Monologue

2003年03月30日(日) あおorみどり

コンビニエンスストアで80円切手を購入し様としたら、
まだ新人らしいバイトの男の子が50円切手を私に渡そうとした・・・・・・と云う出来事を
以前『日記』に書いたのだが、
実は此処2〜3ヶ月の間に同様のケースに遭遇していて、ちょっと吃驚している。

コンビニエンスストアのレジで
「80円切手下さい」と頼むと、店員さんは何故か50円の切手を取り出そうとするのだ。

一体何故なんだろう?

80円切手は緑色で50円切手は青色なのだから色で判りそうなのに・・・・・・と、
しばらく疑問に感じていたのだが、ある日ふと気付いた。

切手を渡し間違えるのは、きまって高校生か大学生位の若い方なのだ。

最近の若い方は(←何かオバチャンみたいな言い方・・・・・って実際そうなんだけど(^^;))
もしかして切手を購入する機会がほとんど皆無なのではないだろうか?

大抵の用件は電子メールで済んでしまうのだから、
『手紙』を書く機会はめったに無い様な気がする。

せいぜい年に一度年賀状の遣り取りをする位ではないかと思うが、
それに使われるのは『ハガキ』だし……

そう云えば自分も手紙を書く機会は昔に比べて随分減ってしまった。

ほとんどメールで用件を済ませてしまう事が多いし、
郵便に添える手紙も字が汚いのでほとんどワープロ打ちで、手で書くのは宛名位だ。

寂しい事だと想うのだが、
何しろ自分の下手な字が大嫌いなので仕方が無い。

話は変わるが、
この『日記』を書きながら、先日読んだ新聞記事をふと思い出した。

何十年間も連れ添った仲の良いご夫婦の旦那さんが亡くなった時、
彼の棺に奥さんが若い頃に遣り取りした何百通のラブ・レターの束を入れてあげたそうだ。

“どちらか先に逝った方の棺に入れる事”と約束していたのだそうだ。

“棺に入れる前に読み返してみたら、
若い頃に交し合った熱い愛の言葉が沢山綴られていて涙が止まらなくなった……”と云う
文章が胸に響いた。

メールではどんなに熱い想いを交し合ったとしても、
一文字一文字想いを込めて綴られた『手紙』には敵わない気がする。

一つ間違えたらすぐに消えてしまうのも哀しい。

もちろん棺に入れてあげる事も胸に抱かせてあげる事も出来ない。


そう考えたら、何だか無性に切なくなってしまった。


(プリントアウトすれば良いのでは?と云うツッコミは無しに願います(^^;))


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