沢の螢

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オリンピックと終戦日
2004年08月15日(日)

オリンピックが開幕した。
開会式をリアルタイムで見るのは、無理なので(その頃は白河夜船だから)あとからダイジェスト版など見たが、最初の印象は、「紅白の小林幸子の衣装みたいだなあ」ということ。
この10年ばかりの間に、コンピューター技術を駆使したり、人々をアッと言わせるようなパフォーマンスや、会場の仕掛けがだんだん派手になっている。
ことに今回は、オリンピック発祥の地であるアテネに戻っての開催と言うこともあって、熱が入っているのはよくわかる。
100年前は、槍投げほか数種類の競技だけで、素朴な形で始まったに違いないオリンピック、戦争や民族対立の中で、中止されたこともあったが、ともかく、ここまで続いてきた。
過去にいくつか、感動する場面は沢山あった。
いまでも目に焼き付いている、東京オリンピックでの、アメリカのハンセンとドイツのラインハルトが演じた、棒高跳びの9時間に及ぶ死闘。
暗くなったスタンドで、「見えるところに移動して下さい」というアナウンスが流れて、最後まで二人の競技に付き合った観客達。
白黒テレビで息をつめてみていた私も、終わってから涙が止まらなかった。
ローマ大会で、無名のアベベが、裸足でひたひたと走る姿。
勝者だけでなく、敗者の姿も、忘れがたい。
沢山のドラマや後日談も生んだオリンピック。
しかし、最近のオリンピックは、正直言って、あまり感動しない。
私が年を取ったのだろうか。
アテネに戻ったことを機に、もうやめてもいいんじゃないかと、個人的には思う。
個別の協議については、いまは世界レベルで、それぞれ競う場が出来ていて、サッカーなどは、ワールドカップの方が、面白い。
天文学的数字のお金も動いているであろうオリンピック。
今回は、202カ国が参加しているそうである。
夕べは、やわらちゃんが、柔道で金メダルを取った。

明け方から雨が降り、気温もかなり下がり、久しぶりの過ごしやすい1日となった。
59回目の終戦日である。
テレビでも、今月に入って、戦争に関連したいくつかの番組を放映している。
地球のどこかでは、いつも戦争が続いているのであるが、日本はともかく、59年間、戦争は無しで過ごしてきた。
これは間違いなく良いことである。
時間が経過し、戦争体験者が減り、いろいろな記憶が風化されていく中で、大事なことが忘れられて、また同じ愚を繰り返すようなことがあってはならない。
しかし、終戦の年に、最後の国民学校入学生であった私が、かろうじて、記憶している戦争。
10年、20年経つうちに、生き証人は居なくなって仕舞うであろうことは、目に見えている。
夕べ、NHKでは、「遺された声」と題する番組を放映した。
太平洋戦争末期、旧満州で、内地向けの放送に遺した人々の、声の録音版である。
出撃を前にした特攻隊員、開拓団の責任者、炭坑で働く人々、その銃後を守る婦人達、みな、自分たちが置かれた立場を肯定し、戦意昂揚に協力している。
すでに、日本の敗戦が近いことを思わせる頃であったにも拘わらず、この人達は、国策に従って、親兄弟を含む同胞達に、メッセージを遺したのであった。
当時の状況では、本音を語ることは出来ないし、また、そのように教育もされていた。
これから特攻機に乗る少年飛行兵は、もう生還しないことを知りながら、自分の命を国に捧げることによって、生かされると、信じたのであろう。
録音版は2000枚、今回初めて公開された。

正午、私は、原爆で亡くなった叔母、飛行兵として空に散った叔父の霊に向かい、黙祷した。



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