白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

『ひとりがたり』〜俺屍・幻魔久純伝 - 2005年08月14日(日)

その月、あの男の体調が優れぬ事を、私は知っていた。

めずらしくも外に出かけたかと思えば、
家人には内緒にするために自ら漢方薬などを買い求めてきたようで。
高いばかりでどれほど効果があるとも思えぬその薬を、
イツ花に食後の茶に混ぜるよう指示していた声を、
たまたま厨へと用のあった私は
戸口に隠れるようにして聞いてしまったのだ。

そして私は、弟にも息子にもそれを告げはしなかった。
あの男は、誰にもその背だけを見せて逝きたいのであろうから。
ただ悠然と、風のように。
風に揺れる薄のように、儚くも確かに。

淡々として見えてその実、内面では情の深い息子や、
まださだめの幾許かを飲み込み始めたばかりの初孫に死の予感を告げて、
余分に長く悲しませたり労われたりする事を避けたがっているのは
簡単に想像がついた。

祝いの気分もあえかに落ち着いた正月の月の中ごろ。
朝餉の膳も片付いた後に、普段の調子で笑いながら男は言った。

「テンもそろそろ初陣を踏んでもいいだろう、今月は宮参りにでも行こうか」

呼ばれたくない愛称を呼ばれて
顔を真っ赤にして抗議しながら立ち上がった孫を嬉しそうに見て、
上座に席を占めた男はその意気だと笑って場を辞した。
午後は愛用のみそぎの剣を片手に、型を繰り返していた。

その、改めて見れば見るほどに小さな背。

初めて会った時は、まだ私の方が幼かった。
地上の、血を吸い込んだ大地に降り立ってもう幾月かで一年が巡る今では、
随分と背丈の伸びた私は、いっそあの男の母に見える程だ。

ゆえに私は、体面を保つため外では常に当主と呼ぶよう言い含められてきた。
あの男は、体面を保つため外では常に私に殿と敬称を付けて呼んでいた。
己の娘に敬称をつけねばならぬことを
父は一体どう思っていたのか。

「これも一夜の夢の如し」

訊ねても、恐らくそんな答えしか返ってこぬであろう。
次の年に巡る花の色さえ見ることも定かでないこの短い命を、
あの男は、一夜は、楽しもうとしているようだった。
そう、思えば端の端から、
あの太照天夕子さまの宮にて初めて会ったときから、
一夜は神々に反旗を翻してそうな気配さえあったと思う。

だから。

4人で向かった色とりどりの鳥居のひしめくあの暗い宮の敷地で、
朱色の首輪をはめた小さな妖かしから抜け出た女神が
軽やかな袖を振って空を駆けて行った折に。
嫌な予感を覚えはしたのだ。

小さな紫の妖かしから抜け出た、淡い緑の薄衣の女神。
目を伏せて風車を胸に抱いた様は言いようもなく可憐であったのに、
次の瞬間目を開けば、冷めた表情で地上を見下ろした。
そして天を見上げた横顔は、張られた弓のように凛として凍えていた。
まるで月に挑みかかるように、誇り高く鮮やかな一瞬。

そしてその後、何かに憑かれたかのようにただ宮を目指した一夜は、
ついに息子にも孫にも隠し切れなくなった蒼い顔で剣を振るい続けた。
蒼い顔をして、けれどその手つきにも足取りにも
覚束ぬところはかけらも見受けられず、
あの女神と同じように軽やかに軽やかに歩を進めた。

「俺のことなんて気にするな。
 俺の屍なんか踏みつけていけ。
 お前たちはお前たちの幸せを探せば良い。
 ……って、こんなこと言ったのがバレたら、天界に怒られちまうかもな。
 だから、イツ花には内緒にしとけよ」

月の終わりは討伐の終わり。
その時、私と弟に前を譲っていた父は
いつものように笑いの混じった声でそんな風に私たちに告げた。

「そんな、遺言のような言葉はまだ早すぎます!」

一番最初に言葉を募らせたのは、心太だった。
まだまだ教えていただきたいことが沢山あります、とは、
先月一夜に訓練をつけて貰ったゆえだろう。
笑って答えぬ一夜は、そのまま意識を彼方へと飛ばした。


冴に担がれて家に戻った頃には、
一夜の魂は身体から半分ほど抜けかかっていたようにも思えた。
取り乱すイツ花を遠ざけて布団に寝かし、
その半日ほど後の夜半のこと。

確かに目を覚ました一夜はひとこと

「俺の屍を越えてゆけ」

微かに笑って言うと、すうと息を吐いて静かに事切れた。

泣き伏す息子を抱きしめる私の左手。
化粧になぞ使われぬ紅差し指には、
重い重い無骨な指輪が物も言わずに収まっていた。



***

ミクシィ用にと俺屍のプレイ日記を始めてみたら、
どうにもこっちが疎かになりそうでピンチな今日この頃。

本末転倒だろうと誰か突っ込んでください(ぱたんきう)

ドラマっぽいものを作ってみようと思って始めました幻魔久純伝、
(いつも思うのですが、俺屍のこのタイトルセンスは
 どうにかならないものでしょうか)
最初の想定とはかなり違う初代とその娘になりましたが、
(お約束で、娘から父へのほのかな恋心にする予定でした)
この初代はこの初代で結構気に入っております。

そんな初代の身罷る間際の月、
地上に降りてからずっと初代の背中を見つめ続けた、娘の語りでした。

えー、しばらく多分、俺屍な駄文が頻発すると思います。
(煩悩全開でプレイ中ですので)
皆様お覚悟の上お付き合いくださいませ。

……みきさんに以前軽くお約束した、
央華な短編も書きたいなぁと思いつつ。
そっちはもうちょっと涼しくなってからロケーションしたいです。


...



 

 

 

 

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