■緋寒■


 なんなの? という冴えた声は実に冷たく、久しぶりだなあと甲斐は思った。背中でピリリと笛が鳴った。リフティングや、コーンドリブルをしていたサッカー部の下級生たちが、遠巻きに甲斐たちを見ていたのだが練習に戻っていく。ああ、と、甲斐は溜め息をついた。鉛色の空だ、嵐が来そうだ。

 今にも雨が降ればいい。

「ぁが!」
「何(ぬ)ーが?」

 平古場は横にいる甲斐の尻を思い切り蹴っ飛ばした。そうしておいて、視線だけは木手から外さなかった。少し顎をひいて睨みつけるように、そして唇を少し歪めて笑うように、挑発している。こういうあからさまな態度には、逆に木手は乗らないのだ。それを知ってやっている。

 木手の方でも、蹴られて跳ね上がった甲斐のことは無視して平古場を見据えている。甲斐は馬鹿馬鹿しい気にもなったし、素直に悲しい気もした。二人の睨み合いはしばらく続いた。やがて平古場が、フンッと高く鼻息を吐いて、踵を返した。最後にもう一度、今度は甲斐を睨んで、顎をしゃくった。

「寛!」

 呼びつけられた知念は黙って平古場の後を追った。木手をここへ連れてきた田仁志も、呼ばれていないのにその後を追った。運動場にはサッカー部と木手と甲斐が残された。

 そしてようやく木手は、甲斐に一瞥をくれた。甲斐は屈辱的な気持ちのまま目を伏せていた。

 平古場と甲斐が暴れているといって運動場まで半ば引きずってこられた、木手の機嫌がいいはずがない。もうテニス部の部長と部員ではないのだが、特に平古場は他の奴では手に負えないということで、今でも何かと木手にお鉢が回る。もううんざりという顔をして現れる木手を見ると、甲斐自身もううんざりと言いたくなる。

「甲斐クン」

 細い眉を片方だけきつく撥ね上げる。ほら、部長扱いされるのがうんざりなのなら、俺がそうして名前を呼ばれただけで言うことを聞くなんて思うなよ。甲斐は運動靴の底で、白い地面をがりがりと擦った。

「あー」
「あーじゃないよ」
「えー」
「いいかげんに」
「ごめん」

 しましょうね、と言い掛けた木手の唇が止まる。黒目がちの、思うほど怖くない目で甲斐を見る。

「チョコ食ったからよー」
「は?」
「だから、チョコだよ」
「誰の」
「木手の」
「は?」

 木手は、本気で困惑してもう怒るのを忘れた。甲斐はこの隙をついて一発ぶん殴って走って逃げたいという思いに駆られた。一目散に走れば追いかけては来ないんじゃないか。とにかく自転車置き場まで、あとは乗ってしまえばこっちのものだ。などなど。

 しかし木手は猫よりも執念深いので、明日も中学最後の補習を受けなければならない甲斐が逃げ切ることは、大体不可能だった。

「バレンタインのよー‥‥」

 預かった。木手くんに渡してくれと、知らないセーラー服の女子に頼まれた。名乗った気もするが覚えてない。ただ、向こうは「甲斐くん」と呼び止めた。その手作りではないが本命っぽいチョコを、食った。

 一週間にも及ぶ良心の呵責に耐えかねた甲斐は、きょう偶然に帰りの昇降口で声を掛けてくれた知念にそのことを打ち明けたのだ。

「したら平古場が盗み聞きしててよー」
「なんでそれで喧嘩になるのよ」
「知らねー。アイツたんちゃーやっし」
「そうじゃないでしょ。関係ないでしょ」
「しらねえ」

 嘘だ。甲斐はそっぽを向いた。確かに、平古場はチョコには関係ない。関係ないし、甲斐にも関係ない。でも怒った。理由はちゃんと甲斐も知っている。

 木手は大げさに首を振って、肩を竦めた。それから腕組みを解いて少し、近づいてきた。隣り合うと呼べるくらい近づいて、随分離れて立っていたんだなと甲斐は思った。夏が終わって木手が遠くに行ってしまった気がしていた。自分たちはテニス以外では友達になっていなかったのかもしれないと、ある時不意に考えた。

 何しろ、それまで、夢中だったのだ。夢中で前を見ていた、同じ方を向いていたから、自分は木手のことを全然見てなかった。木手も自分のことを全然見てなかった。画用紙に絵を書く時わざわざ白い色を塗らないように。

「‥‥しにごめん」
「だれ?」
「あい?」
「‥‥だから‥‥誰(たー)よ」

 木手は居心地悪そうに訊いて、顔を隠すように、眼鏡を上げた。

「見たことない‥‥多分南女の‥‥背は、俺より低くて‥‥髪は俺より長くてぇ」
「てゆうか女子ほとんどそうだからね」
「結構可愛かっ‥‥」
「名前は? 手紙とか入ってなかったの?」

 あ、と甲斐は顔を上げた。

「なかった」
「じゃあしょうがないね」

 木手は深く二度うなずいた。

 しょうがないのかよ! と思わず突っ込みたくなったが、逆に木手の水平チョップが甲斐の額に突き刺さった。『はぁ〜ジキシッ』と口で効果音を演出した木手は、相も変わらずの無表情で、突っ込みたい甲斐の顔を覗きこんでキスをした。一体なぜであろうか。


(了)

2007年02月25日(日)

■ヴェルニ・ア・オングル■ 年齢差パラレル


 忍足くんてさバイでしょ、と飛行機の模型を飛ばしながら彼は言った。返事しようとしたら(どんな返事だったか定かでない)前髪がばさりと落ちてきて心臓が止まりそうになった。咥え煙草の美容師は手元だけ眺めながら「悪りぃ」と言った。

「あくつ口だけー」
「るっせ」
「悪いと思ってる?」
「ちっとバサッとイッただけだろーが」
「‥‥だって、忍足くん」
「は、バサッと?!」

 イッた?! 俺の前髪が?! 軽快なやりとりからこぼれ出た不吉な言葉に一応突っ込んでおく。鏡の一番奥に斜めに座った千石少年の、手に持った飛行機は8の字旋回しながらゆっくり着陸態勢に入った。亜久津はチッとはっきりすぎるほどはっきり舌打ちして、カウンターの灰皿に煙草をねじ込んだ。

 大理石風のカウンターの上には写真週刊誌のグラビアページが開かれている。グラビアは断然モノクロだ、と忍足は思う。

「切ってねえよ」
「あ、うん。俺もびっくりしただけ」
「ガキがうるせーからよ」
「うるさくないよねえ忍足くん」
「うるせー。チョコ持ってこい小僧」

 頬を膨らませながらも、千石少年は素直にキャッシャーの方へ飛んで行き、チョコレートの盛られた器を運んできた。その、とても中学生とは思えない色の髪は、鏡越しに春のように発光した。肌寒いほど眩い、軽やかな恋の輝きだ。

 別に恋をしている風でない千石がガラスの蓋をそっと持ち上げる。そっと指先で忍足は舟形のプラリネ・チョコレートを摘んだ。わけもなく胸が高鳴った。

「あとおめー『忍足くん』とか呼んでっけど、年上だぞこいつ」

 いいよいいよ、と言おうとしたけどチョコで口の中が一杯でもごもごしてしまった人のふりを忍足はした。千石本人はまるで気にかけていないようだった。でも現役の中学生にしたら二十五歳なんてオッサンだろう。「背伸びしたい少年と年上の遊び友達」とでも言うべきこの構図が実は千石少年の優しさだったら、と思うと頭痛がする。

 忍足より僅かに年上の亜久津は、商売道具のはずの霧吹きをシュコシュコ振りまいて千石を追い払った。わざとらしく逃げ惑いながら千石は、忍足の脇に滑りこんできて再びすばやく蓋を持ち上げた。鏡越しじゃなくリアルに目が合う。忍足はウィスキーボンボンを摘んだ。

「あと茶ァ煎れとけ。もう終わっから」
「もー、手伝わせるならバイト代払ってよ」
「アタマやってやってんだろ」

 鋏を収めた亜久津の長くて固い指が、ばさばさと髪を払ってくれる。忍足は目を閉じているので彼がどんな顔をしているのかはわからない。多分バランスを見たりしているのだろうその間、亜久津の五本の指はトントンと頭のてっぺんを軽く叩いている。きっと癖だ。

「忍足くんもさ、こんな田舎の美容師に髪切らせて怒られないの?」
「怒られないよ。亜久津上手いから」
「東中野は田舎じゃねー」
「あっくん家千葉じゃん。田舎もんじゃん」
「千葉も田舎ちゃうよな」
「流すぞ」

 ぐるん、と椅子を回され、景色が変わる。一雨去った水曜の昼下がりは、日向でも木陰でもきらきらと光って流れていく。自分たちが、ヒモ寸前の無職の男と学校さぼった中学生と不良の美容師であるという事実を、春はひと時忘れさせる。夏であれば怠惰だし秋であれば物悲しいが、今は春。麗しの春。

「おめーもモデルとか調子乗ったこと言ってねーで、地に足つけて働けよ」

 そういえば亜久津は、不良だけどもう大人だし、若くして店を持ってる将来有望な実力派イケメン美容師なのだった。

「いいじゃん。誰でもなれるもんじゃないんだよ?モデルって。カッコよさも才能だよ」

 そういう千石少年は、テニス部で全国大会に出場して、高等部にスポーツ枠の内部推薦が決まってるらしい。

「次の仕事決まってんのか」
「あ、一応。通販雑誌の巻頭」

 千石はすごいねーとキラキラした瞳で言ってくれたし、亜久津もがんばれよといつもより念入りにマッサージしてくれた。セーヌ川(正式名称は知らん)の川面が乱反射する光の欠片が目を射て、忍足は思わず掌で目蓋を覆った。

 そう、はかないのだ。チョコレートも恋も春物のキャミソールも少年時代も、淡い残像しか与えてはくれない。触れたと思えば消え失せている、うつろう季節の気まぐれのようなものだ。濃密で甘美であったはずなのに、去り際は二月の陽射しのようにあえかで、不安だけが胸に残る。

 だから、グラビアも週刊誌で見る安っぽい刷りの数ページが丁度良くて、実際その写真集を買ってしまうと大体やりすぎだったりこっちも粗探しはじめたり微妙なムードになる。

 帰り際に亜久津は「女とフライデーとかされんなよ、大事な時期なんだから」と母親のような優しさでチョコレートをたくさんくれた。その出所であるところのテニス部のエースの千石少年はめずらしく、忍足にくっついて店を出た。これで二人で商店街に入って、未成年連れまわしの罪で補導員に捕まったりしたら、今度こそ追い出されるんだろうな。忍足は写真週刊誌の嫌いな彼女のことをぼんやりと想った。

「忍足くん、さっきの質問答えてよ」

 少しばかり有名な制服姿で人目を憚らない千石に気後れしながら、忍足は外していた眼鏡を取り出す。

「バイなのって?」
「ね、そうでしょ」
「なんでだよ。おまえ俺のこと好きなの?」
「違うけど、そうだよって言ったらキスくらいするでしょ?」

 こういう話が好きなんだ。この前会った時は「眼鏡ない方が男っぽくていい」とか言ってた。女の子にセクシーだって言われるでしょとか、年上の人妻とかにもてそうだよねとか、今の彼女と倦怠期とかないの、とか。

「言われたら、するかもな」
「だよねー」

 フライデーされたらひとたまりもないほど甘く腕を絡ませて、千石はキラキラと忍足を見上げた。

「忍足くん自分大っ好きだもんね」

 通りの肉屋では早くもコロッケの特売がはじまっている。鮮やかなキャンディオレンジが飛び込んでいくと、膨らみはじめた人だかりは、春一番となって商店街の花飾りを吹き上げた。夕食の支度はまだずっと先に思える。



(了)

2007年02月14日(水)

■虹の彼方に■ 大学生ひとり暮らし


 この部屋に来てくれたのはきみが二人めだよ、と言われたとき、試されている気がして居心地悪かったのは俺が自意識過剰なのか。その一人めは誰だと、もちろん聞けない俺に千石はさりげない態度で教えた。

『一人めはね南。うちの部長だよわかる?』

 地味ーズの。と俺が言うとえらくウケた。ケラケラと明るい笑いをまきちらす千石を見ながら、こいつも同じなのかと思った。今でもそいつのことを「うちの部長」と言うのか。それは相手が俺だから、中学のテニスしか接点がない相手だからかもしれない。とにかく俺はぼんやりと思った。こいつも俺と同じなのかと。一人暮らしをはじめた千石のマンションは、どこか女の部屋のようだった。


「むかつくんだよ何か」
「‥‥悪い。すみません」
「いいよ。わかったら脱いで」

 そしてひったくったシャツに鼻を押し付けて、わー信じらんないとか喚きながら大げさにまた突き離した。俺は呆気に取られていた。こいつがこういう反応をするのはまるで予想外だった。こいつはもっと、他人の、行動とか行為とか交友関係とかそういう自分のいない場所で起こるすべてのことに無関心なのではないかと思っていたのだ。

 上半身裸のまま玄関に立ち呆ける俺に、千石は決まり悪そうな不機嫌そうな顔で、横を向いたままTシャツを投げた。

「それ、小さくないと思うから」

 そう言った千石がいつもより小さく見えて、無性に抱きしめたいと思った。その感情の高まりは、特に好きと言うわけじゃない女に対するものと同じだった。不特定の女性全般に抱くような感情を男の千石に対して持ったことに、後ろめたさを覚えた。多分俺はどこかこいつを対等に見ていない。あきらめのようなものが、こいつに対して付きまとう。

「おいで忍足くん。怒ったお詫びにわけを話してあげるからさ」

 促されてようやく俺は千石のTシャツに袖を通した。パジャマ代わりだろうそれは首も肩もだらしなく甘くて、裸よりも裸のようで不安だった。

 インスタントコーヒーを作ってくれた千石は、自分はペットボトルのウーロン茶を飲みながら胡坐を掻いていた。俺のシャツはさっそく洗濯機の中でうんうん回っている。寒かったので、部屋の隅に落ちていたパーカーを羽織っていた。千石が着るとルーズなそれは俺が着ると普通のパーカーになった。本当は、今までつきあったどの彼女ともうまくつりあうくらい、千石は男として並みの体格をしていた。172センチはそこまで小さい方じゃない。テニスをやっていただけあって肉付きも悪くない。

 それでも千石はいつも小さい。明るくて、可愛らしいもので周りを囲い、幸福そうに昨日あったことを話す。俺はこいつの部屋に来るためにバイトの予定を空け、友達の誘いを断るのだ。恋人に会う日のように。こいつのことそういう風には少しも好きではない。好きでないことを疚しく思っている。恋人のように。

「跡部くんに会った時、シャツから煙草の匂いがしたんだ」

 テレビの方へ向かって千石は話す。切ったばかりの髪から耳たぶが覗いている。

「あいつ吸わへんよ」
「知ってる。いいんだけどさ、もうテニスやめたし」

 跡部の現役最後の試合を俺たちは二人で見にいった。それはそれは凄い試合だった。これでもう見られないなんて嘘みたいだった。スタジアムの中には、確かに宍戸や日吉や岳人や榊監督がいて、だけどみんなで集まったり誘い合ったりはその日までしなかった。

「吸う奴嫌いやし」
「彼女吸うじゃん」
「好きなんやろな」
「そうじゃなくて、いいんだよ。俺もきみも跡部くんももうテニスやってないんだから。ていうか、亜久津なんかやってるのに吸ってたし。ていうか亜久津はいいんだ」
「わかるよ」

 その先を言ってほしいような言ってほしくないような気がした。そういう気は常にしていた。

「跡部くんは、俺のスーパースターなんだよ」

 無関係なテレビを見ながら千石は無感情に言った。その事実と、その自分自身の想いと戦い続けている人のようだった。俺は自分の言葉の無力さを感じながらもう一度わかるよと言った。本当はわからなかった。

「亜久津はねヒーローなの。でも跡部くんは、スターだった。俺には手塚くんでも真田でもなくて、跡部くんだったね。なんでかカッコよかった」
「そうやなあ」
「キスしようか」

 言ったきり何もしない千石の唇に俺は身を乗り出してキスをした。きっとこいつが女だったら、あるいはただテニスをやっていなかったら俺は、こいつのことを好きだったのかもしれない。そう思うと今、そんな風に好きでない自分が、疚しく思えて口の中が苦い。本当はキスなどしなければいいのだ。

 テレビとの間に割り込んできた俺を千石は邪険にもせずただ無視した。俺は舌を押し込み、耳たぶを撫で、体を倒しながら千石を吸った。いつか千石が「好きな人がほしいなあ」と言った時に俺は何も言わなかった。俺のこと好きになったらええやんという返事以外思いつかなかったからだ。



(了)

2007年02月12日(月)

日記からリサイクル。小説じゃないです。
『跡宍と鳳忍でガチガチっていうのが萌える』と気付いたので、その妄想を文章に起こしてみました。
本当にどうしようもない話というかネタですので、本当に暇な時にご覧ください。



宍戸はドエムというか頭の残念な子で、跡部と対等に張り合って(本当は隠れてつきあってる)周りから憧憬の眼差しで見られながら実は誰よりも「輝く跡部様に蹂躙されてボロ雑巾のようになりたい」と思っていて毎日妄想に大忙し☆なんですよ。
鳳はさわやか好男子が売りの二年人気ナンバーワンなのに実はキレやすい内弁慶で、つきあっている忍足先輩のことを殴ったり軽く監禁したり、忍足に告ってきた女子の前で無理やりキスしたり、無理やり撮ったエロ写メを携帯していたりする情緒不安定のDV彼氏なんですよ。
それで跡部は自分があまりにノーマルなので大好きな彼氏が変態でグッタリだわ、忍足は面倒くさいなーと思うだけで恋人の凶行に無責任だわ、氷帝大荒れ。そんな中やってくる卒業シーズン。先輩おれ2/14誕生日なんすよ。祝ってくれますよね。
跡部はだんだん宍戸の妄想の中の輝くおれさまと自分自身のギャップが単に過大評価とかいう問題じゃなく本質的にご自身の人権を損なっている点について耐えられなくなり、というか今までは宍戸の考えは間違っていて訂正せねばならじと思っていたのだが宍戸は宍戸で本当に俺を愛しているのだと気がついて別れます。
別れた途端、周囲のザコ霊が一掃されたように空気が清浄になって、やっぱり跡部と言えど少なからず恋人のことで手一杯になっていたわけなんですけど、なんだか同じ部活の忍足の顔面が殴られているんですよね。よくみると背中に根性焼きの痕とかもあって、それがちょっと古い(微妙に、ex.半年くらい)ので、おれさまは今まで何をやっていたんだ!とここでまたショックを受けます。すぐ隣でともだちがこんなめにあっていたのに!
跡部的には忍足は自分が幸せにしてやる範疇外の人間ではありますがこんなわけの分からんめにあっているのを見て見ぬ振りするのはおれさまじゃねえなわけですよ。友達が万引きしたら尾けていって知らん顔してすぐ隣でカバンにガンガン商品入れまくるタイプなわけですよ。まあ店ごと買い占めてるんだけど。
それに基本的には馬鹿じゃないので、忍足が根っからそういうタイプ(=変態)じゃないことはもう宍戸(=変態)で学習した経験を活かしてわかってるんです。
忍足は今や、もうあいつの誕生日には知らんオッサンとかに体を開いて、犯されてよがり狂うオレを見せてやるしかないんや、と妙な責任感を持っちゃっていて、もとが頑固だし孤高の男なので一人で地道に黙々と「見てエロい体位」だの「男が興奮するセリフ」だのの研究とかしてるんですね。
なにしろ鳳は三年の引退後にはついに顔などの見えるところまで痛めつけはじめて、あいつはもう限界だということが忍足にはわかっていたんですけど、それでもなお放っておいてしまった負い目のようなものがあって、そのかわり行けるとこまで行ってやるというビッグラブに近い感情を抱いているんですよ。
忍足は本当は宍戸になりたかったんです。キラキラしてピュアで一生懸命な鳳が可愛かったんです。だからこういう形で(恋愛で)手に入れてしまったことについて、セコい真似したと思ってるんです。
ていうか別に鳳はオッサンとまぐわう忍足なんか見たくなくて、鳳的にはただミスタードーナッツとかを買って「ハッピーバースデー、長太郎☆」とか言ってヨン様巻きマフラーで家に来てくれたら自分は「ああ、やっぱり忍足先輩が俺の王子様なんだ、俺はその忠実なナイトだ」とか思って感極まって抱きしめて忍足先輩愛してます!!俺もやで長太郎‥‥という風にラブエンド♪という未来予想図を描いているんですけど、多分実際はそれやったら忍足を30分ほど殴った挙句裸で二月のベランダに出して自慰とかさせてしまうんですけどね。
ちなみにここまで陰惨な関係でこれが救いになるかどうかわからないんですが、二組ともまだプラトニック・ラブです。中学生らしくね! 跡部と宍戸はキッスまでで、忍足と鳳はちょっと進んでお互いのちんこ握ったことありますけどイクとこまでいってないいわゆるBどまりです。
でもなんとか、忍足が予行演習のため二丁目に童貞(とアナル処女)を捨てに行く直前に、覚醒した真・跡部様が無事それを止めて、忍足は誕生日に俺のはじめてをもらってくれ!愛してるで長太郎!と不二家のケーキを持って鳳家に乗り込んで行くんですね。まあこの発想はジローが誕生日に彼女にもらって嬉しい物に「処女」と答えたことから得てるんですけど。気付けよみたいな。
宍戸は変態な以外は人間的にできた面倒見のいい先輩なので、その日は鳳にプレゼントをくれてやってるんですけど、その時「跡部を振ってやったぜ」とか大口叩いてるわけですよ。そして最後に「俺たちにとってのベストは恋人じゃなかった。でも恋人だからこそやれることはある」みたいないいことを言って、鳳は宍戸さん‥‥!と衝撃を受けておうちへ帰ると玄関前に忍足が。感動した鳳は忍足を二、三発殴って、折れた眼鏡のフレームで忍足はケガ、買ってきたペコちゃんのケーキもぐちゃぐちゃなんですけど、暗い庭で二人で座り込んでそれをあーんとかして食べながら、ケーキの上に乗ってたペコちゃんとポコちゃんをチュッさせたりして、愛を確かめ合うんです。俺が殴らなくなるまで、先輩のはじめてはおあずけっす。なんや、そんなに待たなあかんのか。先輩意地悪!チュッチュ!という十五と十四の夜。
忍足はいろんなお礼の気持ちと照れ隠しで跡部にお茶をご馳走すると言い出して、てめえの舌で俺様を満足させられるかアーン?(※お勧めの紅茶の味について)とか言いながらトコトコ喫茶店に向かう下校途中、宍戸がテレポート・ダッシュで刺さりこんできて、三人でお茶に行く楽しそうな姿を部室棟の窓から「あの人たちは本当に仲がいいですね」「本当に仲いいんだぜ」と見ている何も知らない日吉と岳人が映って(終)です。

2007年02月02日(金)

■ isnt ■ 28ゆうじょうものがたり

 ナポリタンは美味い。ケチャップが美味い。炒めた玉ねぎとピーマンとウインナーにケチャップと胡椒少々、それと半熟の目玉焼き。柳生はおもむろに口を開いた。
「辛くはありませんか」
 仁王は何を言われたのかわからず、しばらく食べるのも忘れて柳生の顔を見た。ほんの一瞬前まで頭の中は目玉焼きのことで一杯だったのだが、辛くないか? 生きることがであろうか。しばらく、しばらく考えて、ようやく思い当たったのが、昨日から三日間の部活謹慎のことだった。
「まだ二日じゃし」
「仁王くん、口を拭いたまえ」
「あ」
 破れた黄身は唇からはみ出し、ぽたりと皿に戻った。下唇を噛むようにこぼれた中身を口に仕舞うと柳生はハンカチを差し出した。仁王は下唇を噛んだまま上目遣いのままはにかんで笑った。
 舌の先で拭った後も、唇の表面はつやつやとして居心地が悪かった。キスした時にうつされるチェリー味のグロスのようだ。「いいよ」とハンカチを押し返して、まだべとつく唇に、指を二本押し当ててみた。人差し指と中指はキスの相手の唇のように二つに割れ、舌を入れてほしそうだったので、少し舐めたが気恥ずかしくなって、人差し指を噛んだ。
「もう、遠慮するのは止めにしませんか。これからは何でも率直に語り合い、お互いを理解するよう努めましょう」
「いいよ。汚れる」
 柳生は強引な手付きで、仁王の口を指ごと拭った。仁王は決まり悪そうに目を伏せて少し俯いた。
「けど、すまんかったのぉ。巻き添えさして」
「構いませんよ。パートナーですから」
 くすぐったさに睫毛を持ち上げると、柳生の手はまだすぐそこにあった。黄身のようにどろりとした半熟の媚びを、たっぷりと視線に含ませてまばたくと、結んだ後ろ髪をつんと引かれた。頭の芯がくらりと感じた。
「クラスは8組ですよね」
 んん、と甘ったれた返事をしながらフォークで突き指した玉ねぎを口に運んだ。噛むたび柳生と繋がったところがじくじく痺れて膝が疼いた。
 この蝶々の髪留めをやっぱり覚えているだろうか。縁に小さな水玉のハンカチを見ながら、ほらこいつにはこっちの方が似合っているじゃろうと、蝶々の彼女を少し思いだしてみた。


(fin)

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柳生くんの彼女(当時)の買い物につきあって彼への贈り物のハンカチを選んであげた仁王くんの話。やましいことは別にない。

2007年02月01日(木)

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