母方の祖母に、衣類を買ってもっていく。この祖母、まだまだ健在で、衣装をとっかえひっかえしてはどこにでも出かけようとする好奇心旺盛なお方だ。足が悪くて「イタイイタイ」と杖をついているというのに、それでも出かけようとする。体格も私の横幅の1.5倍はあるので、つきそう家族も大変そうだ(笑)
たまたまの偶然なのだが、祖母の家には私の従兄弟二人が、夫婦で来訪していたところだった。従兄弟の両親、つまり私の叔母や叔父もいて、なんだか大家族状態。 叔母達の飼っている子犬と、従兄弟の兄夫婦の、二歳になる娘が話題の中心。従兄弟の娘は、ゴルフのパターに興味津々だったらしく、一生懸命大人の真似をして遊んでた。後ろから「こうやるんだよ」と手をとって教えてあげると、それっぽい事はする。言葉も動作も吸収が早くてビックリ。 そんな子供の一挙一動に手を叩いて喜ぶ祖母たち。平和だ。
昼飯時に喫茶店で読んだ「蒼天航路」の世界とは大違いだ(笑)
夕刻、病院の祖父を見舞いに行き、夕飯を食べさせる。 スプーンをもって食べるぐらいの元気は出てきたようだ。よかった。本当に。 まだ上手く口に運べない事もあるのだろうが、私たちの顔を見ると「食べさせてくれ」と甘えてくる。どこまでサポートすればいいのか必死で考えながら手伝う。 ふと、昼に子供にパターを教えていたのと、似通っている事に気づく。
日本文化っていうのは、円環が根底にある文化だ。 わかりやすく大雑把に言えば、七五三と三回忌や七回忌は同じ意味を持つ。あの世における七五三が○回忌だ。 童子信仰論でレジメを作った時を思い出した。 子供はこの世に現れたばかりの、魂を身に定着させてやらなければならない存在。 老人はもうじきこの世から離れる魂を持っている身。 どちらもあの世に近しい存在であり、どちらも人ではない=神に近しい者である。 2童子と1老人を1セットにした存在を、あの世の存在である神や仏の化身(またはそれに近しいもの)として考え、信仰対象にする文化が、日本にはある。
……うろ覚えだから、これ以上、穴だらけの知識を書き殴るのはやめておこう。
とにかく、私は最も遠いものを背中合わせにするには、されるだけの印象があるのだと、もはや遠ざかりつつある記憶と照らし合わせて考える。 文化とは、現実に根ざして語らなければならないんだと、あらためて実感する。 そんな日もあっていい。最近、やっとそう思えるようになった。
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