大谷かず子の日記
DiaryINDEXpastwill


2004年03月18日(木) 子育てすごろく・その2

今日は長男(末っ子)の保育園の卒園式。
3人の子どもたちが全員お世話になった保育園の最後の卒園式です。

「保護者会長の挨拶」をしました。

 さくら組のみなさん、ご卒園おめでとうございます。
 入園以来、ずっと子どもたちの成長を見守り続けてこられた園長先生はじめ諸先生方、ご家族のみなさまには、この卒園の晴れ姿にご満足のこととお慶び申し上げます。
 ご来賓のみなさま、ご多忙の中ご臨席いただき、保護者会および卒園児父兄一同心より御礼申し上げます。
 さくら組のみなさん、ご卒園おめでとう。みなさんの卒園式の様子がたいへん立派なのでとても感心しています。
さて、3人の子どもたちがお世話になり、私自身も私の弟妹もお世話になった保育園を、とうとう卒園する日を迎えました。
 実はわたしも、この保育園の卒園児です。今から32年前、わしのみや保育園のわずか12人の最初の卒園児でした。今日のみなさんのように立派に卒園式ができたのか、残念ながらあまり覚えていないのですが、なぜだか卒園のしおりに貼るスナップ写真を撮った時のことはよく覚えています。さくらの園庭のブランコで撮りました。小さかった私には園庭は今よりもっと広く感じました。庭の木はみな植えたばかりの細い苗木でした。あの時の苗木は夏にはみんなの木陰をつくる大きな樹になり、園庭も今ではせまく感じるようになりました。今でも運動会やお遊戯会のことはよく覚えています。運動会で母たちが父の背広を着て猿のマスクをかぶり当時話題の映画だった「猿の惑星」の仮装をしたことをふと思い出しました。「保護者の仮装はあの時からずっと長い間続いて凄いな」と思いました。わたしも子供を保育園に通わすお母さんになりました。ここにいらっしゃるお父さんお母さんの中にも保育園を卒園した方がいらっしゃるかと思います。これからどんどん卒園児が親になり鷲宮保育園に戻ってきて、やがてさくら組のみなさんがお父さんやお母さんになって、その子どもたちが「わしのみや保育園」に通う日が来るかもしれません。歴史はこうして積み重ねていくのですね。
 園長先生は小さかったわたしのことを覚えていてくださいました。きっとみなさんのことも園長先生や先生方は覚えていてくれますよ。みなさんにも保育園でたくさんのお友達と思い出がいっぱいできたと思います。ときどき思い出してくださいね。
 園長先生や先生方に教わったことはみんな大事なことばかりです。小学校へ行っても一つ一つ思い出してほしいと思います。そしてわしのみや保育園にもときどき遊びにきてくださいね。

最後になりましたが、鷲宮保育園の益々のご発展をお祈りして、わたくしのお祝いのことばとさせていただきます。


卒園式が終わると謝恩会です。
(2ヶ月間、忙しい中準備してくれた「卒対係」のみなさんご苦労様でした)
お世話になった先生方と親子で楽しく歌ったりゲームをしている途中で
4月から高校生になる予定の長女の「入学説明会」の為に中座。(息子はお友達にお願いして最後まで楽しみました)

さてさて「説明会」
「厳しい学校」だそうです。
「今、伸び盛りの学校」だそうです。
「オーストラリアにホームステイ」出来るそうです。(長女は興味ないそうです、もったいない!)
「部活動は1年生は全入」だそうです。
「県立高校の授業料が値上げするかもしれない」そうです。(可決されると思います)

今日のうちに地区ごとに分かれて役員決めまでしました。
そうかー、高校って色んな場所から通学して来るから、PTAも地区ごとの活動なんですねー(目から鱗)。

なんとか終了して、預けてある2人の子どもを迎えに行き、大量の卒園式の荷物を抱えて帰宅すると5時半を回っておりました。
ははあああぁぁ〜。
身体が3つ欲しいと思う今日この頃です。



大谷かず子