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2006年02月06日(月) 第130週 2006.1.30-2.6 グリーンスパン氏の転身、グリーンスパンとブラウンの相違点

ラグビーのシックス・ネーションズが始まりました。初戦でイングランドは、昨年の同大会で完全優勝を果たしたウェールズに大勝しました。テレビで観戦しましたが、今回のイングランドはかなりチーム力が高いように感じます。

(グリーンスパン氏の転身)
2月1日は、世界各国を眺め回しても比較的平穏に過ぎた一日だったと思いますが、世界経済という観点から考えると歴史のページが変わった大きな区切りの日でした。
この日、米国の中央銀行に相当するFRBの議長がアラン・グリーンスパンからベン・バーナンキに交替しました。グリーンスパン議長は、1987年の就任後、異例の長期間にわたってFRB議長を務めてきました。この間、金融政策において絶妙の舵取りで米国経済の繁栄をもたらしたとされ、古今東西でもっとも偉大な中央銀行総裁の一人として確実に名前を残す人物です。
90年代以降の世界経済は米国を中心に回ってきたので、グリーンスパンの退任は世界経済にとっても非常に大きな意味を持つ出来事でしょう。

そんな歴史的な代替わりを「海の向こう」の出来事としてロンドンの職場でのんびりと横目で眺めていた昼下がり、英国財務省のメーリング・リストから受信した一本のメールはまさに「へ〜」といった内容のものでした。「グリーンスパン氏がゴードン・ブラウン財務大臣の名誉顧問(Honorary Adviser to the Chancellor of the Exchequer Gordon Brown)に就任する」という内容のプレス・リリースを英財務省が発表したというものでした。
議長退任後のグリーンスパンが、ワシントンでコンサルティング会社(Greenspan Associates)を始めるという話は以前から伝わっていましたが、ブラウン財務大臣の顧問に就任するという話はほとんど知られていなかったのではないでしょうか。

(グリーンスパンとブラウンの関係)
中央銀行総裁を退いた後に、外国の財務大臣の顧問に就任するというのは奇妙な話にも思えますが、どうやらこれは二人の個人的な関係によるもののようです。
フィナンシャルタイムズ紙によると、「二人はつねづね多くの問題に関して個人的なやり取りをする親密な間柄だった」そうです。具体的には、ブラウンが財務大臣に就任する1997年よりも前から、中央銀行の独立性などの経済問題に関し、ブラウンはグリーンスパンから個人的な助言を受けていたそうです。

二人は今では、互いに尊敬しあう極めて近い関係になっているとのことです。確かに、言われてみると近年の二人の言動の中にそのような関係をにおわせる場面がありました。例えば、去年、ブラウンはアダム・スミスを輩出したことで知られる名門・グラスゴー大学にグリーンスパンを案内したことがありましたし(ゴードン・ブラウンの母校は同じスコットランドのエディンバラ大でした←2月7日修正)、昨年暮れにロンドンで開催されたG7会合でも退任を間近に控えたグリーンスパンのエスコート役をブラウンが一生懸命に務める姿がニュース映像で流れていました。
最近の二人の公式発言からも、両者の親密な関係がうかがえます。グリーンスパンはブラウンについて「世界各国の経済政策担当者の中で比類ないほど優れた人物(without peer amongst the world's economic policymakers)」と表現したのに対し、ブラウンはグリーンスパンのことを「世界中でもっとも傑出した経済政策担当者の一人であるのみならず、彼の年代でもっとも偉大なエコノミスト(not only one of the world's most outstanding economic policymakers but the greatest economist of his generation)」と誉めそやしていたそうです。

なお、グリーンスパンは英国政府からの報酬は一切受け取らず、定期的にブラウンと経済問題に関する意見交換や助言を行うことが「名誉顧問」としての職務内容だそうです。

(グリーンスパンとブラウンの相違点)
本件に関する英米のメディア記事をひとわたり見てみたのですが、事実以上のことを伝える記事が少ない中、米ワシントンポスト紙(2月2日付)、英フィナンシャルタイムズ紙(同)、ガーディアン紙(同)がちょっと詳しい目の記事・論説を掲載していました。
これらの中で一番面白い視点を紹介していたのは英ガーディアン紙の記事(コレコレ)でした。
保守党筋のコメントを引きつつ、ブラウンとグリーンスパンの経済政策に対する考え方は実は正反対であり、グリーンスパンの助言はうまく活かされない可能性があるということを指摘するものです。すなわち、前者が税制などの制度設計において細部にわたっていじりまわすのを好む傾向があるのに対し、後者はシンプルな制度を好む傾向があるということです。
英国流の皮肉な斜め読みと取るのが正解だと思いますが、両者のキャラクターの違いに関しては本質を突いているとも思います。

少し敷衍すると、個人的な意見として、グリーンスパンの経済観の本質は「市場原理」主義だと思っています(「市場」原理主義ではなく)。端的な例は、「資産バブルの解消は、基本的に市場の自浄作用にゆだねるべきであり、バブル崩壊後に市場原理が作用しなくなった時にこそ政策当局が出動する余地が生まれる」という考え方にみることができます。
政策担当者としてそれを実践するには、平時には腹をくくって状況を見守る覚悟が必要であり、いったん非常時と判断された時には果断に動く瞬発力が要求されます。つまり、卓越した経済分析の能力とともに徒に慌てない冷静な状況判断(cool headとgreat calibre)が要件となるわけですが、ブラウンが優秀な財務大臣であることを認めるのに吝かではないものの、右の要件(特に後者)を備えた人物かというとやや疑問なような気がします。もっとも、そんな日露戦争時の東郷平八郎元帥を髣髴とさせるような大人物は極めて稀少だとは思いますが。

エコノミストとしてのバランスの取れた分析能力のみならず、経済政策を担う人物としての器の大きさこそが、マエストロ=グリーンスパンの真骨頂だったのかもしれないと、ふと思いました。


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