ボリス・エイフマン。 クラシック主流のロシアで、 モダン・バレエのカンパニーを主宰する名振付師である。 クラシックを素材にした創作バレエが特に有名で、 今回その一つである「赤いジゼル」が来スロした。
この作品でエイフマンは、 オリガ・スペシーフツェワというダンサーの生涯をモデルにしている。 19世紀末に生まれた彼女は、 共産主義の嵐が吹き荒れるロシアを去り、 パリに亡命した後に「ジゼル」を西側に広めた。 バレエの中で描かれる一ダンサーの半生は、 観ているこちらに生々しく伝わってくるものだった。
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第一幕は、主人公のロシア時代。 バレエ学校で抜きん出た技量を持つ彼女を、 「教師」は慈しみ育てる。 公演も成功し、ダンサーとしての道を歩み始める彼女の前に、 チェキストが姿を現す。 抗いながらも、彼に翻弄されてゆく主人公。 「教師」は彼女を取り戻そうとするが、 時代はそれを許さなかった。
共産主義下で踊る彼女であるが、 そこに踊る喜びはなく、苦悩が深まる。 そしてついに、彼女は亡命を決意する。 彼女を愛するチェキストを振り切って、 亡命する人々の列に加わる彼女の様子は、 後ろ髪をひかれつつ、という感じに演出されていた。
第二幕。パリ。 主人公は、ここで所属したバレエ団でのパートナーに心惹かれるが、 彼は同性愛者であり、 それに応えることができなかった。 満たされない想いを抱え、 次第に虚無感にとらわれる彼女は、 しばしばソビエトの幻想を見るようになる。 例えば社交クラブで踊っている時、 チェキストの姿が目の前に現れる。 彼女は段々と、赤い影に悩まされるようになる。
最終幕は、「ジゼル」と重ねて演出される。 精神を病み、病院に連れて行かれた彼女を見て、 パートナーは心を痛め、彼女の元へ行く。 愛する彼と二人で踊り、 主人公は一瞬、現実の世界に戻ったかに見えたが、 赤い幻想が彼女を解放することはなかった。
最終シーンでは、舞台上に鏡が据えられ、 その一つの中に、彼女は入ってゆく。 裏側から観客の方を見ながら消えていった彼女は、 自分だけの閉じられた世界に入っていったのかもしれない。
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はい、正直コージ苑ぞっとしました。 ダンサーの「狂気」に、というよりも、 一人の人間をそこまでがんじ絡めにしてしまった「時代」に。
技術的なことを言えば、 照明がえらく印象的で、 ダンサーの表情、音楽などと相まって、 しばらくは頭の中に残りそうである。
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