nomiの思考

ご意見・ご感想
1分間小説「祈り」
2004年06月30日(水)

末っ子の冬子にはずっと気にかかっている
ことがあった。それは今年で36歳になる長
男の秋夫のこと。もう良い歳だというのに
独身で、外見もパッとしない。気は優しい
が口下手で、決してモテるタイプでもない。
そして何より、心に傷を負っていたから。

数年前のこと。30歳で家を出てひとり暮ら
しをしていた秋夫から実家に一本の電話
が入った。

「会わせたい人がいるから、今週の土曜日
に連れいていきます」

だが、土曜日を迎える前に、相手の女性は
交通事故で亡くなってしまった。口下手の
秋夫から出た言葉は、後にも先にも「結婚
の約束をしていた」ということだけ。幸い仕
事だけは順調らしいが、それ以来秋夫から
の連絡は途絶えた。

             ◇

ところが今日、同居している母親から、秋夫
の朗報を聞いた。零れる笑顔と一緒に。

「冬子!良い知らせがあるの!秋夫が!紹
介したい人がいるから、今週の土曜日に連
れてくるって!」

日常の幸せというもはこういうものなのだろ
う、と冬子は思う。

心をつくし、魂をかけたむけ、秋夫の幸福を
祈った。


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祈りを込めて1曲

『平井堅「瞳を閉じて」』


朝目覚める度に 君の抜け殻が横にいる
ぬくもりを感じた いつもの背中が冷たい

苦笑いをやめて 重いカーテンを開けよう
眩しすぎる朝日 僕と毎日の追いかけっ
こだ

あの日 見せた泣き顔 涙照らす夕陽 
肩のぬくもり
消し去ろうと願う度に 心が 体が 君を
覚えている

You Love Forever
瞳をとじて 君を描くよ それだけでいい
たとえ季節が 僕の心を 置き去りにして


いつかは君のこと なにも感じなくなるの
かな
今の痛み抱いて 眠る方がまだ いいか


あの日 見てた星空 願いかけて 二人
探した光は瞬く間に消えていくのに 心は 
体は 君で輝いている

I Wish forever
瞳をとじて 君を描くよ それしか出来ない
たとえ世界が僕を残して 過ぎ去ろうとし
ても

You Love Forever
瞳をとじて 君を描くよ それだけでいい
たとえ季節が 僕を残しても 色を変えよ
うとも

記憶の中に君を探すよ それだけでいい
なくしたものを 越える強さを 君がくれた
から 君がくれたから



1分間小説「見当違い」
2004年06月29日(火)

美咲と憲太郎は仲がよく、憲太郎が男仲間
とマージャンをする時はいつもついて行く。
決して態度には出さないが、美咲は憲太郎
のことがめちゃめちゃ好き。なぜって憲太郎
が、マージャンで負けたのを一度も見たこと
がないから。憲太郎は人の心理を読むのが
とても上手いのだ。

毎回負けるカモはさぞ悔しいことだろう。たま
に、そんな憲太郎を「憎たらしい」と思うことも
あるが、何故か憎めない。むしろ、後ろから
憲太郎の手稗を見るのが楽しくて、楽しくて。

            ◇

美咲は、いつものように、カモから大金を巻き
上げた憲太郎に、思い切って告白を決意した
のだが。

「ねぇ、わたしの心理も読める?うふっ」

「最近通っているダンススクールのインス
トラクターに惚れただろ」

うん?違うわよ、わたしは、わたしは・・・と言
いかけて美咲はたと気づく。確かに、最近ダ
ンススクールへ行くのが楽しくて仕方がない。
妻夫木聡似のイケ面インストラクターがいる
からだ。でも、それはやはり「好き」とは違う
わけで。

「まっ、まさか食事に誘われて、ホイホイつい
てったりしたのかよっ!」

突然大きな声を出す憲太郎に、美咲は目が
点。だいたい誘われても食事なんて行くわけ
ないし。

美咲は、いつかきっと憲太郎がマージャンで
負けてしまうような気がした。


1口小説「回心」
2004年06月28日(月)

「自分以外の誰かのために生きることが、
自分の幸せになる。そんな人生を送ること
が出来たら、それはとても幸せなことかも
しれない。そうなれる日が来るのかな」

ひかるは、満天の星空を見上げていた。



1分間小説「モノの持ち方」
2004年06月27日(日)

「あいつは悪人だ」

「親びん、あいつは悪人を演じているだけ
ッス」

「あいつはヅラだ」

「あれはどう見ても本物ッス」

「あいつはデブで、おまけにマザコンだ」

「ま、まじッスか・・・」

「何を信じるか?」

「なんスか、それ」

「いいか。信じられることはただひとつ。俺
があいつに惚れているということだ。ハゲ
ていようがデブだろうが関係ない。誰も人
の心だけは奪うことはできないんだぞ。そ
のためにも、強い心を持たなければ」

「親びん、なんか大人ッスね」

「いや。ただ、俺はあらゆる情報に翻弄さ
れずに、自分を信じて進みたいんだ」

「ど、どうしちゃったんスか?」

「これまで蓄積したもの、大切に持ってい
たものを思い切って捨てる勇気が欲しいだ
け。分からない未来のために、分かってい
る今を捨てる。心ひとつ守り、何を捨てて
どう生きるかというだけの話なんだけどね。
そこには知恵が必要だし、必ず大きな痛
みが伴うもんだ」

「分からないッス。自分、何も捨てずに手
に入れたいッス」

「うむ。これは俺の哲学だからな。つまり、
非常に辛いが、お前とも、もうお別れだ」

「ま、まじッスか、親びん・・・」

「冗談(笑)」


1分間小説「図星」
2004年06月26日(土)

「これからちゃぷちゃぷしに行くけど、ど
う?」

「いいね、いくいく」

くるみが、遊び仲間であるヒロの意味不
明な誘いにひとつ返事で乗ったのは、
「ちゃぷちゃぷ」という言葉が、くるみの好
奇心を擽ったのと、何より一緒に遊ぶ仲
間達が大好きだから。

男女4人。江ノ島の海で「ちゃぷちゃぷ」
泳いではしゃいだ夜。日焼けをしたくるみ
の肌が、ヒリヒリと心地良い痛みを感じて
いる。

「もう、ほんと楽しかったー!忘れかけて
いた何かを取り戻したって感じ」くるみの
後に続いて、俺も!わたしも!と口々に
いう仲間達。同調しないのはヒロひとり。

「お前ら病んでるって、絶対。僕ちん、こ
れから彼女をハグしに行くんだもんね。
んじゃ」ヒロはそういってお尻をフリフリ去
っていった。

鼻の穴を大きく膨らませ、ヒロの背中にあ
りったけの罵声を浴びせた後、へこむ3人。

どうやら図星だったらしい。



1口小説「ホスピス連鎖」
2004年06月25日(金)

私は旦那をホスピス入りにしているの。旦
那とは長い付き合いだから、「告知」がで
きなくて。そういう私も愛人にホスピス入
りされてたり。で、これがまた愛人も奥さ
んにホスピス入りにされているわけ。ホス
ピス連鎖って以外と多いものなのかしら。
でもね。私は「告知」することに決めたわ。
不安や喪失を恐れてはダメよ。

だって、人生はそれを乗り越えてこそ、輝
くものでしょう?



1分間小説「理由なんかいらない」
2004年06月24日(木)

英会話スクールに向かう途中。暁彦の心は
かげっていた。好きではじめたはずの英語
の勉強が、楽しくないのだ。それでも、なぜ
勉強を続けるのかが分からない。一緒に通
っていた親友の岳は、いつの間にか辞めて
しまった。その理由もまた分からない。

「せっかくの休みだってのに」

気乗りのしないまま、駅のホームで電車を
待っていると、向かいの小学校から「合唱」
が聞こえた。

♪夏が過ぎ 風あざみ 誰の憧れに さま
よう 青空に残された 私の心は夏模様♪

井上揚水の少年時代。懐かしいメロディと
透き通る歌声に、暁彦の心は軽くなった。

            ◇

暁彦はいつも通り、授業が始まる30分前に
教室に入ると、前回の授業の復習をしよう
とノートを開いた。だが、駅のホームで耳に
した「合唱」が頭から離れず集中できない。
今は、軽くなった心を、わざわざ重くするよ
うなことはしたくなかった。窓の外を見れば
木の緑や空の青、陽の光が眩しくて、遥か
遠くビルの向こう側をぼんやりと眺めている
のが心地良い。

いつの日からか、一つ一つの行動に「理由」
や「根拠」を求めていた暁彦は、そんな自分
に疲れ果てていた。

「理由なんかいらないか」

何をきっかけにそう思ったかは分からないけ
ど、暁彦の心はその日を境に夏模様。大丈
夫。その理由も、ずーっと後で分かる日が
来る。



1分間小説「心に花を」
2004年06月12日(土)

寛は、正義感が強く、世界の平和を心から
願う男の子。高校のテニス部の夏合宿で、
山中湖に来ている。寛にとって、1週間の夏
合宿は、思った以上に長かった。

なぜなら、1年生の寛は、「優等生」というた
だそれだけの理由で、先輩達に疎まれてい
たから。それでも寛は黙って耐えた。「憎し
みは憎しみしか生まない」のだと。

           ◇

炎天下の中、ハードな練習が続いた。3年
生の先輩に名前を呼ばれたものが、交代
で水を飲みに行っている。だが、いつまで
待っても、寛には休憩時間がやってこない。
すると、休憩から戻ったばかりの2年生の
先輩が、突然、寛の目の前で倒れた。

「大丈夫ですか」

寛は、先輩をかついで日陰へ連れていくと、
再び練習に戻っていった。

その一部始終をみていた1年生の古生が、
今にも倒れそうな寛に近づき耳元でこう囁
いた。

「お前が倒れたら俺がかついでやる。さっ
きお前があいつにやったみたいに」

           ◇

黙々と練習を続ける寛の姿に、古生は「忍
耐に咲く花」というものをみたような気がし
た。




1分間小説「呆然」
2004年06月10日(木)

もうすぐ7歳になる仁は、一見しっかり者に
見えるが、実は臆病者の天然ボケ。
ついに、近所のスーバーへ、初めての「お
つかい」にいく日がやってきた。

何の問題もなく、スムーズに買い物を済ま
せた仁は、きっと母親が褒めてくれるに違
いないと、わくわくしながら家路を急いだ。

すると、突然曲がり角から出てきた野良犬
が、買い物袋の中を覗き込んだまま、食材
を狙って離れない。

「めっ!めっ!」

恐怖心で目にいっぱい涙を浮かべながらも、
必死に食材を守ろうとする仁。その姿は実
に逞しく、いじらしくもあった。たまたま近く
を通りがかったおじさんの助けもあって、野
良犬退治に成功した仁は、少し、大人にな
ったような気分だった。

            ◇

だが、仁は家の玄関を目の前にして、買い
物袋を持つ右手が、なんだかやけに軽いこ
とに気がついた。買い物袋を覗いてみると、
なんと袋の底に穴が開いていて、入ってい
たはずの食材がほとんどなくなっている。

仁は慌ててもと来た道を戻ってみたが、不
思議なことに、どこにも食材が落ちていな
い。呆然と道路の真ん中に立ち尽くす仁。
遠くの方で、さっきの野良犬が膨らんだ腹
を見せて笑っていた。



1分間小説「面倒なこと」
2004年06月09日(水)

無口なヒナは、「面倒なこと」が大嫌い。
よほどのことが無い限り、めったに自分
の感情を表に出すことはない。たまに
女々しい男もいるが、大抵、「面倒なこと」
をしかけてくるのは「女」である。そのせ
いか、ヒナには女友達よりも、男友達の
方が多かった。

そんなクールなヒナの性格を知らない人
もまた多い。

            ◇

「文子先輩て、苦手」

仕事の後。職場の同僚である由香は、つ
いこの間まで仲良くしていたはずの先輩
の悪口をヒナに漏らす。

「由香は、文子先輩のことが苦手だった
んだ、知らなかった」

「ヒナも本当はそう思ってるんでしょう?」

「うーん、そんなに深く話したこともない
し、良くわからないな」

「絶対、ヒナも苦手だって。みんなもそう
いってるよ」

            ◇

洗脳が始まった。そんな時、ヒナは心の
中で、いつも思う。
「憶測でものを言わないでくれ。だいたい、
みんなって、誰なんだ?全員の名前をあ
げてみろっ!!」と。

だが、余計に「面倒なこと」になりそうな
ので、それさえも口にせず、黙って聞い
ているヒナだった。



1分間小説「the game is over 」
2004年06月08日(火)

アレルギー体質のルミはナッツが苦手。ど
んなに少量でも、ナッツが含まれている食
べ物を口にすると「くしゃみ」が出るので分
かり易い。

ルミと知り合って間もない吉雄は、どうして
もルミの「くしゃみ」がみたくて仕方がない。
そのきれいな顔がクシャクシャになる瞬間
にこそ、生きる喜びを感じてしまうから。

           ◇

あの手この手で、ナッツ入りのお菓子を食
べさせようとする吉雄の魂胆を知りながら、
ルミは何度となく、期待を裏切る小さな「く
しゃみ」をしてみせる。そして最後に目を閏
わせこういうのだ。

「なぜそんなことをするの?」

だが、ルミが上手にナッツを取り除いて食
べていることを、吉雄は気がついていない
様子でもない。それでも吉雄は、その度に
捨てられていく、クルミやアーモンドの気持
ちなど考えもせず、次から次へとナッツ入
りのお菓子をルミに食べさせようと試みる。

           ◇

捨てられていく運命にあるナッツを見るの
はもう、たくさん。ルミは、これ以上、吉雄
からナッツ入りのお菓子は受け取らないと、
心に決めたのだった。



1分間小説「その声は」
2004年06月07日(月)

静香はピアニストを目指す音大生。5歳の時、
ピアニストである母親の手ほどきでピアノを
始めた。約20年間、1日8時間のレッスンを
欠かさなかった。人並み以上の努力と才能
が合わさり、新人音楽家の登竜門といわれ
るコンクールで入賞を果たした。

だが、それ以来、何故か心の震えが止まら
ない。同時に鍵盤をたたく指と心が、いつの
間にか不協和音を奏でていた。

ピアノのレッスン以外に、静香の人生には
何もなかった。友達と旅行に行ったこともな
ければ、恋をする暇もなかったのだ。

            ◇

静香は孤独に耐え切れず、生まれて初め
て、レッスンを中断して家の外に飛び出し
た。すると、ひどく痩せた老爺が向かいの
大きな家から出てきて、玄関の前でしゃが
み込んでいる静香に話しかけた。

「お嬢ちゃんかね?毎日ピアノを弾いてい
るのは。わしは数年前に妻を亡くし、この
家にひとり寂しく暮らしているんだがね。
唯一の楽しみは、風に乗ってやってくるあ
んたのピアノを聴くことだ。いつもありがと
う」

あたたかくて、落ち着きのあるその声は、
ピアノを調律するように、静香の心の音色
を正しく整えていった。



1分間小説「ドン・キホーテになれなくて」
2004年06月06日(日)

「それがきっかけってないんだよね。ふと
した瞬間に、今まで見たことのない『風車』
を見せてくれたのは嬉しかったけど。それ
だからってわけじゃないし。気がついたら
好きになってたって感じ。口にするほどじ
ゃないけど、なんかね」

「そこまで好きじゃないってことなんだよ」

「やっぱりそうなのかな。ただ会えるだけ
で幸せなんだぜ。純愛ってやつかも」

「んじゃ、会えばいいじゃん。誘ってみれ
ば?」

「いや、それが、その、つまり手を出さない
自信がない・・・。先に手を出しちゃったらま
ずいでしょ。俺責任とれないし。家庭も大
事だし。だから会えない」

「かぁー、なにいっちゃんてんだか、世の中
綺麗事じゃ終わらんのよ、しかもそれ全然
純愛じゃないし。さぁ、意を決して突撃だ!」

「無理、むり、ムリ。俺、『ドン・キホーテ』
じゃないし」



1分間小説「ラーメンまん」
2004年06月05日(土)

「あ、やっぱ今日はイタリアンレストランに
いきたい」

凛がいつものラーメン屋の前で勇にそうい
ったのは、イタリア料理が食べたかった訳
ではく、ラーメンを吐かずに食べる自信が
なくなったから。

田舎育ちの穏やかで素朴な勇とは、半年
前友人とたまたま遊びに行ったクラブで出
会った。2人は意気投合し、いつの間にか
恋人同士に。デートは半年間ずっーと同じ
ラーメン屋。それでも凛は、勇と一緒にい
られるのなら、毎日ラーメンでも構わない。
最初はそう思っていた。

            ◇

2人が入った小さなイタリアンレストランは、
街の片隅にある、知る人ぞ知る有名店。
パルマ産のプロシュートとタコのマリネを
目の前にして、ナイフとフォークを握る勇の
姿を、凛は少し不安そうに眺めていた。

「ねね、ここ、どの料理も美味しいくない?」

「ブヒ?俺、やっぱラーメンが1番好きだぁ〜」

「はいはい、ラーメンね。好きだけど、さすが
に半年食べ続けてたら飽きてきちゃった」

あんたにもね。イタリアンレストランの中心
でラーメンを叫ぶ勇にそういってやりたい。
凛は咽まで出かかった言葉をワインで流し
た。



1分間小説「恋ごころ」
2004年06月04日(金)

夏はのんびりしていて、決して人の上に立
つタイプではないが、責任感が強くて思い
やりのある子。自分のことはいつだって後
回しにしてきたし、それでもいいと思ってい
た。そんな夏が、珍しく意思表示をしたその
訳は、「恋ごころ」が芽生えたから。

           ◇

「夏へ。冷凍室から鶏肉を出して冷蔵室に
入れて下さい。どうぞよろしく」

外出中の母親から、携帯電話にメールが
入った。夏は、近所の公園にいた。自宅ま
では徒歩5分。すぐに帰れるはずだ。だが、
どうしても公園を離れたくない。今この瞬間
ここを離れたら、見つかるものも、見つから
なくなってしまいそうだから。

夏は母親に、自分も外にいて、すぐには帰
れない旨を伝えると、再び、公園のなかを
歩き回った。

古井戸を発見して、怖くて中を覗けなかっ
たこと。展望台から眺めた雑木林から、懐
かしい匂いがしたこと。ベンチのうえで膝を
抱え木漏れ日を見上げる少女の、どこかも
の悲しげな美しさ。岩に腰掛けトランベット
を奏でる男性と、その上に広がる青い空。
夏の体を優しく包む心地良い風―。

その全てを、あの人に伝えたい。

           ◇
 
夏はようやくその答えを見つけると、急い
で家に戻って冷凍室から鶏肉を出した。



1分間小説「ひとりじゃない」
2004年06月03日(木)

悦子は部屋の掃除中。オーディオから流れ
る、アルバム『平原綾香「ODYSSEY」』は、
掃除機の音でかき消されている。

           ◇

愛されるか、愛されないか、その夢が本物
か、本物でないか、分からない期間を神様
に与えられた悦子にとって、それは一番苦
しい時であり、自分の「愛」や「志」の強さ
を試される時でもあった。

その愛、その夢を続けるには、かなりの集
中力と努力が必要。嘘や誤魔化しで作られ
たものは、すぐに消えてなくなってしまう。
生きるのに不器用な悦子でも、それだけは、
なんとなく理解していた。

だから、人間の持つ「弱さ」から目を背けな
い自分でいられるように、まずは自分の足
で歩いていくことを心に決め、誰にも頼るこ
となく、混沌とした日々を過ごしていた。

すると、ある日突然、悦子の心に「愛」と「希
望」が宿り、「明るい未来」がイメージできる
ようになっていた。悦子はひとりの人間とし
て、「強さ」と「余裕」が生まれたのだと喜ん
だ。

だが、そんな悦子の側で、「必要」を見つけ
て支えてくれてた、家族や友人、恋人がい
たことを、悦子はまだ気がついていない。

           ◇

♪私たちは誰も ひとりじゃない
 ありのままでずっと 愛されてる
 望むように生きて 輝く未来を
 いつまでも歌うわ あなたのために♪

悦子が掃除機を止める少し前に、アルバム
の最後「Jupiter」の演奏が終了していた。



1分間小説「近況報告」
2004年06月02日(水)

「最近、どうよ?」

「鍛高譚が手放せないって感じだな(笑)」

「意味わかんないけど」

「因果応報ってことばが身に染みるぜ。こ
の歳になっても、まだうまく行かないことの
方が多い」

「なにいってんだよ。五木寛之もいってただ
ろ。人生は苦難の連続だって。だいたい、
お前は小さいことにくよくよしすぎだって」

「なぁ、愛って何?」

「突然なに。相手に本当に必要なものを見
つけてあげることだろ」

「それが、愛なのか?難しいな」

「それを見つけられたら、自分も周りも幸せ
になれる」

「最近、自分のことばっかりで、人の気持
ちがわからなくなってきたし」

「人の心の痛みなんて、自分が経験しない
とわからない。自分が受けた痛みを通して、
本当のやさしさを知るんだよ」

「じゃ、俺はまだまだってことだね」

「そういうこと」

「今からでも遅くないかな」

「遅いなんてことは、何ひとつないさ」




1分間小説「さみしいうさぎ」
2004年06月01日(火)

うさ子は現在無職で彼氏もいない。おまけ
に実家に寄生虫。いよいよ貯金も底をつき、
30歳を目前に、持っていたものは殆ど失っ
た。

「うさ子みたいなタイプが、誰よりも早く幸
せを掴むんだよ」

うさ子は、大昔に友人にいわれたその言
葉を、ついこの間まで、本気で信じていた
のがイタイ。

「子うさぎに戻ってやり直したい」

それが最近のうさ子の口癖だ。周囲にネ
ガティブアプローチをしている自分を自覚
しているのか、ひとり部屋に引き篭もる日
々。

せっかくなので、うさ子は「生きる意味」に
ついて考えてみた。だが、考えれば考え
るほど、ますます意味がわからない。

「せめてうさ吉にモテたらなぁ」

うさ子が鏡を覗くと、そこには幸薄そ〜な
「うさぎ顔」が苦笑している。

うさ子はあまりにさみしくて、道路に面し
た部屋の窓を開けてみたが、何分待って
も、誰も歩いて来なかった。




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