観能雑感

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観能雑感
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2007年06月10日(日)

宝生会　月並能　

宝生会　月並能　宝生能楽堂　PM1:00～

　サイトのチケット申込みフォームから申し込んだが一週間経過後も返信なし。確認メールを送るも無反応。再度申し込みを行い電話で問い合わせてみようかと思っているところに「メンテナンスが遅れたため返信が遅くなり申し訳ございません」との申込み確認メールが来た。今年に入ってからシステム不具合のため申込み確認が遅れたことが既にあり、数ヶ月の間抜本的な改善策を取っていないことになる。システムの不具合を100％防ぐのは不可能なので致し方ないが、不具合があるという表示さえあったら最初から別の方法で申し込んだのにと思う。

　中正面脇正面寄り最後列に着席。見所は7割程度の入り。

能　『加茂』
シテ　武田　孝史
ツレ　野月　聡
天女　小林　晋也
ワキ　森　常好
ワキツレ　舘田　善博、森　常太郎
間　住吉　講
笛　一噌　幸弘(噌）　小鼓　大倉　源次郎（大）　大鼓　亀井　広忠（葛）　太鼓　金春　國和（春）
地頭　近藤　乾之助

　後シテである別雷は御祖神の子であると説明されることが多いが、詞章では天に昇った矢が別雷とされている。賀茂の祭神を外祖父、母、子から父、母、子とする女系から父兄への変遷を如実に感じる構成なので、この場合後シテは子ではなく父であると考えた方が相応しいような気がする。
　シテは殊更声量に恵まれているわけでも良く通る声でもないが、明瞭に聴こえて来る謡と気品のある立ち姿が印象的。後シテはもう少し力感があっても良かったか。後ツレは舞台に上がる水準に達しているとは思えなかった。地謡も地頭を除いた後列の面子を見ると致し方ないという出来で、シテを盛り立てるには到らなかった。

狂言　『水汲』
シテ　野村　萬
アド　野村　万蔵

　橋掛りを歩いてくる萬師の姿に年齢を感じたが、いちゃの背後に立って目隠しをすると若やいだ色香が香り立って、突然視界が明るくなったと感じる程。役者の凄さを感じる。以下の二人の掛け合いは修辞を理解できればもっと楽しめるのにと歯がゆい。最後に水をかけられて憮然とするところは萬師にしか出せない味わいで、舞台上の姿をぜひ長く観ていたいと願わずにはいられない。

能　『籠太鼓』
シテ　三川　淳雄
ワキ　工藤　和哉
間　野村　扇丞
笛　槻宅　聡（森）　小鼓　北村　治（大）　大鼓　柿原　弘和（高）
地頭　今井　泰男

　松浦の某が家人である関の清次を殺人の罪で入籠させているが、脱走したことが判明し、清次の妻に行方を問い質したところ、知らぬと言い張るため替わりに入籠させる。夫を慕うあまり変容する妻の姿を哀れに思い、松浦の某は籠から出そうとするが、妻はそれを拒み、時を知らせるためにと付けておいた太鼓を打って狂乱する。夫婦二人の助命が確約された後、妻は実は夫の居所を知っていることを明かし、旅立つ。一風変った女物狂い物。作者不明。今回初見。

　「どうせ最後まで観られないんだからここでいいよね」という不穏な呟きとともに祖母、母、孫の3名が同じ列に座った。孫はどう見ても3歳より上には見えず、もとより長時間じっとしてられるわけもない。孫の声とそれを諌める二人の声、がさがさという物音で落ち着かず。結局母が孫を連れ出し一安心かと思ったのも束の間、孫の声ともに戻ってきてまた同じことの繰り返し。食べ物を与えようとしているよでフィルムを開けるかさかさという音がし続け、鬱陶しいことこの上ない。孫はまた連れ出された。周囲やこちらの視線を感じてはいたようだが、だからどうということもないらしい。どうも本人達は後ろの席だから構わないと思っているフシあり。過去の経験から、こういうことをする人達は本来の席は大抵正面席にあって、それ以外の席での多少の無理は問題ないと思っているようだ。どの席もすべて有料で舞台を観るための席である。自分たちさえよければそれでいいのか。このような蛮行が放置されているのが能の見所の現状であり、この客席における他のジャンルでは考えられないストレスに、耐え難さを感じ始めて大分経つ。
　残念ながら舞台を楽しむには最悪の状況だったけれど、演能そのものは良質だったと思う。シテは登場から一筋縄ではいかないという凄みと品位があった。物狂いという点から見れば我を忘れた様子がいささか不足していたようにも思えたが、本曲のシテは佯狂である可能性が高いので、夫救済のためにあくまでも冷静な妻の姿と見えなくもない。小品だが変った味わいの面白い曲。
暫く見ない間に北村師が大分年取っていて少し驚いた。

能　『来殿』
シテ　髙橋　亘
ワキ　高井　松男
ワキツレ　井藤　鉄男、御厨　誠吾
間　山下　浩一郎
笛　一噌　隆之（噌）　小鼓　森澤　勇司（清）　大鼓　柿原　光博（高）　太鼓　助川　治（観）
地頭　佐野　萌

　他流の『雷電』と異なり、後場は菅公が狩衣、指貫姿で天神として登場し、国土安穏を言祝ぐ。前場の内容は基本的に同じなため不自然極まりなく唐突な印象。舞入りの小書きとして上演したものを定番化したそうだが、これを改悪と言わずして何と言おう。前シテの面は怪士系統だと思われるが不明。朽葉色の水干に錆青磁の大口で、零落した様子が表れていた。

　6月8日に観世榮夫師が亡くなられた。享年79歳。
　ここ何年かは闘病を続けながらの舞台生活だったので大きな衝撃はなかったが、前月の事故が心身ともに影響しているとは思う。
　この方は、特に能楽に興味がない人にも最も名前が知られていたのではなかろうか。能楽師としては波乱が多く、他ジャンルの活動では一時的ではない実のある成果を残したと思う。後進の育成にも熱心だった。シテとしては個人的には積極的に観たい人ではなかったが、文字通り一曲の内容を凝縮し、その場の空気を変える力のあった仕舞は強く印象に残っている。業績を云々できる立場にはないが、この方にしかできないことをやり続けてこられたと思う。
　とある能楽師の方の追悼文に1994年に開催されたフランスの演劇祭のことが書かれていた。日本のTVでもごく一部ではあるが放映されて、観た記憶がある。出番を待つ榮夫師の周囲にはいつも地元の少女バレリーナ達が群がっていたそうだ。季節やその情景から文字通り『真夏の夜の夢』のようで、「そうか、榮夫ちゃん（なぜか心の中ではこの方をずっとこう呼び続けている）はオベロンだったのか」と、妙に納得したのだった。
　心よりご冥福をお祈りいたします。

こぎつね丸