MEMORY OF EVERYTHING
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2002年08月07日(水) I meet‘Danger’!

気温は高かった。けれど、それほどの湿度を伴っていない朝は、からりとしていて温かかった。
眠りに付く前に回した扇風機が、傍で首を振っている音がする。
左右の最先端に届く度に、ガチャリと接続部分がきしんでいる。
さらりと肌をなでる風を気持ちよく感じて、目をあける気もせずに寝返りを打った。
シーツの上で、左手にぶつかったものがある。
やたらとゴツゴツしていて、そのままでは掴み所がない妙な形。
ぼやけた頭はそれを、目覚まし代わりに置いた携帯電話だと判断した。半分、いや、それ以上にまだ寝ぼけているくせに、普段の習慣から状態をチェックしようと右手をも伸ばしてそれを掴んだ。
しかし違和感があった。
軽々と持ち上げられるはずのそれは、シーツにずっしりと沈み込んでいて手に吸い付いては来なかった。
眠気を振り払って、何故か今朝に限って頑固な携帯物をなんとか支配しようと、うつぶせの状態から体を起こした。
そして右手の下敷きになっているそれを見て、霞んだ視界が急激にクリアになった。
カメラがだんだんピントを合わせるように、目の前のそれに視神経が集中する。
携帯電話は青いはずだった。しかしその、深い海の底のような色を携えているはずという記憶が、裏切られたような気分だった。
物体の全体像は明らかに黒い。夢からまだ覚めきっていないような闇の色だ。
一見すると鉤型にも見えるそれの折れ曲がった部分だけが茶色い。通常、そこを握り締めて扱うのだろう。
いつ現れたのか、どこからやってきたのか。それは普通に日本国内に生きている限り、ほぼ確実に遭遇することのないある種の「武器」―――拳銃だった。
改めて驚く間もなかった。
左のこめかみに慣れない感触。慣れない、どころではない。恐らく経験したことのない硬質の感触。
寝癖であちこちに跳ね上がる髪を掻き分けて、銃口は押し付けられていた。
一瞬、息が止まりそうになる。ほんの少しでも動けばその口が火を噴く気がして、ズレ下がるパジャマの肩口も直さずに硬直した。
いまだに右手の下に位置する黒い拳銃に目を落とす。これと同じものが、今自分のこめかみに牙を向けて命を握っている。
一体、誰が横に立っているのだろう。黒目を限界まで左に寄せてみても、視界に姿は映らない。
せめて、男なのか女なのか。疑問はすぐに解けた。
男の声が何事かを言う。
日本語ではなかった。英語かもしくは知らない言語だった。聞き取れなかっただけとも思えたが、わざわざ胸で反復してみる余裕はどこにもなかった。恐らく、必要もなかった。
心臓が小刻みに振動していた。閉じるタイミングを失って、半開きのままの唇から渇きが広がっている。
こめかみの物体がかすかに動いた。そして男がもう1度言った言葉は、今度は容易に聞き取れる短い言葉だった。

「GOOD-BYE」

その言葉は引き金だった。男の握った拳銃のものではない、理由も原因もわからず命を握られた自分の体の引き金だった。
その時の行動は、自分の中にまさか秘められていたとも思えない、強引で、迅速で、正確な、ひとつの連結した行動だった。シーツと手のひらの間で眠っていた黒い銃身のグリップを握り締め、持ち上げ、身を翻し、左手を添えて、迷いなくトリガーを強く引き寄せた。
鼓膜を引きちぎられるような音が響いて、同時に体は背後の壁に叩きつけられた。
思わずうめいたが、男の声はそれを容易にかき消す壮絶さだった。当然の結果として真っ赤な血を見ることになるのだろうと頭は即座に予測していたが、男の体は血を噴出す代わりに、中心からはじけるようにして掻き消えた。
男は消えた。男の銃も目の前の危険も消えた。足の間には、既に力ない両手でただ触れているだけになっている銃身が横たわっていた。
現実味を帯びた夢だと思おうと無意識下で思考が働いていたが、再び眠りに付くこともできなかった。

その朝は、それまで毎日歩いてきた日常を覆す、始まりの朝だった。


ゆり |MAIL

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