『アシュラ』(ジョージ秋山著)を立ち読みして物凄いショックを受けてしまった。 (↑立ち読みかよ!と云うツッコミは無しで)
私には食べる物が全く無いと云うアシュラ達の過酷な状況を想像する事すら出来ない。
ある有名バレリーナが、昔所属していたバレエ団が給料未払いのまま突然解散してしまい、 全くお金が無くて一日ジャガイモ一個だけで過ごしていたと云う激貧エピソードをTVで話していらしたのを観て、 「え?一日ジャガイモ一個だけしか食べられない生活なんて絶対ムリ!」と思ったが、 この物語の世界は、一日ジャガイモ一個の生活が天国に感じられてしまう位悲惨である。
舞台は平安時代頃だろうか。 飽食に肥太る貴族達とは対照的に飢餓に苦しむ庶民達は飢死した者の屍肉を貪り喰って、 かろうじて命を繋いでいる。
主人公アシュラの母親は身ごもっている間、 「子供の為に需要をたくさん取らなければならない」と云う 母性本能のみに突き動かされるまま屍肉を貪り喰う。 何とかアシュラを産んだものの、 屍肉も喰い尽くされ飲水すら手に入らなくなった女は乳が出せない。 やがて飢えた母親は、 「もう食べられるのはこの子だけ・・・」とアシュラを焼き殺そうとする。 (もちろん殺す事は出来ないのですが)
「生まれてこないほうがよかったのに」
孤児になったアシュラは生き延びる為に人々を殺し、その肉を喰らいながら成長する・・・
この話が書かれた詳しい事情は判らないが、 「何としてでも世に向けてこの物語を描かなければならぬ!」と云う ジョージ秋山さんの凄まじい気迫と魂の叫びが聴こえて来る作品である。 昭和45年の雑誌連載時から『悪書』と呼ばれ、 不買運動が起こり、絶版後四半世紀近く経ち、先日ようやく復刊されたそうだが、 私はこう云う作品こそ、今の子供達に読ませた方が良いのではないか?と強く感じた。
衣食住に不自由の無い豊かな最近の生活は光に満ち溢れている。 だが光の中で暮らせる事の幸せを知らない現代の子供達は 安易な好奇心のみで簡単に闇の世界を覗きたがる。 それは人間の本能なのかもしれないが・・・
食べる為に人を殺す行為は勿論非道ではあるのだが、 そうしなければ生き残れなかったアシュラ達の悲惨な姿を通して 『殺人』と云うタブーを侵す事の重さと恐ろしさを、もっと子供達に考えてみて欲しい。
「ちょっとムカついたから」とか「誰でもイイから殺したかった」とか 「人が死ぬのを見てみたかったから」等と云う軽々しい理由で、 人間が人間の生命を奪ったりしてはならないのだと、ちゃんと知って欲しいと切望する。
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