不思議っ茶の日記
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2012年07月07日(土) 今度こそいじめのない学校を

皇子山中学いじめ殺人事件は
そこにいたるまでに
さまざまな要素がある。

1)いじめられっこといじめっこの
関係は?
2)いじめを教師は知っていたか。
3)周りの生徒たちの反応は。
4)本人と父兄から教師への連絡と相談は?
5)教師の対応は?
6)学校の対応は?
7)教育委員会の対応は?

となるが、
皇子山中学の事件は

すべて明白である。

被害者と加害者の関係は友人。だからこそ
注意しないといじめが見えない。

しかし、いじめがあることを教師は知っていた。
それがいじめだと認識していなかったというが
いじめの現場の目撃や、他の生徒の話や、本人からの
相談を受けていたというのでいじめと
わからないわけがない。言い逃れである。

多額のお金の要求で家族がわからないわけがない。
それを父兄が先生に相談していたのに、それでも
いじめではないというだろうか?
いじめではなく、恐喝、窃盗といえば
理解できたのだろうか?
これがいじめでないというなら、恐喝窃盗
として補導対象ではないか。
それすら、無視したというのだろうか。

法を守るのは人間として当然。
それを教えるのは教師として当然。

●暴力を受けていた現場の
目撃も先生はしている。
●恐喝まがいの金銭の要求。
●それらすべて本人からの訴え、他の生徒からの訴えが
あったという。

それでも教師、学校はいじめを認識することができなかった
というのだから、あきれる。

どこまでも
知りませんでした。
うっかりしていました。
確認しませんでした。
いじめと思いませんでした・・

とことん責任から逃げるのだろうか??

こうした教師の自堕落な態度、大人たちのエゴまみれの
言動をみて子供たちはおちついて勉強に専念でき
るのだろうか?
安心して学校生活を送れるのだろうか?
また、成績だけではなくりっぱな大人としての心が
育つだろうか??
教育は未来への布石である。
今をいい加減な教育でごまかしていたら
10年後、どのような大人が育って日本を守るのだろうか?

手痛いしっぺ返しが来るのは自明の理である。

いじめによる被害を防止するためにも
常に教師がその立場で意識をして取り組むべきだ。

責任から逃げるなど、許されないことだ。

特に最近分かったことは、事件後生徒たちに
「よけいなことを言ってはいけない」
と「かん口令」をしいたという。

これは、情報操作にあたるという。

先生方は生徒たちをまもるためとか
いうが、しゃべられたら困ることがあった
からだ。
今さらである。

教育委員会も「すべて調査済み。もう何もない」
と去年いっていたが、なぜ今になって
新たな事実がつぎつぎと
出てくるのだろうか?

一教師の首を切るばかりではなく、それは
当然のこととして、刑事事件にする必要が
ある。

現教育委員会の全メンバーの懲戒免職
市議会の解散、市長のリコールと
いかなくては、一人の命の重みを
大事にするということがないがしろにされる。

うやむやにするとまた、いじめの悲劇が起こる。

以前もこの中学は身体障害者を暴力で殺した
歴史がある。

二度あることは三度ある。


関係者の皆様
ぜひ、勇気ある行動を・・・・!!!








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