ひびき(日々記)
「夢を叶えて 夢になりたい」

2003年02月17日(月) レトリックの光と影

「オマエが好きで 一人占めしたくて いっそのこと 殺したい」

こんな愛情表現の文章があったとしよう

そこからまず
「一人占めしたくて」という言葉を削ってみる

「オマエが好きでいっそのこと殺したい」

次に
「いっそのこと」という言葉を削ってみる

「オマエが好きで殺したい」

最後に
「好きで」という言葉を削って接続詞を変える


『オマエを殺したい』


書いた本人は心情把握が出来ている故に
この短い文章で意味は成り立ち事足りる

そしてこの短くなった表現は
見る人によってはとても「詩的」に映る

言葉の向こうにある真意に到達するには
その言葉を目の当たりにした人間の
「想像力による肉付け」が必要だからだ

言葉を削るという作業によって
第三者が各々に解釈し易くなり
自分の心情に促した世界を
人の作った世界で見る手助けになる

これは詩や詞を書く人間が
往々にして使うレトリックであり
作者のセンスが問われる一要素でもある

しかし単に
『オマエを殺したい』と表記された文章は
肉付けの仕方次第でともすれば「狂気」とも捉えられる

他人の想像力に委ねた短い表現には
「本人が思いもよらない一人歩き」をする
そんな可能性が必ず内在している

僕が関わる歌詞の世界でなら
『オマエを殺したい』の周辺に
その言葉の真意を匂わせる背景を
何らかの形で組み込む事で
本意がズレないようにしたりする

第三者が想像力をもってして
『オマエを殺したい』という表現から
「狂気」になびこうとしようとも
最終的な答えに導く仕掛け

そんなものをはりめぐらせている

しかし「つもり」になっているだけで
それはとても不完全なものだ

人の受け止め方に
「歯止め」など絶対にかけられない

言葉しかない世界でモノを言う時
このレトリックは「諸刃の剣」

何気ない一言が
相手にとってナイフに見える時はある

それは僕も含めてどんな人にもある
例え何年来の友人であってもだ
人の感情は絶えず浮いて沈んでいる

花はどれだけ美しくとも
結婚式とお葬式では
人の心に違うものとして映る

言葉だけの世界は
「言葉足らず」ならぬ
「心足らず」が宿命だ

僕も散々思い知らされた


思い知らされている人へ
今日記したこの「ひびき」が
優しさとして伝わる事を祈っています


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