29号の日記
DiaryINDEXpastwill


2005年12月18日(日) タイムスリップ登山

 よく晴れて行楽日和。特に予定はないので、昼から原付で、街中から見える、近くの山に登ってみることにしました。
 30分程かけて麓まで来たのですが、登山口が見つからず、近くを行ったり来たり。30分は時間をロスした気がします。意外に風が冷たくて、手袋をしていない手がかじかんでしまい、手袋持って来ればよかったと後悔。
 林道に入り、車進入禁止のバーの横をすり抜けて、落ち葉が積もり放題の道を更に奥へ。下界のパノラマが見える辺りで原付を止め、登山道入口らしいところから登り始める・・・。が、鹿の糞と思われる、パチンコ玉程度の黒い糞が道に落ちており、これってけもの道なのでは?と不安に。不安は的中。しばらく行くと、ご丁寧にも金網で囲われた杉林の入口。道らしきものはそこで途絶えていた。人工林の管理人が、稀に訪れるための道だったらしい。しかたなく30分程かけて、もと来た道を引き返し林道へ。
 丹念に林道を見て回ると、朽ち果てて字がかすれた看板が。今度こそ間違いない。しばらく行くと、立派な案内板の立った、見るからに登山道という道に突き当たった。もう陽が傾いているので速足で登る。数十メートルおきに、江戸時代の年号が刻まれた記念碑のようなものが立っている。
 「鐘ヶ嶽登山」「講中」(注)いう文字が読み取れ、更に、「○○左衛門」といった、いかにも江戸時代の人の名前というった趣の人名がひとつの碑にびっしりと2、30人くらい。さらには「鎌倉郡○○村」「寒川郡□□村」といった地名が。
 「8丁目」から始まっているが、「10丁目」になってもまだ頂上に辿り着かない。「20丁目」まだである。ということは30丁目が頂上?
 西の空に太陽が沈み、辺りが薄暗くなってきた。やばい。懐中電灯を持って来ていないから、完全に暗くなったらそれこそアウトだ。24丁目あたりから、石段が登場した。古い神社にあるようなやつで、明らかに機械ではなく、のみで削られているものである。幅2、3メートル程度。碑と同じく江戸時代に整備されたものだろう。恐らくは全て「講」という名の信者兼ボランティアグループが、はるばる「鎌倉郡」や「寒川郡」からマンパワーで担いできて設置したものに違いない。すごい労力だ。
 石段は傾斜が比較的急なところにだけ設置されている。そしてとうとう「30丁目」、山頂近くの神社に到達した。「素晴らしい眺めだ。ランドマークタワー、新宿のビル群、池袋のサンシャイン、豊島区の清掃工場の巨大煙突、筑波山、江ノ島、相模湾の海、大磯の高麗山、伊豆半島、空気が澄んでいたおかげか、全部見える。神社は、昭和9年に有志の手で再建されたと書かれている。軒の彫刻はかなり芸術性に富んだつくりになっている。獅子がいたり、透かし彫りがあったりと素晴らしい。無人で放置されているのが惜しいくらいだ。賽銭を投げたらコトンと木の音がした。
 新しい携帯で撮影を試みたが、既に暗くて無理だった。神社の裏手に更に案内板があって、山頂2分と書いてある。山頂に行ってみるが、そこは木々に覆われていて視界は利かなかった。しかし、石造りでところどころコンクリートで修復された跡がある神像らしきものが野ざらしで立っていた。髪を耳のところで束ねた、日本建国神話の登場人物のような姿をした像だ。背後に回ってみると、明治15年と読み取れた。

 神社に引き返すともう、眼下は街の明かりが光り出し、夜景へと姿を変えつつあった。つまづかぬように慎重に、ただし急いで山を下る。下りながら石段の数を数えると、370段くらいあった。
 もうすぐかなという頃、落葉樹から杉の森に変わる。確か、まだ空が明るかった登山開始時でさえ、そこは薄暗かった。真っ暗に近く、昔の人が感じたであろう、「いいようのない恐怖」を感じる。「8丁目」のところまで戻り、そこから左に道をそれると、原付を置いた林道の筈。しかし、その道が分かりにくい。水のない谷状の地形の向こう側に、ぼんやりと林道らしき筋が見える。谷なんてなかったのでおかしい、幻かもしれないが、でも「8丁目」で左にそれれば林道で合ってる筈と思い、木の枝をかき分け、道らしきものが見える場所まで来ると、確かにそれは林道だった。そして、10メートルと離れていない場所に、原付の姿があった。10メートル程道を外れてしまったが、無事に林道に戻れ、生き返った心地だった。
 対向車はあるわけないので点灯しなくてもいいのだが、暗いので点灯しながら山を降りる。「車この先立入禁止のバー」を過ぎると、やがて集落が出てきた。さらにしばらく行くと、コンビニが。特に用はないのだが、その明るい光と暖房が恋しくて立ち寄った。

 さて、新しい携帯に付属のカメラ、オートフォーカスの筈なのに、まるでピンボケなので、帰りに回り道をして、先日の激安ショップに立ち寄り、何がまずくてピントが合わないのか聞いてみた。一見して店員曰く、「カメラのレンズにまだ、透明な保護カバーが貼られたままになっていますね。これをはずさないとダメですよ。時々買ったお客さんでいるんですよ。」とのことであった。恥ずかしい。

(注)「講中」とは、信者のグループのこと。この山は江戸時代、信仰登山が盛んだったようで、石段や碑は、それら信者グループが、大勢で担いできたものであろうと推察される。


29号 |MAILHomePage