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■ それぞれの老い支度
ある日のこと。 叔父を訪ねて不意の来客があった。 あいにく海外取材で不在の旨を、留守を預かる叔母が告げると、「そうですか」と言い、残念そうに帰っていった。 客人は、故水上勉氏。 もう20年以上前のことである。
昨夜、TVで水上氏のドキュメントを観た。 晩年の氏は脳梗塞に加え、老人性の鬱症状が重く、ひどい幻覚にも悩まされていたそうだ。 風の音にも怯え、夜ひとりで過ごすことを極端に恐れた。 老いの孤独は、若いころのそれとはまったく異質のものだと、語っている。
巣鴨の商店街を派手なスタイルで闊歩するおばあさんたちを微笑ましく思う一方で、老いと死に日々苛まれる孤独な老人の姿に何故か一抹の憧憬を覚える。
年相応に衰えていく自分と、ときに冷ややかに、ときにいとおしく対峙する。 今日限り、もう今日限りと過ごす先に、何が見えるのだろうか。 静かに目を閉じ、考える。
2005年02月24日(木)
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