満ちて巡る - 2007年08月28日(火) 私の部屋には東南向きの窓があります。 ちょうど満月の頃合の月は、 夜の浅い頃はこの窓から姿を眺めることが出来ます。 今も、少し顔を上げると、 姿を現し始めの月が飾られた絵画の様に見えています。 なかなか素敵なロケーション。 月が欠けていく時間帯は終わって、 今は満ちてゆく時間。 少しずつ光の帯が広がっていく様がよく判ります。 でも、不思議ですね。 三日月の頃の月の光り方とは違う……と思います。 気のせいじゃないと思う。 満ちてゆく周期の間の三日月は、もっと鋭く細く見えます。 今は、本当にまんまるのお月様が光を取り戻してゆくんです。 月の高さの関係とかだと思うんですけれども。 こうしている間にも、もう半分くらいの光を取り戻しています。 何となくですが。 禊を終えた月読命が、 今姿を現そうとしているような、そんな連想をしました。 身から外していた装束や勾玉を少しずつ身についていくところのような。 とてもとてものんびりしながら書いている日記。 もう、三分の二くらいまでお姿を取り戻されていますね。 (月読命に照らし合わせたら、自然と敬体になってしまう……) 奇蹟って言葉を体感している気がします。 日食も月食も、一度きりの出来事ではないのですけど。 それでも、計り知れない宇宙の奇蹟。 先週、虹を見ました。 朝の通勤時で、お狐様のお嫁入りの日で、 向かう先には天使の梯子が下りていて、 背後には綺麗に掛かった虹。 その前の日は、綺麗な朧を纏った半月と一緒に 稲光が閃く夜でした。 そして今週は、月食。 自然の片隅の中に、人間は生きてるんですね。 決して人間が中心じゃないですね。 計り知れないような宇宙の営みの中に、 地球という営みがまた包みこまれていて、 人間はその中に生かされている。 秋の虫が鳴いています。 部屋の明かりを落としているので、 外、地上は真っ暗だと言うことがよく判ります。 ほとんど姿を取り戻している月の光がとても明るいです。 今は、人間が自然を都合の良いように整えなおしてしまうのですけれど。 昔は、人が自然の周期に合わせて変わっていたのですよね。 いにしえの時に生きていた人たちは、 月の満ち欠けをどんな風に捉えていたのでしょうか。 今はもう忘れ去られてしまった、 いにしえの言葉の本当の意味のように。 その感覚を取り戻せたら……と思わずには居られなくなる今夜のこと。 もう少しで、月食の時間が終わります。 ...
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