雨のち晴れ...scbellen engel
変化? - 2004年02月03日(火)


知り合いの尊敬する一つ上の女性が子宮癌の為、
子宮摘出手術を受けていた事を知った。
退院2日前くらいに知り、まだ寝込んでいた私は
お見舞いにも行けず、ただただショックと肝心な時に
お見舞いにすら行けない自分が、とても情けなくなった。
知り合いを通して、とても久しぶりにメールを送る。
正確にはメールするのは初めて。
十日も寝込んでしまってる私より、遙かに自分のが元気だよと
逆に心配してもらい励ましの言葉を頂いた。
嬉しさと同時に悲しかった。本当に一人の女性としても
お母さんとしても妻としても、とても尊敬してた方で
とても人を励ます気になんかなれないのが普通ではないかと
思ったのと、どんな困難にも凛として立ち向かう、その人は
ご主人が私と同級生であり、ご主人も又、脳に腫瘍を持っている。
子ども三人抱えてこの先、どんなに大変かを思うと悲しくなってしまったのだ。私ごときが心配するのは、おこがましいくらいの夫婦であり
子ども達も本当に良くできた優しく素直な子ども達。

そんな人達が身近に存在していると知った矢先・・・
私の携帯に一通のメール。
スタッフからだ。本人からシフトが一緒になると聞いてはいたが
彼女も又、昨年暮れから体調不良をうち明けてきてた。
おそらく今回、結果が出るまでは他のスタッフは誰も知らなかったと思う。
何故なら彼女は一度、今の職場を辞め、昨年私が入って少しした頃
再び事情あって職場に戻ってきた方で以前からいるスタッフには
なかなか馴染みにくいとこがあったようだったから。
だから彼女を何も知らない私に話しやすかったのだと思う。
私も色々な事情ゆえ戻ってきたという彼女に(噂は聞いてはいたけど)
何も言う事はしなかった。できるわけもない。
しかし戻ってきて私と初対面の日に
彼女は自ら以前の自分(戻る前の自分とスタッフに何があったか)を
語り出した。その後も、一緒になる度に様々な話を聞かされた。
彼女は人に弱みを見せるのが凄く嫌いな方だったんだと思う。
なのに、私には話してきてた。
私は、これといって以前いた頃の事にコメントはしなかったけれど
彼女にとって、それが良かったのか暮れに体の不調をうち明けてきた。
事が事だけに私は人には言えなかった。言ってはならないと思ってた。
その彼女からのメール。
検査を勧めた私の言葉に頷き、その後、検査に行った彼女。
結果は悪性だった。そう・・・。彼女も子宮関係の腫瘍。
暮れの段階では良性らしいと告げられてた彼女のショックは
計り知れない。職場を辞め、手術をするという事だった。
私の周りからは、ここんとこ、そんなニュースばかりが届く。
他からも私と同じように胃腸関係を崩し、今まだ寝込んでいる人もいれば
自分も体調崩したと言いながらも私の事を気遣ってくれる人も。
そして、いつ歩けなくなるか分からない病に冒されてる人。
そんな人達を思い、自分も寝込み、生きる事の大切さを学んだ私。
TVで他国の難民のニュースを観ても気の毒と思う自分は
どこかに少しいたけれど実感としてとらえられずにいたと思う。
気の毒なんて思うのは失礼なくらいに。
それが、こうして身近で次々と病に冒されたりしてる人が出てくると
やはり身につまされる。

自分でも驚くくらい、酷く冷静で一歩間違えば「冷たい人」と
思われるくらい自分に対しても、人に対しても変化し始めている。
人との距離の取り方は、まだまだ上手くないけれど
言うべき事は言うようになりつつある。
勿論・・・こんな自分ばかりがいるわけでもなく
今までのように弱い私も、きっとどこかに隠れてる。
ただ今は顔を見せないだけで。欠かさず、ここを読んでた人が一人
減った事も最近知った。悲しくもなかった。
むしろ、私には表現の場があり自分には無いと言ったその人に
怒りを覚え、ぶつけたくらいだ。今までの自分では、例え悲しくなくとも
怒りになったとしても、ぶつける勇気はなかったろう。
その私が、ぶつけたのだ。表現の場ではあるかもしれないが
その人物と知り合う以前から書いていたものであり
又、読んで下さる方も楽しい事書いた時や私の体調を気遣うくらいの事しか
メールしてきたりしない、相談にのってもらってるわけでもない! と。
心外だと。その人物は自分の勝手な思い込みにより、この日記を削除したらしい。又、ほぼ同時期に別の人からも日記に関してではなく
色々な事をぶつけてきて私に連絡を断ってほしいと頼んできた。
私はその人にも怒りを覚え、ぶつけた。
先に書いた人物同様「人の気持ちを勝手な思い込みで決めつけるな!」と。
今までの私には考えられないくらいの発言の数々。
これで私がイヤな奴と思うならそれでけっこうとまで・・・。
許せなかった。信じてた二人だけに。
相手も「信じてる」「分かってる」と何度となく私に伝えてきてただけに。
ぶつけた事で二人を失っても私は怖くはなかった。
幸い、二人共 自分の過ちに気づいてくれたようだが。
言葉は簡単に発する事ができる。
でも反対に簡単に人を粉々にもする。
その方が、よっぽど怖いね。
でも・・・私は敢えてその怖さに怖さを感じず挑んでしまったけど。

生きる事の大切さ、人との関わりの難しさ、それは簡単に答えは出せない。
一生をかけて学んでいく事かもしれない。
でも・・・。
今まで臆病で不安だらけで言葉を失い、涙したり涙さえ失ってた私が
確実に動き出した。それを今、ひしひしと感じている。
転ぶ事の怖さを感じもせずに・・・。
暴走だけはできないけどね。





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