去年のあの日、あの時、 私は自分が何処で何をしていたのか全く覚えていない。
懸命に記憶を辿ってみても、 初めてニュースで事件を知ったのが、 深夜遅く帰宅した後だった事をかろうじて思い出せる位だ。
TVを点けた時間も零時を過ぎていたので、 「新作映画の1シーンじゃないの?」と最初は思ったのだが、 どのチャンネルを廻しても廻しても廻しても……ほとんど同じ映像が流れているのを観て、 ようやく『現実』である事を肌で感じて戦慄した。
我ながら情けない話だが、 それはあの事件が『日常生活の中』で、あまりにも突然起こったからだ。
だが、その後の事は、割とはっきり覚えている。
連日流れるニュースの翳りとシンクロしているかの様に、 あの頃の空は灰色に曇っていて、 毎朝、通勤の度に見上げて憂鬱な気持ちになったりした事とか……
あるサイトの管理人さんが、事件の数日前に現場を旅行なさっていて、 「あのビルが、あの場所が、もう何処にも無いなんて!」と、 ご自身の日記に書いていらっしゃった事とか……
だが、やはり一番印象的に思い出せるのは、 事件の前後、 カナダに公演に行っていらしたダンスのI先生達の安否を皆で心配していた事だ。
無事、帰国なさったI先生は「事件当日も、俺達は舞台で踊っていた」とおっしゃった。
先生方の公演のチケットは事前にソールド・アウトしていたが、 事件当日はたった6人しか観客がいなかったそうだ。
当初は中止しようとも考えたそうだが、結局、先生方は舞台の幕を上げた。
「長いダンス人生の中で、たった6人の前で踊ったのなんて初めてだったよ。 今までの舞台の中で一番緊張した」と、 力強く語って下さったI先生は、ちょうど今頃ニューヨーク公演の筈だ。
I先生のエピソードには感動したが、 だからと言ってあの事件の爪痕は決して拭われはしない。
来年の今日も、自分はこうやって思い出すのだろう。
あの曇った灰色の空の覆われたこの『現実』が、
どんな『映画』や『小説』よりも無慈悲で残酷だと云う事実。
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