『紅、一点』 - 2006年12月17日(日) 春の風は、こんな日にも変わらずにあたたかく吹き続けていた。 思雪は仙鳥の白い背に横座りに座して 静かな眼差しを眼下の風景に注いでいた。 邑の広場の南側には白の衣装――喪服をまとった一群。 広場の中央、民草をまとめるような位置に一際大きな黒檀の椅子。 そこに座るのは白狼邑の王である馬氏。 その前方、北側に設えられた祭壇には、凛とした背にやはり白の衣装を纏った一人の女性。 この葬儀を取り仕切るのは彼女、召鬼の仙人である姫恵華だ。 普段は柔和な微笑を絶やさない恵華も、 今は沈痛な面持ちで邑人たちのために祈っている。 此度の事件で、邑の半数に近い人々の命が失われた。 それも辛うじて半数に届かなかっただけで、 今もなお床に臥せっている人々もぽつりぽつりとあると言う。 失われた命は、思雪たち一行が邑に訪れてすぐの時であっても 最早救えなかったものとはいえ、 胸が痛んで仕方が無い。 突然に終わってしまった生の幕切れに切ない思いを抱く人は多いだろう。 その魂魄は大道に還り、 またいずれこの蓮華の上に花開く世界に戻ってくるとはいえ、 今生に遣り残した事柄に未練を残す魂もあろう。 それを断ち切り次の生に夢を託せと諭しているのが、 恵華の高く澄んだ祈りの詞だった。 召鬼の洞に学んだがゆえに、白事――葬儀に精通し、 人々の思いを正しく導くことが出来る彼女が今日ここに在った事は、 白狼邑の人々にはこの不幸中に見出せる最大の慰みかも知れない。 恵華の詞に合わせて、 邑人たちが魂の安寧の祈りを唱和する。 思雪もまた仙鳥の背の上で姿勢を出すと、 片手に携えていた朱塗りの竹笛をくちびるに当てた。 赤く染めた前髪が上空の一段強い風に遊ばれて視界を隠す。 そして思雪の衣服もまた、禁呪の仙人に伝わる仙宝、紅綬仙衣だった。 紅は本来慶事の色。 このような日に選ぶべき色ではない。 だから、思雪は愛しい仙鳥の上でこの弔事を見守ることを選んだ。 祈り願う。 彼らの道行きが、心安きものであるように。 その旅路が、例え果てない時の末であっても幸福に繋がるものであるように。 召鬼の仙人ではないけれど、「祈り願う」。 軽く息を吐く。 そして大きく呼吸。 目を閉じて、赤の楽器に鋭い息を吹き込む。 白狼邑の上空に響く祈りの唱和にまたひとつ、 高い笛の音が加わって、春の風に溶けていった。 ...
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