断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2012年04月30日(月) 「テルマエ・ロマエ」

勢いだけで見てきました。

 『テルマエ・ロマエ』
 時空を超えた入浴スペクタクル

 古代ローマの浴場設計技師が現代日本の銭湯にタイムスリップ!?
 シリーズ累計500万部突破!
 日本全国で話題“沸騰”、今一番熱いマンガが、驚天動地の映画化!!

やっぱり勢いだけでした。
どうにもハドリアヌスが激しく嘘くさい。
ミュージカル俳優はミュージカルでこそ力を発揮する人たちだと思います。
虚構の世界で堂々と生きるには“あの”演技力でなければならないのです。
どんな職業でも、その種類によって生かし方が違う現実がある。
映画の中ではどうみたって演技が下手くそに見えてなりませんでした。
なぜならそこにリアリティをまったく感じないからです。
だから、“そういう”映画なのだと割り切ることが必要になりました。

 この時間を楽しむにはこの方法しかない

わたしにとってこれ以上ないほど不本意な映画の見方です。
演技を演技として見なきゃならないなんてたまらない気分です。
その術は、“その場限り”の技とはいえ苦痛をともなうものでした。
この映画自体が“その場限り”の様相なので仕方がありません。
しかしそれ以上に見ていられない女がいた。 山越真実を演った上戸●です。
もうどこをどう見ても大根役者。 信じらんない
あれで本気だしてるんでしょうか。 っていうか女優なんでしょうか
国民的有名人の一人だというのはわかりますが、その演技にまったく納得いきません。
エンドロール中、入浴シーンまでありましたが喧嘩売られた気さえしました。

そんな中、やはり主人公ルシウス・阿部寛はすごかった。
個人的には阿部寛ただ一人でもっている映画だと言い切ってしまいたいくらいです。
すべてがコメディ化しなかったのはルシウスにリアリティをもたせた阿部寛の力だ。

つまり商業映画とはこういう側面をもっているということでしょう。
いい映画と売れる映画はその性質がまったく違います。
その流れを強引につくるというのは商業の面では理に適っています。

 なんといっても、それで生きている人たちがいるんですから

さて、この映画には鑑賞券と一緒に渡される特典オマケマンガがあります。
わたしは映画よりもオマケマンガのほうが面白いと思いました



2012年04月29日(日) ネズミーマウスの最期

実は三日前、自宅にネズミがでました。
目の前をネズミが走っていったのです。
これまで生きてきて、屋内でネズミを見たのはこれが初めて。
どうすればいいのかまったくわかりません、超焦りました。
指示を仰ごうとメールしたら疑うような返事がばんばんきましたw

 「実家にはいくらでも走ってるけど?」

えええ!? いくらでも?! どんな実家??

 「ネズミ捕り置くといいよ、ネバネバのやつ」

対ゴキブリ用なら置きますが、ネズミ用なんてどこに売ってんの??

 「金具で捕獲するやつは骨が折れてとんでもないネズミ見ることになるよ」

 「尻尾だけとかの可能性も否めないよ」

それはイヤだ。

 「ネバネバも生きてて怖いからそのつもりで」

死んでても怖い。

結果、初日の捕獲は失敗。 いるのはわかっていましたが取り逃がしました。
そういえば、過去こんなことをしたという友人もいました。

 おぼれているネズミをただただ見ていた

いったいどんな心境だったんでしょうか。
いったいどんな顔でおぼれゆくネズミを見ていたのでしょうか。
ネズミとハムスターの違いってなんなのでしょうか。

ネヅミを侮ってはいけません、なんたってペスト大流行の立て役者です。
そう、相手は世界を恐怖のどん底におとしいれた張本人!!
なんとかしなくちゃ夜もねむれません

 ネコはネズミを捕まえるけど食べるのでしょうか

その翌日、事件はあっけなく解決しました。
あえてその結末は文章にしないこととします。

しばらくはネズミーランド、ネズミーシーには行けそうにありません



2012年04月28日(土) 「ももへの手紙」

最近のアニメーションは客寄せのために芸能人をつかう傾向がありすぎやしないか。
優香のたんぱくな声に現代のお母さんとはこんなものかと納得しちゃったけどねw

 『ももへの手紙』
 気がつけば、私、ひとりじゃなかった

父が遺した書きかけの手紙。
そこには、ただ、「ももへ」という一言があるだけだった。
「何を伝えたかったんだろう」
心ない言葉をぶつけ、仲直りもしないまま父を亡くしたもも。
11歳の夏、その想いを抱えたまま母と瀬戸内の島に移り住むことに。
そこで待っていたのは、おかしくも、不思議な出会いだった―
豊かな自然と、やさしい人々が生きる小さな島を舞台に、
いま、いちばん大切にしたい、家族の愛の物語が生まれる。

監督は『人狼 JIN-ROH』の沖浦啓之!
『人狼』は美術的にも物語もすごい作品でした…
わたしの中で未だに記憶にのこる問題作のひとつです。
そんな監督が7年もの歳月をかけた新作、いやがおうにも期待が高まりました。

 ファンタジー、この映画はまやかしでした

悪く言いたいんじゃありません。 〜そもそも映画は現実じゃない〜
驚いたのは『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』スタッフが贈る、という宣伝文句で、
描いたのは猫バス…ではなく、妖怪が身を挺してつくるおぞましいバリヤー!!
台風をも凌ぐ、まったく可愛くない妖怪障壁に正直、度肝を抜かれましたw
物語が違えば世界がちがう、かわいいのとおぞましさ、それが面白かった!
わたしにとってこの映画はこれに尽きます。

 一言の重さ

 何気ない一言が、もしも最後の言葉になるとしたら
 それも、取り返しのつかない一言だったりしたら

それほどこころに突き刺さりはしませんでしたがそれでも生き死にがともないます。
実のところ、誰にでもおこりうる物凄く身近な現実問題です。
いつか味わうこととはいえ、何を大事にすべきかが早くにわかれば迷いはしません。
ももは妖怪に万事たすけられるという、世にも極楽なシステムを手に入れます。
 こんなの俺にはなかった
自身と、現実にただただ向き合ってやっと自分を取り戻したのです。
こんな寄る辺は偽者です、まやかしなんです。
うらやましいよ… 俺だってこんなふうにいつも誰かにたすけられたかった
自分自身に立ち向かうことがどんなに苦しかったか   どんなに苦しいことか
立場は違いますが、ももはおんぶに抱っこです。。

 ふざけるな

これはまったく悪気のない個人的な気持ちです
しかし、答えはまったく同じところでした   気がつけば、ひとりじゃなかった

 何が大事かわかることがその人を真にその人にするのかもしれません

さぁ本題です。
行き着く先は、どれだけ話ができるか。
思慮深く、なんてのはここではなしにしてみます。
そんなのは自然体ではないかもしれないからです。
良かれ悪かれ、感情の剥き出しこそが人間らしいともいえるからです。
だとしたら、大切なのは素直さだとおもいます
偽りない“わたし”でありさえすれば、ただそれだけでいい。
わたしはこの映画で泣いてしまいました。
ですが、それは妖怪見守り隊イワ、カワ、マメによるものじゃありません。
そして映像で泣いたわけではないのです。
たった一言、それだけでした。
わたしたちはいつでも素直にいるわけではありませんよね。
虚勢を張ったり、上から見たり、いろいろ取り繕って生きています。
素直に話せるタイミングなんて実はほとんどありません。
なぜなら相手があることだからです。
それを話せる人でなくては、聞ける人でなくてはならないのです。
あなたにはそんな人がどれだけいますか?
逆に一人で完結できる人もいます。 それが強いかというのは別問題ですが
大事にすべきこころはここです。

 親しき仲にも礼儀あり

いつでも素直に言えるタイミングを逃さない姿勢をもつこと。
ほんとうの自分をきっちり伝えられる努力を習慣にすること。
いつ何がおこるかしれません。
自分の気持ちが伝えられることは本当にしあわせなことなのです



2012年04月27日(金) 死ぬまで見頃

4月中旬、桜満開の京都、これまで見たこともない立て札を発見しました。
それは桜の立て札でした!

 【見頃】

朱色で二文字  見頃
史跡・特別名勝・天龍寺庭園(世界文化遺産)
〜庭園内「枝垂れ桜」 見頃 〜
わたしは唸りました、こんな立て札は見たことがない!!
京都の桜はその数が桁違いです。
これまで見てきた桜がまるで桜と呼べないくらいの勢いでした。
そして、わたしはこんなにたくさんの枝垂れ桜を見たことがありません。
そもそも枝垂れ桜なんて身近には咲いているところがない。

 2012年、わたしは桜前線と一緒に北上することができました

5月末、なんと札幌郊外でも花見ができたのです☆ (※このblogのupは6月)
もう散ってしまったところから満開のところへゆくのはなんとも不思議な気分です。
わけもなく自分が祝福されているような勘違いさえおこります。
桜には、そんな力があるのでしょう。   すごい力です
さて、京都を去ろうとした時、わたしはふと疑問に直面しました。
あとになってふつふつと湧き起こる疑惑。
それは「見頃」という衝撃的な二文字が“ぶらさげてあった”という事実です。
立て札の中央にはぶらさげるための釘があり、そこに掲げられているのでした。
つまり、「見頃」じゃないときがある!!
初めて見たときは「見頃」の文字に圧倒されてそこまで気づけなかったw
じゃあ「見頃」じゃないときは何と書いてあるのでしょうか???

 もうちょっと

まさか…こんな感じ!? これはなかなか思案しどころがあります!!
まだ早い   まあまあ   散りました
こんな立て札が掛かっていたら日本はどんなにおもしろいでしょうかw
あなたな〜ら どうする〜

 そんなわけあるか

どうするも、こうするもない。
京都はある種、歴史と文化を売っている街です。
いくら日本人の性質が曖昧であってもそれはないでしょう。
だとしたら、何と書いてあると思いますか?

 三分

きっとこれだろうな…  咲いている量の問題ならばMAXは十割のはずだ!
〜なんとか納得いく答えを導き出すことができました〜
個人的にはおもしろいものでありさえすればいいんだけどw
そうだ、自分の作品や公演で使おうと思えば使えるな!!

 DANCE:タイスケ   見頃



2012年04月26日(木) 「ホークス×ライオンズ」

ドーム球場に行くのは本当に久しぶりです!

 『ホークス×西武』
 プロ野球公式戦

今シーズンのスローガン対決は、【V V ブイブイホークス vs 出しきれ!ライオンズ】
昨日、母から招待券を2枚もらったものの、都合がつく人物がことごとくいませんw
一緒に観戦してくれる人が見つからない…  万事休す。。

 〜お茶を煎れるのに必要なのは急須〜

やはり前日では急すぎましたw  もはや連絡する時間がない
そんな中、クラスに中国マフィアみたいな人がいたのを思い出しました。
その名はMヤスコ姉。 あの人なら行ってくれるやもしれぬ!
なんせ時間の使い方がセレブですからねw  ダメもとで訊いてみると―

 ヤ「あたしはバックネット裏でしか見たことないから」

マジでセレブでした…  手持ちのチケットは内野自由席。 無理ですねw
俺なんかバックネット裏で観戦したのはただの1回しかないってのに―
そういうわけでもう一人のラストホープに訊いてみました。

 ヨガ大先輩k野さん「行けると思うよ」

なんと頼もしい一言でしょうか。
しかもドーム球場に一度もいったことがないという菓子折り…いや、折り紙つきです!
これはもう必然だなw
わたしの思考は“如何にして初ドーム球場を楽しんでもらえるか”にシフトした。
なんたってわたしは若かりし頃、ドーム球場アルバイトで荒稼ぎしていた男です。
そういうわけでドーム球場へ来るたびに懐古の情で感慨深いものがわきあがります。
まずは内野自由席をアップグレードしてバックネット裏プレミアムシートに。
そうそう野球観戦にこれるチャンスはありません。
とにかくヤスコさんに負けてはならぬのです。  小さな抵抗、大きな態度です

 お金さえ出せばヤスコさんでなくとも王様気分になれるのさ

球場に入るともうk野さんはあらゆるところでアイフォン撮影に入りましたw
さすがソフトバンクw
わたしはいつになったらアイフォンが買えるのでしょうか…
めちゃくちゃ楽しそうです!!  ちくしょー
可動式天井はルーフオープンデーで試合開始から中盤まで開いていた。 寒い!
予想以上に寒さが堪えます。 ジャケット借りていなかったらアウトでした
晴れていたためにファッションを優先していたわたしです。
ファッションとは我慢くらべ。
昼間、厳しいレッスン後にJ姉さんがジャケットを貸してくれたのです。

 J「わたしはイチロー見に行ったわよ」

俺も見てましたよ、オリックスイチロー。
しかしその発言はアメリカメジャーリーグ、ロサンゼルス球場の話だった。
マリナーズイチローの話だったのです!
こっちもセレブリティでした…  ひゃー
なんだかいつのまにかそんな人たちが近くにいるわたしです。
ジョーさんと観戦すれば必ずホークスは勝ちますが、今回あっさり断られています。
そう、今日はk野さんの勝負運にすべてがかかっています。
野球の場合ではわたしの力は関係ありません、すべて他力本願ですw
さて、先発はホークス新垣、ライオンズ小石。
新垣投手はわたしと同じ病院でリハビリしていた仲間ですw
今年一軍に復活、初戦完投勝利まで成し遂げた新垣。
わたしはそのときのヒーローインタビューで泣いてしまいました。
どれだけの想いでやってきたのか、まわりのひとにどれだけたすけられてきたか
知人でもなんでもないけれどここは全力応援するのみ!
全力投球に野次を飛ばす連中をぶん殴りたい気持ちでした。

 応援することは野次を飛ばすことじゃない

ホークスは序盤に2点を先取、試合をつくりますが5回に1点を奪われます。
新垣は5回で降板。 調子は悪そうでしたが悪いなりに良かったと思います!
その間にk野さんのfacebookはすすみます。 「隣でタイスケが勝利を念じてます」
ヤスコさんのコメントがきた。 「そいつはちょっとへなちょこすぎる」

 勝利を念じるよりヤスコさんを呪ったのは言うまでもありません

わたしは祈りました。 「ヤスコ姉さんに言いがかりされないために勝ってくれ」
このとき、既にわたしの勝利目的がすり変わっていたように思いますw
その後ホークス中継陣がきっちり0点で押さえて9回、守護神ファルケンボーグ。
勝利の方程式、誰もが勝ったと思いました。
ところがなんとツーアウト満塁になり、この試合最大のピンチを迎えます。
ライオンズは指名打者・米野を投入。

 ファルケンボーグは満塁ホームランを打たれてしまいます

そのまま試合は終了 5×3 まさかまさかのホークス大逆転負け―
ファルケンボーグが満塁ホームラン撃たれるだなんてありえない展開!!
これはもうAWAYライオンズを労ってしかるべきです!!

 負けてはしまいましたが最後の最後まで楽しかったんですから

3×2で迎えた終盤までライオンズの応援エリア通称Tゾーンはゾンビのようでした。
ラッキーセブン7回で風船が上がらないのはあのTゾーンだけです。
きっちりTが浮き上がるのに趣きさえ感じます。
しかし、満塁ホームランにより突如ゾンビが息を吹き返します。 全員が生き返った

 「ウオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!」

あの気持ち… わかる、わかるなぁ〜
鎖骨が、骨がつながったときあんなテンションだったのを思い出しました
もう勝敗など関係ない  どん底から起死回生してきたのはわたしも同じです

試合が終わってわたしはk野さんと客席コンコースを一周しました。
これが一番球場の大きさを実感できるのです。
わたしはk野さんに提案します。 「ライオンズTゾーンに行きましょう!」
ライオンズファンはまるでナイアガラの怒涛のように舞い上がっていました。
行ったことないけどさw
そんなときわたしたちと同じようにTゾーンに向かう壮年夫婦に出会いました。
わたしが「よかったですね」と声をかけます。
すると、泣きながら「ありがとうございます」と言われてしまいました。

 その夫婦はなんと、ライオンズ先発投手・小石の御両親だったのです!!

小石はプロ初登板。 2点を取られて序盤で降板していました。
小石のお母さんは言います。  「2点先制されたときは本当にどうなるかと思った」
プロの世界は勝負の世界、結果を残さねばなりません。  わたしは明暗を見ました
まさかライオンズ選手の御両親と会話することになるなんて思ってもみません。
これはおそらく偶然じゃない。
わたしとk野さんはライオンズファンを背に2人してVサイン写真を撮りました。

 もうブイブイでした

対戦相手と写真を撮るなんてホークスファンからすれば完全なる反逆行為でしょう。
しかし、たとえ非国民と云われようと生きていることがすべてです
わたしたちは野球を楽しみに来たんですから
満塁ホームランで劇的に負ける試合に立ち会えることは今年もう二度とないでしょう

 負けたのは残念でしたが、勝敗がすべてじゃないこともある

試合後の余興では、世界各地で鳥のように滑空してきたセドリック君が現れました。
ドーム中がどんよりした雰囲気の中を彼は飛びます。
それは、ホークスを襲った悲劇を祝うにはもってこいのセレモニーでした。
次が紐なしバンジーでないことを祈るばかりです。



2012年04月24日(火) 結末は現実で

夢をとつぜん思い出すことがありますか?
かけ込み電車で乗車した瞬間、唐突に夢がフラッシュバック。  あれッ!?
夢の中は近未来、わたしは超豪華高層ビル上層のラウンジで機械と戦っていました。
それはすごく巨大な機械兵器でした…

 わたしの右腕は完全にやられてて動かないし、夢なのに右目は見えないし

なんだか超リアルでした、いやリアルそのものだったと思えます。。
おそろしい攻撃にカラダごと吹き飛んで血まみれ転げたときでした。
よくわからないけれど見たこともない女性がわたしを抱きかかえたのです。
泣きながら「その身体じゃ無理だって!」って叫んでた。
それを振り払って「俺にはこれしかないんだ!」
とか言って敵に向かって走り出したところで夢は終わりです…

 物凄くカッコよかったけどたぶん死んだんじゃないかな

死んでないかもしれないけどあれだけ負傷していたら生きてはいない気がする。
どう考えても巨大機械兵器を破壊する手段が足りていない気もする。

 わたしには根性しかなかった

人生はそれほど甘くありません、根性だけでは太刀打ちできないのです。
現代社会で生きるには、根性を、気力を力に変えていかなくては

もしかしたら夢の中と同じで今を切り開く手段が足りていないのかもしれない。
このままじゃ無駄死にだと夢の中の自分が教えてくれているのかもしれません。

それでも、たとえ死ぬとわかっていても向かっていく自分でよかった
夢の中で逃げ腰じゃない自分でよかった



2012年04月23日(月) 「グッと!地球便 案浦攻」

わたしの大切なひとたちがTvで紹介されました!!

 『グッと!地球便』
 海の向こうの大切な人へ

わたしのGreat Master 研さんの実兄・攻さんとその御両親がTvに登場☆
わたしは攻さんの妻・スーザンさんに英語を習っていたんです。
今でも大変お世話になっている一族。 それはたいへん貴重な映像でした!

 4/1(日)10:25〜放送
 アメリカ・ヒューストンで自転車の“フレームビルダー”として奮闘する案浦攻さん。
 攻さんが製作するのはロードレース用などの自転車のフレーム部分。
 お客さんからパイプの太さや材質など細かな要望を聞き、体を20カ所近く採寸。
 最も効率よくこげるフォームになるよう調整し、各パーツを溶接して組み立てていく。
 この仕事を始めて3年。
 ハンドメイドにこだわり、ミリ単位の誤差も許さぬ丁寧な仕事。
 現在は共働きで、新しい命を宿す妻と2人の幼い子供をもつ攻さん。
 5年前までトップクラスの競輪選手として活躍。
 日本での子育てに疲れた妻を気遣い、彼女の母国アメリカに移住することを決意。
 すべてのキャリアを捨て、40歳、第二の人生のスタートだった。
 それまで競輪一筋だった攻さん、ようやく巡り会った職業 “フレームビルダー”。
 今もステップアップのために高度な溶接技術を学ぶなど、試行錯誤の連続だという。
 そんな攻さんに両親から懐かしいあるモノが届く―

映像の攻さんは真摯そのもの、見ていて刺激を受けずにはいられません。
わたしは、番組を見ながらあらためて凄い人を知ってるんだなぁと思いました!
スーザンさんがわたしのために誕生日ケーキを焼いてくれたあのときがほんとに懐かしいw
おどろくべきは、放送されたのが研さんの命日、4/1だったことです。
聞いたところによると、放送日が早まって4/1になったという話です!
ここにもなにか神がかったものを感じないわけにはいきません。

 タイミングがそろいすぎてる

研さんがいなければ決して出会うことはなかったでしょう。
なによりもわたしがダンスをしていなければ出会うことはなかったはずです。

出会いとはほんとうに不思議なものです
自分がすすむべき方向へすすんだとき、必ず出会うひとがいます
それはまったく偶然ではありません
わたしたちはまずその出会いをたいせつにすべきだとおもいます



2012年04月21日(土) 決めつけの代償

昨日の労わりで筋肉の張りがとれてずいぶん気力が戻った今日もボディワークへ。
エレベーターに乗ったら偶然すごい美人と一緒になりました。
単に「美人」といっても見かけじゃありません、問題は中身です。
成人病だったり生活習慣病だったりする中身です。
並々ならぬ様子だったので疑いもなく同業者だと思って一緒に降りました。
って降りる階が全然違ってた。

 スタジオじゃないのかよ!!
 だ、だまされた―

スタジオは10階、ここは7階です!!
美人なら全員ヨガやってると思っているくらいにわたしはボディワークしています。
なぜなら、ボディワークしている女子がどれほど美しいか知っているからです。

 そう、美人だってトレーニングしているんです

もしかしたら美人だからこそトレーニングしているのかもしれない。
もってうまれたもので人生はどう左右するかわかりません。
いいこともあるし、わるいことだってあるはずだ。
今回、わたしは美人にエレベーターのボタンを任せてはいけないことを知りましたw
どうやらこの世には自主トレ美人がいるようです。

 わたしは無理です、ひとりだとなんにもしたくないw

なによりいつも疲れ果てていて、部屋に帰ってもねるだけだもんね…
ひとりでは決して“酷使するあと一歩”が引き出せない。
これがわたしの弱点のひとつでしょう。
そんな自分でも、出力を惜しむことは一切ありません。
やはり目指すもの、目標があるかぎり、ここだけは揺るぎません。
ただ、みんな頑張っている場所だからこそ力が出るのは本当です。

これ以上できないというのをつづけることで自分を超えていくしかないのです



2012年04月20日(金) ダメな人間の仕分け作業

今日は最終かけ込み寺、タイ式マッサージへ行きました。
「これまでにないほど張っていた」とすずねちゃん。
ここにはわたしが通うスタジオでヨガを頑張っている人物も働いています。
今日はその人物、k絵ちゃんとの会話からお送りします。

 わたし、すずねちゃんがいないとダメなんですよ
 仕事 全部やってくれてたのに
 最後のひとつだけにしてもらってたのに
 忘れちゃうんですよ…
 あと、代金をポケットに入れたまま帰るとか
 日常茶飯事で〜

これはたしかにダメだな。
施術が終わってすずねちゃんが言います「今日もご褒美がありますよ♪」
どうやら褒美がある日にわたしはここにきているらしい。
我ながらさすがタイミングの男。
今回の褒美はなんだ―

 和菓子なご○

2008総裁賞受賞の生大福らしい。
なにごともバランスが大事、“天使のいちご”と“あくまのいちご”を食べてみたw
これで中道をたもちます。
こころのバランスはデリケートなので天使だけ食べるなんてことをしてはいけません。
人生は甘くないのです。
その実、たくさん食べたかっただけです。
めちゃくちゃ美味しかったね。
ほぐれたカラダに最高の褒美でしたよw

 なごまる?

見た感じ、そのロゴは“なごまる”としか思えなかった。
すずねちゃんは包装のアルファベットスペルから“なごし”だと見抜きます。
さすができる女すずね。
わたしは見抜けずに“なごまる”と言ってしまったのでした。
それを聞いたk絵ちゃん、ここぞとばかりに叫びます。

 「タイスケさんもダメですね♪」

わたしを笑顔でさらりと“ダメ”カテゴリーにいれやがった!!
たったひとつのささいなミス、一事が万事です。
この世でダメにならないためには一瞬たりとも気を許してはなりません。

 それは自分のミスを棚に上げ、他人のあげあしをとって同じ世界へと引き込む術

この世にはk絵ちゃんのような輩がごまんといるのですw
なんとおそろしい!!
くれぐれも気をつけてください。

仕分ける側が正しい人間とは限らないのです



2012年04月17日(火) 「アーティスト」

アカデミー賞作品賞受賞!! 今年“最高”の一本がわたしにもきたw
サイレント映画のアカデミー賞作品賞受賞は83年ぶりの快挙。
フランス映画がアカデミー賞作品賞を受賞するのは、なんと史上初です!!
白黒+サイレントで描き上げる、甘く切ない、感動の愛の物語―

 『The ARTIST』
 君と出会って、世界は再び色づきはじめる。

1927年、ハリウッド黄金期。 映画界屈指のサイレント映画スター、ジョージ・ヴァレンティンは、新人女優ペピーを見初め、人気女優へと導いていく。 しかし、折しも映画産業はトーキー映画への移行期。 サイレントに固執するジョージが没落していく一方で、ペピーはスターの座を駆け上がるのだった…。 時代の波に流され、全てを失ったジョージ。 希望を見失い、暗闇に閉ざされた彼の心を再び照らしたのは、ひたむきな愛―

犬が…犬がっ! 犬が超かわいすぎるサイレント映画でした!!
犬がかわいすぎる 犬のすばらしさを思い知る一本です☆
アカデミー賞はたぶん犬で採ったんだと思います。 犬に助演犬賞をあげたい
っていうか、ほんとうに受賞しちゃってるじゃん犬!  マジで凄いな!!

 栄えある第1回“金の首輪”賞 最優秀俳優犬賞受賞☆ 犬:アギー

金の首輪賞って名称が気に入らないな… 人間に飼われること前提かよ。。
この映画はかなり舞台を連想させます。 わたしはダンサーなので目線は舞台です!
オーケストラ音楽のみで淡々とすすむ物語。
そのすべてをダンスにできるね。  映像を踊りに変換すればもはや全幕です
わたしはこの映画をダンスだと感じました
なによりも台詞がありません。

 からだ、からだです

人は言葉がなくたって喜怒哀楽を感じ取ることができる。
からだが持つ情報量は半端じゃない。
そうじゃなかったらわたしはダンスを踊っていないでしょう。
ダンスを超えた想いがカラダにあるのです
この映画は、それがあることを教えてくれるものでした!
そのためには何が必要か、何も必要じゃありません。
最初からわたしたちはそれをもっているからです。
しかし舞台に立つにはそれだけではたりません。
より多くの人たちになにかを感じてもらうためには。
すなわちすべてを強くすることがわたしたちには課せられているのでしょう。
もちろんこの逆もありえます。
わたしはそこにいくために今は力をつけるときだと感じています。

さて、人間はどうしてこんなにプライドを捨てられないのでしょうか。
たぶんこれは男女とも同じかと思う。
プライドとはこれまで生きてきた“年月”と言い換えることができます。
だから、その年月が輝かしかったり、厳しく培ってきたものであればなおさらです。
逆にプライドのない人を見ればつまらないと感じるものでしょう。
すごくデリケートな問題です。  死を択んでしまうくらい危ういものだからです
『アーティスト』後半ではペピーに終始救われるジョージ。
サイレント最盛期、もうちょっとその人間力をペピーに見せつけてほしかった。。
そうじゃなきゃ女が男を奮い立たせる映画に漠然と見えてしまうからです。
このままじゃペピーに頭が上がらなくなってしまいます!
だけど、運命だったから頭が上がらなくたっていいんですw

 愛に言葉は無粋

よおく…思い知りました



2012年04月12日(木) Taisuke In Black

今日のわたしは全身黒ずくめ、たまたまです。
信号待ちをしているとふと視線を感じた。
それはピカピカの小学生でした。
チラ見していると奇妙なことに何度もわたしを振り返るのです。

 数えただけでも5回

誤解を生むような回数です。
わたしが何者に見えたというのでしょうか。 考えれば考えるほどおそろしい
すくなくともメン・イン・ブラックじゃないよ。

 宇宙人とたたかうよりも自分とたたかうのが先だ

そういえば昨日も似たようなことがあったな…
あれはたまに行くおにぎり屋でした。
このお店は割と立ち寄る機会も多いので常連かもしれません。
店員も割と顔見知りのはずです。
そんな女子店員のひとりに物凄い笑顔で対応されてしまいました。
それもどう見ても不自然なレベルです。
わたしは身なりを気にした。
変だから笑われているんじゃないかと不安になったのです。
ところがどうやら違うみたいだ。
じゃあ何なんだ―
謎が謎を呼びました。 地下街を歩いているときもままあります。
なんにもしていないのに鋭い視線を浴びせられたり。
あんなふうに睨みつけられると正直いい気分じゃありません。
今回はその逆、か。
それでもどうしてもあの笑顔の不自然さが頭をよぎる!

 人の表情でこんなに心が散るのは“よく見られたい”からじゃないのか

ここにいてはいつまでたってもしあわせにはなれません。
どう見られるか、よりも自分に堂々としていることが何よりも大事なのです。

しあわせへの道のりはまだまだ長そうですw



2012年04月11日(水) 足枷ヨガ

今日もおそろしく疲れていました。
いつものこととはいえ水曜日はバケモノがいる手前、反骨精神が問われるのです。
そんなこんなで今日のヨガではつまらないことがしたくなったw
魔が差したわたしはやってはいけないことをやりたがった。
まずドリンク。

 選択したのはコカ・●ーラ

からだのためにやっているようなヨガでコーラを飲むヤツなんていません。
炭酸飲料な上に、いかにもからだに悪いとされている厳然たる飲み物です。
炭酸ですから蓋を開けるといちいち「プシュー」って音が勢いよく鳴り響きます。
これは集中力が問われるヨガでその集中をいちいち途切れさせる効果があります。
そして、周りに迷惑をかけるどころか自分にまで影響をおよぼします。
それはゲップ。 炭酸の効果が自らに襲いかかります!
ゲップは制御できない生理現象です。
仮にバシスタアーサナのようなポーズでそんなものがきたらどうでしょう。
すべてのあらゆるバランスを意識している最中にきたら―
自分にさらなる上のレベルを突きつけるにはこれ以上ない飲み物やもしれぬ。
そう、結果としてそれは外からではなく内側からのリスク強化でした。
次はウエイト。

 片足500gの足枷

最初、冗談で先輩に見せるも「逆にいいかも」なんて言われてしまいます。
 「タイスケは軽すぎるからいいんじゃない?」
どういう意味でしょうか。
そんなときです。 いつも太陽みたいに明るいAYAさん(大)がやってきました。
 「わぁ見てるとつけてみたくなりますね〜」
このスタジオの裏ボスがAYAさん(大)にけしかけます。
 「はい、それでハンドスタンド」
AYAさん(大)は「えぇ〜!?」とか言いながらやります、やるんですw
これがこのクラスらしいところですね。  やる気のないヤツなんていません
しかしさすがに女子、なかなか脚が上がりません。
そんなとき大先輩k野さんがやってきました。
みんながk野さんに足枷をつけろと迫ります。
足枷をつけさせられたk野さんはさっそくハンドスタ…

 完璧にバランスがとれてる―

壁なし倒立、微動だにしません!!  なんてこっタ…  敵に塩をおくってしまっタ
わたし自身を厳しいところに追いやるために使おうとしていた足枷が!
そのバランスにみんなが仰天です。
ハンドスタンドから降りてきたk野さんがすまし顔で言います。

 「これいいな〜 バランスが凄くはいるよ」

わたしはこんな言葉が聞きたかったんじゃない、できないk野さんが見たかったんです
その言葉に憎悪にも似た気持ちがわきあがりました
あんな簡単にハンドスタンドを決めてしまうとは。。
kナコさんがやってきました。
 「わー!ウエイトつけるんですか? せいぜい頑張ってくださいね♪」
AYAさん(大)がトドメを刺します。
 「タイスケさんがつけてやるそうです」
いいや、やるなんて言ってません。

 ほんの冗談のつもりだったのに―

もはや手遅れです。 k野さんに勝つという冗談が本当になった瞬間でした
もうやるしかない。 ここで引くわけにはいきません
しかしこのkナコさんも弩がつくサディスト。
わたしが足枷しているのをわかってて脚を強いるアーサナを次々とさせやがりました。
しかも幸運なことにこの日はkナコさんの誕生日だったのです!
もうすっごいニコニコ笑顔で苦しいポーズをふっかけてくるのでした。

 もうどうにでもなれ

今日一番つらいアーサナはアームバランスでした。  脚が、脚が重い!
それもかなりの力量がいるもので、一人また一人倒れていくなか凌いでいたその時!

 となりのAYAさん(大)が倒れてきた!

まさに土台である右手に襲いかかったのです。
AYAさん(大)ナイス。 きっとわたしにそれに耐えうる力があるか試したんですよねw
しかし簡単に瓦解するアームバランス!!
 「いてててて…」(合掌
おもいきりトドメを刺されました。。
今日のAYAさん(大)はわたしにトドメを刺す役割が与えられていたのでしょう。

 あとすこしだったのに―

気がつけばコーラは飲みきっていました。
ゲップなんて気になることもなく集中していました。
kナコさんのたたみかける一人完結ジョークについていくだけでやっとでしたw
その終わり、屍のポーズ・シャバーサナではまさに屍と化してしまいました…
こんなクラスは初めてです。
ありえないことをやって、みんなを楽しませようと努力した結果のゾンビ化でした
しかし、見かけはゾンビでも中身はHappyでした
みんな面白がってましたしねw
たまにはゾンビヨガをやったっていいんです!!
一度しかない人生、身を削ってみんなを笑わせてみたっていいんです!!

わたしは足枷ヨガであらたな境地へ進むことができました   もう歩けませんw



2012年04月10日(火) 「学問」

こんどは山田詠美にもどってきました!

 『学問』   山田詠美
 大好きな仲間たちと体と心で解く、甘くよこしまな問題集―

『ぼくは勉強ができない』『放課後の音符』にならぶ長編青春小説の誕生!!
東京から引越してきた仁美、リーダーで人気者の心太、
食いしん坊な無量、眠るのが生き甲斐の千穂。
4人は友情とも恋愛ともつかない、特別な絆で結ばれていた。
一歩一歩、大人の世界に近づく彼らの毎日を彩る生と性の輝き。
そして訪れる、それぞれの人生の終わり。
高度成長期の海辺の街を舞台に4人が過ごしたかけがえのない時間を、
この上なく官能的な言葉で紡ぐ、渾身の長編。

 「お前は、ヒトミっていうよりフトミだな。でぶってほどじゃあないけど、太い」

現代社会、7歳だとしてもこんなこと言ったら問題になるでしょうw
ですがひとの魅力とはおそろしいものです。

 「フトミとは、歩いてたら、ばったり会ったんだ。
  迷子になってたから、家まで連れてってやっただよ」

 仁美は、顔が赤くなるのを感じました。
 フトミと呼ばれて、自分も少しだけいい気になっています。 馬鹿みたい。

いきなり心を鷲づかみされてしまったw
しかし、こんなのはほんの序章にすぎません。 なんたって山田詠美なのです

 時には恥をさらけ出しながらも、真摯に向かい合う儀式です。
 自慰などという情けない言葉は、死んでも使いたくありません。
 かと言って、男子が軽々しく使うオナニーという呼び方もどうかと想います。
 だいたい、彼らは、それがドイツ語だというのを知っているのでしょうか。
 素子の話によると、旧約聖書に登場するオナンという人物が語源だそうです。
 そして、その人は、後に神によって殺されてしまうのだとか。
 下世話な話ではしゃぐために、使う用語ではないように思えます。
 それでは、彼らは、それを何と呼べば良いのか。
 さあ。 やはり「しこしこ」あたりが無難なところではないでしょうか。
 想像力を駆使した仁美の儀式とは大違いの即物的行為には、いかにも相応しいでしょう。

避けられません。 このあたりの文章の直線的な詰め方は群を抜いています。 凄い
ところで、もちろんほんの一部分にすぎませんからやわな小説ではありません。
なんたって『学問』です。 学問。  記憶力や解法を試す机上の学問ではないんです
この物語で心太の一言が意外なほど自分に突き刺さりました。

 「あいつら、パーだに。でも、パーな女の子は、馬鹿可愛いだら」

これまで“パー”な女子をあまりかわいいと思っていなかった、はたと気付いた。
頭がいいのとは違って、わたしは頭の回転が速いタイプです。
すくなくとも気が回せるタイプだと言えます。
だからといって、気が回せれば優れていることにはなりません。
気が回りすぎて空回りすることだってたくさんあるからです。 大切なのはバランスだ
そんなわたしは気が回る、回せるひとが好きだと思っていました。
ところがこのところ、どうも心太の発言がわかるようなのです。
個人的には認めたくないところですが、これはゆるやかな変化かもしれない。

 ショックでした

こんなことがわかってしまう小説は残酷です。
でも、それこそが他人の世界を泳ぐたのしさなのです。
これだから読書はやめられない。   学問はひとつじゃない
わたしたちそれぞれが追求する“学問”がある限りきっと世界は輝くのだとおもいます



2012年04月06日(金) パシリ 〜移りゆく気分の仕組み〜

パシリさせられました。
今回のパシリは電話で突然言い付かったものです。

 「タイスケ、いまキャナル?」

この人、絶妙のタイミングです。
そのとき正にキャナルにいましたからねw  やってらんねー

 「ちょっとタイスケに買ってきてもらいたいものがあるのよ」

仕方ない。 この場合はタイミングの敗北だ(爆) 「なんですか?」
商品が見当たらずわからないので店員にたずねることに。

 パシリにだって意地はあるのだ

そういうときに限って店員が美人。
こんなとき、決まって無駄に美人と引き合ってしまいます。
運命的でもなんでもないけどね。
あ、なんだか安っぽい透明の袋に青い包みがたくさ…

 『元祖ティラミスチョコ』
 TIRAMISU CHOCOLATE
 〜日本代表〜
 世界のモンドセレクション金賞受賞

へぇぇこんなのがモンド金賞受賞して…ってマジか!?
ちょっと待て!! なんだそのローマ字表記― 
 明らかに違うだろ
そういえばティラミスって英語表記で見たことないや。
だいたいチョコに“元祖”とかだぞ??  めちゃくちゃ疑うよな
 調べてみると 合っていた
ティラミスってチラ見す、いいやチラミスだった。  チラmissじゃなかったのか―
イタリア語そのままでしたw  “元祖”はないけどね
姉さんに聞いてみるとこんな返事も聞けました。

 「大阪商人だからねw」 (あきんど

さて、この元祖ティラミスチョコの店頭在庫は一つだけ、なんと最後の一つだった!!
いわゆるラスボス、いいやラスイチだったのだw

 こりゃ運命だな

きっとわたしが買うことはずっと前から決まっていたのでしょう。
買いに行かされたわたしでしたが、すがすがしかった
最後の一つってこんなにも気分よくしてくれるものなんだな…
たくさんあるものを買うんじゃなくてたった一つしかないもの
それだけでこんな気分になるものなのか



2012年04月02日(月) 「メンズ・ヨガ」

わたしはヨガ大先輩k野さんから「おもしろいから読め」本を借りました。

 『メンズ・ヨガ』   監修 ケン・ハラクマ
 〜男も始めるぜ編〜

たぶん20分くらいで読了w  この本は特に読むものではありませんでしたからね
k野さんのことだ、単純に読んだだけでは返せない真意がこの本にはあるはず。
あれ!? もしかしてこれ、実践しろってことじゃないのか―
k野さんとわたしに共通するのは「一度しかない人生」ですw

 “おもしろいことはやらなければならない”

本の内容がなければないほどにプレッシャーが重くのしかかってきます…
さすがk野さん…  俺の性格見抜かれてる
ためしに最初から実践してみることにした。

 5つめのポーズがすでに無理

ぬぬぬ…なんという場所でポーズとらせるんだこの本。。
ラッシュ時の駅のホームで木のポーズで並べですと!?
「普段の生活では、とらないようなポーズも数々あります」と記述されています。
いや、むしろ「普段の生活ではとってはいけないポーズ」ではないでしょうか。
改めてページを見開くと、著しく問題があるポーズばかりです!

 間違って実社会で展開したら確実に人として扱われなくなる

好きな女性に告白する時なんか肩立ちポーズでキメろって書いてあるんですよ!?
壁なしで逆さに倒立できればさらによし、とまであります。
 イラストなんか、薔薇までくわえてる―
これでいいのかヨガの未来!!  見れば見るほどとんでもない本です!!
スゲーなこの本  っていうかふざけすぎだろ!!

 それを真面目にやろうと試みる俺みたいな輩がいることをまるでわかってない

世にだすということは責任がともなうのだと著者におしえてやりたい!
そのためにはこれではいけない、ということを実践するしかないではないか。
 あ〜 やるしかないのかよ〜
ところがやってみるうちにみるみる考えがかわりましたw

こんな未来もわるくないね





 ヨガでは、自分の体の内側を意識していく練習をしていきます。
 ヨガのポーズは、普段しないような形をとりますが、その時に肩やお尻、
 足といった体の部位を一つ一つのパーツとしてではなく、
 ひとつのつながりとして、内側から意識をしていくということをします。
 体をひとつのつながりとして意識できるようになったら、
 次は頭と体のつながりを意識していきます。
 頭ももちろん人間の体のパーツですから、ひとつにつながる必要があります。
 この、頭と体のつながりがひとつになることが、より意識されることを、
 “覚醒”といいます。


さて、監修したケン・ハラクマ氏は本の内容からは考えられない偉大な人物です。
日本人で初のアシュタンガ・ヨガの正式指導者なんですよ。
知れば知るほどおそろしい本でしたw

 本は見かけによらないのです



2012年04月01日(日) 「戦火の馬」

スティーブン・スピルバーグ監督があなたに贈る“生き抜く勇気”と“希望”の物語。

 『戦火の馬』
 あなたの心が震える―

「前を向いて、走り続けるんだ…」
第一次世界大戦、激動のヨーロッパ  故郷を遠く離れ、国境を越えて、戦火を生き抜いた、奇跡の馬  その存在は、人々の“希望”となった…

スピルバーグじゃなかったら無理して見に行ってないな。
そこまで心も震えなかった。
だって馬だから。  その馬は人為的に役目をあたえられている馬だからです

 人間の都合じゃん

馬を戦争に狩り出しておきながら手前勝手に希望に仕立て上げてどうする
馬に希望を感じる前に、そもそも人が自らに希望を見出さなくてどうする
なぜ人類が犯した災禍で生き抜いた馬を讃えるの?
この映画は人間のエゴだ、傲慢だ  暴力的すぎる
たしかに美しいドラマです。 再会シーンには心も震えました
でもどうしても納得できない
人間の争いごとから目を逸らして、馬の奇跡的な生還に感動なんてできない
だってなんにも解決していないんです  問題をすりかえてどうする
それに、馬が人間の道具としてあつかわれること自体に疑問を感じるのです
サラブレッドなどは人間がつくりあげた品種です。
人間の都合でつくられた動物。
そんな動物にとってなにがしあわせか、どうしてもわかりません。
人間に報いることがしあわせになりえる?
なによりも、人間がいて成り立っている生命は“生きてる”って言えるの??
役目がさいしょからあたえられてるってどういうこと??
運命を、未来を、自分で選択できないんです

 俺はだまされないぞ

馬はうつくしいよね  生きてるだけでうつくしい  見とれるくらいうつくしい
じゃあ人は?  生きてるだけでうつくしい??
きっと問われるのはその生き方です

そもそもジョーイを特別扱いしたのは人間でした
なぜならうつくしい馬だったからです   〜単純に差別じゃないか〜
並外れたその姿と筋力と賢さが、人が特別扱いする所以です
戦争では動けなくなった駄馬は使い捨ての道具として処理される運命でした
だとしたらこれは特別な馬の映画だということです
結局、人間はうつくしいものにしか心を奪われないということかもしれません
もちろん映画だということもありましょう
しかし、それでも行き着く先はここでした

 人は醜い

劇中、両軍が対峙する戦場でジョーイが有刺鉄線にひっかかったとき。
両軍の軍人が戦いをやめてジョーイを救おうと協力します。
わたしはここにこそ希望を感じました。

 人は自らの過ちを超えて馬をたすけようとした

わたしたち人間は極限状態でも動物を愛でることができると信じたい
もしかしたら極限状態だからこそ、かもしれません
人はいつだってさみしがりやだからです


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