで気がついた。
財布に5000円札しかなかった。
まあ、朝だからおつりもまだあるかと期待した。
640円だった。
マンションの前について札を出すと
「うううん、おつりがないんだよね」と言われた。
何でそれくらいそろえておかないのよっとちょっとムッとしたんだけど
(疲れているから(^_^;))
おじさんは、「今度でいいよ、また乗ることあるでしょ」って…。
いい人だあ!!!
いい人だから、ほんとはすぐに部屋に戻りたかったんだけど
近所のローソン行って、なんか買ってきます…と、思わず言ってしまった。

ローソンの前でお金払って
帰りは一人でとぼとぼ、とたんに疲れが大波のように押し寄せてきた。
こんなことならバス乗ればよかったかな…と思ったところに
バスがみのむしの横を通っていった。

いい天気なのに…。
とりあえず洗濯機回して
その間に、シャワーを浴びた。
髪を洗いながらいったん目をつぶると
すごい努力をしないと次目が開けられない。

お昼前に、ベッドに潜り込み
そのままウトウト。
寝たいけれど、緊急手術の後って疲れすぎてすぐには眠れないのだ。
それでも、そのうち記憶がなくなり次に目が覚めたのは14:00。
でも、金縛り状態で動けずまた寝た。
次に目が覚めたら、なんか薄暗い。
えええっ、今何時?
16:30だった。
雨が降り始めていていた。
だから暗かったんだ。

結局、せっかくの休日も何も出来ずに終ってしまった。
つら〜い(>_<)

 ************************************************************

さっき見たニュース。
「死亡宣告後、20分後に蘇生」
そんな人もいるのねえ。
身体が冷えていたから仮死状態になっていたらしく
身体が温まって蘇生した、おまけに元気に退院。
長生きするのかなあ、こういう人って。



2002年01月19日(土) 勘違いで人騒がせ、カンファレンス…そして明朝まで拘束

まずは…
たった今、見た「ナースマン」の感想!
(日記の題名とはまったく関係ない話しからで失礼します)

みのむしが学校に行っていたころも
数人男の子がいた。
でも、確かに最近ナースマンの卵は多くなってきている。
みのむしのいる手術室にも
ナースマンの卵がバイトに来ている。
んでもって、はじめっから「男にナースはつとまらない」というきつ〜いお言葉。

そういえば「看護婦」が「看護師」になる時
助産婦さん達の中には「助産師」という呼び方に反対する人もいたらしい。
助産の仕事に男性が入ってくることへの抵抗?
みのむしは、別にいいじゃんって思う。
助産婦じゃないからそんなことを言う…と思う人もいるかもしれない。
でも、助産の仕事を男性がやっても、それが妊婦さんに受け入れられるかは疑問だし
みのむしも助産師さんは女性であって欲しい、それも腕のいい!
助産婦さん達もそんなことにこだわる必要ないのにね。

だから「男にナースはつとまらない」なんて思わない。
女にもナースは勤まらないような人たくさんいるしね。
みのむし看てもらうなら、人間的にも技術的にも優秀なナースがいい。

先輩看護婦から「採血うまいわね」といわれ
「実習の時得意だったんです!」とにこやかに答えている。
んんん…?!
実習で学生に採血はさせないでしょ!
無資格者に医療行為は絶対にさせない。
学校によっては友達同士で練習するのかな。
そういえばみのむしが学生のころ、一度だけ学内で採血したような気もする。

ドラマの中で、ナースマンは何度か医師と間違われていた。
手術室にいると、ナースもたまに医師と間違われる。
受け持ちの患者さんに
「先生!ありがとうございましたあ」
なんて言われると、力がどっと抜けてしまう。
そんなに影うすいのか、ナースは!

でも、このナースマン
「おまえも今どきのやつか」と言われながら
ナースになった動機は、みのむしより立派かも!
みのむし、ナースになる気などさらさらなかった。
確かに単調な仕事は嫌だったけど
当時の社会の状況、家庭の状況やなんかで
浪人するわけにはいかず
見事に受験失敗し、受かったのは看護学校だけ。
ということで、とりあえず学校に入ったというわけなのだ。
だから、このナースマンの方が本気かもね。

ついでに言わせてもらえば
手術室勤務をしているそもそものはじめは
アルバイトで手術室に放り込まれ
就職の時に人がいかない珍しいところがいいと思ってしまい
手術室を希望…そのまま今に至るのだ。

 ********************************************************

さて、ここから題名に沿ったお話(^O^)
今日みのむし大失態をやらかした。
別に患者さんは巻き込んでいないよ、念のため(^_^;)

来週の器械係さんに申し送りをしていた。
業者から借りてあった器械について引き継ぎをしていたとき
みのむしの頭の中で大きな勘違いがはじまっていた。

大腿骨の骨折に使う器械を業者から借りていた。
(いいわけすると、その時他の業者からも器械を借りなくてはならず
たくさんの借り物の器械と、病院の器械とに埋もれた状態になっていたのだ。したがって、その時の記憶がさだかではない)

「その中のひとつの部品だけは、病院のものだから間違えないでね」
と言いながら、みのむしの頭の中にはそれが黒いかたまりの物体として現れてきた。
と同時に、滅菌に回すときそんなものはいっていたっけと言う疑問が沸き上がってきた。
冷静を装いながら、かなりパニック。
とりあえず、確認してみようとセットした器械の中を見てみたら
黒いかたまりなんてない。

冷や汗が出た。
何とかしなくてはいけない。

心当たりのところを探すが、見つからない。
業者さんは休みにも関わらず、神頼みのように
「他のものと一緒にもって帰ってない?」と確認のTELをした。
担当の人は出先からわざわざ会社まで戻ってくれて確認してくれた。
折り返しかかってきたTELは「会社にはありません」と言う返事。
やっぱり…(>_<)
とりあえず、なくちゃ困るのでかわりのものを手配してもらうことにした。

そしてこの失態、今日のカンファレンスで後輩への警告の意味もこめて
(同じような失敗をしないように)
みんなの前でことのしだいを説明した。
そして、経過を話しながらである。
徐々に記憶が整理されよみがえってきた。
みのむしのいっているその物体は黒いそれではなく
銀色のちょっと小さめのものなのだ。

業者の器械とごっちゃにならないように、
わざわざパックして病院のものと赤字で書いてセットしたのだ。
さっきセットの中を見たとき、確かにそれは入っていた。
深刻に状況を説明していたのに、突然
「あー!あった。確かに入っていた」と一人でいっている私を見て
スタッフはさぞかし驚いただろう。

業者さんに、すっごく悪いことをしてしまった(>_<)
せっかくの休みなのに、引っ張り出してしまって…
何でだろう…どうして勘違いしてしまったのか
すっごい人騒がせ
はあああ…月曜日深々謝らなくっちゃ。

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そして、今日は拘束。
いつ呼び戻されるか分からないので、
PBもって午後からウインドショッピング。
一通りお店まわって、やっぱりスカートとセーターお買い上げ。
そして本を一冊手に入れて
夕方、家に戻ってきた。

そしていまのところ呼び出しはない。
ないから日記書いてるんだけどね(笑)

このまま静かに朝を迎えられることを…お願い。



2002年01月18日(金) 再びやって来た患者さんは…


今日の午後、
先日受け持った患者さんが再びやってきた。
バイク事故で脛骨腓骨骨折、膝蓋骨折。
脛骨腓骨はばらばら状態。
一度目の手術では、皮膚の状態が悪く
脛骨上端部をスクリューで止めて、後は創外固定で後日手術ということだった。

一度目の手術の時、この患者さんを受け入れたときから
なんだかこの人は普通とちがうと思った。
別に患者さんを差別したりするわけではないけれど
変な人は変なのだ。
やたらときょろきょろしたり
人の顔をじっと見たり
にやにやしたり…。
第一、ガムを噛みながら手術室に来た人ははじめて…。
病棟の人は気がつかなかったんだろうか。
麻酔をかける前に丁重に吐き出していただいた。

ちょっと気持ち悪いと思いつつも、
何か不都合なところはないかと声をかけたり話し相手もしたりした。

この患者さんは、受傷したときから皮膚が傷ついていて水泡も形成していた。
それがある程度おさまらないと手術は出来ないということで
病棟で管理して滲出液が少なくなって手術となったのだ。
ギブスをとってみると水泡はだいぶ乾いていた。
それでも所々血がにじんでいるところもあっていい状態とはいえなかった。

手術の前には、剃毛をして患肢をブラシで洗う。
そのとき、かさぶたも取っていった。
垢とかさぶたで、まるで一皮むいたような状態だった。
その時はきれいにするまで(つまり麻酔がかかって手術がはじめられるまで)一時間かかってしまった。
そのあいだも患者さんは、なんだかんだと話しかけたり
首を持ち上げてはいけないにもかかわらず、自分の足元をのぞき込もうとしたり、あいかわらず落ち着きがなかった。

手術がはじまってからも
要望にはできるだけ答えながら、手術の介助をしていた。

その時の手術は無事終り、とりあえずその患者さんは病棟に帰っていかれた。
みのむしは「やっとおわったよ〜〜〜」と思いながら
笑顔で「おだいじにい」と送りだした。

その時の患者さんが、続きの手術を受けにやって来たのだ。
ちらっとみたら、やっぱりなんだか変な雰囲気。
今日はみのむし器械係だから、かかわらなくて済む。

それなのに、
今日の受け持ちのナースが二人して
「この患者さん、この前みのむしさんが担当でしたよ」と教えてくれた。
そんなことは知っているのよ、でも正直かかわりたくない。
だって前回とっても疲れたんだもん。
さらに
「あの患者さんが呼んでましたよ。このまえの看護婦さんは来てくれんの。呼んできて」
と、頼まれたと…。
さすがに、後輩達もちょっと変なひとだと思っていたらしく
「今、忙しいのでこれないと思いますよ」
と、うけながしてくれたらしい。
よくやってくれた。

手術室の看護婦は、数時間ずっと患者さんのそばにいるにもかかわらず
患者さんのほとんどは、担当の看護婦のことなどほとんど覚えていない。
だから、たま〜に覚えていてくれたりすると
とってもうれしい。
けれど今日はちょっと…
たまにはうれしくないこともあるのだ(・・;)

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今日も忙しい一日だった。
そんな中で、むちゃくちゃ腹が立つことがあった。

お昼からの手術に使う器械をミニライザーにかけていた。
滅菌ができるまでの時間すぐよこの部屋で他の器械を準備していた。
その時、ミニライザーの方からがちゃがちゃと音がした。
「エスマルヒが入っとる」という言葉とともに。
それを聞きながら、滅菌中のものを途中で中止してまで急ぐものがあるのかなあと思った。

しばらくして、滅菌器の音がしないような気がして
ミニライザーの様子を見にいった。
驚いた!
私が滅菌しようとしていたエスマルヒは放り出されていた。
そして、ミニライザーの表示を見ると
‘滅菌を開始してください’とでていた。
つまり、滅菌の行程は開始されていなかった。
どういうこと!!!
念のためにケースを開けてみると
午後から別の手術に必要な器械がいれてあった。
でもそれは複数ある器械で、滅菌中のものを中断してまでかけるほど急ぐものではなかった。
もし、割り込んで滅菌するにしても、すでに滅菌しようとしているものをどけてまでかけなくてもいい。
ふざけている。

そこへそれをやった本人がやって来た。
「ごめんごめん…」といいながら。
みのむしあんまり頭に来ていたので「スイッチはいっていませんでしたよ!」と言い放った。

こんなことするから信用できない。
偉そうなこといっても、みんな白けてしまうんだ。
ちなみに私より上司。
今日のこと悪気があるのかないのか知らないけれど…
あした、何でこんなことしたのか聞いてみようか。
これ書いていたら、また腹が立ってきたあ!!!!!



2002年01月17日(木) 気になるKちゃんとお話

Kちゃんは一年目ナ〜ス。
他の二人の一年目ナ〜スよりちょっと出遅れている。
去年の年末、ちょっとした事件があった。

耳鼻科の手術で、患者さんは7歳の男の子。
Kちゃんは器械だし。
みのむしは外回り介助。
子供ちゃんの手術はいつもより緊張するし気も使う。
なぜって、やっぱり自分の子供が傷つけられたら
どんな親だって怒るでしょ…みのむしにもし子供がいたら怒ると思う。

手術は無事に終った。
後は麻酔から目が覚めるのを待つだけ…。
だんだん目が覚めてきて、身体を動かしはじめる。
そのうち大きな声を出しながら暴れはじめる。
大きな声で泣くんだけれど、子供ちゃんの場合は泣いてくれたことで
麻酔から覚めたことが分かる、ちょっとここで一安心なのだ。
でもそれと同時に、もう半端ではないほどに暴れるので
点滴が抜けないように…ベッドから落ちないようにと気がぬけない。
周りの器械に手や足が当たってケガしないように気をつけなくてはいけない。
そんなとき、みのむしはその子供ちゃんの太ももにひっかき傷があるのをみつけた。
そばに子供ちゃんをおさえているKちゃんがいた。
そのポケットに定規が入っているのを見て、みのむしは頭に血が上る思いになった。
すぐに、「ポケットの中身出して!」とさけんでいた。
Kちゃんはすぐにはなんのことか分からなかったようだ。
ひっかき傷を見せてはじめて気がついたようだった。
みのむしは、子供ちゃんの介助につくときには、ポケットの中身はぜったいからにするし、
胸に付けなければならない名札もはずす。
それくらい気を使っていて、後輩にもしつこいくらい言っていた。
それなのに、受け持ちの子供ちゃんに傷をつけてしまった。
Kちゃんの動きをチェックできなかった。
みのむしはこのことがすっごいショックだった。

このことについては、医師からお母さんにお話をした。
「大丈夫ですよ」と言ってくださったことは本当に救いだった。

その後Kちゃんは、婦長、主任に報告し注意を受けたようだった。
でも、私へのその後の報告はまったくなかった。
気になっていて、ちゃんと話をしたかったのだが
Kちゃんが他のことで叱られたりしていたので
あんまり追いつめるようなことになるといけないと思って
機会を失ったまま年を越した。

つい先日緊急手術が入り、Kちゃんが器械だしをすることになっていたのだが
状態がとてもKちゃんの手に負えるものではなく
急きょ私は自分が介助していた手術を他の人へ引き継ぎ
Kちゃんのかわりに緊急手術のほうへつくことになった。
その手術は勤務時間外にまで延長した。
その後Kちゃんは手術の様子を見に来ることもなく
私に対するコンタクトもなかった。
他のスタッフが、「先輩に迷惑をかけたのだからちゃんとお礼を言うように」と声をかけたらしい。
それでも何も言葉がなかった。
そのことに私以外のスタッフの方が怒っていた。
もちろん私も寂しい思いがしていた(疲れも100倍)。

次の日の朝にも何も言葉はなし。
また他のスタッフから促されてみのむしのところに来たのは
みのむしが担当する患者さんの介助をしていたとき。
その患者さんは意識もあった。
「今は話は聞けない、あとでもう一度声をかけて…他にも話したいことがあるし…」
と、小声で言った。
患者さんのいるところで、他の話はできない。
患者さんがいる以上そのときは後輩の指導より、患者さんのことを最優先しなくてはいけない。
それからまた数日、なんの働きかけもなし。

こっちから声をかけようかと思いつつ
例のごとくすでに他でこてんぱんに叱られていて
機会を逃していた。

今日、カンファレンス当番のことで話しをしたついでに
「私に何か言い忘れていることない?」と言ってみた。
思い当たったようで、緊急手術の時のことを話しはじめた。
それに続いて、年末のことも話しをした。
みのむしもショックを受けていること、それだけ真剣にやっていること、
患者さんに対する配慮、一緒に働くスタッフへの配慮などなど…。
どれだけみのむしの言いたいことが伝わったのか分からない。
でも、今後Kちゃんの中で何かが変化すればいいなと思う。



2002年01月15日(火) 連休明けの器械係

連休明け…
少し早く仕事に行こうと思っていたけれど
やっぱりいつもの時間…つまりぎりぎりの時間に職場にたどりついた!
連休のうちに予定外の手術がいくつかはいっていた。
予定外の手術はそのまんま、予定手術以外に入った手術。
けれどたいていは、緊急手術とはちょっとちがう。
手術の依頼は水曜日までに翌一週間分出すことになっている。
だから、それ以降に患者さんが入れば予定外の手術が増えてしまう。
骨折なんかは時間が経ってしまうと、整復がむつかしくなってしまうこともある。
生検して、早く診断をつけなくてはいけない症例もある。
だから、本当に急がなくてはいけない症例はいい。
でも、抜釘とか、粉瘤とかは別に忙しいところに無理やり押し込む必要ないじゃない?!
中止にしたり、予定外を押し込んだり
もっと計画的にしてよって感じ(-_-;)


とにかく一日がはじまった。
けど連休ぼけか…仕事に乗り切れない。
明日は予定手術がちょっと少ないので
スローペースでも何とかこなせた。

器械係の週は、とにかく手術の器械をすべて準備しなくてはならない。
器械によって滅菌方法がちがうし、
最近は業者からかりなければいけないものも多い。
オートクレーブ滅菌できるものは当日でも滅菌できる。
けれどEOG滅菌にかけなくてはいけないものは一日かかるので
忘れていたらアウト!
おまけに、他県から運んでこなければいけない器械が間に合わなかったら
本当に首をくくりたい気持ちになる。
そんなこんなで、器械係をやっている間は
「あれやったっけ?!」っと、夜中に急に目が覚めたりするのだ。

おまけにもう一つグチをいうと
今週は、月曜日がお休みだから一日少なくってラッキー…
なのだが、その一日減った分が残りの日にキュッと詰め込まれるので
かえって地獄を見ることになるのだ。

今週一週間どうか無事に終りますように!



2002年01月14日(月) こっちは裏?!

そうそう、
みのむしには表のHPもある。
こっちは、普段付き合っている人たちには内緒の裏HPなのだ。
だからこそ、仕事に関してはこっちの方がかなり本音を出していけそう。
世間の、ナースに対する期待を裏切ることになるかもしれないけど
ナースのみのむしも人間…。
そうそう天使ばかりは演じていられない。

こっちは仕事に関すること…
みのむしのプライベートは、表で見てね。
これって、誰に向かっていってんだろう(笑)



2002年01月12日(土) 休み

今日から3日間、フリーのお休み。
けれど、休日明けからは器械係。
器械係は、その週の手術の機会をすべて組んで滅菌に回し
セッティングして準備していかなくてはならない。
患者さんとはほとんどかかわることはないし
器械を目の前に結構地味で孤独なのだ。
それが一週間続く。
予定外の手術が入ったりなんかすると、むしょうに腹が立ったりする。
というわけで、来週みのむしはイライラしながらすごすことになるだろう。
その前のつかの間の休みなのだ(@_@)



2002年01月11日(金) 新年会も仕事のうち

今日は、手術部の新年会。
関連の科の医師の多くが参加するために、大所帯の新年会となる。
勤務時間外だというのに、まだ相手をしなくてはならないと思うとほんと面倒くさいよ。
これも仕事のうちと思って毎年出席する。
それでも、新人のころは、二次会三次会まで付き合っていた。
いまは、一次会が終わったら早々に抜け出すことにしている。
自分の時間はできるだけ職場の人間とは距離を置きたいと思う今日この頃なのだ!



2002年01月10日(木) リスクマネージメント委員会

みのむしは、リスクマネージメント委員も引き受けている。
昨日、月に一度の看護部の委員会があった。
この委員会、勤務時間外で集まらなくてはならない。
それにもかかわらず、なんの手当てもない。
役職手当をもらっているかたがたの会議は、勤務時間内に行われ
おまけに、珈琲やお菓子がでているのに…。
あれだけ時間をかけて会議をしているにもかかわらず
その報告内容は、毎回患者数の動向や人事のことばかりで
何も代わり映えがしないのは何故なんだろう?

本題に戻して…
みのむしがリスクマネージメントの会議に出るようになってから
ずっとインシデントレポートの集計をしてきた。
最近やっとその内容分析をすることになった。
出されたレポートをKJ法で分類していこうということになっている。
昨日は、少しの時間連絡事項の伝達がされた後、その作業に入った。
レポートの内容をカードに書きだしていく作業をすすめるのだが
これがまた予想していた以上に大変。
なんのことやらわけ分からないものもある。
文章は5W1Hで書くようにって学校で習わなかった?!
まったく、誰が何をしたのか…読みこなすのに時間がかかる。
それでも、みのむしは手術室以外の経験が全くないので
レポートを読んでいると他部署の様子もわかっておもしろい。
それにしてもレポートを読んでいると、みんな綱渡り状態で仕事してるのかと思える。
まあ、手術室の中でも同じようなもの…。
他人のやったことを信用すると痛い目に合うことが多々ある。
信じられるのは自分だけ…?
いや、自分を信じるのも危ないか。



2002年01月09日(水) 脾破裂と未破裂

昨日の緊急手術での話し。
器械だしをしていたK看護婦は、腹部大動脈瘤の手術の経験がなかった。
腹部大動脈瘤の手術ならかなりのサポートをしないと厳しいだろう。
出血の原因が脾臓破裂だと分かって、私はこれなら何とかできると思った。
そのとき、別のT看護婦に「未破裂ですか?」と聞かれた。
えっ…?脾破裂じゃあないの?
私は焦って、術野をのぞきこみ医師に確認した。
やっぱり脾臓が裂けている。
脾破裂と未破裂。確かに音が似ている…。

それにしても、今のスタッフの多くが
腹部大動脈瘤や脳動脈瘤破裂のような手術の経験が浅い。
それでも、当直や拘束をしているのだから
怖い…。



2002年01月08日(火) 予感的中

予感は見事にあたった。
昨日20時電話のベルが鳴った。
「腹部大動脈瘤破裂で患者さんがすぐに入室します!」という声。
かなり焦っているようだ。
すぐにタクシーを呼んで、ノーメークのまま飛び出した。
ところが10分過ぎてもタクシーが来ない!
もしかして…、別のマンションに行ったか?
私のマンションの名前は‘サーパス○○’
角を曲がったところに、‘サーパスしティー○○’というマンションがある。
急いでいるときに限って間違ってくれるのだ。
20分過ぎるかというころタクシー到着、運転者は照れ隠しからかやたらと口数が多かった。
何でもいいから早く行ってくれー!!

手術室に着いた。
看護部長の姿がある。何で…?
「わるいけれど、手伝ってくれる」とおかしなことを言われた。
私は今日は拘束だから働くのは当たり前なんだけど…。
変だと思いつつ、すぐ着替えて手術室の中に入っていった。
なんだかまたまた様子がおかしい。
患者はすでに入室していて、遅出と当直の看護婦で手術ははじめられていた。
しかし、やたらとギャラリーが多い。
看護部長、副看護部長をはじめ各部署の婦長主任勢ぞろい、
医師の数も多い…。なんなの?

ICUの看護婦から申し送りを受けていても
声が震えていて、もしかして何か医療事故でも起きたのかとも思った。
おまけに、そこに院長まで登場。
出血が激しく、大量の輸血・輸液をいっていた。
出血の原因が脾臓の破裂だとわかって、すこしおちついたころ
もう一度カルテをみたら、職業の欄に‘元看護婦’と記入されている。
ギャラリーの一人に聞くと、先日退職されたM婦長だった。
早く言ってよっていう気持ちだった。
それでこの状況が理解出来た…。
手術は、脾臓を摘出して終了した。
摘出された脾臓は、異常な裂け方をしていた。
交通事故などの外傷を受けたわけでもないのに
あんなに激しく裂けた原因は何なのだろう。
M婦長は挿管のままICUへ退出。
後でICUをのぞくと、声かけに対して弱々しくではあるが返事が返っていた。
すこし、安心。

血液の匂いのこもった手術室をやっとのことできれいにし
後は器械をセットし直すだけといいうところで
電話が鳴った。
再出血!!すぐに患者を受け入れ再開腹となった。
腎動脈の断端からの出血を止めた…でも、状態はかなり厳しい。
私たちの疲労もピークに達していた。
すべて終って休憩室に入ったのは4時を過ぎていた。



2002年01月07日(月) 仕事始め

今日は事実上の仕事始め。
朝からトラブル続き。
目覚ましテレビの占いでは
射手座は最高の運勢のはずだったのに…。
私は、外回りの仕事をしていた。
器械だしの様子をみていて
かなりまいっているなあということを感じた。
思うようにいかない手術に、術者が荒れる気持ちも理解出来る。
でも、それに付き合っている看護婦も本当にストレスを感じる。
ストレスを感じている後輩を見ているのも私にはストレスになる。
午後の手術もトラブルあり。
なんだか嫌な予感。
今日は私は拘束なのだ。
何かあるような気がしていた。



2002年01月05日(土) 世間は仕事始め、みのむしは冬眠中

世間の多くの人は今日が仕事始め。
みのむしは大みそかから元旦まで勤務だったおかげで、今日もお休み。
時間がたっぷりあれば、何かできるかといえばそうでもないのが現実。
読まなくてはいけない本が山積みのままになっている。
一ヶ月後に、プリセプター向けの講習の資料もまとめたいのに、
どうも気が散ってしまう。

この講習、昨年の臨地実習指導者講習の後の伝達講習を聞いてくれた教育担当者から、
ぜひ他の人たちにも聞いてもらおうということでもう一度ということになった。
でも、前回は実習指導者向け。今回はプリセプターにむけてのもの。
前回のままではちょっと内容がずれてしまいそう。
というわけで資料も作り直す必要があるかなと思われる。
そろそろ気合いを入れてやらないとあっという間に時間切れになりそうだ。

他にも今年から「今年の看護を振り返って」とか何とか言うテーマでレポートも提出させられる。
なんの意図があるのか…。
管理職のレポートを読んで見たいよ。
管理職が何にがんばっているのか…ぜひ知りたい。
一般企業では、上司を評価する制度もあるらしいが、うちの病院でもそれをやったらいいのにと思う。
すべての職員に対して通知表みたいなのがあったらどうなんだろう。
週明けには、リスクマネージメントの委員会もあるし…、
そういえばレポートの集計どうするんだろう。
こうやってなんだかんだ考えていると、
いつの間にか時間が過ぎていく。もったいないもったいない。
それでも、今日は時間も遅いしそろそろ布団に入ろうかな。



2002年01月03日(木) 2002年元旦に感じたこと

2002年は、手術室で迎えた。
救急外来はかなりにぎやかだったらしいが、幸い緊急手術はなかった。
テレビを見ながらうとうとして朝を迎えた。

元旦の当直者は、わたしは正直あまり合わない主任だった。
引き継ぎを終えた後、何となく話しをし始めた。
結局お昼近くまで話し込んでしまったのだが、
その中で感じたことをここに残そうと思う。

2001年私は、仕事にも嫌気が差しもうやめようと思っていた。
そんなとき2ヶ月間の講習を受け、ホテル暮らしをし、
職場から離れることができた。
その間いろいろな学びが多かったが、
なによりも自分自身を客観的に見つめ、
自分を取り戻すことが出来たように思う。
2ヶ月間の長い時間があったおかげで、
深い落ち込みから上がってくることが出来たが、
一方で次に同じように落ち込んだときにはどうすればいいのかという不安も残っていた。
今後、こんな長期間自分をちがう環境における機会などないだろうから…。そのことを主任に話すと、
「あんたが今回どんなふうに落ち込んだのかは分からない、でも今後落ち込んだとしても今回とおんなじではないと思う」という返事が返ってきた。
さらに、去年の春ごろ私の勢いがなくなっているから面接をしてやってくれと看護部長に言ってくれたらしい。
そのことを聞いたとき、私は素直にうれしかった。

2ヶ月の講習中、実はなぜ今ごろ私が選ばれたのかが分からなくて辛い時期があった。
はじめは別の同期のコが行くようになっていたと耳にしていたからだ。
はじめから私が選ばれたわけではない…、
あのこが断ったから期限が迫ったころにわたしに話しが来たんだ…、
別に私じゃなくてもよかったのでは…と、
夜一人になると涙が止らなかったこともあった。
それでもむりやり、あのこが断ったのはチャンスがなかったということ、
私にはチャンスがあったんだと思い込むようにしていた。
結局、その同期のコは、市内で行われる同じような講習を受けていて、
私が受けた講習を断ったわけではなかったらしい。

主任の看護部長への働きがきっかけかどうかわからないが、
それでも私の知らないところで
いろいろなことが動いていることをあらためて感じた。
元旦の日に主任と話しをして、
主任に対する私の気持ちに少し変化があった様な気がする。
そうは言っても主任のことすべてを信頼することは出来ないだろうし、
仕事がはじまればまた反感を持つことだろう。
それでも、人間誰にでも許せないところ許せるところがある。
嫌なところに勝るいいところを見つけ
それを素直に認められるようになりたいと思う。

これを感じたのは、主任とゆっくり話しが出来たおかげ…。
正直人と付き合うと疲れるから、
一人の時間をたくさん持っていたいと思う。
講習の時にも感じたけれど、
人は必ず誰かと繋がっている。
一人が楽だけれど、
人とかかわることで癒されることもたくさんあるんだと思った。

………、それでもまだ私は一人の方が楽だと思っているんだなあ(^_^;)



2002年01月01日(火) みのむしは…

みのむしは、卒業して以来ずっと手術室で働いています。
他の部所での経験は一度もありません。
だから、同期におくれをとりたくなくて
通信で大学に通いました。
じつは、大学院にも進学したいんです。
でも、まだ自分が何を目指したいのか絞りきれていなくって
あれこれ考え中です。
そんなこんなをここで書きつづろうと思っています。


   INDEX  未来 >


みのむし