■サウスポー・フィーバー■ めくるめく不二受けの世界

 愛しているかどうかなどわからない。それでもからだはあたたかい手に馴れていく。きみは笑った。そして言った、俺もひだりききだったら良かったのにと。

「毎日そのままでいればいいんじゃない」

 今にも死んでしまいそうに弱った金魚みたいな声でいうので不二はくるくる回ったあとに靴下の足の裏を千石にぶつけた。千石はしっかりとベッドの足元に背中を預けて座っていたので、衝突の反作用はすべて一本足の不二に襲いかかり、不二はよろけた。

 前屈みにバランスを取りながら両脚をつっぱって踏みとどまると、ちょうど太股の高さにある顔をあげて千石が真剣な目つきをした。

「女の子みたいにしてよ」

 そんなことを言われても、不二は部屋に女の子と二人でいたことなんかないので、どういう風にするのが女の子みたいなのかわからなかった。半分は甘えで黙っていると大抵の困ったことには千石は手を貸してくれる。しかし今回は違うようだ。不二は少し前屈みの姿勢のまま、開いた脚の間あたりでスカートの短い裾を押さえてみせた。

 千石の体が急に動き、両手が後ろに回ったと思うとお尻を掴まれた。脚の間で重ねた手の甲に顔を押し付けられ、不二は思わず腰をひいたが逃げ場などはないのだった。

 剥き出しの太股に千石のシャツの感触が擦れる。女子はよく平気だなと思った。こんなもの穿いていたら一日中勃ちっぱなしになりそう。ゆっくりと息を吐くと、脚の間の橙色の髪の毛が左右に振れた。手の甲に生温く濡れたものが触れた。

「ねえ、どうしてセックスしないの」

 やめるべきだったのについ訊いてしまった。

「きみは男の子なのに?」
「最低」

 不二は自分でも驚くほどの冷たい声で切り捨てた。千石は息だけ笑った。なにもかも知っているとしたらデリカシーのない答えだ。実際知っているのだから、これは意地悪以外の何物でもない。そして実際不二は少し泣きそうになった。酷いことを言われたからというよりも酷い言葉から保護してくれるもののない空しさのせいだった。

「そんなこと訊くのは寂しいから?」

 あーフラグ立ったなーと不二は泣き出しそうな顔の裏で考えて緩やかにまぶたを閉じた。ここでそうだと答える以外の方法でプレイヤーは千石清純を落とせません。何故ならきみは臆病だから。腹筋のくつくつという捩れが数秒前までの孤独や寂しい気持ちがただの気分であることを証明していく。恐らく全てがそれでしかなくて、気をつけていなければ、魔法がとけたかぼちゃのように何もかもがつまらない元の姿に戻ってしまう。

 続けてくれる人が必要なのだ。諦めずに何度も僕というゲームを。そうしてじっと目を閉じていると恋しい気持ちが込み上げてきて、「あの番号」をプッシュする自分の指の動きを何度も何度も反芻する。それこそが女の子のマスターベーションの指の動きであり、せつないようなだるいような気持ちであの名前を口にしてみる。スカートに顔を埋めている千石にはそれが読めない。太股の裏を滑り降りていく手は右手。不二はその肩に両手をおいて自分から少し離した。

 ほんの少し重く膿んでいる千石の目の色を確かめて、スカートの裾を押えたまま不二はぴょんぴょんと飛び上がった。

「スプリットステップ」
「アハハ。怖いよ先輩」

 これはほんの冗談。不二は何度も飛び上がり、右、右、左、右、左、右、片足の爪先でうさぎのように床を叩いた。



(了)


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◆自分で自分の文章をとことん解説してみようのコーナー
サウスポー・フィーバー ‥‥ タイトル / 今更ながら不二受けにすれば塚不二(もしくはリョ不二)前提のリョ不二(もしくは塚不二)が一番おいしいんじゃないかというのが私の主張
めくるめく不二受けの世界 ‥‥ 無理なのだ、私には強姦された観月を探すためだけにあまたある不二受けを読み尽くすことは
愛しているか・・・馴れていく ‥‥ 昔作った歌の歌詞。もう使わないと思うので使い回した
ちょうど太股の高さにある顔 ‥‥ 千石君が床に座っていて顔をちょっとあげるとフェラチオをするには少し低いがクンニリングスをするのにちょうど良い
スカート ‥‥ 観月が穿くと痛々しいし手塚が穿くと可哀想だし真田が穿くといらっとくるし幸村が穿くと悪寒が止まらないのに不二が穿いてもどうということはないところが不二受けのむかつくところ
お尻を掴まれた ‥‥ 男っぽい千石くんに萌えたのでノーマル妄想の代償としての千不二を書いています
脚の間の橙色の髪の毛 ‥‥ セックスと殺人を関連づけるものの代表格
酷い言葉から保護してくれるもの ‥‥ 不二においては社会的な正当性をおいて他にない
「そんなこと訊くのは寂しいから?」 ‥‥ 当たり前のように千石くんは間男なので彼氏の手塚がドイツに行っていることを指す
「あの番号」をプッシュする自分の指の動き ‥‥ 不二とつきあうような手塚だから、通話料を気にして番通が携帯からだと話してくれないので家の電話機を使用している不二
「スプリットステップ」「アハハ。怖いよ先輩」 ‥‥ 暗に不二が越前を食っちゃうことを仄めかす会話。不二の奇行に対し千石が含意を汲んだことを回答で示しているが、このやりとりが成立するが故に不二は千石の部屋でスカートを穿いているとも言える
これはほんの冗談。 ‥‥ だって周助、越前君のこと嫌いだもん。この不二はやがて手塚が越前に乗り換えて捨てられるのが似合うと私は強く思う

私の不二受けのイメージ画像は榎本ナリコです。不二受け小説サイトのシリアスかつアンニュイ系のエロには全部センチメントの季節の表紙を挿し絵として使用します。もちろんこのお話にも適用してください。
不二受けの人が間違ってここを読んだ時に私を不二受けだと思い込んだらいい気味だなと思って書きました。歪んだ愛情です。

2005年08月31日(水)

■うつくしいいたみあさっての方角■ 2年4組四時間目は体育です


 きれいじゃないか! 精市は感嘆の声を上げた。確かに、そう、きれいに光っていた。アジアンタムの小さな葉に銀のしずくが一粒ずつ乗っかっていて誰もが、思わず襟を正すような美しさだった。

 しかしそこは美しさ以前の問題として、暑いのだ。蓮二は体育ジャージの上着の袖でぷらぷらと地面を掃きながら待っていた。精市をではない。待ったところであれがこの温室の細部や全体に飽きることはない。久しぶりの逢瀬だ。一日千秋の想いとはこういうことを言うのだろうと、一心に高いところのヒメカズラを見上げる背中を見て思う。蓮二が待っているのは、精市の背中を眺めることに自分が飽きることだ。

 お礼を言わなくちゃな。振り向かずにそう言ったことが作為的であると感じてならない、精市は果敢なげに健気に背中で笑ってみせた。夏の盛りを迎えようという人を蒸し殺さんとするかのようなそれでもなお神々しくまた慈しみたくもある陽射しの中で、蓮二の心には何故か「津軽海峡冬景色」の二番Aメロが流れており、しかし日本で一番美しい季節は神奈川の夏だという十一の歳から揺るがない確信を持ちながら、垂れてもいない洟を啜った。さなだだろう。今日の窓辺の黒蜜のように精市は言った。舌に熱くとろけて灼けるほど甘いその声と言葉とを、アイスクリームに注いで口にすることを蓮二は空想した。

 ああ、そうだ。遠くで予鈴が鳴り、慌てて返事をしたはいいが少しも急ぐ気になれない。精市の黒い髪が11:30の陽光に輝いた。一日千秋の想いとはこういうことを言うのだろうと、熱心にヤドリフカノキの斑入りの葉を見つめては指先で撫でる背中を見て思う。それでも自分ならいつかは飽きるのだろうと、鼻の下を擦った。

 七泊八日の軟禁生活を経て少し太り少しわざとらしくなった精市が、後数時間で帰ってくる。真田弦一郎はうつけの様に毎日温室に顔を出しうつけの様に昨晩コート整備をして帰宅した。だというのにあの男は知らない。何かを待ち焦がれ千切られるような想いを抱くことをあの男は知らない。この幸村精市ですら、人の子のようにそうであるのに。

 精市はただ昨日も立ったかのようにコートに立つ。弦一郎は昨日別れたかのように精市を迎える。千度の秋が自分の頭上にだけ廻り来たことを蓮二は知る。



(了)


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調べものに四半分の一時間トライアル。調べものたのしい。

だから精市にはテニスとガーデニングがあって精市には弦一郎と蓮二がいて二年生の六月末にはじめての検査入院で2年4組クラスメイトだよのお話。


立海は一学年22クラスという絶望的な生徒数が三つの校舎(一・二年校舎/理系専門棟+三年理系校舎/文系専門棟+三年文系校舎)に押し籠められていて三年生で理専+工専/文専+総合の二手に分かれるのですが
一年生はごった煮、二年生は文理クラス(偶数級/8組除く)と総合クラス(奇数級+8組)という一見理解不能な分かれ方をしていて(実は7・8組が下の階にハブられている)
文理は文系理系の、総合は外国語のそれぞれ選択科目別に時間割が錯綜し教科書の貸し借りなどが非常に困難な仕組みになっているんですよという設定。

二年時は柳と幸村が文理の文系で真田と仁王が文理の理系で残りが総合。三年は仁王が工専(回路は嘘を吐かんしの)柳生と桑原が理専、真田と柳が文専で幸村と丸井が総合ときれいに分散している。

なぜ皆コースを跨いであっちいったりこっちいったりしているのかというとそもそも立海のカリキュラムが高校まで通うことを前提としているため、6年間のどこでその授業を取るかという選択によってクラスが分かれているんだよっていうこの解説部分で更に一時間を費やしました。

二年文理は別名「外国語選択を減らしたかったチーム」です。

赤也は二年一組文理文系。英会話が一時間減る替わりに古典音読という変な授業があるよ。えーギオンショウジャのぉ〜、鐘の音ショギョウムジョウのぉ〜、響きありサラソウズのぉ〜、花の色ソウサヒッスイのぉ〜‥‥

2005年08月30日(火)

■季節風ワールドニューナレッジ■ 南が攻め、千石が受け


 口癖の名残のような消えかけの息で「みなみ」と言った、笑った顔は本当に言葉が通じない子どものようだった。どっか島とか、熱帯雨林とかで暮らしてるさあ。そんで世界ふしぎ発見とかウルルン滞在記とかで知り合って。『それで俺たちは恋に落ちるんだよ』馬鹿げた空想の話を南は持て余した。都合の良さに困惑した。千石ならいい、千石だったらいい、こんな馬鹿げた作り話を思い浮かべるのは。でも俺だ。俺たちは何も知らずに巡り会ってただ恋に落ちて結婚とかする。くたびれた買い替え時のソファのスポンジが南の背で汗を吸ってますますしぼむ。

 かさかさに荒れた千石の声は冗談みたいだった。クラスの奴らは聞くなり笑った。キヨはバカだからしょうがないよな、などと言われてあまり労ってももらえない夏風邪欠席二日空けの15分休み。夏休みが終わってから千石にはなぜか友達が増えた。それは今まで近いようで遠かった、南のクラスの南の友達だった。

 学ランの下のカッターシャツを目にする度にこれでいいのかと自問自答する。一瞬止まった手に気付いた千石がじっと覗き込んでくる。顔じゃなくて手元を、そうして覗くのはいやらしいしきたない。やり口だ、と思う。そんなものは俺には通用しないとも、また必要ないとも思う。声を発さない千石は、南の止まってしまった両手を両手でやんわりと握って、そのままでいいと告げた。ほら見ろ、お前はこんなに、喋らなくてもなんでも上手くやるじゃないか。思うけれど南は言わない。言わない南は、言わなければ上手く伝えられない。千石の手が勝手に南のTシャツの腹を捲り上げる。腹筋に緊張が走る。古代の遺跡のごとく発掘された南のベルトのバックルはあっという間に解かれて、古代の神秘とはおよそ遠い三枚1パックの紺色のボックスショーツが現れる。

「おっ、今日、パンツおそろい」

 耳たぶの少し下に潜り込んできた唇から、痛々しく擦り切れた知らない声で囁く。似たようなのでもお前のはなんかブランドもんだろ。だらしなく伸ばした脚の上に立ち膝で押さえ込まれることにいつの間にか慣れている、南は諦めた。隠すことを、取り繕うことを、言い訳を探すことを諦めた。柔らかい下着は腰骨の下くらいまで適当に引き下ろされ、誉められたことも貶されたこともない程度の南の性器がそこで硬くなっている。

 千石が一番容赦なく触ってくる。ぞんざいに根元から握られる、掌は厚い。付き合った彼女とこういうことはしていて、三人くらいは知ってるけど、比べるのもどうかとは思う。こいつに女の子みたいに触られたら殴ってる。千石の手の動きは、慣れていて、男だからだと思う。人差し指から小指へ順番に力が通り抜けてゆくと、首筋に生温かい息がかかる。互いに何も言わない時間が続く。いつの間にか南の肘の辺りを掴んでいる千石の反対の掌が切羽詰まって熱くなる。

 なんで興奮すんの。触ってないのになんでいつも勃ってんの。なんで時々ちょっと涙目なの。訊いてみたいことは訊いてしまったら最後という感じのものばかりだ。

「あっ‥‥」

 自分の声かと思った。違ったことに安堵する。千石が横で唇を噛む。ねえなんで、俺は何もしてないのにそんなになってんの。何も訊いていないのに千石は小さく首を横に振る。

 開いた膝がずるずると下がってくる。されるままにただ横に降ろしていた腕で南は、それを抱こうとする。抱こうとしてやめる。ひゅうひゅうとまるで喘息の発作のように苦しげな息が髪に入り込んでくる。肘を掴んでいた千石の手が肩まで這い登る。背骨に震えが走る。ほとんど規則的に動いているもう片方の手は、時々先の方へいって止まって、柔らかく出っぱったところを撫でてみては帰っていく。南は黙って千石のシャツに寄った皺を睨んでいる。どうしてか、指導部の教師ですら普段は咎めることをしないのにちゃんとカッターシャツを着て、いる、千石の制服を南は最後まで脱がせたことがない。

 ぺしゃんこのソファに背中を滑らせて南が体を少し下へずらす。バランスを崩した千石の重みが肩に置かれた手から入り込んでくる。(入り込まれる感覚をいつも感じている。)自由にならない声帯を震わせて何か言おうとしている。シャツの一番下のボタンは掛けられないままで二つに分かれていた。隙間に手を入れてベルトを外す。ブラジャーを外すよりずっと簡単だ。引き裂くように広げたズボンの間から、なんかブランドもんだろう紺色の下着が覗く。布越しになんとなく形のわかる先端に少しの水が染みていた。いつもならここで何か言う。お茶を濁すような台詞を、千石は今日は放棄した。

「風邪、大丈夫か」

 一日言わなかった言葉をこんなところで伝える。下着の上から掌を這わせて、濡れた場所の近くを親指でなぞる。上にある体が頑に強ばっていく。

「今週の課題、ちょっとはやれたのか?」
「なんで、」

 喋んの。最後までは口にしなかったのにちゃんとわかる。含み笑いではじまった吐息は終わりはなんだか泣き声のような、音にはならないけれどそんな感じに聞こえた。こっちを握り込む手に力が入るから、空いた手の甲で南は、どこへも触れられずそっとシャツの襟元を押し返した。喉を通り、顎に届く。折り曲げられた指に千石は噛み付くように口を開いた。

「‥‥‥‥あ」

 息が上擦る。目を細める。触れている場所で膝の震えがわかった。千石はそれから唇の形だけでにっこりと笑って言葉を飲み干した。

 南は口の中に溜まった唾を呑んだ。濡れたくせに渇いた。そして奪うようにくちづけた。

 手探りで服の中から千石のからだを探し出して引き出した。唇と唇の隙間から辛うじて繋ぐ息は、引き攣れて掠れた。自分のそれにしがみついている千石の指を解く。汗やなにかで湿った掌に脇腹を掴まれて、意識が浮く。南の上にぺたりと座り込んだ千石の、硬く勃ち上がった熱と、南の同じものとがもう触れそうに近付いた。ああキスしそう。思わず笑った。

「なに、みな‥‥‥‥うわ‥‥」
「‥‥何ひいてんだよ」
「だあってさ‥‥っ、それ、エロいよ‥‥‥‥」
「それ? どれ」

 わざと気を散らしながら手元だけ続ける。一緒に握り込んだふたりぶんが手の中でもつれて、千石がまた小さく首を振った。なんでこんな熱いんだろう。もう距離を測れない千石が両腕で首に縋り付いた。指先にじわりとぬるい水がまとわりついた。千石のだ、と、思うことにした。

「く、あ、っの‥‥さ、みなみ‥‥‥‥ふっ、ぅ‥‥」
「うん‥‥」
「‥‥‥‥あ! あ、あ、やっ、」

 膝でぎゅうぎゅうと挟まれて下半身が動けない。汗が目に入ってよく見えない。千石のそれが不規則に脈を打っているのが、薄い皮膚と汗を隔てて伝わってくる。あのねえ、と耳許でようやく聞き取れた声はおびえるように震えながら笑っていた。

「俺、南とおんなじとこにいれたいよ‥‥」

 何言ってんの。そう返そうとした時強く襟髪を掴まれた。一際強く千石の熱が跳ねた。心臓のようにびくびくと膨れ上がっては吐き出す拍動が同じ手の中で南を締め付けた。

 最後に聞いた掠れ声はやっぱり擦り傷みたいに痛々しかった。けれど南はその声の中でゆっくりと達した。

 何もわからなきゃいいと思う。何も知らずに知り合って、村の掟とかで結婚したい。儀式とか、やって長老とかに祝福されて、名前以外言葉通じなくてもいいから、それで恋に落ちたい。千石がゆっくりと体を起こして潰れたソファの端辺りを懸命に手探りしている。不格好に空いた体と体の隙間で南の手がもうどうしようもないくらい塗れていた。千石の尻の下でズボンが恐らくしわくちゃになっている。

 馬鹿げた空想の話を思い浮かべてしまうのは現実の窮屈さを感じているからだ。こいつと言葉など通じなければいいし、こいつの世界と俺の世界が通じなければいい。こいつの今までやってきたこと全部、俺の今までやってきたこと全部、お互いに知らないままでこうなれたらいい気がする。少なくともここで『明日学校いきたくない』とか考えているよりはずっと。

「‥‥ティッシュ‥‥‥‥」

 ガラガラ声に鼻づまりの千石が今にも死にそうにティッシュを求めている。南はティッシュやパンツ文明のない世界にいきたい。



(了)

2005年08月29日(月)

■モアキスジェリービーン■ これから初めてセックスをしようという


「あれやってよ手塚」

 突然口を開いた不二はテレビ画面を指差している。映っているのはメロンで、既に果肉を取り去られ器に見立てられた1/2のメロンで、不二が「やって」とせがんだ「あれ」とはそのフチをぎざぎざに‥‥王冠の縁のようにぎざぎざに‥‥歯ブラシの山切りのようにぎざぎざに‥‥カットすることらしかった。

 メロンの器のフチにさくさくと細いナイフが刺し込まれてゆく。

「あれはできないな」

 まずメロンがない。あったとして、それは不二の家のものだから勝手にナイフを入れるわけにはいかない。仮にそれが周助個有のメロンなので好きにしていいのだとして、俺にはまずそのメロンから果肉を綺麗に取り除き器に仕立てることができない。

 多分うまくできない。それについて俺は間違いなく不二を失望させる。

「今日は月曜なんだね」

 不二は言う。恐らくテレビ番組から曜日を得て、恐らく夏休みなので曜日を失念する日が増えていて、そしてそれに不満を持っている。不二が不満を覚えるのは大抵が自分自身の「なにか」だ。細すぎる目だったり、伸びない背だったり、誰かを殴りたいという暴力的な衝動だったりとその種は尽きない。

 それでも彼は不満だらけの自分自身を愛そうと努力している。少なくとも俺にはそう思える。何故なら彼は俺を側に置いておくことに努力と注意を払っている。

 不二はテレビのリモコンを手に取る。しかしチャンネルを変えることも、電源を切ってしまうことも、放棄してその銃口を画面に向けている。指弾するように。不二はそれらへの責任を放棄している。

「不二、明日は映画を見に行こう」

 少しも見たくないよ君と映画なんてね、あるいは、ばかじゃないの。

 そんな不二が月曜の夜の料理番組をブラウン管の上から拭い去ってしまわないのは俺たちが男同士だからなのかと思うと、明日は映画どころかいっそ遊園地に行ってコーヒーカップとかに乗り、ソフトクリームを食べて可愛らしいぬいぐるみと写真を撮ってもらったりしたいと思った。

 うつむいて横顔を前髪で隠している不二は水色のポロシャツを着ている。不二の不満がメロンのように熟れてゆく。



(終る)

2005年08月28日(日)

■ピアノフォルテ■


 何をやっていたんだろう、というのが最初の感想だ。二年も、と俺は次に思う。それからそこで止まる。ピアノの蓋に崩れるように伏している背中を、今となってはどうして彼だと気付いたのかわからないのだが、忍足侑士はそこで眠っていた。『俺は二年も何をやっていたんだろう』。

 ピアノとの距離を縮めるために近付いた窓の外ではサッカー部が紅白戦をしている。レモンイエローと蛍光グリーンのゼッケン。あれは二年生。ピアノに近付きたかったはずが、今ではなるべく離れておきたいので、窓のところに所在なく立っている。

 忍足先輩のカーディガンの表面を夕焼けが毛羽立たせる。

 とても懐かしいものを見つけた。去年の監督の誕生日に連名で贈った膝掛けだ。曖昧で暗い桃色のカシミア、忍足先輩の膝の上にある。

「先輩」

 俺の割れた声で夕焼けが黒ずむ。

「退いてください」

 忍足先輩は初めから起きていた身軽さで(それでも彼らしくけだるく)体を起こすと俺を見た。

「なんやねん」
「退いてくださいと言ったんですよ」
「なんで」
「あんたこそなんなんだ」

 返事は止み、しばらくこちらを向いていた顔もやがて自然に逸らされた。閉じたままのピアノの蓋を大きな手が撫でる。指先から何か読めるように丁寧に、そしてそれが悲しい物語であるみたいに静かに、滑らせる。

 テニス部三年の忍足侑士が女子にとても人気があることは知っていた。けれど誰ともつきあわないのだ、とも聞いていた。好きな子がいるから。けどそれは嘘で、彼の一週間の中には女の人と会うための時間がちゃんと空けられていたし、それはたった一人の誰かというんでもない、と近くの人間はみんな知っていた。

 そしてみんな秘密を守っていた。体面や何かのためではなく、その事実が彼の弱味ででもあるように慈しんで守っていた。この人にそんなことをしてやる理由が俺にはわからなかった。俺はただ俺の理由で、みっともないことはしないと決めたことによってだけ、口を噤んでいた。

「ピアノが弾きたくてきたんです」
「俺も」

 この人なら笑って言うせりふだった。なのに今はとても深刻に響いた。

「俺は弾けないんですけど」
「俺も」

 同じだった。きっと、今、絶望的なのだ。ピアノを弾けないということに本当は大した意味はないのだが、少なくとも俺にとってこの人にとって、絶望的な欠陥なのだ。校庭の夜間照明の強い光が、わずかばかり残っていた黒ずんだ夕焼けを遮断した。

 彼がひとに「好きな子がいるから」などと言ったことは恐らく一度もないのだろう。そして彼には「好きな子」など居ないのだろう。それでも他人は忍足侑士には好きな子がいると決めてかかる。この人が悲しく切実な恋をしているのだと決めつける。ありもしないその想いの、深さに胸を灼かれる。

 彼は意図せずにそうして他人を救っている。本当のところを知っている人間も、知らない人間も、救われているのだ。だからみんな彼を守る。みんな自分が救われたいことをどこかで知っている。

「ちゅうかこれ、鍵かっとんねん。知ってた?」

 そしてようやく見慣れた笑顔を向けられた時、俺は嫉妬していると気付いた。何もかも、この人が欲しいと望むすべてのものに、強く。

 悲しく切実な恋のように注ぎ、溢れ、とめどもない感情の渦。この人の切実な願い。潔く清しいまでのその、憧憬。その感情の名は『ないものねだり』。



(了)

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むかし書きかけで投げ出した日吉視点の忍足の話(CPものではなかった)を元にしています。タイトルは『すきなこ』。まんまやん。
なんで日吉視点だったかというと三年生は忍足に対して客観的な視線を失っているなあと思ったからーというかそういう三年生と忍足を書きたかったからです。
いま日忍とか言ってんのはある意味わかりきったことだったという気もする。

乾塚の乾って、手塚に対してテニスとか友達としてとか思春期のあやふやな性欲とか色んなものが渾然一体となった中で『これは恋だ』と見つけてしまった、ある意味思い込んでしまったことによって恋した乾だと思うんですよね。
忍足ってなんか『それはちがうやろ』っていうのが見えてしまっているから、跡部に対しても岳人に対しても宍戸に対しても恋にならないんですよ。ジローとも、つきあえば絶対うまくいくんだけどそこまで持っていけない。あー私がね。
なんで乾ポジションなのかっていう突っ込みにはお答えできかねる。

間違いなく、No.1とNo.2っていう関係性とかお互いのテニスに関する部分では跡部:忍足=手塚:不二なんですよ。中身は全く違うけど宍戸=大石だろうし、その考え方では乾は氷帝にはいないし要らないポジションですよね。逆に青学には岳人がいないとか。
あーじゃあ塚不二塚なのかなーでもこの二人よりは温かい関係というか、跡部と忍足は仲もいいし友達なんじゃないかと思うんですよね。だから仮に恋してもああいう風にはならないっていうか。
というか跡部も忍足もあの二人に比べてだいぶ人間的だししかも人間ができていると思うので、基本的にあの二体の欠陥構造のようには何人もなれないのだよ。

2005年08月27日(土)



Serve1. たまらんのだ



「ほら、三週間って言った奴は払えよ」
「胴元はお前じゃないだろう精市。それにお前なんか三日目で最初に脱落したクセに威張るんじゃない」
「その後で七日目に賭けなおしてまた負けたんじゃろ」
「違う!八日目だ」


 真田副部長に彼女ができました。


丸井「あー何がいいのかまじわかんねー」
 柳に二千円札を一枚手渡す。
丸井「女子にとって真田って何? おっさん以外の何者かであり得るんか?」
桑原「女の子とのことだしな、俺らにはわからねえ何かがあるんだろうぜ」
柳「あー‥‥まああれだろう、セックス」
幸村「柳! まさかお前あいつが上手いなんて言うんじゃないだろうな!」
切原「真田さんってやっぱちんこでかいんすか? カタいんすか?」
柳「というか」
 柳、頬杖をついている。
柳「俺がそーゆうの好きっていうんじゃないことを理解して聞いてほしいんだが、あいつこうなんか、いかにもそういうの有りそうなタイプじゃないか。なんかこう」
丸井「ってわかんねえよ! 説明する気あんのか参謀」
柳生「私もわかる気がしますね」
 柳生、財布をしまいながら。
丸井「ハァ‥‥?」
幸村「説明してもらおうか」
 仁王、柳を見る。
仁王「つまりあれじゃろ、女にとって男は不条理そのものっちゅうか」
柳生「そうですね、ええと、そのため不条理性自体に男性性を見い出してしまう女性がいるというか」
桑原「ぼんやりとわかってきた」
柳「まあそういうのが、たまらん娘にはたまらんのだ精市」
幸村「すごく不快だ。ここに童貞は俺しか居ないのか」


【出口調査】
 童貞:幸村 柳 桑原 切原
 ----------------------------------------壁
 非童貞:丸井 仁王 柳生 (真田)


切原「幸村部長の童貞ってマジなんスか」
幸村「マジじゃなきゃネタだよな」
丸井「安心しろぃ。やっててもこいつらの言うことなんかわかんねーよ」
桑原「だから真田の男らしさが嫌なカンジで出た時にそこが嫌でいいってなる女子がいるってことだろ?」
切原「マゾっスね」
 仁王、柳を見る。
仁王「‥‥なんじゃと、参謀」
柳「だから俺はそうゆうの好きではない」
 丸井のガム、割れる。
丸井「よっしゃ。参謀、今から二十日後に二千円」
柳生「私は嫌いではないですよ。四十日後に三千円」
幸村「俺は降りた。柳、今のところ最長は?」
柳「‥‥雅治だ。三ヶ月と五日」



■アフターミーティング

「それはお前らだろ、痛いの大好き」
「『痛いの大好き』と『痛めつけられるの大好き』は全然ちがうよ柳」



END.

2005年08月26日(金)

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