白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

見えない翼 - 2009年05月13日(水)

自分は、誰かからの言葉にものすごく敏感に反応するのに、
逆に自分から誰かに掛ける言葉には、
そこまで思いを払いきれていないことに、
不意に気付いてみた。


昔のメールを引っ張り出してみると、
多分これって伝わってないんじゃないかとか、
違う印象を与えちゃったのじゃないかとか、よく思う。


言葉にしなければ伝わらないものがある。


けれど、言葉では伝えきれないものも、確かに存在している。



1000以上の言葉を並べても並べても
たったひとつの行動が雄弁なこともあって。

逆に、たくさんの戸惑いや躊躇いに
短いひとひらの言の葉が道を拓くこともある。



どちらがどう、というわけではなく。
その時々の風景によって、よりよいものが変わる。


けれど。

その言葉を、きちんと使えているだろうか。

その行動で、深く伝えられているだろうか。



もっと真摯にありたい。

ままならない、なんて言いたくない。

こんなところで、自分を惜しんでいる必要はないから。


誰かに伝えるために言葉とふたつの手があって、
その心に寄り添うために想いがある。

だから誰に教えられなくても、
最大限まで使うことが出来るはず。

鳥の翼が、空を羽ばたくためにあるように。
幼子を守るために、その羽を広げるように。


...



 

 

 

 

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