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■ 私的悲しいほどお天気時代
自宅にこもって原稿を描いていると、だんだん煮詰まってきます。「咳をしてもひとり」って感じで、誰かと話したいなあと思ったり。
学生時代、マン研とは別にクラスメイトとふたりで合同誌を作ったことがあります。合作50枚(プラス個人作16枚)という、なかなか無謀な企画でした。 美祭販売を目指し夏休み前からプロットを練り、半分ずつ25枚のネームを分担。出来上がった段階でつき合わせ、担当キャラと背景の下描きを入れ、いよいよペン入れとなります。
メインキャラは自分たちで描きますが、サブやモブ、背景や効果はアシスタント連合が大活躍でした。 だってなにしろみんな画学生なワケですから、ほとんどの作業を「まー適当に」とお願いするだけで仕上がってしまうのです。 特にチーフアシさんはあたしたちよりたくさん描いたんじゃないかなあ; まだワープロなんて普及してない時代だったので、ネームもペン字検定取得者の彼女が全部手書きで入れてくれました。
楽しかったのは放課後の教室で作業をしていると、ヒマな子たちがどんどん手伝いに入ってくれること。多いときは15人くらいいたかなー。あんまり賑やかなので教授がのぞきにいらしたこともありました(笑)。 奥付にはひとコマでも手伝ってくれた子、全員の名前を入れ、めでたく100部完売いたしました。卒制で苦しんだのと合同誌制作が、大学二大思い出です。
最近は合同誌も個人作持ち寄りのアンソロジーがほとんどで、全員でひとつの作品を描くということは学漫を除いてなくなってしまったようです。確かに人数が多ければ多いほど煩雑な作業ですが、その煩雑さこそが楽しく出来上がった本はオマケみたいな感じでした。
もうあんなふうにマンガを描くこともないんだなあと思うと、ちょっと寂しい気分です。
2005年04月14日(木)
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