『小夜小話 3』 - 2005年01月01日(土) <続2日目> ******************* いつも半笑いのお兄ちゃんへ あなたのハートをメッタ刺ししたい雪姫でーす(はーと) お兄ちゃんはまるで吹きさらしの落ち武者のように誠実だよね。 あなたを思うと上目使いで110番せずにはいられないです。 お兄ちゃんのためなら、泥沼の底で針に糸を通しつつ 魚をさばくこともできるんだよ! 「雪姫の夢ってオランウータンみたいですね」 って無邪気に笑うお兄ちゃんの横顔が忘れられないの。 雪姫より PS.夜道に注意、だよ。えへへっ。 ******************* 事の始まりは、彼女の使役獣である紅雀が運んできた 一通のこんな手紙だった。 「しっかし季凛のヤツ、なんでこれを目にして笑わないんだ?」 「だからこそ季凛じゃないですか」 少年の心底不思議そうなつぶやきに、 いま少し落ち着いた声音が、苦笑の混じった返答を返した。 「ねー、真君。書き物してないでちょっと相談に乗ってよ」 少年は、部屋の南に広く取られた窓に腰掛けている。 窓枠に引っ掛けた片膝を抱え込み、 空いた手で薄青の紙をひらひらと揺らめかせているその格好は あまり誉められたものではなかったが、 少年の雰囲気と蓮っ葉な物言いには良く似合っていた。 伸び放題の金髪が、差し込む日差しに顔の輪郭を縁取ってきらめく。 金髪に青い瞳の珍しい色彩を身に纏うこの少年は、司蒼天。 この山の麓の翠玉邑の育ちで、小名を司郎という。 綾花苑の名実共に一番弟子で、 師匠の悪戯っ気までもよく受け継いでいるとは、 彼らを良く知る所帯持ちの禁呪仙人の評であった。 「はいはい、ちょっと待ってくださいね」 本来なら蒼天の無作法を諌めてしかるべき人物はと言えば、 時折顔を上げて少年に言葉を返すものの、 文机に向かって筆を動かすのみである。 寒菫が数輪織り込められた白い紙に、 薄墨の典麗な筆致で小さな文字が綴られて行く。 細筆を器用に操っている年の頃25、6歳程のこの青年が、 此処――翠玉高山綾花苑の主こと白木蓮であった。 生返事を貰ってしまった蒼天は、 早々に諦めると小さくため息をついて庭へと視線を向けた。 何かに熱中している時の木蓮はこんなものである。 真面目な相談事ならば用件を差し置いて真摯に取り合ってくれるが、 単なる悪戯の企みでは後回しにされても仕方がない。 庭の一角、樹木を集めた庭園では 四季生りの桃の木がぴかぴかの実を幾つも実らせている。 そろそろ良い熟れ具合のものも混じって見えれば、 ちょっと行って取ってこようかと思いをめぐらし始めた時、 筆を置く小さな音が蒼天の耳に届いた。 ふとそちらを見れば、 師匠が朱塗りの椅子を引いてこちらへ向き直ったところだった。 弟子の視線を受け止めた師匠は、 じゃあ聞きましょう、と言うように穏やかな笑顔を浮かべてみせた。 「あ、終わったの?」 「んー、惜しいですね、ちょっと違います」 「へ?」 「終わったんじゃなくて、終わらせたんです」 疑問符を浮かべた弟子に、にこやかに言い放つ。 言われた弟子の方は、芝居がかった大袈裟な仕草で肩を落としてみせた。 「へーへー、ありがとうございます」 「いえいえ可愛い弟子の為なら何でもありませんよ」 「お師匠様が優しい人で、俺らすっげー幸せ?」 「やだなぁ、蒼天。照れるじゃないですかそんな本当のこと」 そしてしばしの沈黙の後。 「さて。何でしたっけ?」 「だからさ、あの代筆恋文で季凛がどーしたら笑うかってこと」 何事もなかったように、師匠と弟子は会話を再開した。 某所帯持ちの禁呪仙人の耳に入れば 「いい加減にしとけ」とでも突込みが入るのだろうが、 あれくらいのやりとりは日常茶飯事である。 「……季凛が笑う、ねぇ……。 師匠として言いますけど、すごく難しいと思いますよ」 「うん、それは兄弟子として俺も同意」 腕を組んで思案の視線を天井に彷徨わせた師匠に、 窓辺に座る弟子はあっさりと頷く。 実に身も蓋もない二人だった。 「じゃあ、この話は結論が出たということで……」 「でもっ!!」 二、三度瞬きした後、話を纏める為にそう切り出した木蓮を、 遮るように言った蒼天が拳を握り締めた。 「でも、ぜってぇこのネタで凛のヤツを笑わせたい」 意地になってますねぇ、と思いながらも、 木蓮は態度には出さず心中で溜息をついた。 自分の真青とは少し違う春の空を映したような薄青の瞳の中に、 何だか炎でも見えるような気分だった。 握り締めた拳は最初に会った時から随分と大きくなり、背丈も伸びた。 その割には中身は一向に変わらないような気もする。 悪戯にかける情熱は5歳の頃と寸分違わないようだった。 「その意気込みは買いますけど、やっぱり難しいと思いますよ。 僕と玄秀の掛け合いでもちっとも笑ってくれませんし。 ……この頃はそれでも、随分と柔らかくなったとは思うんですが」 出生時から邪仙に連れられて成長した季凛は、 生来の気質かその生い立ちのせいか、感情の発露がひどく薄かった。 唯一、逆鱗に触れた時だけは例外なのだが、 そうでもなければ余り表情を動かすことがない。 笑ったことなど、実に数えるほどしか……数え……。 「……真君?」 考えながら挙動が止まってしまった師匠に、目を留めた弟子が呼びかけた。 その呼びかけに時間を取り戻した木蓮は、ぽんと手を打ち合わせて一言のたまう。 「僕ってば師匠なのに、季凛が笑ったところって見たことがない気がします」 「だーからっ! 俺が荒療治しようとしたんじゃん、これで」 これ、と言いながら突き出した手に握られているのは、銀箔の刷り込まれた薄青の薄様。 女性のものらしいやわらかな筆蹟で、数行の文章が綴られている。 差出人の名は白雪姫。 宛先は白木蓮。 窓から入り込んできた風に煽られて蝶のように閃くそれは、 師匠の妹が師匠に寄越した手紙だった。 それを弟子が当然のように扱っているのも不思議な話だが、 歳暮代わりの菓子の山――9割以上を摂取するのは弟子たち――と一緒に届いたこの一枚は、 笑い話の種にと贈ってきたその来歴ゆえに、木蓮からは放置の憂き目に遭わされていた。 内容が内容なので仕方がないとも言えるのだが、 仕舞いこんでいた文の第一発見者の一番弟子は大喜びで飛びついた。 勢い余ってネタの出所を差出人の元まで聞きに言った挙句、 この頃ひそかに流行っているらしい恋文代筆屋なるものの存在を突き止めたのであった。 「でも失敗だったんでしょう?」 「……まあ、そうなんだけどさ」 恋文代筆屋に書いてもらった2通の恋文(と木蓮の目には断じて見えないもの)を持って 喜び勇んで帰って来た。 1通は、木蓮から蒼天に宛てた物。 もう1通は、蒼天から木蓮に宛てた物。 人選の理由を尋ねれば、 バレれても笑って許してくれそうな人が咄嗟に思いつかなかったらしかった。 ついでに、そのままでは面白くないとわざわざ師匠に清書までさせて、 それを不意の落し物のように廊下に仕掛けたのが昨夜のこと。 絶対季凛が笑うと踏んだらしいのだが、 案の定と言うべきかさっくり流されてしまった。 通りがかりを装わされてしまった木蓮としては、 あの文章を自分が書いたと思われたらしい事が非常に気になっていたのだが、 そんな師匠の物思いにも気づくことなく、 悪戯心に火をつけられた蒼天は2通目を引っ張り出した。 そして先程、居間で清書していたものが――これは意図的ではなかったらしく偶然―― 季凛の目に留まったものの…… 「添削されるようじゃ、どう頑張ってもこのネタは無理だと思うんですけど」 「違うっ! 絶対笑えるっ! 失敗だったのは人選っ!」 付いた火が火災に発展している弟子は、微妙に失礼なことを思いきり力説した。 失敗に括られた師匠の方はと言えば、苦笑はしたものの咎めはしない。 彼の教育方針は『何事もやれるだけやりたいだけやってみればいい』だった。 そんな師匠自身が、たまに行き過ぎだったりやりすぎだったりするのは公然の秘密である。 「うーん、誰だったら季凛の感性に直撃してくれるか……」 拳を固めて力説していた蒼天は、そうつぶやくと唸りながら頭を抱え始めた。 鳳仙花の花で紅く染められた爪――制作者は三番弟子の呉桂花嬢。 ちなみに木蓮の爪も実験台にされたため現在色付き――が、金髪に見え隠れして鮮やかだった。 助言をするでもなく面白そうに悩む弟子の様子を見つめていた木蓮だったが、 蒼天が指先にきつく力を込めだしたところでやや顔色を変えた。 指に絡まった金色が何本か、今にも抜けてしまいそうだ。 「蒼天、髪痛みますよ?」 「……髪が痛んで答えが出るなら安い……」 何気なくを装った声音で忠告するものの、 弟子はぼんやりと返事をするだけでやめようとはしなかった。 聞こえないように小さく舌打ちすると、瞬時に思考を閃かせる。 振り向いて机の上に置いてある先程書き終えた手紙を手に取ると、 手早く折り畳んですっと蒼天に差し出した。 視界に割り込んできた白いものを反射的に受け取りながら、蒼天は顔を上げる。 「……何?」 「そんなところで座り込んでないで、ちょっと外の空気でも吸っていらっしゃい。 気分転換でもしたら案外いい考えが思い浮かぶかもしれません。 で、ついでですから、この手紙でも届けてきてくださいね。 庭の桃でも一枝折って、それに付けて」 「えーっ、おつかいすんのぉ? ……どこへ?」 「雪姫に渡してください。 しばらく友林師匠のところに居るって言ってましたから、お願いしますね」 有無を言わせない満面の笑みを浮かべると、ぱんぱんと手を叩いて己の使役獣を呼んだ。 しばらくして「はぁい」と高い少年の声が返ってくる。 軽い足音が木蓮の部屋へと近づいて、そっと部屋の扉を開けた。 「お呼びですか、木蓮様?」 銀色の長髪をふわりと揺らして、首を傾げる青い瞳の少年。 木蓮の使役獣、銀梟の陸秋だ。 「すみませんが、蒼天にお使いを頼みましたので乗せていってやってください」 「はい、かしこまりました。どちらまで?」 「臨杭河桜昆洞に雪姫がご厄介になってるはずですから、あちらへ。 ああ、夜までに戻ってくればいいですよ」 「はい、では参りましょうか」 「えー、ちょっと真君ってば強引。 まあいっか、陸ちゃんよろしくー」 金銀の少年が肩を並べて部屋を辞していくのを見送ると、 静かになった部屋の中で木蓮はふうと小さく息を吐いた。 「さて……蒼天は気づきますかね」 微苦笑と共にそんな言葉が零れた。 笑うかどうかはともかく、彼女を引っ張り出せばまず間違いなく季凛が動揺する、 という人物が一人居る。 彼女の所在は臨杭河桜昆洞。 手紙に添えるように頼んだ桃もまた、彼女の好物だ。 そして「夜までに戻ってくれば」という言葉。 夜は彼女の名のうちの一字である。 名指して教えるのは流石に季凛が可哀想かと 軽く仄めかすに留めたが、さて、蒼天は気づくかどうか。 臨杭河桜昆洞にて巫蠱を学ぶ娘、流至夜。 木蓮の妹弟子にして、元は邪仙に弟子として扱われていた。 あちらの系譜から見れば、季凛には姉弟子に当たる。 「もし気づいたら、明日あたり血の雨でしょうか」 硯箱を片しながらそう思い至ると、木蓮は部屋を出た。 壊れ物や鉢植えなんかは、大暴れされても大丈夫なように非難させておいた方がいい。 とりあえず居間から見回りましょうか、とほてほてと廊下を歩いていけば、 開いた窓から桃の香りがゆったりと漂ってくる。 立ち止まって窓から顔を出すと、遠く空に黒い鳥影。 その背にきらりと光を弾くものが見えれば、陸秋と蒼天だろう。 「一通り見回ったら桃でおやつにしましょうかね」 影が見えなくなるまで見送ると、木蓮はまたほたほたと廊下を歩き出した。 綾花苑の午後は、今日も静かである。 <(あと1回)続く(予定)> ...
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