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2004年09月11日(土) 近所のゲーリーさん

今までも、これからも。

ここ数年、「禅」に興味が芽生えていた。ただ、直接触れるきっかけを作るにはまだ時期ではないと判断し、距離をおいて生活をしていた。しかし、最近になって時間にも生活にもややゆとりが出てきたので、今しかないと思い坐禅会に参加してみることにした。

友人から教えてもらい向かったお寺はわりと家から近い所にあり、以前伺った漢方の先生宅のすぐ近所。とても密の濃いエリア。

家を午前8時過ぎに出て、30分頃到着。どうやら一番のようで玄関には誰もいない。鍵の掛かっていない戸を少し開け呼んでみると、奥から声がした。次第に声の主は近づいてきて姿を現す。年配の方、きっと住職であろう。2,3簡単な質問、少し時間が早いの待っているよう指示される。静かな本堂に一人。気持ちが引き締まる。

開始の時間に近づくにつれ人が集まりだす。どうやら国籍はドイツ人、アメリカ人と様々。時間となり住職から坐禅の手解きを受ける。長い一日の始まり。午前は1時間を3回。各1時間は思ったより短く感じた。毎回、人が増えて昼前には10人ぐらいになっていた。そして、昼食。

昼の間に留学生の方を中心に人がさらに増えた。総勢20人。昼食後は1時間程勉強会。中国の古い教えから。大学で先生をなされている国外の女性の方が同時進行で英訳されていた。教えなんていう感覚的なことを英語に翻訳するのは難しいのではないかと思い聴講していたが、それはそれは見事な英訳でこれもまた勉強になる。

午後からまた坐禅。時間の関係だろう、3回のはずが2回でこの日は終わった。正直な話、2回で良かったと思った。午前はあれほど余裕だったのに、午後はまったく逆で体中から悲鳴が聞こえた。普段、背筋なんて猫のように曲がりに曲がっているので、ただまっすぐ伸ばすというだけなのに酷く辛かった。そうとう体がなまっているのであろう。とにかく、体のことはさておき、坐禅について思うことは多い。終了後、しばらく続けてみようと思った。

最後はみんなでお茶の時間。昼食の際もそうであったが、たまたま住職の横に座ることになった。そこで個人的なことを聞かれる。なぜ「禅」なのか、普段は何をしているのか等。そこで、簡単に音楽のことや、影響を受けたアメリカの詩人や小説家の話をしていると住職から思わぬ名前を聞かされた。それは、ゲーリー・シュナイダーという人物。

彼はアメリカ禅社会において最重要人物の一人で、東洋思想をアメリカの文学界に広めた功績もまた素晴らしい。そして今回、「禅」に初めて触れるということで、彼についてもこれから調べ始めようとしていたのだが、早速その名を住職から聞かされたのである。しかも驚いたことに、すぐ近所に住んでいて、これまた近所の大徳寺で「禅」の勉強をしていたとのこと。日本に滞在していたのは知ってはいたが、なんと家の近所に住んでいたとは。

数十年前のこの辺りを一風変わった身なりのゲーリー・シュナイダーが歩いていたなんて!!

tricot


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