| 2003年06月28日(土) |
狭い社会で生きるということ |
大学は、小さかったけれど、少なくともある程度の大きさの社会があった。そこで生きることは楽しかった。毎日が出会いの連続だった気がする。だからのびのびできた。元来、少数の人間と深い付き合いするよりも多数の人間と浅い付き合いするほうが楽だったから。 いまの職場はオレには狭すぎる。決して悪い人ばかりじゃない。でも全員が同じ方針で動かなきゃならないとされている場所に、価値観や個性が余りにも違いすぎる人間が多いということは、職務上喜ばれることではあるけれど時として非常にきついこともある。 環境の変化に適応しきれていない。それは関東から関西に来たとか土地的なレベルの問題じゃなくて、自分が存在する社会の問題。なかなか大きな壁。でも乗り越えなきゃいけない。 明日はゆっくり休めそう。梅田とか難波で買い物してきます。ボーナスも出るしね。ゆとりが必要なのは生徒だけじゃない。つーか子どもだけじゃない。オレにもゆとりを。みんなにゆとりを。
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