今年最後の - 2003年12月27日(土)
今日は今年最後のクリニックに行きました。 行きの電車から見えた空・・・。 天気がいいと富士山が見えるんですよ。 都会のビルだらけの間から、一瞬、富士山と周囲の山々が 見えるんです。診察時間は夕方だったんですけど その時間に頑張って起きて、ちゃんと行って大正解!! すこ〜しオレンジがかってきたとこと、まだ真っ青な空。 その方向に綿菓子のような雲を5個くらい浮かべて 真っ白な富士山が見えました。 すっごく綺麗だった・・・
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写真に撮りたかったなぁ。 そしたら皆さんにも、お見せできたのに。 ほんと、涙出そうなくらい感動でした。
肝心のクリニックですが。 これまた、涙出そうな事が何度かありました。 まず待合室にて。 いつも、とても静かなとこなんですが今日は着いたそうそう何かが違う。 叫びとも怒鳴りとも言える声がどこかから聞こえてきます。 (後で、分かったんですが私が点滴を打ってもらった部屋でした)
「だってこうしようとすると家族は聞いてくれない!」 「だから、きちがい!って言ってやったの!!」 「聞いてよーーーー!!もっと聞いてよぉーーーー!!」 その間には、嗚咽や悲痛な叫び声が混じります。
悲しかった・・・。切なかった・・・。 どんな方が叫んでいるかも分からないのに。 待っている間(約30分くらい)その声の主がトイレに行きたいと 言ったようで姿を現しました。声の感じからして40代くらいの女性かと 想像していました。ところが・・・そこに現れた彼女は20代半ばと 思われる方でした。それもベットに寝かされていたのか、一人では 歩けない。個人医院なので、看護婦さんなどいなくて 受付の方(おそらく、精神科系の何らかの資格を持っていらっしゃると 思われる)が一人、ずっと付き添っていたようで もう一人の受付の方が 呼ばれ彼女をトイレまで連れていこうとしていました。 でも、彼女はぐったりしたままで女性二人では運べない。 カウンセラーの先生も手伝います。 それでも、たった2メートルくらいの距離を20分くらいかけて 運んでいました。ぐったりした彼女は意識がその時、ほとんど 無かったと思われ用を足すまでに受付の方達の悲鳴(倒れてしまうのを 支える事などが大変だった様子)が何度も聞こえました。 その間に私の順番が来てカウンセリングに60分くらい。 通常は50分と決まってるのですが、今日は私がカウンセリングの方は ラストの患者だったからだと思います。 3ヶ月ぶりくらいのカウンセリングだったので (通常は診察のみで、カウンセリングは自分がしたい時に予約するんですね。3ヶ月近くの間、予約は何度か入れてたんですが体調不良でいつも行かなかったんです) 何から話していいか分からずに、とにかく今の家庭の状況と 自分の状態を話しました。カウンセリングの先生と診察の先生は 違うんで間があくと、話す事がありすぎて混乱しちゃうんですよ。 でも、とりあえず状況は伝わったようで 「◯◯さんが今いる家庭、立場は◯◯さんにとって本当に辛いわね。」と 明らかに私の症状が進んでいる事も分かってくれました。 そして、幾つかのアドバイスを受け私を心配そうに先生は見送り カウンセリングは終了。 次に診察で、いつもならすぐなんですが今日は20分くらい 待ちました。それは・・・。先に書いた彼女が今度は部屋に戻る事で 又、大変な騒ぎになっていたため・・・。 診察に呼ばれた時、私は先生に 「右を見ずに、真っ直ぐこっちを見て来て下さい」と言われました。 そうです。彼女がまだ、トイレのある空間で倒れていた為です。 診察を終えて、今度は次の予定を決める為に待合室で又、待ちます。 その時・・・院長先生も手伝って、やっと部屋に運ばれた彼女。 目は閉じ、本当に気を失っているかのようでした。 ところが、部屋に入った瞬間、又 叫びだし・・・。 先生が落ち着かせる為でしょう。 「注射打たせてくれないかな? 」と声をかけているのが聞こえます。 しかし、彼女は叫び続け頑なに拒否してる様子。 「どうしても注射はイヤ?」受付の方が優しく語りかけます。 そんな、やりとりをずっと聞いていた私。 カウンセラーの先生にも、開口一番、聞こえてくる声に 悲しさと切なさを感じた事、私は言いました。 「家族が聞いてくれない!!」あの言葉に痛みを感じずにはいられなかった。 私も彼女と同じようになっていたかもしれない。 なるかもしれない・・・そんなふうに感じてしまったんです。 彼女が怖いのではなく、そんなふうになりかねない自分が怖かった。 幸い、先生と話す事で落ち着けましたが。 私にしても彼女にしても何故、家族と歯車がかみ合わないのか。 何故、ささやかな幸せを感じる事のできない家庭にいるのか。 カウンセラーの先生に、私はぶつけてました。 悲しいです・・・と。 私の場合、親からその方法を教えてもらって育たなかった為だと 先生は、おっしゃってました。 知らずに育ったものを、教える事は難しい。 私はどうしたらいいですか? と質問している自分。 先生は、優しく その方法を教えてくださいました。 私にそれができるかといったら、すぐには無理な事も (まずもって、家族がバラバラで私は体を休める時間もなく親にも理解されない為)先生は分かってくださいました。 私なりの精一杯のやり方も。 私が今、ここにいられる、生きていられるのは 職場の人の支えと、友人の支えがある事も改めて教えてもらいました。 スタッフの中に私の病を知ってる人がいて、笑わせてくれたり さりげなく声をかけてくれる事、誕生日に自分の休憩をさいてまで、 お花を買いに行ってプレゼントしてくれた人がいた事などなどを 嬉しく思う事を話したから。
来年まで、又 先生と会う事は出来ないけれど 私は まだなんとかやれる・・・そう思いました。 スタッフや、友人達(これを読んでくださってる貴方もです)がいるから。 今日、偶然にも出会った苦しんでいる彼女のぶんも。
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