白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

ことばあそび - 2009年04月29日(水)

もうちょっとでおやすみ♪


今日の帰り道に、電車の中で読んでいた本からふと目を上げると、
窓の向こうに夕闇に色を変えてゆく空の色が
ぼんやりと虹色がかっていてとても綺麗でした。

地面に近い方は、夕陽の名残りを残して僅かに赤く、
天頂に近い方は、東から迫ってきた夜の色に染まり始めて青く、
赤から青の間は、ぼんやりと色を変えながら薄く黄色で。

雨の後の、濁りの抜けた空気を透かして輝く虹とは違う、
ほんの少しダルトーンに染まった、ペールトーンの色相の空。


しばらくその色をぼんやりと見つめて、
また目に入ってきた、鏡張りになった川や水の張られた田んぼの鮮やかさに
とりとめもなくいろいろと考えて。


そうしてまた空を見上げると、
束の間に空からはすっかりと色相が抜けて、
薄いねずみ色へと変わっていました。



そんな風にして時々見上げると、
空の色は面白いくらいに様変わりしていて、
少しずく濃くなって行った先に青の群れ。

一面の群青。


夜の帳、という言葉をふと思いました。


とばり。


何となくイメージは、絽の着物よりももっともっとすごく薄い織物。

漉いた和紙よりもっと薄くて、
向こうの景色をそのまま写すような。


そんな薄衣がはらはらと重なって重なって、
いつか闇色が織り上がる。

私の中で今日、『夜の帳』はそんなイメージの言葉になりました。


正確な意味では、きっと違うと思うのです。

でも、言葉を思うときにふと連想されるものだとか、
引き起こされるイメージだとか、
そういうものは、そういう関係は、とても優しくていとおしい。


何となく思う。
この世界に、スタンドアローンで存在するものって
果たしてあるんだろうか。

全部何かが何かとつながって、
どこかで何かが触れ合って、
どれだけ一人で頑張って、どんなに単独で存在しようとしても、
それはありえない。

この世界に生まれた瞬間に、生み出した存在と触れ合っているから。

もし本当にスタンドアローンで存在するものがあったとしたら、
それはきっと、誰にも何にも認識されないかたち。

でも、他者に認識されないとしたら、
それは生きている、とは少し違う形であるような気がする。


とりとめもなくとりとめもなく。

ゆるゆると思考をめぐらせながら、暮れゆく春のこの頃です。


...



 

 

 

 

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