観能雑感
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2007年02月09日(金) 銕仙会 2月定期公演 

銕仙会 2月定期公演 宝生能楽堂 PM6:00〜

 未見の曲二番。疲れ切っている金曜日の観能は正直辛い。中正面後列脇正面寄りに着席。見所は8割程度の入り。

能 『源氏供養』
シテ 西村 高夫
ワキ 森 常好
ワキツレ 舘田 善博、森 常太郎
笛 槻宅 聡(森) 小鼓 森澤 勇司(清) 大鼓 柿原 光博(高)
地頭 浅井 文義

安居法印が石山寺に参詣する途中、一人の女性に呼び止められる。彼女は自分は「源氏物語」を書き上げた者だが光源氏を供養しなかったため成仏できずにいると告げた上で、光源氏と自分自身の供養をしてくれるよう頼み、姿を消す。その夜更け、法印の前に姿を現した紫式部は願文を手渡し、源氏の供養を願い出る。布施の替りに舞を乞われ、舞いつつ成仏への憧れを示す。法印は紫式部は石山観音の化身であり、世の無常を知らしめるために「源氏物語」を記したのだと悟る。作者不明。三番目物だが舞はなし。
 シテは幕内からの呼掛けの後登場。明確に名も明かさないまま供養を願って消えうせる霊としては、堂々とし過ぎているように感じた。強烈な自負と無力感の間に沈殿しているかのごとき紫式部の人生を考えると陰影に乏しかった。
 現行では間狂言はなし。後シテの面は変らず孫次郎、前折烏帽子に長絹、大口。シテが手渡した巻物をワキが正先でしばらくの間開き、その後脇座へ退く。「源氏物語表白」に基づくクセは二段。「源氏物語」の巻名を織り込み世の無常と狂言綺語の世界から成仏への希求がたっぷり語られる。舞グセなので舞のない物足りなさはなかった。孫次郎という面は紫式部としては少々あどけなさ過ぎる印象あり。せめて死後はただ浄土への憧れのみを持っていたいという心持ちなのかもしれない。ロンギの「定めなの憂き世や」は一曲全体の通奏低音であり、紫式部が常に感じ続けた想いであろう。
 設定としては無理もあるが実際に観ると意外とすんなり受け入れられ、面白く観られた。クセからキリまでが特に充実していたように思う。
 ライバル視される清少納言のように宮廷生活に喜びもなく、遥かに混濁した一生を送った和泉式部が能の物語の中では歌舞の菩薩として描かれているのに対し、紫式部は芸能の世界でも苦悩と無縁ではいられないようだ。

狂言 『文山賊』
シテ 石田 幸雄
アド 竹山 悠樹

 段取りの悪い二人組みの山賊、旅人を取り逃がし、果し合いを始めるも命の危険が生じそうになるとそれを回避してしまう。結局書置きをしてから死のうということになったが、書いた文章を読むうち後に残す妻子のことが哀れになり、死ぬのを止める。
 本業の手際は極めて悪いのにもかかわらず矢立を持っている山賊が珍妙。全体として取り合わせのナンセンスというのを基底に創作された模様。己の境遇を客観視しようとすると違う側面が見えてくるということか。

能 『舎利』
シテ 馬野 正基
ツレ 長山 桂三
ワキ 御厨 誠吾
アイ 竹山 悠樹
笛 藤田 次郎(噌) 小鼓 古賀 裕己(大) 大鼓 原岡 一之(葛) 太鼓 小寺 真佐人(観)
地頭 観世 銕之丞

 出雲の僧が都の泉涌寺に赴き、仏舎利を拝み感激しているところへ一人の男が現れ、仏舎利が遠く日本にもたらされたのはこの地が仏教を尊ぶ故であると語る内に俄かに様子を変じ、自分は仏舎利に対する執心が残る足疾鬼だと告げ舎利を持ち仏塔を突き破って逃走する。能力の召喚に応じ諸天が現れ、韋駄天は再び足疾鬼を追い詰め仏舎利を取り返す。
 前シテの真角という面は怪士系であると思われるが、黒頭を付けていることも手伝って、角度によってはフレディを連想させてかなり不気味。御厨師がワキを勤める機会はまだほとんどないと思われるが、緊張しているのが解りつつも懸命な姿には好感が持てる。正先の一畳台の向かって右隅に小さな仏塔が置かれ、足疾鬼が舎利を奪って逃げる際には足で踏み潰して行く。
 竹山師の間語は以前の急かされているような感じから大分落ち着いてきた。後シテの面は顰、赤頭、法被、半切。一方の韋駄天は黒垂。後場は仏教的宇宙を駆け巡っての大捕物で豪快かつ爽快。切能にぴったりの面白い曲だった。
 小寺真佐人師の太鼓を久々に聴いたが確実に腕が上がっており嬉しくなった。

 隣席で袖本をカサカサさせている音が耳障りで閉口。劇場で無闇に音を立てるのは何としても慎みたいもの。


こぎつね丸