白木蓮の咲く庭で...久純ゆきの

 

 

049 刀:(仮) - 2004年09月19日(日)

確信などなかった。
ただ、予感があっただけ。

この先で待っている。
過去にこの森を、同じ目的を持って共に駆けた人物が。

それまで彼とはほとんど面識もなかった。
出会い頭に交わした挨拶は、売り言葉に買い言葉の応酬で最悪に近かった。
刀を握る道を識る人間。
けれど、自分と彼では太刀筋もその目的もまるで違っていた。
抱く信念も願いも。
それを叶える方法も。

それがあの不思議な出来事の渦中で、
何かしらの縁が絆されてしまったのかもしれない。

自分と彼は表裏一体。

彼は裏を行く時、自分は表を行く。
……では今は。
自分が裏を選択しようとしている、今は……。


「やっぱり来たな、久弥(くずみ)」

かしゃりと、刀を扱う音がした。
天斗の前方、夜の森に低く伸び茂った枝葉が暗い影を落とす大樹の根元から、
人懐っこい笑みを浮かべて彼が姿を現した。
腰に佩いたその太刀は、彼の母の形見だという。
銘は小狐丸。


「……榊、か……」

分かりきった相手の名を確かめるように口に登らせる。
少し離れたところで立ち止まれば、
自分が腰に佩いた刀も呼応するように音を立てた。

銘は樹神(こだま)。
彼――榊昴の父親、国一番の名工の作品。
自分の目で納得行くまで確かめて選んだ大切な相棒。
一度構えれば、木霊が返ってくるように確かな手応えを返してくれる。

この場に流れる雰囲気は表向きは穏やかだったけれど、
むき出しの肌に鳥肌が立つような緊迫感が潜んでいる。
刀を抜く前の、探り合い。
抜けば一瞬で決まるという予感。

久しく無かった、この緊張感。

「こんな夜更けにどこ行くんだ?」
「……麓へ」

かしゃり、と彼が一歩詰めた。

「一直のところに飲みにでも行くの? んじゃ俺も行くわ」
「……一直は関係ないさ」

こちらもまた、斜め前へと踏み出す。


「ふうん……じゃ、何しに麓に行くんだよ」
「……分かってるんだろう?」

距離の詰め方の違いは、お互いの流派の違い。
迷うことなくひたむきに、まっすぐ斬りかかって行く彼の太刀。
相手の一閃をかわしながら、流れのままに斬り込む己の太刀。

お互いに、笑みを口元に登らせる。
すがすがしく晴れた空のような、榊昴の笑み。
心に夜の静寂を写し取った自分、久弥天斗の笑み。

「なあ、もうしばらく待てよ」

遠くで、目覚めた鳥が一声啼いて羽ばたいていった。

「あと少し斎宮様の周りが落ち着くまでさ。
 一部始終を知っている側仕えは絶対必要だ。
 歳々だって巫女としちゃ大したモンだが……。
 お前は武官としても使えれば文官の能力も申し分ないときてる。
 世辞抜きで、側近にしちゃこれ以上ない上物だぜ。な?」

あと少しだけ残れよ、と榊は笑った。
これほどまでに饒舌に語る彼は滅多に拝めない。
しかもその内容が天斗への賛辞と来れば、計都星並みの確率だ。

「だからだよ。お前も分かって言ってるんだろう?」

返事はなく、ただゆらりと笑んだ気配が伝わってくる。
一緒に、場を支配する空気が一層鋭くなった。

「ここで残れば、間違いなく近侍の列に加えられる。
 軽く辞められるような下級文官の身分じゃ居られない。
 ……今を逃せは、国から抜けられなくなる」

刀を握るようになってから、己の願いはひとつだけ。
この身の栄達も家名の繁栄も望まない。

「剣を究めたいんだよ……この世に爪先ほどでも、剣士として俺の存在が残るように」

風のようにこの世界を渡って、ただ技量を高めたいのだ。
そこには身分も宝物も必要ない。
己と相手が居るだけの世界。
その純粋さゆえに、これほどまでに魅了されたのだから。

「期待されたお役目を放り投げるなんて、お前らしくもねぇな」
「……俺は本来こんななんだよ。
 藤原氏の一件も、本当に英雄の役を担うべきだったのはお前だった。
 お前が逃げ回るから仕方なく引き受けたんだよ」
「んなもん、俺の柄じゃねぇしよ。
 第一、今求められてるのはお前だろうが」
「今度は俺が逃げさせてもらう。榊、お前が引き受ける番だ」
「宮仕えなんて、ぜってぇ御免だね」

もう一歩ずつ踏み込む。
彼の利き手が愛刀をゆっくりと抜き放つ。
こちらも静かな挙手で居合いに構える。

「一度、お前とやり合ってみたいと思っていた」
「ふん……俺もだよ。奇遇だな」

小狐丸の刀身が月光を弾いてきらりと光った。

「どうしても行きたきゃ……」

身を屈めて樹神の鞘を握る。

お互いの視線が通い合う一瞬。

「俺を抜いてから行くんだなッ!」


二筋の銀閃が、闇を割って走り抜けた。



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