LORANの日記
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2006年07月29日(土) あと2日です。


いま7月29日22:00です。

今月もあと2日です。


7月31日にLORAN の2Fを引き渡します。

いま2F から3Fへの引越しの最中です。

今日はエアコンを業者に取り外してもらいました。


7月15〜17日にパネルトラック1台、千葉へ運んだことが嘘のように荷物があります。

来月になったらもう1台運ばなければなりません。


新しい動きが始まっています。

それに合わせて引越しや予定、計画、準備があります。


明日の「親子の豊かなコミュニケーション教室」の準備で、10人が集まってくれました。

これから大きな動きが始まる胎動が感じられます。


これから始まるワクワク感があるから、どのような困難も乗り越えられます。

みんなで一つのことを仕上げる喜びがあるから、心が一つにまとまります。


梅雨が明けて、蝉が待ちかねていたように鳴きだしました。

1年の寿命を、この夏に賭けて必死で鳴いています。


蝉に負けないように、私たちもこの夏に賭けています。




2006年07月27日(木) 自由な生活


人は自由になりたいと言います。

自由の概念は、人それぞれ異なります。


その人が何から自由になりたいかということでしょう。

例えば、お金、家族、会社、社会・・・


すべてから自由になるためなら、この世から離れる以外にはないでしょう。

それがいやなら、無人島で一人で生きることでしょう。


それも孤独でいやと言うなら、誰かと一緒に生きるほかはありません。

気が合う人と二人きりで生活することが夢なのでしょう。

それもきっと可能かも知れません。



でも無人島で一人で暮らすこともいいかも知れません。

誰もいないのですから、誰にも気兼ねはありませんし、何もしなくてもいいのです。


ただ誰も自分を助けてはくれませんから、自分で衣食住のすべてを充足しなければなりません。

生きるためのすべてが自己責任です。それができなければ死ぬだけです。


野生の動物は、怪我をすれば自分で治します。

怪我が治らなければ餌を獲ることができませんから、餓死してしまいます。


そこにはかわいそうとか気の毒とかの、センチメンタリズムが入り込む余地はありません。

生か死かの二者択一があるだけです。


大自然や宇宙に憧れている人は多くいますが、そこには冷徹な現実があります。

「すべては愛」という言葉は、その現実を超えたときに実感できるものでしょう。

自分の人生に責任を持たない甘ったれた人が言う言葉ではないでしょう。


ネイティブな民族は文明に影響されない場所で生活しています。

そこには豊かで厳しい自然があります。


彼らは電気も水道もないところで、何物にも執着しないで生きています。

日本人が一緒に暮らすことは数日なら可能でしょうが、何年もできるとは思えません。


私たちは文明なしでは生きられない民族になってしまったからです。

何年間もたった一人で生きることができない民族なのでしょう。


ですから私たちが自由な生活を求めても、それは本当の自由ではないのでしょう。

人工的な環境の中でしか生きられない日本人は、最も自然環境から離れた民族かも知れません。




2006年07月26日(水) 人はすべて同じ、しかもすべて違う


人はすべて同じです。ですから「共通の認識」があります。

もし全く違う認識しか無いのなら、社会生活は不可能でしょう。


では「共通の認識」だけなのかというと、「共通の認識」以外の「個別の認識」があります。

この「個別の認識」は一人ひとりが千差万別です。


幼児期には自己意識はありませんから、母親の意識と重なっています。

母親がまるで自分自身であるかのように感じています。


学齢期になり家族以外の人々と交流するようになると、少しづつ自分の意識ができ始めます。

思春期は親の意識から脱却するときですから、親に批判的になるのは当然です。


自分が親の人生と同じ軌跡(結婚や出産、育児など)を経験して、ようやく親を理解します。

このようにして人は成長します。



ここまでは共通ですが、ここから大きく分かれていきます。

「このままの軌跡を続けていく人」と、「異なる軌跡を生きる人」です。


「このままの軌跡を続けていく人」は、社会の「共通の認識」によって生きていきます。

大多数の意見を支持し体制に従順に、その中で生きる方法を模索します。

「出る杭は打たれる」危険を冒さない生き方をします。

このタイプの人が圧倒的に多いと思われます。


「異なる軌跡を生きる人」は、自分の中にある意識に目覚めた人です。

その意識は最初は微かな意識ですが、年齢とともにはっきりしてきます。


例え「共通の認識」を元に大きな事業を営んでいても、自分を追い詰めて放棄させます。

頭の意識は死に物狂いで抵抗しますが、深いこの意識が決めたことには逆らえません。

そしていつか、その事業を放棄し、新しい軌跡で生きるようになります。


中には最初から異なる軌跡を生きる人もいますが、とても稀少な例です。

代表的なのは、「ウォークイン」と呼ばれる現象です。


幼少時に臨死状態になったとき、その子の魂は天国へ帰りますが、その肉体を借りて活動する

「光の存在」がいます。


臨死状態の前後でまったく異なる性格や能力になりますから、理解することができます。

先日も気になるある著名な人の本を読んでいました。多分5冊目だと思います。

すると初めて生い立ちと幼少時の思い出が書いてありました。

彼は5歳のときに臨死体験があったのです。病院に入院した当時の記憶がありません。

幼稚園にあがるころ(6歳)には、小・中学生向の本を読んでいたそうです。

彼は典型的な「ウォークイン」だろうと思われます。

ですからなんの迷いも悩みも挫折も経験しないのです。

もちろん人間ですから悩みが無いはずがありませんが、彼の生き方を妨害できるほどではないのです。


このように人は同じですが、その人は異なります。

もしあなたが「異なる軌跡を生きる人」なら、どのように生きるのでしょうか?


2006年07月25日(火) 尊敬と崇拝


尊敬と崇拝を混同している人が多いようです。

尊敬はその人の尊敬すべき点を尊敬します。

崇拝はその人の全人格を崇拝します。


だれにでも長所と短所があります。

相手を崇拝する人は最初長所を崇拝しますが、短所を見て相手を否定します。

「こんな人だとは思わなかった」と。


その原因が自分の崇拝癖にあることに気づかないので繰り返します。

相手に夢中になったり、否定したりの繰り返しをします。

周囲の人は迷惑をこうむります。


日本人にはこの癖の人が多いように思われます。

誰かのブームに乗って大いに褒め称え、そしてみんなで貶(けな)します。


これを扇動するのがマスコミです。

そして多くの人々がそれに便乗します。


相手を肯定し、その相手を否定しているのは本人です。

よく恥ずかしくないものだと呆(あ)きれてしまいます。


「みんながしているから」とは、自分の主体性や責任が無い人の言葉です。

成人していながら、自分の主体性や責任が無いのでは困ります。


日本人は英雄が嫌いと言われています。

嫉妬心や自己抑制による不平不満が多いからでしょう。


ですからスターになったり英雄になると、必ず叩かれます。

美空ひばりさんや江川卓さんも叩かれました。

皇室へ嫁した美智子皇后や雅子皇太子妃も叩かれました。


他人の悪口を言ってはいけないのは、日本人の常識ではなかったのですか?

嫉妬心は恥ずかしいことではなかったのでしょうか?


こんな恥ずかしいことがよくできると呆れるばかりです。

マスコミがこのような役割しかできないなら、存在価値はありません。


相手の良さを認めることができないのが原因です。

その良さを認めたら、他のことは大目にみるのがエチケットです。


そんな基本的なことができていないので、全面肯定と全面否定を繰り返します。

それではいつまで経っても成長できません。


自分が自分を信じられないことが、大きな原因です。

自分の良さも尊厳も理解できていないから、相手にも同じことをします。


あなたが平和と幸せな人生を送りたいと思うなら、どうぞ実行してください。

自分がこんなにすばらしいと感激できる生活をしてください。

そのためには自分を好きになる生き方をしてください。


あなたの中のあなたは、それを待っています。


2006年07月24日(月) 「中村 哲」医師の本から


「中村 哲」医師を知っていますか?

私がいま最も尊敬する人物です。

彼の行動力は正に「神業(かみわざ)」と言っても過言ではないでしょう。

それを可能にしているのは、彼の中の「神性」でしょう。


「中村 哲」医師は1946年福岡生まれの60歳です。

1978年、福岡の山岳会でパキスタンとアフガニスタ国境のヒンドゥークッシュ山脈へ登って、

初めてその峰の神々しいまでの美しさと、そこに住む人々の貧しい医療の現実を見て衝撃を受け

られたそうです。そこでの子供の死亡率は50%です。


1984年、JOCS(日本キリスト教海外医療協力会)より派遣されてパキスタンのペシャワール

で医療活動を開始されました。

あれから22年間、彼の着実で足が地に着いた医療活動は大きな成果を挙げています。

その活動を支える経済的な基盤は、「ペシャワール会」というボランティアの民間支援団体です。

国や国連の援助を期待しても、その中の抗争や予算獲得競争などの煩雑に嫌気がさしたそうです。


欧米では宗教活動として献金や寄付が当然にありますが、東洋でもわが国の喜捨はほとんど目立ちません。

福祉活動は政治がするものであり、国民は命じられたことをするだけでいいと思われているようです。

そのため中村医師の活動は常に財源不足との背中合わせでいます。


そこでは、たった200円の薬が買えないために人が死んでいくそうです。

それとは反対に死が迫った末期の患者に数百万円もの医療費が投じられる、わが国の医療があります。

これでも人は平等なのでしょうか?


劣悪な環境の中で、中村医師はこの22年間を正に孤軍奮闘で活動されてきました。

彼の活動は下記の本に詳しくあります。




「ペシャワールにて」(癩そしてアフガン難民)石風社

「ダラエ・ヌールへの道」(アフガン難民とともに)石風社

「医者 井戸を掘る」(アフガン旱魃との闘い)石風社


2006年07月22日(土) ふしぎなことと自分の発見


ふしぎなことはいっぱいあります。

しかし、考えても無駄と思ってはいませんか?


確かに考えてもその真実はわかりません。

その意味では無駄と思うのは正解でしょう。


でも、無駄なら考える必要がないとしたら、人生はとてもつまらないものになりはしませんか?

どうせ昨日も今日も明日も同じとしたら、またどうせ人生なんて決まっているとしたら。


もしも自分や周囲にふしぎを発見したら、単調な毎日は変わり出すかも知れません。

そのふしぎが毎日変化するのを見ることは、新しい発見です。


それが自分の変化だとしたら、自分の新しい発見が続きます。

こんな自分がいたのか、自分にこのようなことができるのか、これから先どうなるのか?


自分の発見が人生を変えていきます。

自己評価が高くなれば、人生もまた高くなります。


趣味も出会う人も高くなって当然です。

そして気がついたときには、以前とは比べものにならないほど成長しているでしょう。


その第一歩はふしぎに興味を持つだけでいいのです。


2006年07月21日(金) 光とつなぐ


人を観察すると、「光とつながっている人」と「光とつながっていない人」があるようです。


「光とつながっていない人」は、現実という目の前の現象に巻き込まれて生きているようです。

いわゆる中毒症状になりやすい人たちです。お金、仕事、お酒やたばこ、麻薬・・・

他人(自分以外の人)依存の人や感情に翻弄されている人もそうです。


「光とつながっている人」は自分の意識によって生きている人です。これは極く少数の人です。

どんな時でも自分を見失わないで冷静に対処できます。

他人(自分以外の人)依存やお金や仕事中毒にならない人です。


元々は、人は幼少時には「光とつながっている人」であったのでしょう。

しかし親や教師、マスコミなどの影響によって「光とつながっていない人」になってしまったのでしょう。

「光とつながっていない人」はとても不安です。

それで依存や中毒症状になってしまったのだろうと思われます。


この「光」を宗教では「神」や「仏」と呼びます。

私たちは「高次元の大いなる光」と呼んでいますが、同じ「光」です。


宗教は個人の自由ですが、宗教へ依存させようとする意図があるように思われます。

「神仏への帰依」は一種の依存と思われます。


そうであるなら宗教の信者は「光とつながっている人」であるはずなのに、「光とつながっていない人」

になってしまいます。

これでは本末転倒です。一人ひとりが「光」とつながらなければなりません。


「光」はエネルギーであり、波動であり、情報です。

頭脳はこの「光」を受け取るためにあります。


「インスピレーション」として気づきが起こります。

それに従えば、最短距離で目的地へ到着できます。


その目的地は本来の自分の目的地であり、頭で考えた目的地とは異なります。

それで混乱することも多いのですが、結局は従わざるを得ないでしょう。


LORANヒーリングとは、この「光」をヒーラーがパイプとなって、クライアントさんへお渡しする

ことです。

これによってクライアントさんに「光」が入り、健康が回復し、気づきが起きやすくなります。


いま「光とつながっている人」が多くなれば、世界は変わると思います。








2006年07月20日(木) コクワガタ


クワガタムシの小型のコクワガタを孫が飼っています。1匹のメスです。

いま、LORANへ来ている若い女性が朝の散歩へ行ったときに見つけたものです。

幼稚園へ通っている孫へプレゼントしてくれました。

孫は数年前からカブトムシやクワガタに興味を持ち飼っていましたが、いまはなにも飼っていなかったので

大喜びです。


7月15日〜17日の引越しへ娘夫婦が手伝いに来てくれて大助かりでした。

孫は両親と海水浴へ出かけて、帰りに貝殻を拾ってきてご満悦でした。

コクワガタは光を嫌うと言って、押入れの中に入れていました。


17日の夜、富士市へ帰宅してから娘から電話がありました。

孫が押入れにコクワガタの飼育篭を入れ忘れたと言うことでした。

コクワガタが死んでしまうと言って、泣き止まないというのです。


それでは明日取りに行くと約束しました。

間もなく孫が餌やスプレーを持ってやってきました。

今の状態で3日間はもつと聞いて安心しました。

孫が自分に買って貰ったドリンクをプレゼントしてくれました。


18日午前中のリラックスワーク、午後一人ヒーリングをしてから千葉県九十九里海岸へ向かいました。

昨日までの引越しの疲れもあり、雨の中をゆっくり運転しました。


午後6時過ぎに到着し、早速押入れを見るとコクワガタの飼育篭がありました。

娘に電話をして、手入れ方法を確認して世話をしました。


翌日19日の午前4時40分に千葉県九十九里海岸を出発し、6時にアクアラインへ入りました。

8時10分に幼稚園へ通園する前の孫へ、コクワガタの飼育篭を手渡すことができました。


それからラ・ホール富士へ急ぎました。今日から二日間のセミナーが9時から始まります。

すでに妻が先行して準備してくれていましたので間に合いました。


とても忙しい日でした。







2006年07月18日(火) 自宅を移転しました。


この度、自宅を千葉県九十九里海岸近くへ移転しました。

7月14日にレンタカーでパネルトラック(引越屋さんのトラック)を借りてきて荷物を積み込みました。

15日〜17日で移転しました。

この間、梅雨の合間で雨に降られませんでした。

特に15日は気持ち良く晴れてくれました。

昨日夕方帰宅しました。


静岡県富士市のショップは今まで通り活動するのでそのまま残してあります。

今後は富士市と千葉県の2箇所で活動します。

富士市〜千葉県自宅までの距離は約223kmです。

富士市〜名古屋市と同じ位ですから、そう遠くはありません。

東京湾アクアラインを使用すると、木更津料金所から67kmです。

周囲はただ水田が広がっていて、涼しい風が吹き渡っています。

自動車もほとんど通らないため、昼も夜も静かです。

ようやく落ち着いて仕事にかかれる環境になりました。


2006年07月14日(金)





愛媛県今治市でLORANベイシックコースを開催した翌日、松山空港から羽田空港へ移動しました。

羽田空港が濃霧のため、離陸が5〜10分遅れました。


伊豆半島上空に差し掛かったとき、海と富士山が見えました。

最近は1〜2ケ月に1度は乗機しているのですが、富士山を見ることは全くありませんでした。


7年前、息子が中国の中医学院を卒業する前に挨拶に行った帰りに見たことがあっただけでした。

本当に久しぶりで富士山を見ることができて感激しました。


私たちの前途を祝ってくれたと思います。

旅客機は房総半島の西側を北上しました。


明後日、自宅移転のため引越し荷物を運ぶために通る予定の東京湾アクアラインが見えました。

アクアライン、富士山、太陽が一直線上に並んでいるのを見て、感激しました。


自分の光がどんどん強くなっているのを感じます。

光を送ってくれる存在に感謝しています。


2006年07月13日(木) 左脳を止める。


7月7日〜12日までLORANベイシックコースのツアーへ行って来ました。

セミナーの開始後、瞑想して左脳を止めるワークをしました。


これはとても素晴らしい効果があります。

左脳に急ブレーキがかかるのが分かります。

左脳が小さく固まったような感覚になります。とても不思議な感覚です。


その後、右脳に活動するように言います。

すると右脳が起動したように感じます。

右脳が拡大して大きくなったように感じます。


「左脳を止める」と言っても、左脳が機能しなくなることは全くありません。

今までと同様に、言語機能も計算機能もしっかりあります。

ただ暴走しなくなっただけなのです。正常な機能に戻るだけなのです。


左脳は不安や心配と直結し連動しています。

左脳の暴走が停止すると、見事に不安や心配が無くなります。


今までうつむいていた人が、正面に顔を上げて力強くお話してくれます。

言葉が出なくて話ができなかった人が、すらすらと話してくれます。


愉快なことは、ご本人がその変化に気づいていないことです。

周囲の人がビックリしているのを見て、ビックリされています。


顔色がとても良くなり、呼吸もしっかりできています。

2〜3分前とは全くの別人になったように思えます。


このようなワークを子どもの時から続けたら、きっとすばらしい子どもになるでしょう。

左脳を知識の詰め込みと、不安や心配のために使っているので、世界一の「うつ」大国になりました。


抗うつ薬の消費量もまた世界一だそうです。

ストレス大国などと、のんきなことを言っていられない状況にあります。


アトピーやアレルギーはストレスが原因とも言われています。

その症状を治すことも大事でしょうが、左脳の暴走を停止すれば改善できるなら簡単ですね。


もしご興味があったら、1日リラックスワークへご参加ください。

左脳が暴走していない静かな状態を体験できます。その夜から安眠できます。


2006年07月12日(水) ただいま帰宅しました。


7月7日〜12日までの愛媛県今治市と埼玉県入間市のツアーから帰りました。

LORANベイシックコースを2箇所で開催させていただきました。


ご参加いただきました皆さまに御礼申し上げます。ありがとうございました。

開催してくださった主催者の皆さまには、ご苦労を感謝申し上げます。お疲れ様でした。


今回のツアーもとても大きな学びと気づきがありました。

参加された皆さまもきっと気づきがあったことと思います。


気づきは大きな歓びに繋がります。

大きな歓びが人生に大きな価値感を付加すると思います。


このような機会を与えてくださったことに、心から感謝します。

大きな歓びを共にできることに感謝します。


自分の役割を果たせたことに感謝します。

すべてが完璧であることに感謝します。



明日から自宅の引越しの準備です。15日に引越します。

学生時代に横浜で暮らしましたが、その時以来引越しは自分でしてきました。


今回もまた自分で荷物を運搬します。

「自分ができることは自分でする」のは、当然と思います。


また新たなスタートです。

すべてが祝福してくれているのを感じます。



2006年07月06日(木) エネルギーは生き物??


今朝の出来事です。

朝の瞑想を終えてから2時間ほど経ったでしょうか。

自分の中で他人への不平不満の思いが出てきました。


いつもこのようなエネルギーが出て来ると取り出して捨てていましたから、それほど大きなエネルギー

ではありませんでした。


そこで急に思いついたことをしてみました。

その不平不満のエネルギーはどこから来るのだろう。それを取り出すことにしました。


いつものようにそのエネルギーへ焦点を当てて、形を確認しました。

形を捕てからゆっくりと引き出しました。


そのエネルギーを引き出し終わったかと思ったら、ドロドロの姿の存在が現れました。

顔も体中も溶けていて、オレンジ色の気味が悪い存在でした。


「ウワー!」と思いましたが、必死の思いで引き出しました。

後は細かいエネルギーだから簡単と思って、出て行った穴の中を見て驚きました。


さらに巨大で、色も濃い存在が見えました。

それはずっと奥底から出て来たのでしょう。


こうなったらもう、やるしかありません。

必死でお願いして助けていただき、やっとのことで引き出しました。



それからは、どっと大きな脱力感で動けませんでした。

毎朝ワークを続けて、今朝ようやく不平不満を作る「恨みと呪い」を無くすことができました。


明日からのツアーと自宅の引越しに、ギリギリで間に合いました。

すべてに感謝しています。


2006年07月05日(水) アメリカ帝国


2001年の大統領選挙で選挙の投票数では敗北しながら、選挙人の数で辛勝したジョージ・H・ブッシュ

大統領は、8ケ月後の9月11日のニューヨーク・貿易センタービルへの旅客機激突事件の発生に見舞われ

ました。


同年、元CIAの手下・アルカイダのビン・ラディンを犯人と決め付けて、引渡しに応じないという理由

をつけてアフガニスタンへ侵攻しました。しかし逮捕することはできませんでした。


翌年、イラクが大量破壊兵器を生産しているという理由で、侵攻しサダム・フセイン大統領を逮捕し、現在

裁判中です。他国の大統領を軍隊を侵攻させて逮捕して裁判をするなんて、国際法違反です。


ジョージ・H・ブッシュがアメリカ大統領になってから、アメリカが世界中へ戦争を仕掛けています。

戦争とは国家対国家の軍隊が戦火を交えることですから、そこには一定のルールがあります。


それは「国際法」は場合によっては戦争を認めていることです。

国際法上の戦争が成り立つためには、国家が他の国家へ武力を行使する事実がなければなりません。


しかしいアフガニスタンやイラクは、国家の軍隊をアメリカ軍の攻撃に使ったことはありません。

これでは、アメリカはそれらの国へ侵攻する理由がありません。


それならビン・ラディンらのテロは理由になるのでしょうか?

個人による犯行なら、裁判するほかはありません。しかし彼らが犯人だという証拠はありません。

ですから逮捕して裁判にかけても有罪にはならないでしょう。


そうなるとアメリカが他国へ軍隊を侵攻させる理由がないことになります。

そこでジョージ・H・ブッシュ大統領は、無理やり理由を作るほかはありませんでした。

今起こっているテロを、超法規でアメリカの都合で裁くというものです。

裁判ではないから弁護士はつけない。戦争と名づけて敵対する者は皆殺しにするというものです。


そこにはアメリカの傲慢な考え方があります。

「アメリカは唯一の超大国であるから、世界を統一する権利がある。」というものです。


アメリカはかってのローマに匹敵する帝国を意図しているのです。

そこではどの国家もアメリカに服従しなければならないと。


そんなアメリカのやり方を警戒して、ヨーロッパは統一した経済圏を成立させました。

アメリカの権威が失墜すれば、ドル安が続くからです。


加盟12カ国が統一通貨ユーロを発行し、ドルと円が安くなった分だけユーロ高になっています。

ヨーロッパはアメリカ帝国の支配に、協力して対抗しています。


日本はいまだにアメリカによる植民地支配を受けています。

アメリカの51番目の州とも呼ばれています。


在日米軍は135施設、36,000人が駐留しています。

首都・東京には、沖縄を除く最大の横田基地があり、約1万人のアメリカ軍人と家族が暮らしています。


最近の小泉首相の言動は、日本を再び戦前の状態に戻そうとしているように見えます。

東京都知事・石原慎太郎氏は国会議員時代の最右翼・青嵐会の主要メンバーであり、その言動は

戦前のそれと同様な感じを受けます。


政治は国民のために行われるべきであるという趣旨には賛成です。

しかしいつの世でも、政治は常に権力者のものであり続けています。


もし国民が平和を望むなら、その動きを監視する必要があります。


2006年07月04日(火) 朝日


今朝は素晴らしい朝日でしたね。

梅雨の合間の朝日は、本当にありがたいと思います。


私がいまの状態になれたのは、朝日瞑想と朝の散歩がきっかけでした。

もしこれに気づかなかったら、まだずっと不完全燃焼だったでしょう。


私にとって幸せを感じるのは、自分が完全燃焼している状態を感じるときです。

その時、自分の中が宇宙と同じ広さになっていることを感じます。


なんの不安や疑問も持たない状態になったとき、自分が完全であることを感じます。

自分が完全であること=神人合一


生きていて良かったと感じる瞬間です。

十数年前、「あと半年で死ぬ」と感じたときとは、天と地ほどの違いがあります。


あの時、自分に教えてくれたのは誰だったのでしょう。

私は、私の本質だろうと思います。


誰にもその人の本質があります。

本質が乗馬する人で、私たちは馬なのかも知れません。


馬は草原を自由に遊び回り、美味しい草をいっぱい食べたいのでしょう。

乗る人は、その馬を目的地へ連れて行こうとしているのでしょう。


しかし馬は、乗り手を振り落として自分勝手な行動をしています。

乗り手は馬の近くにいますが、馬がその気になるまで待っているのでしょう。


いつか日が暮れてきて、馬が帰らなければならない時間になったとき、乗り手は馬を連れ帰ろうと

するでしょう。


その時、本質の語りかけが私たちに聞こえるのではないでしょうか。

「さあ、もういいだろう。自分の仕事にかかろう」と。


しかし、その声を聞く人は少ないかもしれません。

遊びに夢中になっていれば、その微かな声は聞こえないかも知れません。


遊びというのは、馬(人)にとって夢中になるものすべてです。

自分の生活や仕事、スポーツ、レジャー、お金など、人間生活すべてのことです。


「馬(人)として、幸せならばそれでいい」と信じています。

それで多くの人は、そのままなにも変わらずに一生を終えるのでしょう。

そして今回もまた、学ぶことができなかったと思うのかも知れません。


どのような人生も可能です。人生にいいとか悪いとかはないでしょう。

誰もそのことで罰したり、地獄へ落とすこともありません。


転生しては繰り返し学ぼうとしているのでしょう。

そしてまた、今回も・・・


毎朝、朝日を浴びて瞑想しています。

今回の人生が、本来の道を歩いているかどうかを確認しながら。


2006年07月03日(月) どれが自分???


自分と思っている自分は、確かに自分です。

自分と思っている殆どは感情です。


感情の中に20年、30年、40年・・・といるのですから、感情を自分と思っても当然でしょう。

でも感情は感情に過ぎません。


感情は肉体の五感によって引き起こされる精神的なエネルギーです。

感情には喜怒哀楽などがあります。感情は人生を豊かにしてくれます。


感情が無ければ、人生はなんと虚しいことになるのでしょう。

喜びや楽しみうれしい、美味しいと感じるから、人生はとても豊かです。


喜びやうれしい、楽しい、美味しいなどの感情は、その場で消滅してしまいます。

あなたは恋人から誕生日のプレゼントをもらって、その喜びを幾日持続していますか。


もらった翌日に喧嘩しているカップルもいるのではありませんか。

喜びや楽しい感情は、長くもっても数日ではないでしょうか。


美味しいという感情は、その日限りでしょう。

残念なことに好ましい感情は蓄積しないのです。


問題となるのは、毎日繰り返して起こる否定的な感情です。

悲しみ、寂しさ、怒り、憎しみ、恨み、羨望、呪い・・・などの感情は、毎日繰り返されることで

自分の中に蓄積されていきます。それはまるで氷のように溜まっていきます。


蓄積された感情のエネルギーは、そのまま放置しても無くなることはありません。

冷凍庫の中に固まってしまった氷のように、次第に増えていきます。


自分が冷凍庫であり、毎日氷を作り続けていると同じです。

もう氷を作ることを止めても、冷凍庫の中の氷は解凍しない限り存在します。


しかし本人は過ぎたことは記憶から消してしまいますので、感情が溜まっていることに気づきません。

自分はもう大丈夫と思って生活しています。


自分のコップに蓄積された感情が満杯になるまでは、現象はなにも起こりません。

しかしいつか蓄積された感情がコップから溢れるときが来ます。


溢れた時からは感情が常に表面化して、毎日つらい感情で暮らすことになります。

感情を作らなければいいのですが、どうじていいのか分からないのです。


このようになる前に、蓄積された感情を溶かして消すことが必要です。

コップの中に溜まった感情が少なくなれば、それだけ自分は楽になります。


感情を作る冷凍庫の電源を抜いて、冷凍庫のドアを開けておけば解凍します。

すると蓄積された感情が溶け出してきます。


忘れていたはずの悲しみや怒りが、次々と湧き上がってきます。

自分は過去は既に終わったと思っているので、なぜこうなるのか理解できません。


それで溢れさせた相手に怒りをぶつけます。

それも無理はないのですが、相手は大変な迷惑でしょう。


自分に起こっていることは、すべてが自分の学びのために起きていることを忘れているのでしょう。

楽しく人生を送ることを最高の幸せと思っている人が殆どですから。


そのためには自分を開放しなければならないのです。

ヤシの木の実を採るためには、高いところまで危険を冒して登らなければ不可能です。


なんの努力も無く実だけを採ることを願っても、それは自分に都合のいい考え方です。

人は自分が手放した価値に相当するものしか、手に入れることはできません。


自分が幸せになりたければ、それに相応する犠牲を払わなければなりません。

いままで通りの自分なら、手が届く範囲での幸せが可能です。


大きな幸せは、大きく変化したときに手に入ると思います。






2006年07月02日(日) 運命??


運命があるのか、無いのか?

あなたはどう思いますか?


自分の境遇を変えることができない子どもたちが大勢います。

ストリート・チルドレンは数百万人もいます。


戦争や紛争、天災などで両親や家族を失った子どもたちがいます。

彼らにいったいどのような罪があったと言うのでしょう。


宗教の中には、彼らの前世での行いのせいであり、カルマであると言うところもあります。

ヒンズー教のカースト制度は次回の生で上位へ上がれることを約束しています。


しかし「アウト・オブ・カースト」の人は、その約束さえありません。

このような制度を維持することは、弱い者同士を戦わせることで、権力者への追求を逃れるためでしょう。


では、運命はあるのでしょうか?

私は「ある」と思います。


一人ひとりが生まれる前に、「どのような人生を送るか」という大まかな目的を決めたと思います。

生まれると目的を決めたことを忘れてしまいますが、その目的に沿った生き方をしているのでしょう。


もし本来決めてきた目標から大きくそれてしまったときは、その人の「本質」が気づかせてくれるの

かも知れません。そのために、目の前に大きな壁が立ちはだかることもあるかも知れません。


しかしそれを知らないので、この壁を無くしてくれるように人は神に祈ります。

気づきのために折角作った壁を、無くしてくれる神はいないでしょう。


自分が本来の目的からそれていることが問題なのに、目の前の障害にばかり目が行ってしまいます。

健康やお金や愛情など、目の前にあるトラブルを解消することばかり考えています。


目の前のトラブルが無くなったら、あなたはそのまま真直ぐに行くつもりではありませんか?

あなたが決めた本来の目的と一致していなくても、いまの幸せが続けばいいと思ってはいませんか?


殆どの人はそう考えています。いまの幸せがいつまでも続きますようにと。

もしあなたがそんなにトラブルや変化を恐れ嫌うなら、何不自由のない天国にいればよかったのでは

ありませんか?


天国に居れば衣食住の心配はありません。歳をとったり病気になる心配もありません。

もしあなたがこの世界で苦労ばかりしているなら、天国から早くお迎えが来てくれるように祈れば

いいのではありませんか?


そんなにすばらしい天国へ行きたがらないのは、自分は天国へ行くことができないと思っているからでは

ありませんか?

きっと自分は天国へは行けないとどこかで信じているのではありませんか?


その思いが自分を天国から遠ざけているように思われるのです。

そして天国よりも地獄へ行く可能性が高いと思うから、死後を怖れているのでしょう。


運命は自分であると思います。

自分が運命を決めることも、変えることもできると思います。


自分に運命を変える勇気と信念がなければ、他の人の人生という現実に流されるだけです。

自分を知ることができなければ、勇気や信念があっても有効に使うことはできません。


自分を知ることは、自分が感情であることに気づいて、感情から離れることが必要です。

自分が感情から離れることはとても困難なことですが、一生懸命に続ければできます。


あなたに大きな祝福がありますように。











2006年07月01日(土) 7月になりました。


今年も半分が終わりました。

今日から後半に入りました。


既に6月21日には「夏至」を迎えています。

これから年末の「冬至」まで、毎日日照時間が短くなります。

今月(7月)28日の大暑をピークに、来月(8月)8日には「立秋」を迎えます。


暦はまさに先人の智恵の結集と思います。

数日のずれはあっても、花が咲く時期や、雪が降る時期に大きな違いはありません。


それを見ると、私たちの人生は大きな川を流れて行くだけに間違いなさそうです。

流れに浮かぶ「たらい」の中で、毎日の悲喜こもごもが生まれているだけなのでしょう。


人生に意味があるなら、多分流れている自分を知ること位でしょう。

だからと言って、人生が無意味とは思いません。


「泣いても一生、笑っても一生」なら、笑って楽しむ一生を選びたいものです。

そしてどうせ流れるのなら、思い切り「川下り」を楽しんでもいいのではありませんか?


この「川下り」にルールはありません。

ただタイム・リミットがあるだけです。


「ゲーム・オーバー」のホイッスルが鳴るまでなら、どんな生き方をしてもOKです。

その結果で罰せられることも、地獄へ落とされることもありません。

なぜなら「学ぶ」とか「学ばない」とかは義務ではないからです。選択に過ぎません。



今月は「13の月の暦」の13月です。

7月24日に大晦日を迎えます。25日は「時間を外した日」でカウントしません。


1999年の「13の月の暦」の大晦日に、以前住んでいた土地と建物を売却して移転しました。

あれから7年が経って、また13月19日に引越しをします。(7月15日です。)


富士市のマンションの2Fと3Fを借りていますが、2Fをお返しして千葉県へ移転します。

3Fはいままで通りに使用します。富士市と千葉県を隔週で過ごすつもりです。


新しい環境は新しいエネルギーの場です。

自分に刺激を与えることで、変化が始まります。


自分の成長は大きな変化です。

これからの変化を思い切り楽しもうと思っています。




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