今日の日経を題材に法律問題をコメント

2010年10月29日(金) 航空機同士のニアミスで、最高裁は管制官に過失責任を認める

 日経(H22.8.27)社会面で、2001年、静岡上空で日本航空機同士がニアミスした事故で、管制官が業務上過失傷害罪に問われた事件において、最高裁は、有罪とした二審判決を支持し、上告を棄却したという記事が載っていた。


 航空事故などでは、原因究明を優先させるべきであるし、事故は複合的であるから個人責任を追及すべきでないという意見が根強くあり、この事件でも被告人はそのような主張しているる。


 とくに航空関係者の中にはそのような意見が多い。


 他方、法曹関係者の中では、過失責任がある以上、原因究明とは別に責任は取るべきであるという意見が強いと思う。


 今回の最高裁の決定で、桜井龍子裁判官は有罪に対して反対意見を述べているが、この人は法曹出身ではなく、労働省出身であることは興味深い。



2010年10月28日(木) 尖閣沖の衝突ビデオを国会に提出

 日経(H22.10.28)2面で、政府は、尖閣沖での中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突の様子を撮影したビデオ映像を国会に提出したと報じていた。


 このビデオは、国会の国政調査権に基づき提出を要求し、それに那覇地検が応じたものである。


 しばしば「捜査中なので発言を控える」という言い方をするが、それは言いたくないことの言い訳として「捜査中」と言っているだけで、捜査中に発言しても、あるいは持っている証拠を公開しても違法になるわけではない。


 したがって、ビデオを海上保安庁が所持していたのであれば、それを公開しても問題にはならない。(捜査機関から苦情が出るかもしれないが)


 しかし、これは検察庁に対する証拠提出の要求である。


 このようなことが認められれば、検察庁という準司法機関に対し、国会による政治的介入が安易になされるおそれがある。

 
 いかに国会には国政調査権があるとはいえ、検察庁に対して証拠の提出を求めることについては、慎重な意見があってもよかったのではないか。



2010年10月26日(火) 小沢氏側が最高裁に特別抗告

 日経でなく朝日(H22.10.26)夕刊で、小沢一郎氏が、検察審査会の「起訴議決」の効力停止などの請求を退けた東京高裁の決定を不服として、最高裁に特別抗告する方針と報じていた。


 訴訟方針というのは一義的に決まるわけでないので、あまり批判めいたことはいえない。


 ただ、仮処分を申し立てた際に、裁判官と面接して当該申立てが認められそうにないときは、仮処分申立てを取り下げて、すみやかに通常訴訟を進めることが多い。


 ところが、小沢氏側は、仮処分申し立てについて地裁、高裁の判断を仰ぎ、さらに最高裁に特別抗告までするとのことである。


 この時点で最高裁の判断まで示されると、同時に提起している行政訴訟がもはや意味のないことになってしまうと思うのだが。



2010年10月25日(月) 取材テープの提出命令

 日経(H22.10.25)社会面で、北朝鮮の拉致被害者について、田原総一朗氏がテレビ番組で「外務省も生きていないことは分かっている」と発言したことに精神的苦痛を受けたとして、慰謝料を求めた訴訟で、神戸地裁は、発言の根拠とする取材テープの提出を命じる決定をしたと報じていた。


 すでに、田原氏は、テープの一部を書面化して提出しているが、裁判所は、それにより秘密性は失われたと判断したようである。


 しかし、田原氏側はテープの一部を書面化したとはいえ発言者は匿名のままのようである。


 ところが、テープを提出すれば発言者は特定される可能性が高い。


 田原氏側が取材テープの提出を拒むのであれば、それは田原氏側にとって不利なことであり、それを前提に裁判所は判断すればだけであって、テープを提出させる必要性はさほど高くはない。


 取材の自由の重要性に鑑みるならば、取材テープの提出命令は行きすぎではないだろうか。



2010年10月22日(金) 前特捜部長と前副部長とを犯人隠避罪で起訴

 日経(H22.10.22)1面で、 最高検は、前特捜部長と前副部長とを犯人隠避罪で大阪地裁に起訴したと報じていた。


 2人とも「古巣に迷惑をかけられない」と言って認めるかと思ったが、徹底抗戦のようである。


 証拠の中心は供述であるから、裁判では、特捜部の検事たちが次々と証人として呼ばれることになる。


 検察にとっても、弁護側にとっても大変な裁判になることは間違いない。



2010年10月20日(水) 負け筋の裁判はどれだけ優秀な弁護士でも負ける

 日経でなく朝日(H22.10.20)社会面で、検察審査会の起訴議決を受けた小沢一郎氏側が、主任弁護人に弘中弁護士を選任する方針と報じていた。


 見出しが「無罪の請負人」となっていたから、すごいものである。


 しかし、裁判で争われる事実は、ほとんどは過去の事実であるから、弁護士の力によって勝負が決するということは非常に少ない。


 負け筋の裁判は、どれだけ優秀な弁護士がついても負けるのである。


 ただし、勝ち筋の裁判が、弁護士の力不足で負けるということはある。



2010年10月19日(火) 量刑相場について

 日経(H22.10.19)夕刊で、耳かきサービス店員と祖母が刺殺された事件の裁判員裁判初公判が、東京地裁で開かれたという記事が載っていた。


 この事件では、裁判員裁判で初の死刑求刑が予想されるため、注目されている。


 2人殺せば死刑という一応の基準がある。


 実際に刑を定めるにあたってはそれほど形式的には考えないが、一応、量刑相場というのはある。


 修習生のころは、事件ごとに量刑の事情は違うのだから、量刑相場という考え方自体が問題であると思っていた。


 しかし、同じような犯罪を起こしたのに刑が違うのでは公平な裁判といえないのではないか。


 それゆえ、ある程度の量刑相場というのはあっていい。


 2人殺せば死刑というのも、絶対的ではないにせよ、一応の基準として確立している。


 そうであれば、裁判員も、その基準を最初から否定するのではなく、尊重したうえで判断すべきであろうと思う。



2010年10月18日(月) 大手法律事務所がアジアに展開

 日経(H22.10.18)16面で、日本の大手法律事務所がアジア展開を急いでいるという記事が載っていた。


 アジア展開となると重要になるのが語学である。


 弁護士の就職難が問題になっているが、たとえば英語とベトナム語を使えれば、司法試験での成績があまり良くなくても、大手法律事務所は採用するのではないか。


 就職難と言って嘆くだけでなく、努力すれば道は開けると思うのだが。



2010年10月15日(金) 過大な報酬を受けた法律事務所に返還命令

 日経でなく朝日(H22.10.15)夕刊で、自己破産の申立て事件において、過大な報酬を受け取ったとして、東京地裁は、弁護士法人アディーレ法律事務所に対し、168万円の支払いを命じる判決を言い渡したという記事が載っていた。


 破産事件において、弁護士の過大な報酬の受領が問題になることがある。


 破産会社では企業統治はゼロに等しいから、弁護士報酬が過大だと指摘する立場の者がいない。


 弁護士としても、「どうせ破産するのだから」と、安易な気持ちになりがちである。


 ただ、破産管財人から弁護士報酬の返還を求められた場合、それに応じるのが普通である。


 ところが、この弁護士法人は返還を拒否したようであり、そのため訴訟になったのだろう。


 しかし、判決によれば、その会社に一度も赴かないまま破産を申し立てたようであるから、報酬の返還拒否は図々しいといえるだろう。



2010年10月14日(木) 小沢氏側が検察審査会の議決に対し行政訴訟

 日経(H22.10.14)夕刊で、小沢一郎・民主党元幹事長を「起訴すべき」とした検察審査会の議決は重大な欠陥があるとして、小沢氏側が国を相手に議決の取消しを求める行政訴訟を起こすと報じていた。


 検察審査会の2回目の議決では、小沢氏からの借入金を土地の購入に充てたのに記載しなかったことを犯罪事実に追加している。


 この点は告発や1回目の議決では問題にしていないため、2回目の議決で新たな犯罪事実として加えたことは問題がある。


 しかし、起訴する時点で上記の犯罪事実は、起訴の内容(訴因)に含めないであろう。


 その場合には、2回目の議決の瑕疵は治癒されたとして、訴えの利益がないとされる可能性がある。


 また、検察審査会の議決に問題があるのであれば、起訴された後の裁判で争うのが筋であり、行政訴訟にはなじまない。


 それゆえ、小沢氏側の行政訴訟は実質的な判断されることなく門前払いになると思う。



2010年10月13日(水) 検察審査員の平均年齢34歳

 日経(H22.10.13)社会面で、東京第5検察審査会は、小沢一郎・元民主党幹事長を「起訴すべきだ」とした議決を行った審査員の平均年齢について、当初発表した30.9歳を33.91歳に訂正したと報じていた。


 約31歳から約34歳になったが、それにしても、同様にくじで選ばれる裁判員に比較して非常に若い。


 もっとも裁判員の場合は、検察官、弁護人が理由を示さず不選任を請求できるので若干異なる。


 しかし、実際の不選任請求の数は多くないので、本来であれば年齢構成はそれほど違わないはずであるが・・。不思議である。



2010年10月12日(火) 使用者は就業時間を確認する責務を負う

 今日は新聞休刊日。昨日の日経(H22.10.11)14面のコラム「リーガル3分間ゼミ」で、残業による割増賃金について書いていた。


 最近は、残業代を請求する裁判(労働審判)も増えており、法律事務所によっては、着手金を著しく安くして、残業代請求の訴訟(労働審判)を大量に受任するところもある。


 残業代を請求された会社には、「あいつはそれほど残業していなかった」と申し立てることもある。


 しかし、労働者の就業時間をきちんと把握して会社も多い。


 ところが、厚労省は、使用者が労働者の就業時間を確認する責務を負うことや、タイムカードでの記録を原則とすることなどを求めている。


 そのため、労働者の就業時間をきちんと資料として残していない会社では、労働者の主張する就業時間が認められる可能性は高い。


 労務管理は手間がかかり大変であるが、きちんと行っていないと後で大きな出費につながることを自覚すべきであろう。



2010年10月11日(月)

祭日のためお休み



2010年10月08日(金) 検事調書を却下

 日経(H22.10.8)夕刊で、郵便不正事件の企業側の公判で、検事調書について、大阪地裁は「検事が脅した疑いがある」として証拠請求を却下したと報じていた。


 郵便不正事件でも、企業側は事実を認めているので、有罪の結論に変わりはないだろう。


 しかも、「脅した」と言っても、それを裏付けるものは取り調べ状況を記載した被告人の日記だけである。

 
 被告人の日記だけで「脅された」と裁判所が認定することは、これまで絶対になかった。


 今回の一連の検察庁の不正の影響は限りなく大きい。



2010年10月07日(木) 一審の裁判員裁判の訴訟運営は「いささか相当でない」

 日経(H22.10.7)夕刊で、2歳の子どもへの監禁致死罪などに問われた母親の裁判員裁判で、東京高裁は、「夫の尋問を再度行うなど被告の弁解内容の真偽を確認できるような訴訟運営を考えてもよかった」、一審の訴訟運営や事実認定は「いささか相当でない」とした、と報じていた。


 裁判員裁判では、裁判官は、裁判員の負担をいかに軽くするかに注力している。


 そのため、証拠はできるだけ少なくし、証人尋問等も最小限にしようとしている。


 しかし、そのような訴訟運営は、真実発見を後退させる危険性がある。


 しかも、一審で取り調べた証拠が少ないため、控訴審では、一審の審理が適切だったかどうかの判断さえ十分できないおそれがある。


 記事にあった高裁判決では、一審の審理を「いささか相当でない」としつつも、結論は支持している。


 しかし、現状のように裁判員の負担を軽減することばかり考えていると、いずれ審理不十分として破棄される事態が生じると思う。



2010年10月06日(水) クラウドの法的問題点

 日経(H22.10.6)12面でクラウドコンピューティングに関する記事が載っていた。


 クラウドに関する記事は毎日のように掲載されており、利用が高まっていることが分かる。


 クラウドとは、ユーザーはデータセンターの設備を持たず、クラウドサービス提供会社に費用を支払って利用することである。


 ユーザーの持つデータを、サービス提供会社のコンピューターに置くことから、セキュリティ、著作権などいくつかの問題が指摘されている。


 その中で気になるのは、データが置かれているコンピューターが日本以外の場合に、その国の法律が適用されてしまい、対応困難な事態が生じる可能性がある点である。


 もちろん、ユーザーとサービス提供会社との契約で、適用する法律と裁判所を日本としておけば、サービス提供会社との紛争には対応できる。


 しかし、それ以外の第三者との紛争には対応できない。


 また、米国愛国者法では、米国内のサーバ上にあるデータを調査の対象とすることが可能であるなど、日本の法制度とは異なっている。


 では、日本のサービス提供会社を選択すれば安心かというと、そうではない。コンピューターが置かれている場所が日本以外であれば、その国の法律が適用されるからである。


 今後、大企業だけでなく中小企業でもクラウドの利用は増えてくると思うが、少なくともデータセンターのある場所は確認しておいた方がよいであろう。



2010年10月05日(火) 検察審査会は当事者主義的運用?

 日経(H22.10.5)1面トップで、土地購入を巡る事件で、民主党の小沢一郎元幹事長に対し、検察審査会は「起訴すべきだ」とする2回目の議決を公表したと報じていた。


 今後、東京地裁が指定する検察官役の弁護士が強制起訴することになる。


 注目すべきは、検察審査会の議決書で、「嫌疑不十分として検察官が起訴に躊躇した場合に、いわば国民の責任において、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度である」としている点である。


 刑事裁判の訴訟構造として当事者主義という考え方がある。


 当事者主義とは、検察官と被告人とが対等の立場で争うという考え方である。


 この考え方を徹底させれば、検察官は有罪かどうかを判断すべきでなく、その判断は裁判所に委ねるべきであり、検察官はたとえ99%有罪であるとの確信がなくても起訴すべきであるということになる。


 議決書の考え方は、この当事者主義の考えに近い。


 しかし、わが国では当事者主義は徹底されていない。


 それは、起訴された場合の被告人の負担を考えると、検察官の段階で有罪かどうかのふるいをかけた方が望ましいという意識が強いからであろう。


 検察審査会の議決書のいう「嫌疑不十分として検察官が起訴に躊躇した場合に、公正な刑事裁判の法廷で黒白をつけようとする制度」という考え方は、これまでの検察官の運用を否定し、当事者主義的運用を図っているように思われる。


 しかし、なぜ検察審査会にかけられた事件だけが、そのような当事者主義的な運用が許されるのかは疑問である。



2010年10月04日(月) 何の反省もない検察庁とマスコミ

 日経(H22.10.4)夕刊に、相変わらず大阪地検特捜部の捜査資料改ざん・隠ぺい事件が載っていた。


 記事によれば、改ざんの経緯をまとめた「上申書」について「『過失を強調するよう書き直せ』との特捜部長らの指示は複数回にわたった」と供述しているとのことである。


 そこから窺えるのは、前特捜部長らが故意に犯人いんぺいを図っているという筋を検察庁が描き、それにはまるように調書を取り、それをマスコミにリークするという構図である。


 つまり、厚労省局長が無罪になった事件と同じである。


 検察庁もマスコミも何の反省もないようである。



2010年10月01日(金) 特捜部前部長らを逮捕

 日経(H22.10.1)夕刊で、検事による捜査資料改ざん事件で、最高検は、前田検事の上司だった前特捜部部長と前特捜部副部長を犯人隠避容疑で逮捕する方針を固めたと報じていた。


 特捜部前部長が逮捕というのはあまりにショッキングである。


 検察庁としては、あいまいな決着は許されないという考え方であろうから、当然、起訴を前提にしているはずである。


 逮捕後の取調べでは、特捜部前部長らは「これ以上迷惑をかけられない」と思い、全面自白になる可能性が高い。


 ただ、特捜部前部長らが「まさか故意に証拠を改ざんしたとは思わなかった」という供述を貫いた場合、裁判所は犯人隠避罪の成立を認めるのだろうか。


 仮に否認を続けた場合、検察庁のメンツをかけた、大変な裁判になると思う。


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