蜜白玉のひとりごと
もくじかこみらい


2014年10月15日(水) 山の家、ヤモリ

売るにしたっていつ売れるのか、いや、そもそも買い手が現れるのかどうかさえ、素人にはさっぱりわからない『実家を売却する話』が夏の終わりに急に加速し、しばらくはそれにかかりきりとなった。実家は私の結婚後に建てた家だから私は一度も住んでいない。その後の予期せぬ介護のためさんざん通い倒したけれど、あの家はどこからどう見たってやっぱり父と母の思い出の家なのだった。

売ろうかどうしようか迷っていた時期に比べれば、売却に向かって一気に動き出した今となっては、感慨はほとんどない。昨年の母の引っ越しによって空き家となってからは「思い出の山の家」は、ゆっくりと「ただの山の家」に変化したようだった。

つい先日の猛烈な台風の日、「ただの山の家」になる総仕上げとして、家に残されたありとあらゆる家財道具を処分した。せまりくる暴風と大雨にひやひやしながら前泊し準備をした。当日は朝早くから業者さんに頼んで、どんどん分別しては運び出してもらう。その作業は引っ越しと似ていたけれど、決定的に違うのは搬出はあっても搬入はないということだ。ここでお別れ、今日でさようなら。

運び出される物を私はなるべく見ないようにした。業者さんは、思い出の品っぽいですけどいいですか?と見つけるたびに訊いてくれた。細かい物ほど見てしまうと名残り惜しくなって、あれもこれもとっておきたくなるだけだとわかっていた。そのたびに、あ、いいですいいです、いっちゃってください、とへらへら明るく返事した。へそくりみたいなものは見つからず、出てきたのは500円の図書券1枚(カードじゃなくて券)、ビジネスホテルのギフト券、20年前のビール券、うちのタマ知りませんかの貯金箱の1円玉と5円玉だった。どれも納戸から出てきたもので、そこはすっかり時が止まっていた。

2台のトラックを満載にして業者さんが帰ると、物がすっかりなくなった家の中は、気が抜けたみたいにぽかんとしていた。それを眺めて、よかったと思った。安堵ばかりでさびしさは感じなかった。

片付けの途中、勝手口を開けたとたんに首元に何かが触れて、払い落すと大きなヤモリで、一瞬、うわぁ!と叫んだものの、ちょっと考えて合点がいった。お役目これにて終了、ということなのだと思う。こちらこそ、今までありがとう。そういえば、前にもこんなことあったな。挨拶に来るなんて、君たちも相変わらず律儀だね。


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