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■ Before Sunset
降り立ったホームは、中央で白黒はっきり区切られている。それだけ日差しが強いってことだ。 日陰を選びながら歩き、途中の自販機でミネラルウォーターを買う。出掛け少し迷ったけど、半袖にして正解だった。
都内(と言っても相当はずれだ)には珍しく単線走行の電車に揺られ、初めて来た駅は閑散としていた。 バス停のベンチでは、待ち合わせの相手が熱心にケータイを覗き込んでいる。
「よう、遅刻しなかったな。偉い偉い」 「なにそれ、新しいネットゲーム?」 「そ。アイテムが毎日更新されるんで、ちょっと休むとすーぐ時代遅れになっちまうんだ……っと、バス来たぜ」
1時間に1、2本という路線バスはそれなりに混んでいる。子どもの姿が多いのは、みんな河岸のイベント狙いなんだろう。 スーパーの前を通り過ぎ、新しく出来たらしいバイパス道路を行く。黒々した舗装の反射はもう夏だ。 どの窓も大きく開けられ、涼やかな風が車内を吹き抜ける。
「山、きれいだな」
遠く連なる稜線の上、真っ青な5月の空を爆音を曳いたイーグルが飛んでいく。 おもちゃのような家並みと青々した畑が交互に続き、のんびりとバスは進む。
「あ、見て見て、あそこー!」
子どもの声にみんなが窓の外に視線を向けた。 白い橋の近く、ゆらゆら風にたなびいているのは――
「でけー……あれホントに凧?」 「ここいらの名物行事なんだよ、子どもの日の川原大凧上げ」
河川敷の停留所で降り、土手を下る。 大勢の人が見守る中、若武者(おそらく今年の大河ドラマの主人公だ)が描かれた凧が右へ左へ悠然と流れている。 引き手はざっと数えて30人もいるだろうか。強い風にもてあそばれ、浮かれ調子の足元が危うい。 軒を並べる的屋でさくさく食料調達をすませた相手が上機嫌でたずねる。
「焼きそば、タコ焼き、コーンに五平餅。どれにする?」 「えーと……ってなんでビールがあんだよ、オマエまだ未成年じゃん!」 「かてーこと言うなって。1年早いくらいどうってことねェだろ」
目の前を、手に手にマイ凧を持った子どもたちが風をとらえようと走っていく。 向かい岸ではケンカ凧も始まったようだ。
「こんだけたくさん上がってると壮観だな……つか、凧上げ自体見るの久しぶりかも」 「都心じゃ空き地無いしな」
ふたり寝っ転がって空を仰ぐ。 結局半分ずつ飲んだビールが、とろとろと眠気を誘う。
「もう暑いな」 「ハナの頭焼けそう」 「いつまでやってんの?」 「夕方くらいじゃねェ?」
誘った方も誘われた方も、イベントが目的じゃない。 毎日のように続く緊張感や挫折や焦り――そんなものから逃げ出したかったのだ、たとえいっときでも。
「ここんとこ調子よさそうじゃん」 「バカ言え全然だよ、全然。内容があんなんじゃ価値ねェ」 「どんなんだって勝ちは勝ちだろ……あーあ、休み明けがユーウツ」
ただ風が吹いていく――5月は憂鬱だ。 リュックひとつで飛び出したときを思い出す。 知らない海、知らない土地、知らなかったオマエのこと。
どれだけ泣いても後悔しても、取り戻せない時間。
「前に進むしかねェか……」 「見えないって、怖いな」
突然湧き上がったどよめきに慌てて起き上がると、大凧はゆうるりと螺旋を描きながら失速し始め、やがて川原にその身を横たえた。
「足が片方切れたんだなーありゃ。もうダメか」
オゴレルモノモヒサシカラズ タダハルノヨノユメノゴトシ
いつか夢は醒めるけれど、憧れは消したくない。 落ちていくものなんか、見たくもない。
「……帰る」 「ああ」
立ち上がり、人の流れに逆らうように土手をのぼる。
のぼるんだ、どこまでも。 果てしなく限りなく、あきらめず投げ出さず、前へ。 明日へ、未来へつなげるために。
オレの中のオマエに、恥じないために――
2005年05月05日(木)
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