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2002年04月04日(木)
ここしばらくネタに困っているので 依然に書いた$10についてあたらしい 考えが出てきたのでそれを書きたいと思います。
それは$10のライブに行った感想を 人から聞いたことにはじまりました。 感想を話してくれた人もお笑いが好きで 理論的に分析をしようとしている人です。
まだはじめたばかりで結論に困っているらしく 私に意見を求めてくるのですが、そのときの 会話で最近の$10に対して私が持っていた 違和感がはっきりしたのだと思い感謝しています。
さてその違和感というのは、技術や理論は素晴らしい ものを持っているにもかかわらず、いまいち面白くない ときが存在するというもので、私の考えを揺るがす ものである違和感でした。
私は理論的に、計算されそして技術の高い笑いは 常に高いレベルで安定して面白いと考えています。 そして実際そうだと確信もしていました。
明かに技術の高い、計算もされ理論的な 彼らの笑いが実がどうして不安定なのか 非常に不思議でなりませんでした。
しかし理由は至極簡単なものでした 料理を作るとき調味料で味付けをします。 しかしその調味料を使いすぎたり バランスを間違えたりすると味がなくなったり 非常に不味いものになってしまいます。
笑いも同じで的確なバランスで、そしてわかりやすい 量でないと面白みが半減、もしくは全くなくなってしまうと いうことが起こってしまうのです。
$10は非常にレベルは高いのですが 彼らがもともとホストであったということもあるのか サービス精神がありすぎるようなのです。 そのためありとあらゆるエッセンスを加えすぎて いまいち笑いがぼやけてしまっているのではないかと 感じるときがあるのです。
今回のこの話で笑いの奥の深さを再確認した気がします。
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