徒 然 草
自堕落日々の暴露記です。
更新があればタイトルに載せますのでご参照ください。

2002年02月28日(木) にがつつごもり。

早いもので、もう二月が終わりですね。
この東屋を開いてから半月が過ぎようとしています。
その間、如何に自分に余裕がなかったかということに一昨日気付きました。

私は自転車と電車を使って通勤しているのですが、毎日通る住宅の白梅に全く気付かなかったのです。
…ショック…。
私は不審人物よろしく自転車に乗るときは周囲や空に視線と心を奪われるのです(怖)。
以前M・ナイマンの「喜びを希う心@ピアノ・レッスンのテーマ」を聴きながら、美しい星空を満喫するため暗い裏道を走り、停車中の車のサイドミラーに突っ込みました(爆)。
(オフの友人は私の身体より先に車の心配をしました)
バカまっしぐらです。だから昭栄が他人とは思えないのです(苦笑)。
それが梅が満開になるまで、その色彩と香りに気付かなかったとは…。
情けないです。
しかも電車の車窓からは桃らしきものさえ咲いているではありませんか。
勿体無いなと思いました。
せめて桜はじっくり味わいたいと思います。

桜といえば、中一の国語の最初に習った大岡信氏の「ことばの力」を毎年思い出します。
内容はほぼ忘れているのですが、その中の一節が印象的で。
作者が京都の染物師を訪ねて、そこで美しい桜色の染物に出逢います。
その桜色をどうやって出すのですかと尋ねると、
「開花する直前の幹の皮を煮詰めて染めるのです」と教えてもらうのです。
それに対して作者は「ことばも同じだ。心に秘められたはちきれんばかりのエネルギーをほんの僅かな言葉で表現するんだ」と納得する…シーンです。
(当然ながら上のシーンは私の記憶の中のものなので、実際はかなり違うかもしれません。汗)
このシーンを読んだ自分の感想は今でもはっきり思い出せます。

「それ程美しいのなら一度この目で見てみたい」

でも、この教材を学ぶ頃には桜は既に満開か散り始めなので、その桜色を出すことはできないのです。それがとても残念で悔しかったのです。
毎年桜が開花してはこれを思い出し悔いることの繰り返し(爆)。
ええ、O型らしすぎて笑うしかありません。
って他のO型の皆さんに失礼だな、自分。すみません。
とにかく、今年はタイミングを計って近所のお寺から一片頂戴しようかな☆と目論見中です。


結局何が言いたいの、自分…?
季節なのか花なのかポイントを絞って書けないものでしょうかねぇ…(溜息)。
赤ペン先生大☆募☆集です(笑)。


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