白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

『Aiolos』 - 2006年09月01日(金)

背後の排気音を感じた時には遅かった。
間に合わない。
微かに顔が歪む。
接触ギリギリで真横をすり抜けていく一機。
体制を整え損ねたキリエはまともに煽られて初速を殺される。
舌打ちは心の中だけで済ませた。
ハンドルを握る手に力を込め、右足をアクセルに叩き込む。

心中で一気に炎が燃え上がった。


【Aiolos】




(まだ、挽回できる範囲内だな)

双葉はふらついてしまった機体の重心を戻すと、
早速仕掛けを狙って僅かに前傾姿勢を取った。
前方に、先程追い抜いていった機体の背。
GK社製。
反射的にメーカーの名前が浮かんだ。
カスタマイズに適したGK社の機体は、他社に比べて少し機体のラインが緩やかだ。
スピードを求め極限まで軽量化されたAL社のシャープな機体や、
ロングラン指向で重要部位に装甲を纏ったGS社の硬質な機体とは違う、
――勿論規定のサイズ内ではあるが――大柄なフォルム。
その特性は、カスタマイズのキャパシティが大きい分加速力に劣ることだ。

どのメーカーのエアバイクを使おうと、結果的に問われるのは本人の腕前だ。
だが。

(……初速で負けンのはちっとばかしカッコ悪いよな)

根性だけは座っているヤツだと、入学の試走で教官に言われた。
競り合いでその能力を上手く活かせば、
有利なレース展開に持ち込むことも十分に可能だ、と。
そう。

(――――――今っ!)

閃きのままにエンジンを噴かす。
脳裏に結ばれた見えない道筋が効力を持つのは、他の機体に邪魔をされないほんの一瞬。
スタートして間もないエアバイクの群れから飛び出してトップに追いすがる。
目標は一機だけ突き抜けた場所に居るAL社の機体。

あれは分かる。
今回、最初からライバル視していたチームの機体だ。
コールネーム、源蔵さん。
笑いと同時に決して忘れられないインパクトを持つ機体の操縦者は、
アキラ=ビューティフルスカイ。

鋭角なフォルムのバイクを操るオレンジのウエアの背。
それが視界に収まると僅かに緩い笑みが浮かんだ。
狙える。
本能がささやく。
直感が選び出す最良のコースが、源蔵さんに当たりながら前に出ろと告げる。
後は競り勝つのみ。
キリエをそのラインに乗せた瞬間、ぐっとハンドルを握りこんだ。

(――理想通り)

外側から並び、スピードを合わせて機体間の距離を詰め、
内側から覆い被さるように相手のコースに滑り込む。
見る見る間にオレンジが視界内に迫り、機体と機体が――触れ合う。
例えほんの僅かな接触でも、スピードが出ている今は十分な衝撃になる。
衝突のエネルギーは両者を前後へと弾いた。
キリエは加速を僅かに速めて前に押し出され、
源蔵さんはAL社の売り、驚異的なスピードを心持ち殺ぎ落とされる。

しかし、優位に立ったかに思えたのも束の間。
源蔵さんは怯むことなく流れのままに外側のコースに乗り、
悠々とキリエを追い上げて抜き去っていった。
オレンジの背中が再度遠くなる。

流石、と双葉は素直に舌を巻く。
先ほど割り込むタイミングでスピードを緩めたために、
咄嗟に相手に付いて反応することが出来なかった。
あのリカバリ能力と、それに応える機体の性能。
と。間もなく、背後から近づいてくるエンジンの音が大きくなった。
ミラーを確かめるまでもない。

(――来るっ!)

外側からキリエを抜きに掛かってくる2台目。
先程、スタート直後に競り負けたGK社の機体だ。
グラジオラス。
脳裏にふっとコールネームが閃いた。
剣の花の名に相応しく、
ピンクのウエアはコースを奪い取ろうと果敢に寄せてくる。
食らいついてくるようなその気迫と絶妙なライン取り。
だが、双葉の直感はごく僅かな甘さを認めた。
二度目は許さない。
機体の向きとコースを調節すれば、この接触を有利に働かせることも出来るはず。
後は己のスキル次第。

(――ままよっ!)

極微細なエンジンの噴かし。
エアバイクが僅かに震える様が、ハンドルの手応えとして伝わってくる。
果たして、その動きは接触の寸前に間に合った。
衝撃を受けた後、ダメ押しにもう一度噴かす。
譲らないとばかりに進路を塞げば、ミラーに映ったグラジオラスは攻めあぐねた様子だった。

双葉は視線を進路に向けた。
少し離れた先に源蔵さん。
背後には三度目を狙っているグラジオラスの存在。
そしてコースは間もなくカーブに差し掛かる。

(挟まれる。……よりは、切り込む)

瞬間の決断は大きな賭けだった。
迫る1400m地点のカーブ、
周囲が減速するだろうそのタイミングを狙って加速。
一気に混戦を抜け切る。
競り合いになっても負けるつもりはさらさらなかったが、
このまま団子状態でバトンを渡すのは何となく許せない。

緊張を更に引き絞る。
エンジンの出力を制御可能なギリギリのラインまで上げる。
キリエが震える。
暴れだす寸前の遠吠えに似た振動。
対する双葉は、9割以上の高揚とほんの僅かの恐れ。

(突っ込め!)

ぎゅんっ、と前方から来る風圧が重さを増した。
押さえつけられるようなG。
潜り込むイメージ。
ピンクもオレンジも掻い潜って、誰より先にカーブへ突っ込み――

(……っ!)

勢いを制御しきれずに、キリエは思い切り膨らんだコースを辿った。
そのままぶつかるように当たった外側のコーナーポールに擦られる。
装甲の削れる大きな衝撃が腕を伝わって身体に走る。
顔を顰め、機体が持ってくれるように祈った。
それでも半ば強引に曲がりきる。
確認は出来ないが、感覚からすると傷は致命的とまではいかなさそうだ。
他社よりも装甲が厚いGS社の機体だからこそ言えることでもあるのだが。

エンジンを熱し装甲を削り、それでもトップでカーブを曲がりきる。
高揚感が全身を満たす。
後はこの位置をキープするだけだ。

残り400m。

チェンジポイントを目指してキリエを駆る。
双葉の口元に本格的な笑みが降りてこようとしていた。



【了】 2006.09.01


...



 

 

 

 

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