法事はつつがなく終わった。 やはり祖父がいなかったのが残念でならない。 何を差し置いても祖父という気がしないでもないが、 私の立場では手も出せないので口出しできないのが残念だった。
母と父は若いころから意外と仲が良かった話、 (義務的な感じで結婚したのかと思っていたけど意外とそうでもないらしい、 もうちょっと詳しく聞いてみたい) 母の若いころの話、祖母の話、本家の長男さんの話、話は尽きなかった。
母は若い頃、その頃女性では珍しく車の免許を取って、 家業の名を入れたパブリカという商業車を乗りこなしていたとか、 (車の名前を検索したらいかにも母が乗りそうだと思って面白かった!) 結婚前の父が母の実家へ田んぼの手伝いに行ったら、 こき使われて?くたくたになったとか、それは父がへたれだからだとか、 私が知らない昔の話を聞いているだけで本当に和んでいった。
本家の長男さん(母と同級生)は、 「人生は楽しいとしか思えねえけどなあ」と言い放ち、 長男さん以外の「人生はどちらかというと辛いことが多い」人達から、 色々と質問攻めに遭っていた。 私も辛いことが多い派で、思うように家庭を築けないことからして辛いが、 健康で働ければそれでもいいか、とちょっと思えた一瞬だった。
この日記で母という言葉を何回かいただろうか。 面と向かって言うことがあるかどうかわからないが、 「助かった」のは私のほうだ。 公衆の面前で突然私のことを褒めだしたものだから、 泣くような話がどこにもなかったのに泣きそうになった。
弟の学費を援助していたのは途中までで、 援助に対しての見返りがなくて、 援助した分を返せと言って家出した親不孝者だというのに。 (ちゃっかりそのあとで戻ってきたし…) それでも、あの時はとても本当に助かった、と言われて、 何とも言えない気分になった。 もう二度と褒めてもらえないような気分にもなった。
祖母が母に乗り移って褒めてくれたのかも、と思うのは強引すぎるだろうか。
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