沢の螢

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弥生の空
2003年03月02日(日)

年があらたまって、寒い日が続いた。
インフルエンザが猛威をふるい、私の周りでも、次々病に倒れる人が出てきたが、私は不思議に、風邪らしい風邪も引かず、過ごしてしまった。
みな冬はキライだと言うが、私は、好きな季節だ。
特に、年末年始の慌ただしい時期が終わって、1月半ばから2月いっぱいまでの、静謐な時が好きだ。
寒さを言い訳にして、気に染まぬ事は省き、行きたくないところや、会いたくない人に会わずに済ませるのもいいし、そのくせ、好きなところには出かけるので、結構忙しいのである。
この二月ばかりの間に、連句の座だけで、10回。
終わっての飲み会にも、大体出ているので、交際費も、バカにならないが、人生も残り時間が少なくなるにつれ、楽しみのために、お金を使うことも、気にならなくなった。
ひとり息子には、財産らしいものは何も残してやれないが、家一軒だけは残るから、それで勘弁してもらう。
夫がリタイヤして、完全に年金生活に入ったので、当然、収入は減ったが、その分出費も減ったので、トントンと言うところ。
今のところは、二人とも病気もせず、それぞれの生活と、一緒に過ごす時間とが、自然にバランスよく行っている。
ロンドンから帰ってきて、15年経った。
これからの15年もたちまち過ぎるだろう。
もしかしたら、15年経たないうちに、夫婦のどちらか、あるいは二人とも、この世にいないかも知れない。
そして、次第にあちらの方に知り合いが増え、顔なじみが集まって連句を愉しむことだろう。

昼からの深川連句会に行く。
少し遅れていったので、席がもう設定されていた。
どこに入っていいかまごまごしていたら、会を仕切っているひとが、指示してくれたので、そこに行った。
私には、相性のいいT宗匠の席でホッとした。
Tさんは、歌仙擬きという新しい形式を考案して、それをよくやるので、期待していたが、今日は、国民文化祭の募吟のためということで、半歌仙になった。
「早く終わったら誰か捌きをしますか」と訊かれ、ほかの2人が希望しなかったので、私がさせてもらうことになった。
私の出した発句は
啓蟄や足裏にやはき遊歩道
というのだが、これは私の連句サイトで、没になったものなので、選ばれると困ると思ったが、幸か不幸かTさんの句に決まった。
捌きに連衆3人なので、たっぷり時間がかかり、私の捌きまで回ってこなかったが、むしろ良かったと思った。
Tさんの丁寧な捌きで、ゆっくり進行し、良い一巻になった。
ほかの席は、半歌仙を2回やっていたようなので、私たちの席が終わっても、まだやっていた。
一足先に会場を辞した。
この会は、主宰が常時来ていたときは、いつも25人ぐらいは集まっていた。
今日は、少し寂しく18人。
新しい会長が、終わり頃にあらためて挨拶して、この会を結社直営にするということを言っていたが、そんなお墨付きを付けずとも、人が集まるのは、気持ちよく連句が出来るかどうかにある。
会を運営する人たちが、参加者に対して「よく来ましたね」「またいらっしゃい」という態度があれば、次も何とか行こうとするものである。
今日、少なくとも、私は、会長と事務方の女性から、そういう態度では迎えられなかった。
連句そのものは、とても良かったので、気は済んだが、この次は行くのをやめようと思った。
ほかに二つの会に顔を出しているが、両方とも、「よく来たわね」という顔で、迎えてくれる。
二つとも、しっかりした女性が運営している。
主宰が、だんだん公式行事から退くにつれ、それらの会が、いつも30人前後の参加者で活気が出てきたのは、低きに水が流れるごとき、自然のことである。
「来たくなきゃ、来なくていい」というような顔をされて、誰がそんな会に行く気になるだろうか。



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