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疲れに効く記憶
2006年11月09日(木)

具合がちょっといまいち。
クラクラするので心配になって野菜ジュースを飲む。
マドレーヌだけでは栄養的に不安なので、チョココロネも食べた。
たぶん大差ないけど。

結局、虎の子の「冷たいえんどう豆のスープ」も食す。
http://www.heinz.jp/products/product/id/p00076
粉末タイプのポタージュスープと一緒に
ずーっと職場に常備していたレトルトスープ。
いざとなったらウィダーインゼリーもあるし、
ポカリスエットもあるし、
マイナスイオンも浴びつつ、じわじわと頑張っていこう。

最近色々と疲れているんだろうか。
いや、最近に限ったことではないな。

小学生の頃に、ふくらはぎに貯まった疲労物質にへとへとになって
帰り道にしゃがみこんでランドセルを下ろしてしまった時の
全身をかけめぐるような疲労感は、今も生々しく思い出せる。
視力2.0なのにいつも疲労でかすむ視界の中で、
いつまでこんな生活が続くんだろうと、茫然と思った。
いつか意識がはっきりしているときにちゃんと考えようと思っていた、
そんな大切な考え事を、
忙しいからと一日一日後伸ばしにしているうちに、
いつの間にか今日になってしまった気がする。
睡眠不足も肩こりも、もう10年どころではない。

「子供は元気でいいよなー」と言う大人がいるが、
そういう人は幸せな子供時代を送っていたんだろうかと思う。
私の場合はちっとも元気じゃなくて、常にへとへとで、
いちおう健康ではあったものの、常に深刻な困りごとを抱えて、
点数とか身長とか体重とかじゃない、数値では測れない部分の自分自身を
周りに伝えていくやり方が今以上に下手くそで本当に大変だった。
当時の自分を「いいよなー」なんて全く思わない。
若さとか可能性とかいうものは、本人には真価がわからないのだ。
よくわからないパワーはあってもたいてい上手く使えないのだから、
うらやましがられてもしょうがない類のものだ。
大人は大人で、少ないパワーで
効率よく何かをやる知恵を身につけているのだし。
疲れた疲れたといいながらね。

だけど、なんだかだいって、疲れるぐらいの日々というのは、
それなりに体調のいい証拠でもあるのだ。
疲れを感じないで済んだ日々もあったが、
それは思うように体を動かすことができなかった日々だ。
疲れることすらできなくなるよりは、
毎日健康に疲れていたいものだ。