マニアックな憂鬱〜雌伏篇...ふじぽん

 

 

タマモクロス逝去で考えた、競馬を観る人間の視点。 - 2003年04月12日(土)

芦毛伝説第一章、タマモクロス逝去。まだ19歳。
しかし、スタッド(種牡馬の家、みたいなもの)の人のインタビューでも、
「今までよく頑張ってくれた」というような、お疲れさまモードっぽい。
まあ、サラブレッドの19歳というのは、けっして若いわけでもないし、タマモクロスの種牡馬としての成績は、内国産としては非常に優秀だったが、サンデーみたいに代わりがいないほどでもなかったし。
でも、この馬の強さは、これからも長く語り続けられるだろう。
G3、G2、そしてG1と連勝街道を突き進んでいくとき、馬の成長力というのは、こんなにメザマシイことがあるんだなあ、と驚いた記憶がある。

 そういえば僕は、タマモクロスの落命を聞いて、そういえば、オグリキャップは、タマモの1歳下だったよなあ、などと思った。
 僕が競馬をやるようになってから、トウショウボーイが逝き、ライスシャワーが逝きハイセイコーが逝き、ナリタブライアンもエルコンドルパサーも、サイレンススズカもミスターシービーも星になった。最近では、エアシャカールも。そして、書ききれないたくさんの馬たち。

 馬の命は、人間より短い。タマモクロスは、サラブレッドとしては短命ではなかったが、人間で言えば20年にも満たない生命は、やはり早逝の印象があるし、世代の交代も早い。僕が競馬を見ている間だけでも、シンボリルドルフはトウカイテイオーの父親となり、テイオーはトウカイポイントの父親となった。
 人間は、人間という存在を血統の連続という大きな流れとして俯瞰できる機会はほとんどない。でも、競走馬に対しては、あの馬の父親は…とか、あっ、この馬のお母さんは、確かあのレースで人気で負けちゃって…とか、血統の流れを俯瞰することができる。それは、ある意味「神の視点」なのだ。

 でも、そう考えると、どこかに僕たちを駒としてゲームに興じている「神」がいるのかもしれない、という気もしてくるよなあ。



 今日の後悔:「絶対ネタになるはず!と期待大だった『ブラックジャックによろしく』をあまりの忙しさに見逃したというか、存在そのものを忘れていた。無念。




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